人魚の照れ隠しにはご用心
朝食を終え、広げた地図を指さしながらハリソンが宿主へと問う。
「西の魔族領の方へ向かいたいのだが……やはりこのルートしかないだろうか?」
剣だこのある指がなぞるのは、海沿いを南に進み、山をいくつも越えた非常に大回りなルート。
「それっきゃないだろうなぁ……。海を一直線に超えられりゃぁ一番早いんだろうけど……魔族領の側までは流石に船にも乗せてやれねぇし」
申し訳なさそうに店主が言うとおり、西への道は海が阻んでいる。
やはり大回りだが山を越えていくしかなさそうだ。
もう近隣に大きな町や村もないし、しばらくは野宿も覚悟するしかないだろう。
そんな風に気合を入れて港町を出てしばし。
「ねぇ、あなたちが勇者さまたち?」
海沿いを歩いていると軽やかな声が響いた。
きょろきょろと辺りを見渡すも、浜辺には人の姿はない。
「こっちよ、こっち」
再度聞こえてきた声は海からで、水の中から数人の女性が現れた。
若く美しい女性たち……だけど彼女たちはただの美人なお姉さんではなかった。
尾びれがパシャリと水を叩く。
「……人魚?」
呆然と呟いたエマに「ええ、そうよ」とさっきと同じ声の主がにっこりと笑った。
興味深そうに勇者パーティ一行を眺めた人魚たちは、ぱちぱちと長いまつ毛を瞬かせたり、ぽっと頬を染めたりしながら口々に話し出す。
「思ったよりもずっと若い子たちなのね……」
「本当。もっと屈強で怖そうな人たちかと思ったわ」
「あっちの彼、素敵じゃない?」
「私はあっちの男性の方が好みっ」
「可愛い女の子たち。あんな子たちが戦えるの?」
好き勝手に話しはじめた人魚たちに呆気にとられつつも、レオンが一歩前に出た。
「お初お目にかかる。人魚殿。私たちになにか用だろうか?」
紳士的に一礼してから話しかけたレオンに彼女たちのさえずりがピタリと止まる。
「あら、いけない。私たち、お礼を言いたくて声をかけたんだった」
「お礼……?」
「そう!クラーケンを倒してくれたんでしょう?あの暴れん坊には私たちも困っていたの」
「怪我をさせられた仲間もいるのよ」
どうやら彼女たちも漁師さんらと同じくクラーケンに迷惑していたらしい。
口々にお礼を言われた。
お礼を言うために探されていたのだとわかり、警戒もといたエマたちは人魚に興味深々だ。なにせはじめて見る。
「すごーい!きれい……リアル人魚姫なんだけど」
ピンクに水色、緑などさまざまな色の尾びれを持った人魚たちをうっとりと見つめ、ほぅとためいきをもらせばミレーヌもコクコクと頷く。
その姿はおとぎ話の人魚姫そのものだ。
まさにファンタジー世界の住人そのものな姿に大興奮で素直な感想を口にすれば、人魚たちがいっせいに照れる。
「そ、そんな……“姫”だなんて……」
「照れちゃうわ……」
「や~ん♡」
「あなたたちだって可愛いわ。その銀髪も、黒髪も素敵よ」
てれてれと照れる姿は美人さんたちだけあって可愛い。
頬を押さえたり、恥じらったりする姿はとってもとっても可愛いのだが…………。
照れ隠しなのか、嬉しさを押さえられないのか……尾びれがビッタン、バッタンと海面を叩きまくり………………。
びっしゃ、びっしゃと跳ねた海水を頭からひっかぶったエマたちはもれなくびしょ濡れだ。
「「「「「…………」」」」」
前髪を張りつかせ、無言で佇むエマたち。
惨状に気付いた人魚たちが「きゃー!」と慌てて謝る。
彼女たちに悪気がなかったのはわかっているので怒りはしないが……張り付いた衣服とベタつく海水が非常に煩わしい。
「そうだ!これから私たちの住処にこない?お礼とお詫びをかねておもてなししたいわ!」
最初に声をかけてきた、金髪にピンクの尾びれの人魚の言葉に他の人魚たちも賛同する。
その言葉にエマたちは困り顔で顔を見合わせた。
ぶっちゃけ、人魚の住処に興味はあったし、「シャワーもあるわよ?」の一言にも心惹かれる。
だが……寄り道をしていると野営に適さない場所で夜を迎えることになってしまう。
その旨を伝えお断りをすると、行き先を聞かれた。
そして……。
「あら、だったらなおさらだわ。西へ行くなら私たちが海を超えさせてあげる。その方がずっと近道でしょ?」




