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画面越しの悲恋

作者: 紫電

俺には推しがいる。


チャンネル登録者は少ないけれど、配信者としての完成度や実力は超一流だ。


軽率に君付けや呼び捨てでリスナーと距離を詰めたりしないし、悪質なコメントへの対処も完璧。


俺は彼女を3年近く見守ってきた。

名前も当然覚えてもらってるし、参加型なんかでも仲良くしてもらってる。


そんな推しが、この度引退するらしい。






彼女のことを知ったのは、推し始めるよりもずっと前だった。


最初は『推し活』と呼べるほどの情熱はなく、週に一度見に行くかどうかといった具合だった。

だが、ある日それが一変する。


俺はいつものようにパソコンを閉じ、眠りについた。

その日の夢に出てきたのが、彼女だった。


夢の内容はよく覚えていないし、なぜそれが俺の意識を変えたのかは皆目見当もつかない。

だけど、その翌日から俺の推し活が始まったのは間違いのないことだ。


その日、俺はおもむろにパソコンを立ち上げるとペンタブレットとタッチペンを手に取った。


最近彼女が力を入れていたゲーム。

それに絡めたファンアートを贈った。


元々名前は覚えてもらえるぐらいには見に行っていたし、すぐに反応を貰うことができた。

ファンアートを贈るのは初めてだったし、彼女は驚いていたようだった。


お世辞にも上手いとは言えるイラストではないけれど、とても喜んでくれた。





それから、ファンアートやら短編小説やらを頻繁に送るようになった。

幸い俺は多趣味で、彼女へのプレゼントのネタに困ることはなかった。


そんな推し活を続けて、もうすぐ3年になろうという時。

彼女の引退報告が流れてきた。


最後の配信は、1か月後。


当然のように、俺は彼女に何かをしてあげたいと考えた。

でも、何がいいだろう。


エモいと言えるようなファンアートを描ける実力はない。

俺は多趣味とはいえど、その全てが素人に毛が生えた程度。


もっと何か特別で、彼女の心を揺さぶれるような…感動させられるようなものは何かないだろうか。


そんなことを考えながら、俺は何気なく彼女の初配信を見返していた。

今よりもなんだかぎこちなく、緊張しているように見える彼女の姿は、心にくるものがある。


彼女の物語は、もうすぐ終わる。

そう考えたら、やはり寂しいよな。


『私の夢は、オリジナル曲を出すことです!』


何気なく聞き流していた配信から、そんな声が聞こえてきた。


…そうか。

…それだ。


それこそ素人に毛が生えている程度だが、俺はほんの少しだけ音楽に造詣があった。

彼女の夢を、叶えてあげよう。






タイムリミットは近い。


彼女が歌を練習する期間を考えれば、残りの時間は2週間程度。


俺は慣れない作曲ソフトを立ち上げ、操作方法を逐一調べながら曲を書き上げた。

彼女の名前をもじったタイトルを付け、彼女からリスナー全員に向けたような歌詞を、僭越ながら代筆させていただいた。


お節介厄介オタクのやることではある。

だけど、彼女なら喜んでくれると信じて書いた。


そして、この曲を作っている間。

俺は信じられないほど楽しかった。






曲が完成した。

俺はSNSの彼女のDMに、音声ファイルと共にこの文章を添えた。


『お疲れ様です。2週間後の引退配信に先立ち、何か贈り物ができないかとずっと考えていました。』


『俺にできることは何かないかと考えた結果、あなたが【オリジナル曲を出したい】と仰っていたことを思い出したんです。』


『こんな楽曲でよろしければ、最後に夢を叶えてみませんか?』


既読はすぐについた。

彼女の返答はこうだった。


『ええーっ!本当にいいんですか!?』


『嬉しいです。大切に歌わせていただきますね。』


いつもファンアートを贈っていた時のような反応で、もはや安心感すら覚える。

彼女の引退は辛いが、2週間後が楽しみにもなってきた。






2週間後、彼女は俺の力作を完璧に歌い上げてくれた。

常連のリスナーたちもコメント欄で歓声を上げる。


俺が作ったと知ったリスナーは驚き、感謝を述べる者もいた。

大団円で、彼女の引退配信は終わりを迎えるのだった。






その日の夜。


俺はパソコンを立ち上げると、1件の通知が来ていることに気が付く。

それは、彼女からのDMだった。


『お疲れ様です。この度は私の夢を叶えてくださってありがとうございました。』


『そこでなのですが、何かお礼をさせていただきたいのです。』


『私にできることならなんでも仰ってください。』


その文章を見た俺の脳内に、1つの邪念が浮かぶ。


『もしよろしければ、お会いして話すことはできませんか?』


俺は入力欄にその文字列を書く。

かつてない葛藤が俺を襲う。


これは本来してはいけないな要求である。

だが、俺はあろうことか彼女に本当の恋をしてしまっていたのだ。


いつも毅然とした態度。

リアクションの豊かさ。

そして、俺自身と似通った趣味。


実際に会って話すことができれば、どんなに楽しいだろうかといつも考えていた。

でも、これはダメだ。


彼女とどれだけ仲が良かろうと、どれだけ尽くしていようと。

この一線だけは超えてはいけない。


そう分かっていた。


だから、俺は入力した文字列を全て消去する。

そして、新たな文章を書き記した。


『では、俺に宛てたパソコンの壁紙用イラストをいただけませんか?』


俺は送信ボタンを押した。


すぐに返信は帰ってくる。


『そんなことでしたら、是非!』


『すぐに取り掛かりますね!』


これでいい。

これでいいのだ。


そう自分に言い聞かせると、俺はパソコンを閉じて眠りについた。


その日の夢には、また彼女が出てきたようだった。

しかし、相変わらず内容までは思い出せない。


ただ、幸せな夢だったということは確かだった。






後日、送られてきたイラストと共に添えられていた文章。


『今まで、本当にありがとうございました!』


その言葉を最後に、彼女のSNSは動くことはなかった。


俺は壁紙に設定した彼女のイラストを見るたびに思い出す。

彼女の配信を、彼女の文章を、そして彼女の歌声を。

数少ない同志たちと過ごした日々を。


そして、またいつかひょっこりと顔を出してくれることを願い、今日も俺は眠りにつくのだった。


本来、配信者と視聴者には画面という壁があります。

そして、その壁を隔てた先は『別の世界』なのです。

別の世界の住人に本物の恋をする。

本当ならあってはならない事です。

でも、私たちは憧れるのです。

画面のその先、歌い踊る私たちのアイドルに。


私たち創作作家が、異世界やSF世界に想いをはせるように。

私たちは、恋をするのです。

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― 新着の感想 ―
応援しているVさんの引退は寂しくもあり、楽しかった思い出と感謝で送り出したい気持ちもあり……ファンの気持ちが丁寧に描かれていたと思います。 たくさんの趣味の中の一つということでプロが作るようなオリジ…
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