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前編

「あー、美味かった。やっぱりひよりの作る飯はうまい」

「それならよかった」


 目の前にいる幼馴染で隣人の蒼くんは、お腹をさすりながら満足そうに笑った。私、佐々木ひよりが蒼くんの家に来てご飯を作る理由は、蒼くんの両親が海外出張で一年不在だから。蒼くんは私の一つ年上で、高校三年生。すぐ隣に住む私と蒼くんは幼馴染で、小さい頃から兄妹みたいに仲がよかった。

 最初は私の母親が余分に作ったご飯を届けていたけれど、いつの間にか私自身が蒼くんの家でご飯を作り、一緒に食べるという一連の流れができてしまったのだ。普通の親だったら年頃の男女が二人きりで一つ屋根の下にいるなんて、と気にしそうだけど、私たちはお互いの両親を含めて小さい頃からずっと仲が良いこともあって、うちの親は何も気にしていない。


(蒼くん、今日もかっこいい)


 少しだけ長めの髪はいつもサラサラしていて、背も高くイケメンだ。蒼くんは男子校だけど、登下校中にいつもラブレターを渡されたり、連絡先を聞かれたりするらしい。本人曰く、すごい迷惑らしいけど。今日も今日とて見惚れていると、蒼くんは私の視線に気づいてフッ、と微笑んだ。うっ、見慣れているはずなのに、心臓が毎回跳ね上がってしまう。

 私は、ずっと蒼くんに片想いしてる。いつからか、なんて覚えてない。気がついたら、蒼くんのことが大好きになっていた。けど、この気持ちは伝えられないし、伝えちゃいけない。


(顔、赤くなってないといいな)


 思わず視線を逸らすと、蒼くんのスマホが鳴った。


「はい、もしもし、ああ、みさ姉、どうした?え、今?ひよりが来てる、そう。ええ、めんどくせぇなやだよ、今日は無理。また今度話聞いてやるから、うん。じゃあな」


 そう言って、蒼くんはスマホを切る。みさ姉というのは、蒼くんの家の隣に住む大学生二年生のみさこさんだ。蒼くんの家を真ん中に、私の家とみさ姉の家がある。私は小学生五年生の時に引っ越してきたけれど、私が越して来る前から、蒼くんとみさ姉は隣同士で幼馴染なのだ。

 みさ姉はとても良いお姉さんで、私が越してきてからは三人でいつも仲良く遊んでいた。今でも、たまに勉強を教えてくれたり、私の好きなお菓子を買ってきてくれたりする、とっても優しいお姉さん。


「みさ姉、いいの?何か話があったんじゃない」

「いいよ、どうせ大した話じゃないし。いつでも聞ける」


 くわあ、とあくびをしながら蒼くんは言った。そんなこと言うけど、本当は蒼くんはみさ姉の話を聞きたかったんじゃないのかな。みさ姉と蒼くんは仲良しで、たまに商店街や帰り道で二人で一緒にいるところを見かけたことがある。その時の蒼くんの顔はとっても嬉しそうで、みさ姉との距離もすごく近くて、もしかしてこの二人は付き合ってるんじゃないか、そうでないにしても、蒼くんはみさ姉のことを好きなんじゃないかって思う時がある。


「お皿、洗っていくね」

「お、じゃ手伝うよ」

「ううん、いいよ、今日は洗い物少ないし。蒼くん座ってて」

「んー?そう?」


 蒼くんは座ったまま少し不満げな顔をしている。言うなら今だ、お皿を洗っていれば蒼くんの顔は見なくていいし、緊張しなくて済む。


「あのね、蒼くん」

「何?やっぱり手伝う?」

「ううん、大丈夫。そうじゃなくて、……私、もうご飯作りに来るのやめようと思ってるんだ」

「……は?なんで?」


 蒼くんの声音が固くなる。きっと今、絶対私のこと見てる。でも、目を合わせることなんてできなくて、ひたすらお皿を洗うことに集中した。


「蒼くん、受験でしょう。私、邪魔しちゃいけないと思って。ご飯作りに来ると、つい話込んで長居しちゃうから」

「なんだよ、そんなことか。別に大丈夫だよ、そんなことで俺の成績が落ちるわけないだろ」

「それは、そうだけど……とにかく、もう作りには来ないから。あ、でも、お母さんが作ったご飯はまた届けにくるから安心して」


 へへっと笑ってつい顔を上げると、そこには複雑そうな不信そうな顔の蒼くんがいる。ああ、やばい、顔見るんじゃなかった。慌てて、また洗い物に視線を落とす。


「なんでそんな急に……」


 〜♪


 蒼くんの言葉を遮るように、私のスマホの音が鳴る。メッセージかな。


「スマホ、鳴ったよ」

「うん、後でみる」


 立て続けに何回か鳴ったので、多分数回に分けてメッセージが送られて来たんだろう。誰かな、なんて考えるより、蒼くんの機嫌の悪そうな声が頭から離れない。


「ひより、明後日水族館に行くの?」

「え?」

「これ。男だろ?誰だよこいつ」


 視線を上げると、蒼くんが私のスマホを片手にフラフラと揺らしている。画面にメッセージがポップアップで載ったのを、蒼くんが見てしまったらしい。蒼くんは明らかに不機嫌そうな顔をして私を見ている。


「えっと、学校の、同級生……?」


 明後日、同級生の男子に誘われて水族館に行くことになっていたことを思い出した。きっとその同級生からのメッセージだろう。


「もしかして、彼氏?いつの間に彼氏なんか作ってたんだよ」

「え、彼氏、ではないよ」

「へえ、……もしかして、ご飯作りに来ないっていうの、こいつのため?」

「え?」

「こいつに遠慮して来ないつもりなの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「でも、デートするんだろ、こいつと」


 デート。そっか、デート、なのかな。同級生からの誘いを受けたのは、蒼くんから卒業しようと思ったから。いつまでも蒼くんのそばにいると、叶わない恋だってわかっているのに、蒼くんへの気持ちが強くなりすぎて、辛いから。だから、蒼くん以外の男の子と仲良くなって、蒼くん離れをしようと思ったのだ。


「なんでそんなに不機嫌そうなの?蒼くんに関係ないじゃん。蒼くんだって、みさ姉とデートしたりするでしょ」

「なんでみさ姉が出てくるんだよ。こいつとみさ姉は立場も状況も違うだろ」


 違う?違くなんてないよ。蒼くんとみさ姉はどう見てもお似合いだし、きっと両思いだ。私にとっては蒼くんとみさ姉はデートしてるようにしか見えない。みさ姉は美人で優しくて大人だ、蒼くんはきっとそんな大人なみさ姉のことが好きで、私みたいな幼い、可愛げもない女なんて好きにならないってわかってる。


「こいつのこと、好きなの?」

「別に、好きとかじゃないし、そもそもまだよくわかんないよ」

「なんで好きでもないやつと一緒に水族館なんて行くんだよ。もしもクソみたいな奴で騙されてたらどうすんだよ」

「そんなことするような子じゃないよ!……知りもしないくせにそんなこと言わないで」


 私の返事を聞いて、蒼くんは明らかに怒った顔をしている。どうして蒼くんが怒るの?蒼くんには関係ないでしょう?蒼くんにそんなこと言われたら、蒼くんへの報われない思いが溢れて口からこぼれてしまいそうになる。

 

「っ、とにかく、蒼くんには関係ないでしょ!お皿、洗い終わったから帰るね!」


 蒼くんからスマホを奪って、私は蒼くんに背中を向けて出ていった。こんな風に今日を終わらせるつもり、なかったんだけどな……。





「な、んで、いるの?」


 同級生との待ち合わせ場所の少し手前に、なぜか蒼くんが立ちはだかっていた。思わず、蒼くんの手を取って同級生の死角に移動する。


「俺と一緒にいるの、見つかったらまずいんだ?」

「そうじゃないけど、びっくりして……!」

「へえ」


 蒼くんは不機嫌そうに、私のことを上から下までじっくり眺めている。


「な、に?」

「随分とお洒落してるんだな」


 ムッとしながら蒼くんは言った。別に、そんなにお洒落したつもりはないし、いつも通りだ。いつもはおろすか一つに結ぶかしているセミロングの髪の毛も、今日はお出かけだからとちょっと編み込んでアレンジしたくらい。

 蒼くんこそ、制服姿もかっこいいけど、私服姿もやっぱりかっこいい。シンプルな装いだけど、そもそもがかっこいいから目を引く。私みたいなごくごく普通の女子高校生が蒼くんの隣にいるのはなんだか不釣り合いな気がして気が引けてしまう。


なんでそんなに不機嫌そうなの?なんでそんなに不満そうなの?そもそもどうしてここに?聞きたいことが山ほどあるのに、なぜか言葉が出ない。そう思っていたら、同級生のスマホの着信音が鳴るのが聞こえてきた。


「あ、もしもし?ああ、これからだよ。まだ来ない、待ってる。え?ああ、大丈夫だって。男いたことなさそうだし、ちょっと押せば多分楽勝でしょ。落とせたら俺の勝ちだからな」


 ははは、と楽しそうに笑っている。たまに周囲をチラチラと見ているのは、私が近くにいないか確認しているんだろう。死角になる場所に隠れているから、同級生には見つかっていない。


(あれ、私のことなのかな)


 押せば楽勝、落とせたら俺の勝ち。それってつまり、私と付き合えるかどうか賭けてるってことだよね?胸の中に、黒いモヤのようなものがどんどんと広がっていくのと同時に、悲しい気持ちが込み上がってくる。


(蒼くんに言われた通りだった。クソみたいな奴で、騙されてたんだ)


 目の前にいる蒼くんの顔を見れない。俯いて黙っていると、蒼くんに急に手を掴まれ、引かれる。


「えっ!?」


 蒼くんは私の手を掴んだまま、同級生の目の前に出た。


「おい、お前、二度とひよりに近寄るな。ひよりは俺のだ、クソが」

「……は!?なんだよお前、って、男いたのかよ!?」


 ふざけんなよ!と後ろから同級生の声がするけれど、蒼くんは私の手を引いてズンズンと歩いていった。



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