お婆様と木村に話す
隣に木村がいることを確認した胡桃は、チラリとこちらを見ながらも素直に学校へと出かけて行った。木村の存在が彼女をそうさせたのだろう。木村がいなければ、きっと今日は学校を休んでいたに違いない。分かる。木村は怖いのだ。
入れ替わるように、お祖母様が部屋に入って来た。一人だ。側近を一人も連れてきていない。
その理由も察しがつく。半田が書いた報告書の内容が、いかに常軌を逸したものだったか。いくら側近といえど、聞かせられないほど酷い話なのだろう。
これは甘んじて受けるべきだ。叱られよう。もう、この世界では俺は『ド変態』という烙印を押されているのだから。しかも、自分の『色気とエロさ』のせいで、とてつもないトラブルを引き起こしているのだ。諦めて叱られるしかない。
しかし、お祖母様はソファーに座っている俺の横に腰を下ろした。前のソファーに座るのではないのか?
心配そうな眼差しで俺の顔を見つめ、お祖母様は言った。
「彰、大丈夫?」
そして、俺の頬を撫で、優しく抱きしめた。
へ? 怒られない?
俺を抱きしめ、頭を撫でながら、お祖母様は続けた。
「彰は小さい頃から頑張りすぎているから、私は心配なのよ。コンサートツアーも本当に頑張ったのを知っているわ。実はね、内緒でコンサートを見に行ったのよ。私は、毎回どこかの公演には行っているの。今回のコンサートも彰はすごくかっこよかったわよ。彰の頑張りが、観客にしっかり伝わってきたわ」
え? いつ? 俺は思わずお祖母様の顔を見上げた。お祖母様はニコリと笑っている。
「驚いた顔してるわね? 実は、彩音も違う日にコンサートに行っているのよ? あの子の部屋には、自分で買ったあなたのコンサートグッズが飾ってあるの。内緒よ。ちなみに、私も飾っているわ」
驚きすぎて、声が出ない。
「木村も日本公演を観に行っているのよね」
ソファーの後ろに立っていた木村が、渋い顔をしている。お祖母様はニコニコと木村を見ているが、木村は(何故、今言うのか)という表情のまま、俺たちの斜め前に移動し、居住まいを正した。
「確かに、コンサートには行かせていただいております」 「菊池たちには分からないようにしておりますので、彰様、ここだけの内緒にしてください」 「毎回、楽しいです」
無表情で感想を言われた。
皆、来てくれていたんだ。嬉しい。胡桃が来ているのは知っていたが(友人を連れてきていない時に限って、控室にも来るから)、お祖母様まで。
お祖母様は微笑みながら俺の頭を撫でつつ、木村の話を続けた。
「木村は毎回、私にコンサートの感想を教えてくれるのよ」
またもや渋い顔になった木村は、(また、何故それを言うのだ)という顔をしている。
「他にも彰が知らない時、内緒で木村と二人で、彰を観に行っているのよ。いつとは言わないわよ。私たちの楽しみなんだから」
そう言いながら、お祖母様は笑顔で俺の手を握った。
「だからね、彰に、お祖母様と木村からお願いがあるの」 「そろそろ、彰の秘密を教えて欲しいの。彰は赤ちゃんの時から少し変わっていたわ。私と木村は話し合って、彰の自由にさせてきた。でも、彰はずっと、人には言えない悩みを抱えている。貴方が倒れるほどの『悩み』を、お祖母様と木村だけに教えてくれないかしら」 「この部屋の周りには人はいないから、私と木村だけしかいないの」
お祖母様は、まっすぐ俺を見つめたまま、俺の手を握って尋ねてきた。ずっと、俺が話をするのを待っていてくれていたんだ。
「…………」
無言の時間が流れる。
「お祖母様、木村。俺には確かに秘密があるというか、理解されないと思って言ってこなかったことがあります」
意を決して尋ねた。
「二人は『前世の記憶がある』と言ったら、笑う?」
お祖母様は俺の手を握ったまま、即座に答えた。
「笑わないわ。むしろ、納得するから」
木村も静かに応じる。
「私も納得いたします」
二人はそう言い、俺が話し始めるのを静かに待ってくれている。
「俺の前世は、外資系のサラリーマンでした。最近は、いくつで亡くなったかも覚えてない。前世の世界では、男性も女性も同じだけいて、同じように仕事をする場所だった。俺の曲は、前世で聞いたり歌うことが多かった曲だから、少し気にしている。女性との恋愛も正直、昨日、真とタクミに聞いてめっちゃくちゃ驚いた」
息をつく。
「俺は、この世界の恋愛とかをよく知らない。ただ、男性は少しでも多くの女性たちと付き合うことしか知らなかったんだ。昨日、真とタクミから、デートのリードは女性がすること。夜の営みも、男性は動かず女性リードだと言われて、俺がいわゆる『ド変態な』行動ばかりをしていたことに気が付いたんだ」
あちらの世界は、どちらかと言えば男性リードで、夜の営みは男性リードのこちらの世界からすると、結構派手な営みが当たり前だった。驚きすぎて、どうしたらいいのか分からない状態になった。
「それに、『色気とエロさ』があふれていると言われても自覚はないし、皆に大迷惑かけてるし、菊池がノイローゼになるぐらい迷惑かけて、こんな『ド変態』になって、どうしたらいいのか分からない」
俺はいつの間にか泣いていた。
お祖母様が俺の涙を拭いてくれている。木村は黙って見ていたが、どれぐらい泣いていたのか分からない頃、飲み物と目元を冷やすものなどを持ってきてくれた。
「彰、落ち着いた? この飲み物飲みなさい。のどが渇いたでしょう?」
お祖母様が、精神が落ち着くようにカモミールティーを渡してくれた。
「それだけ心に溜め込んでいたら、そりゃあ、彰が倒れるのは当たり前よ。話してくれて、ありがとう。辛かったわね。もっと早く聞いていれば良かったと思っているわ」
お祖母様は優しく語りかける。
「彰は前世でも頑張っていたのね。外資系ということは、頭が良くて一生懸命に生きていた証拠。曲は気にしなくていいと思うわよ。いいじゃない! 彰しかできない異世界を繋いでいることが素敵よ。男性が女性をリードする恋愛! 素敵だと思うわよ。確かに彰の夜の営みはかなり激しいみたいだけど……何か建物ができたみたいだし、問題ないと思うわよ」
お祖母様は、俺の持つ可能性について話してくれた。
「彰は、この世界の女性の希望が詰まった小説とか、見たことない? きっと彰は、女性たちの希望の恋愛をさせてくれる唯一の男性になれる。それに、彰がお相手する女性たちは、西園寺家が管理するから、外にはばれないわよ。心配なら、『彰の恋愛方法』を世の中に、ゆっくりと『色々な方法』でアピールすればいいのよ。わが西園寺グループ全てを使えば、彰は『普通』になるわよ」
そして、核心に触れる。
「『色気とエロさ』は木村が考えているみたいよ」
俺は木村を見た。
「『色気とエロさ』のコントロールはできると思います」
え? 本当に? できるの? 俺は問題なくなるの?
「彰様は頭が宜しいので、何でもご自身で考えすぎるのです。私やサト様や菊池たちにもっと相談してください。わたくしが責任を持って『色気とエロさ』は克服させます。彰様の恋愛方法は、菊池がいない間に、今から一緒に考えましょう」
木村はそう言ってくれた。俺は、一人で溜め込みすぎていたんだ。
それから、お祖母様と木村と今後のことについて話し合った。俺の前世のことは、折を見てお祖母様と木村が、菊池やお母様たちに話すことになった。俺からは何も言わなくていいそうだ。
胡桃が学校から帰ってくるまでの間、お祖母様たちに俺が溜め込んでいたものを色々と話してもらい、夕食はお祖母様と帰宅した胡桃と食べた。




