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牧野陽太②

 店内はいわゆる昭和レトロという雰囲気の、アンティークのように飴色になったテーブルや椅子がおかれた喫茶店だった。和風で趣のある店構えとは異なるがこれはこれで風情があり、陽太の親世代であれば懐かしいと言って喜ぶだろう。

 いらっしゃいませー、と涼やかな声とともに現れたのは白い髪のおかっぱで、両サイドに青いメッシュが入っている美少女だった。アルバイトの子だろうか。こんな髪の色をしていて校則は、と陽太が思うと店の奥からまた白い髪が顔を出した。一人、いや二人か。

「いらっしゃいませー……って、コウさまじゃないっすか、愛想のいい声出して損したわ」

 白地に赤メッシュが入った短髪にをぴこぴこ跳ねさせた少年が、あからさまに機嫌を悪くしたように店の奥に引っ込む。もう一人出てきたのは白地に金メッシュで緩くウェーブがかかった髪を耳の上で切り揃えている少年だ。こちらは陽太に気が付くと、ぱっと顔を輝かせて頭を下げる。

「いらっしゃいませ! どうぞお好きなお席へ」

 犬っぽい子だな、と陽太は思わず顔をほころばせてしまった。しかしお好きなお席へと言われても困る。

 陽太があたりを見渡すと、広いとは言い難い店内には四つのテーブル席と二つのカウンター席しかない。どの席にも客がいて、新しい客に興味深げな視線を寄こしている。陽太を連れてきた老人もちゃっかりカウンター席にいるではないか。空いているのはカウンター席、つまり老人の隣の一席だけという状況である。

 仕方なく陽太は空いている席に腰かけた。すかさず青メッシュの少女がメニューを差し出す。ちらりと見てコーヒーと頼めば、少女はまた涼やかな声でかしこまりましたと答えた。

 注文を済ませると、陽太は改めて隣に座る老人に頭を下げた。

「蹴った石が当たるとは思わず、失礼しました」

 老人はほっほと笑うと、いつのまに提供されていたのだろう、手元にある湯飲みのお茶を口に運んだ。

「なんだ。あんた、粗相働いたのかよ」

 赤メッシュの少年が店の奥から顔をのぞかせ、けけっと笑った。その隣で青メッシュの少女がぺしりと赤メッシュを叩いている。

「お客様になんて口利いてんのよ、この馬鹿狐」

「うっせ」

「コウさまが連れてらっしゃったってことは、きっとそういうことなんだから。ご用向きを聞いてきなさいよ。ほっといたらあの人、帰れなくなるでしょ」

「だってよ、犬っころ」

「犬っころって言うなよなー」

 しっかり者の少女と手のかかるやんちゃ坊主か。青と赤のやり取りを微笑ましく見ていると、金メッシュの少年が顔を輝かせて飛び出してきた。

「ご注文のコーヒーです、どうぞ」

「ああ、ありがとう。君たち、アルバイトなの? こんなところに喫茶店があったなんて知らなかったよ」

 陽太が礼を言ってコーヒーを受け取ると、金メッシュの少年はニコニコしながらエプロンのポケットからメモ帳を取り出した。

 一口含んだコーヒーは、可もなく不可もなくといった味だ。これで目の覚めるような味ならば甘味を追加してもいいかと思ったがそこまででもなさそうだ。陽太がもう注文するものはないよと首を振ると、少年はメモ帳とペンを持ったままおもむろに口を開いた。

「お客様、えっと、牧野陽太さんですね。西野町三丁目の金物屋さんの三代目」

 え、と陽太はコーヒーカップを口に運ぶ動作を止めた。この店に来たのは初めてで、常連でもない上に顔見知りでもないはずの店員が何故自分を知っているのだろう。

「おお、なんだ牧野の分家の末か」

 テーブル席にいた小太りのおっさんがTシャツからはみ出しそうな腹を掻いた。

「そうなんですよ。まあご近所さんだとは思ったんですけど。結構代々住まわれてる方なんですねぇ」

「先々代はしょっちゅううちに来て、頭下げてたっけねぇ。末はまた、ひと際冴えない顔しちゃってない?」

 今度は別のテーブルから声が上がった。まだ若い、子どもと言ってもいい年頃の少女だ。ツインテールを垂らした少女は手元にあったアイスコーヒーのストローに口を付ける。ずずっと残り少ない液体を吸い込む音が陽太の耳に届いた。

「え、ちょ、何、どういうこと」

「本日はデートの帰りですね? うまくいかなかったんですか?」

 金メッシュの少年は陽太の動揺については完全にスルーした。にこやかな顔で訊ねられた質問に、ぞわっと陽太の背中が粟だつ。

「な、な……なん……」

 言葉が続かない。陽太は椅子を蹴るように立ち上がった。ガタンと大きな音がすると、それまで互いに語らっていた客が口を閉じ、一斉に陽太の方に視線を向ける。

 地元の神社の仲見世にある喫茶店だ。自営業を営む自分のことを知っている人が一人くらいはいてもおかしくはない。でもなんだ、この違和感は。そして今こいつは何と言った?

 なんで今日、デートをしてきたって知ってるんだ。

 金メッシュの少年がゆらりと動き、椅子を立てた。いつの間にか青メッシュの少女も、赤メッシュの少年もカウンターに出てきている。

「怖がらなくていいっすよー」

「こ、怖いに決まってるだろ! なんなんだよお前!」

 人懐こそうな笑みを浮かべている金メッシュに対して思わず陽太が怒鳴りつけると、赤メッシュがけらけらと声を上げて笑い出した。

 何がおかしいんだ、なんなんだ。陽太は財布から千円札を抜き出しカウンターに叩きつけた。そしてくるりと背を向け入口へ走り寄る。しかし引き戸に指をかけようと手を伸ばすと、そこにあったはずの引き戸がうんと遠ざかった。

「な……何で!」

 何回か同じように走って入口に近づくも、手を伸ばすとそのたびにガラスの引き戸は遠ざかる。絶望に声を上げると、背後で金メッシュの声がした。

「あー、もう! 誰ですか、遊んでるのは! 牧野さん、怖がっちゃうじゃないですか!」

「最初に怖がらせたのはお前だろう、犬っころ」

「犬っころ言うな!」

 カウンターから赤メッシュが揶揄うと、金メッシュは眉毛を吊り上げてそちらに怒鳴った。

「これから順を追って説明しようとしたんだって! あ、わかった、ウカさまでしょ。こういう人の悩み、大好物なんだから」

「うちの姫さんがそんないたずらするわけねえだろ!」

「じゃあ誰だよ!」

 カウンターを挟んで取っ組み合いを始めそうになった金メッシュと赤メッシュだが、それは青メッシュによって阻止された。

 ぱぁんという乾いた景気の良い音が店内に響くと、二人の少年はどちらも頭を抑えて蹲る。やや早く立ち直った赤メッシュが青メッシュを恨めし気に見上げた。

「……いってぇよ、水羽ぁ」

「山吹も紅丸も、いい加減にしなさい!」

 やはり店員の中では彼女が一番のしっかり者なのだろう。いや違う。そんなことに感心している場合ではない。

 呆気にとられかけた陽太は、すぐさままた入り口へと駆け出した。

 ――あと少し。

 そう思って伸ばした指先はまた空を切った。しかし今度は引き戸が遠ざかったのではない。

 がらりと音を立ててガラス戸が動き、一人の女性が現れたのだ。いらっしゃいませ、と涼やかな少女の声がかけられると、女性は右手を軽く持ち上げた。

「毎度ぉ……あれ?」

 黒く長い髪を無造作にくくった女性、正面から鉢合わせた陽太に目を丸くした。年齢は分かりにくいが三十代ほどか。今どきには少し珍しい、体のラインがはっきりわかる白いワンピースを着ていて、肩から下げた鞄からはいくつもの紐が飛び出している。

 女性はおやおやと陽太を見つめた。そして驚いて固まってしまった陽太の肩をぽんっと叩くと、半ば強引にカウンター席へと引き戻した。

「あ、ちょ! 俺、もう帰るんで!」

「いーから、いーから。水羽ちゃん、コーヒーひとっつ」

 はい、と少女が答えると、少し慌てたように赤メッシュの少年がカウンターから乗り出してきた。

「キクさま! いやぁ、今日もお美しい! 奥のソファ席どうです?」

「おや紅丸。あんた、この子の悩みをアタシに聞かせたくないってハラだろう? アタシほど適任はいない案件だと思うけど?」

 いやあ、と紅丸と呼ばれた少年は頭を掻いた。

「犬っころが下手打って、この人帰りたそうだったからさぁ。帰りたいなら帰してやったほうがいいかなって」

「この店に来れた時点でこっちに足突っ込んでんだ。このまま帰したっていずれまた来るだろうさ。だったら早く解決してやんのが筋ってもんじゃない?」

「違うでしょ、キクさまが色恋沙汰の話聞きたいだけっしょ?」

「……悪い?」

 あー、と紅丸は天井を仰いだ。

「じゃあ改めまして、牧野さん。今抱えてるお悩み、どーんと言っちゃってください!」

「よく言った、山吹。さあ青年。どーんと言っちゃおう!」

 すかさず飛び込んできて両手を広げた金メッシュが言うと、女性も尻馬に乗ったように両手を広げた。二人とも満面の笑みを浮かべ、好奇心を包み隠す様子もない。

「……な、なんなんだよ、この店……」

 混乱しきった陽太の背を、いつの間に背後に回り込んでいたのか小柄な老人がぽんっと叩く。

 これは言うまで帰してもらえなさそうだ。そう悟った陽太は、彼女にプロボーズできなかった話をぽつりぽつりと話し始めたのだった。


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