きっかけはマヨビーム
「ふ、ふっざけんなぁぁぁ~~!!!」
その日、とある少女の叫びが神殿を震わせた。
エマは平凡な家庭に生まれた女の子だ。
少し気弱ながらも優しい父と、そんな父を支えるおっとりと見せかけ強い母。
街で人気の飲食店を営む両親の手伝いをし、評判の看板娘としてなんてことない日々を過ごしていた。
…………つい先日までは。
類まれな美少女っぷりから金持ちに目をつけられたり、ふとした瞬間にたまーに「あなたいくつ?」って聞かれるような冷めた価値観を覗かせる以外は本当に普通の女の子だったのだ。
…………つい先日、妙な神託に巻き込まれるまでは。
突然だが、この世界にはさまざまな種が存在する。
人間、獣人、妖精に精霊、そして……魔族。
種族が違えば在り方も違う。
特に人間と魔族の間には争いが絶えず、人間にとって魔族とは恐怖の対象。もっと言うならば自らを脅かす敵だった。
数百年に一度、代替わりをするという魔族を統べる魔王。
そしてそんな魔王に対抗できる人類の希望こそ、聖剣を抱きし勇者だ。
だからこそ魔王と勇者の物語はおとぎ話として、劇や吟遊詩人の歌として広く人々に知れ渡っている。
『クラルスの花が選びし我が愛し子たちが世界に平和をもたらすだろう』
おとぎ話や観劇の世界のできごとでしかなかったそんな神託が実際に下されたのが3日前。
この世界の神であるエアリス神からの神託に神殿やお城が大騒ぎになっている頃、エマはいつも通り店の手伝いをしていた。
空いた皿を運ぼうと手を伸ばした瞬間、神々しい虹色の光がエマを包んだ。
突然のことに驚いている間に光の洪水は収まり、エマの手の甲にはクラルスの花の紋様だけが残された。
クラルスの花はエアリス神の象徴でもある花だ。
遥か昔、魔王に挑みし勇者とその仲間たちにはクラルスの花が刻まれていたという。
あまりにも有名な逸話だし、こどもならば一度は手の甲にクラルスの花を描いて勇者や聖女ごっこをしたものだ。
実際、エマも何度も経験がある。
お気に入りのポジションは魔術師だった。
そんなクラルスの花の紋様が手の甲にある。
しかもこどもの落書きと違ってやたらと精密かつキラキラしい。
なんど擦っても消えないそれにテンパりながらもその日は終わった。
翌日、城からやたらと仰々しい騎士さまご一行が訪れ、言った。
「あなたはエアリス神に選ばれました」と。
「は?」
エマと両親の返答は間抜けな一音。
確実に下っ端ではないご立派な騎士さまはさらに続けた。
「どうぞ勇者さまと一緒にこの世界をお救いください」
いい年した男たちが、しかも騎士さまが小娘になに言ってんの?
頭に浮かんだのはそんな感想で、恭しくひざまずく騎士さまたちを見てエマはふらりと倒れた。
キャパオーバー。
脳が現実を受け入れられなかったのだ。
本来ならそのまま神殿へと向かう予定だったらしいが、肝心のエマが熱をだして倒れたために出直したらしい。
営業妨害はなはだしい騎士さまたちは本日も店を訪れ、昨日のことは悪い夢だと思いこもうとしていたエマの希望を儚く壊した。
……まぁ、手の甲の消えない紋様と周囲の様子から夢じゃないのはわかってたけど。
「違います、人違いです」
そう否定するエマを拉致……やや強引に連行した騎士さまから、現在馬車の中でエアリス神の神託などを聞いている最中だ。
向かっている先は神殿。
なんでも共に選ばれた勇者と魔術師は昨日のうちに神殿での判定も済まし、お城に居るらしい。
エマと同じく神々しい光の洪水が彼らを包んだため、見つけるのはたやすかったっぽい。
くっそう!目立つことしやがって……!
せめて人目につかなければ隠し通せたかもしれないのに……っ!
そんなことを思うエマは勇者パーティに選ばれたことを、ちっとも喜んでいない。
だって意味がわからない。
平凡な看板娘の14歳の少女にどう世界を救えと?というのが正直な心境だった。
そして辿り着いた神殿。
厳かな空間、瞳を閉じたエアリス神の美しい石像に見下ろされ、エマは赤い絨毯の上を歩く。
「ここに手を翳してください」
神官さまに促され、能力判定に使用する水晶へと手を伸ばす。
水晶が淡く発光し、空中に現れたステータス画面に文字が表示された。
『職業:聖女』
『能力:マヨビーム』