風間悠一と西洋人形の館その1
プロローグ 東智大学ミステリー研究会
首都東京、そのど真ん中にあるその大学は日本有数の国際色豊かさを誇る大学だ。構内を歩いていると体に悪そうな綿菓子のようなカラフルな頭をした留学生がそこかしこを歩いているし、イギリスにあるという某魔法学校から派遣されてきたのではないかというような風体の老齢の教授を目にすることも珍しいことではない。
そんな東智大学には数多くの部活やサークルが存在する。野球やサッカーといったメジャーなスポーツ、剣道や空手など外国人受けのよさそうな武道、学校の特性を活かしに活かした国際交流サークルに、それが好きで好きで仕方ないのだという人たちばかりが集まったサブカルチャーのサークル。とまあジャンルを挙げていけばキリがないわけだが、それらの全てのサークルの部室はその全てが大学構内のその奥地に押し込められている。その名もグスマンセンター。このグスマンというのは大学創設に寄与した明治時代の外国人、という話らしいのだが、仮にもそんな大学的には偉大な人の名前を冠した施設がこの大学の奥も奥の方に追いやられているのはいかがなものかと思う今日この頃だ。
このグスマンセンターの中の最下層・地下2階、その最奥に位置する広めの部室に陣取っているのが何を隠そう我がミステリー研究会、その名も「221B」。まあミステリー好きならすぐにピンと来るであろうネーミングだ。
そろそろ諸君もこの仰々しい話し方をする俺のことが気になって仕方のない頃合いだろうから自己紹介に移らせてもらうとしよう。俺の名前は風間悠一、一応このミステリー研究会所属の2年生であり、そして名探偵だ。名探偵というのがどういうことかと言うと、至極簡単な話で昔から俺は数多くの難事件を解決しているからだ。そしてこれまでの経験を活かしてミステリー小説の1つでも書いてやろうと俺はこのサークルに…
「ドアの前で何をしているんだ、はよ入れ。」
「あだっ!何するんすか!」
「邪魔だ、ドアホ。」
今暴言と共にこの俺を蹴飛ばした乱暴な大男は火野大輔。この大学の3年生でこの研究会の創設者。そしてもちろん会長だ。ちなみにこの俺が今日態々こんな大学の奥の奥まで来ているのもこの男に呼び出されてのことである。まだうっすら痛む腰をさすりながら先に入った会長に続いて俺も部室へと入る。背負ったリュックを乱雑に放り投げ、パイプ椅子を広げていつもの場所にドカッと座る。
部室は真ん中に長机を3台並べて置いてあり、ある程度自由に私物を広げられるようになっている。周囲にはズラッと本棚が並べられており、そこには数々の名作と呼ばれるミステリー小説が国内外関係なく所狭しと並べられている。ただその一角にはそれらの小説より二、三周りは大きいサイズ感の薄い冊子が置かれている。
そう、この冊子こそこのミステリー研究会が存在する理由。いわゆる同人誌や部誌と呼ばれる類のものだ。年に数回、学園祭やら何やらを目標に俺達はこの冊子を制作し、配布及び頒布している。まあそんなんでもしなければ成果なしでこの研究会もなくなってしまうのだからめんどくさいが仕方あるまいよ。
「おはようございます。」
「おう、おはよう。」
そうこうしているうちにガチャリとドアが開き、女性が1人入ってくる。黒く艶やかな髪を腰ほどまで伸ばしている。すっと伸びた鼻筋に大きく切れ長の目、そして雪のように白い肌。端から見たらいわゆる“美女”ということになるのだろうか。まあ顔は整っているし、スレンダーなスタイルもまあ悪くない。だが俺から言わせれば彼女を評価するなら“雪女”だ。白っぽい着物でも着ればまさにそれになるだろう。
「なんですか、ジロジロ見て。気持ち悪いです。」
ほらな。
この失礼極まりない女は氷室雪華。今年この大学に入ってきた1年生だ。つまり仮にも後輩である。にもかかわらずこの態度である。
「もう少し敬意ってものはないワケ?」
「敬うポイントがありませんから。」
「おい。」
「だってそうでしょう?だらしないし、やる気ないし、スケベだし。こんな人のどこを敬えって言うんですか?」
「オーバーキルだろ!ってかまだ初対面からたった1か月で俺の何が分かるってんだよ!」
「1か月見てれば先輩がだらしなくてやる気ないのは分かりますし、スケベなのは今舐めるように私の体を見てきたじゃないですか。」
「そんなことはしとらんわい!」
「まあその辺にしとけ。」
「「だってコイツ(先輩)が!」」
会長が右の掌を頭が痛いと言わんばかりに額に当てる。なぜ俺まで同類扱いだ。コイツの態度に問題があるのだろうに。
「また喧嘩してるんですかー?」
そんな騒ぎを横目にもう1人、今度は氷室とは系統の違う顔立ちの整った女の子が入ってくる。方ほどまでで切り揃えられた茶色のボブカットに氷室とは真逆の大きくまん丸な瞳。雰囲気もふわふわとしていてそれでいて快活。まさに男子ウケというものをこれでもかと詰め込んだ感じの女の子。まあこちらはどちらかと言えば“美少女”に該当するのだろう。まあ俺からすれば“犬っころ”という印象の方が強いが。
「あ、先輩!おはようございます!」
「おはよ。」
この人懐っこさもまさに犬って感じだ。何というか実家のポメラニアンを見てるみたいだ。
「また何をケンカしてたんですか?」
「いつものだよ。」
「聞くまでもないとは思ってましたけど、2人とも成長しませんねー。」
「人間ここまで育つとそう簡単に変われんものだよ。」
「「2人とも失礼すぎやしませんかね?」」
「息ピッタリか。」
まあこっちはこっちで俺の扱いは非常に雑な訳だが。
こっちは雲雀メイ。氷室と同様今年入学したばかりの大学1年生でミス研の後輩。そしてこの雰囲気には似つかわしくないことにコイツは社長令嬢だったりする。全くなんでそんなお嬢様がこんな地下深くまでお出ましなのやら。
「さて、これで一通りメンバーが揃ったわけだが。」
俺たちのやいのやいのが一通り終わるとそろそろ話を始めてもいいかとばかりに火野会長が話を切り出す。
この221Bはこの1年2人も含めてたった4人で運営されるサークルだ。創立当初は会長の学年の人があと2.3人いたそうなのだが、その人らはみんな何らかの事情で辞めてしまったらしい。ま、会長のクソ真面目さに嫌気がさした、と言ったところだろうが、その辺りの事情は会長があまり話したがらないし俺も別に興味ないので深く突っ込んだりはしていない。サークルが会長1人になって運営も限界かといったところにちょうど俺が入ってきたことでどうにかあと1年サークルがギリギリ保ったため今年2人の新入生を迎えてサークル継続の目処が立った、というのが現状である。
「今日集まってもらったのは他でもない。夏の東智パークについてだ。」
「あー、やっぱ作るんすね…。」
「当たり前だろう。今年はメンバーも増えてよりいいものが作れるのだからな。」
「頭数だけ揃えりゃ良いってモンでもないでしょ?」
「それはその通りだ。そこで今回はコンビでの合作と行こうと考えている。」
「合作ぅ!?」
うちのサークルは年3回、部誌を出している。1度目が新入生勧誘に向けたライトめなもの。2度目が夏場のオープンキャンパスに来る高校生に向けたもの。今回の議題はコレ。そしてこの2つをこなしながら半年から1年かけて作るのが11月の学祭に向けた3度目の言わば俺たちの1年の集大成とでも言うべき代物。まあ忙しいのである。更にうちの会長は真面目が筋肉つけて歩いてるみたいな男なので一度編集となると鬼のように厳しい。去年エラい目に遭った俺が言うのだ、間違いない。それでも俺はなんやかんやでうまーくこなしたから良いものの、それを女子2人にもというのは酷ではないかと思っていたところにこの提案だったため俺は正直面食らった。
「会長、そんな柔軟性持ってたんですね。」
「よし、お前には更に1本追加で書く権利をくれてやろう。」
「そんな無茶なっ!!?」
「嘘だ。」
「先輩ってそんな冗談言えたんですね。」
「氷室も追加で書きたいか?」
「冗談です、ごめんなさい。」
なぜ俺の姿を見て学ばない。
それにしても綺麗な低頭である。立っていたなら綺麗な土下座をしていたのではというくらいだ。
「冗談はさておき、だ。俺は去年一年やってみて一つ反省点があった。それは流石に入ってすぐの1年がいきなり3ヶ月弱で短編とは言え1本小説を仕上げるのは厳しいということだ。いくらそこのスカタンが根っからテキトーでだらしないとはいえキャパオーバーなのは分かった。そこで今回は2人1組で3万字程度の短編を仕上げてもらう。」
「とは言っても俺と会長で組んだら意味ないっすよね?」
「もちろんだ。そこで今回は俺と風間に1年がそれぞれ1人つく、という組み合わせを想定している。」
「「じゃあ火野会長で。」」
「俺泣くぜ?20歳の大の男が床で転げ回って。見たいかそれ?」
「一周回って面白そうですね。」
「ちょっと興味あるかも…。」
「うわーーん!かいちょぉー!!!女子が虐めるーー!!!」
「自業自得だ。反省しろ、馬鹿者が。」
「会長まで冷てえでやんの。」
俺、本気で泣きそう。
「で、マジメな話だ。今回は初めからペアを決めてある。」
「マジすか。仕事早いっすね。」
「まあな。この1か月そこそこで見てきた中での適性と相性を見てな。」
「で、そのペアってどんな感じなんですか?」
「小説を書く歴については俺も風間も大差ない。だから主に人間性の面で判断した。性格がクソな風間には誰とでも上手くやれる雲雀、口が悪くて誰とでも即時戦闘態勢に入れる氷室には手前味噌な話だが人よりは我慢強い俺がつく。」
「あれ、おかしくない?なんで雲雀の方がお目付け役みたいになってんの?」
「ええ、先輩と同格扱いは非常に不満です。」
「そういうとこだと思うよ…?」
「じゃ、そんなわけで締め切りは入稿のことを考えて6月末だ。少々忙しいが頼むぞ。」
「へーい。」
とまあそんなこんなでミーティングが終わった。そこからはとりあえず1回目の各々の打ち合わせに入ることにした。
とりあえず部室を出た俺たちは学校の図書館に入ってそこのミステリー小説を何冊か机に並べながら相談を始めた。
「っていうか2か月って結構キツくないですか?」
「あー、まあな。そんでも今年はコンビだからまだマシだ。去年なんか会長と2人きりで1本ずつ書いたんだからな。」
「うわー…。」
「それに比べりゃ今年は2人でアイディアを出し合って2人で本文を書ける。どうにかなるさ。」
「いまいち信用できないですけど。」
「俺の信頼度どこ…?」
「そこになければないですねー。」
マジで失礼だ。
「で、どうするよ?一口にミステリーと言っても色々ある。私立探偵ものもあるし、洋風和風でも分けられる。まあ素人の俺らがいきなり書くのは厳しいが医療ミステリーみたいなかなり限定的なジャンルもある。やろうと思えば学園ものだってできる。殺人がないパターンだってあるぜ?」
「先輩のおすすめは?」
「個人的には学園もの。実際に俺らが今までの人生で見てきてるものだしな。」
「だったら洋風ものも行けますね。私んち洋風なので。」
「そりゃ洋館ってやつか?」
「ってやつです。」
「出たよ社長令嬢。だけどやだろ、いくらフィクションとは言え自分ちっぽいとこで事件起きんの。」
「別に私んちじゃないですし。」
「お前、思ったよりドライだよな。」
「よく言われます。」
「じゃあ洋風ミステリーにするか?」
「はい!」
とりあえずジャンルは首尾よく決まったな。後はもう少しコンセプトを絞りたいとこだな。
「洋風ってだけじゃまだぼんやりしてるな。もう少し中身を絞りたい。」
「確かにこのまんまじゃトリックとかも考えにくいですね。」
「だろ?」
「だったら実際に行ってみません?」
「まあ確かに実際に洋館とかを見られたらもっとイメージは湧くだろうが、どこ行くってんだよ?まさかいきなりお父様に紹介してくれんのか?」
「嫌です、絶対。こんなの連れてったら一瞬で連れ戻されます。」
「そこまで言うか?」
「実はこんなものをいただきまして。」
そう言って彼女がカバンから取り出したのは2枚のチケット。どうやら何かのツアーのペアチケットらしい。そこには『西洋人形の美しく繊細な職人の世界をめぐる2泊3日の旅』と書いてあった。
「私のお父さんおもちゃ会社の社長じゃないですか。」
「ああ、そうだったな。」
「それで取引先からぜひって送られてきたらしくて。ほんとはお母さんと行きたかったらしいんですけどチケットの日はどうしても外せない仕事があるから友達とでも行っておいでって渡されたんです。」
「なるほどな。で、そのツアーが何で洋館に繋がるんだよ?」
「この泊まるホテル、どうやら古い洋館を改築して作ったらしいんですよ。で、そこのオーナーさんが無類の西洋人形好きらしくて。」
「だからこのツアーの宿泊先にはピッタリだ、ってワケね。」
「ほんとは雪華ちゃんでも誘おうかなって思ってたんですけど、こうなったら先輩でいいです。」
「いいですとは何だいいですとは。でもま、確かに取材にはうってつけかもしれんな。行くか。」
「おっけーです!じゃあ今週の土から月ですからね!」
「急すぎんだろ。予定があったらどうしてくれるつもりだ。」
「あるんですか?」
「ないけど。」
「知ってました。」
「え、ストーカー?」
「違いますから!」
とまあそんなこんなで俺たちは取材旅行に出かけることになったのだ。
まさかその先であんなことが起こるとはこの時は微塵も思っていなかったわけだけれど。