朝起きたら
俺は目覚めた。
ぼんやりとした意識の中、視界に入ってきたのは、見慣れない天井だ。
「……なんだ、ここ?」
体を起こそうとして、隣の気配に気づく。なぜか、隣のベッドに、胡桃がすやすやと寝息を立てている。
状況が全く理解できない。どういうことだ?
一度、頭を整理しよう。
朝目覚めて、いつものように菊池がいるはずの場所にいなかった。代わりにそこに立っていたのは、俺にとって、祖母(お婆様)の次に恐ろしい存在、木村。朝っぱらから、思わずドン引きした。
いや、違う。訂正しよう。
木村は、祖母様より遥かに恐ろしい。
そのオーラがヤバい。母親(お母様)なんて、木村を見た瞬間に震え出すんだ。祖母様が仕事で忙しい間、屋敷の全てを昔から木村が管理していた。事実上、母親の育ての親でもある。だから、木村が「綾音様、ちょっと」と言った瞬間、母親は顔面蒼白になる。母親だけじゃない。田辺も菊池もだ。あの、態度がデカい半田ですら、木村には絶対に逆らわない。
最低でも、この屋敷の中では、木村に勝てる人間はいない。
その木村が、朝っぱらから俺に、半田からのムカつくメッセージを渡してきた。悪いのは俺だが、半田は俺を煽るんだ。あれは、主に対しての態度ではない。
次に、昨日の記憶を辿る。
確か、俺はあの恐ろしい木村を連れて、真とタクミとトレーニングをしたんだった。あの時の真とタクミの引きつった顔!「なんでこんなの連れてきたんだ!」という心の声が、本気で聞こえてきた気がする。田辺があんなにも丁寧に対応しているのを見たら、「The・木村様」という感じだ。あの田辺がひれ伏しているんだから、本当に恐ろしい。
そのあとは何をした?
寺に行った。祖母様と同じ年齢だという木村が、俺たちと同じスピードで寺の階段を駆け上がっていく。
結構な荷物を持っていたはずなのに、全く息が切れていない。「嘘だろ?」と思いたかったが、俺と真とタクミは静かにドン引きした。
あの階段は、凄く急で長い長い階段だったはずだ。木村を「妖怪」だと言われたら、納得してしまう。魔王でも悪魔でも納得できる。
田辺は静かに「私もまだまだ修行が足りない」と呟いていた。分かるよ。汗一つかいていない木村が隣にいるんだから、負けず嫌いの田辺が闘志を燃やすのも当然だ。
寺に着いてからは、3人で前世込みで初めての滝修行をした。普通に冷たかったが、3人でやったから楽しかった。頭の中がスッキリしたし、「これで煩悩が消えるかな?」と思ったんだ。
次に寺に着いて、3人で前世込みで、初めての滝修行したなぁ〜普通に冷たかったけど3人でやったから楽しかった。頭の中がスッキリもしたし、煩悩消えるかなぁ? と思ったんだよ。あとは、ロッカーで真とタクミと話をしていて……。
そして、ロッカーで真とタクミと話をしていたとき……。
次は精進料理を食べて、次の修行だと思っていたのに、タクミと真の話を聞いて、あまりにもショックで「あ!」と声を出して倒れたんだ。
真とタクミは心配してくれているだろう。目の前で人が倒れたんだから引くだろうし、しかも自分の主だから、余計に心配をかけてしまった。
まさか、この世界の男性は全て受け身の“マグロ”的な感じだとか、デートも女性が全てリードするとか……俺的には「ないわ〜」と思った直後のことだった。
こちらの世界に来てから、そういう『性』の事情は調べなかったから、まさか俺が「変態プレイ」をしていたなんて思わないじゃないか!
今更、俺がマグロになれなんて出来るわけがない。菊池がノイローゼになるはずだよ。菊池と、ムカつくが半田には悪いことをしたなと思う。
菊池は俺の育ての親だから、本当に悪かったと思ってる。菊池の中では、「大変態」を育ててしまったと悩んでいるだろう。しかも、「色気とエロさ」で皆に迷惑をかける俺だから、余計に菊池は悩む。納得したくないが、半田が言うことも一部納得してしまう。
それよりも、俺が変態じゃなくなる方法を考えなきゃいけない。
壁の時計を見ると、朝7時。俺がトレーニングをしないなんて、めちゃくちゃ珍しい。
ところで、隣のベッドでスヤスヤ寝ている胡桃を、マジで起こさないと遅刻だ。
さてと、起きて胡桃を起こしに行こう。寝ている胡桃の肩をゆすって起こし「胡桃遅刻だよ起きてー」布団の中で、むにゃむにゃしてる。
突然、胡桃が叫び、がばっと起きた。
「彰が目覚めた〜!」
そう言いながら、俺に抱き着いてきた。俺は体ごとベッドの奥へ持っていかれる。
その声に反応するように、部屋の扉が開いた。
ベッドに入ったまま、胡桃は俺に抱き着き離れず、俺の名前を連呼して泣いている。
「胡桃様。おはようございます。彰様からお離れください」
その声に反応するように扉が開いた。
開いた扉から入ってきたのは、やはり木村だ。
「今から医師の診察をしますので、胡桃様はサッサと彰様から離れてください!」
胡桃は木村の顔を見た瞬間、「ギョッ」という顔になり、静かに俺から離れた。
朝からの木村オーラがヤバい! 昨日より凄みが倍増していて怖い。
胡桃は俺から離れ、ベッドから起き上がり、木村に言った。
「木村、おはよう」「彰の診察を見てていい?」「今日は彰と一緒にいたい」
凄いぞ、胡桃! この尋常ではないプレッシャーの中、木村にお願いする勇気! 俺にはできない。
木村は胡桃の方へ向いて言った。
「診察を見るのは良いですが、午後から胡桃様は大事なテストがあると聞いていますので、遅刻は良いですが、欠席は不可です。このような時ほど、キチンと学業を優先させてください」
胡桃への凄まじいプレッシャーをかけて言う木村。一歩も引かない時の木村だ。胡桃は「ギョッ」となり、涙目になりつつ小さな声で「わかりました」と言った。
「彰様、ベッドにお戻りください。医師たちを呼びます」
俺は木村のプレッシャーに押されながら、ベッドに戻った。一応、俺も木村に向かって「木村、おはよう」と言ってからベッドに戻ったよ。
木村が扉の方へ向かって「先生たち、お願いします」と言うと、凄い機材を持った看護師と医師たちが部屋に入ってきて、すぐに検査が始まった。
結果は「問題なし」となり、皆ホッとしていた。医師たちと看護師たちは速やかに部屋を出て行った。
「胡桃様、結果は『問題なし』でしたので、あちらの部屋にお着替えを用意していますので、お着替えに行かれてください」
木村は淡々と指示を出す。
「その間、こちらに朝食をご用意しておきます。渋谷があちらで待っています」
そして、俺に向かって言った。
「彰様は、そのまま横になっていてください」
胡桃は俺をチラチラ見ながらも、木村が怖いので着替えに行った。
木村は朝食を用意するスタッフを部屋に入れてから、俺に向かって話を始めた。
「彰様。サト様(祖母様)がおかえりになっております。朝食が終わり、胡桃様が学校に向かわれてから、彰様にお話があるそうです。ここは、医療棟です。今日一日はこちらでお過ごしください」
「祖母様が帰ってきてるの?」
「サト様は、彰様がお倒れになったと聞いて、スケジュールを大幅に変更して昨日の夕方にはお帰りになり、ずっと、そちらの椅子に座って彰様を見ておいででした。胡桃様がお帰りになり、彰様から離れないことは想像できましたので、そちらへベッドを用意してからも、サト様は彰様から離れませんでした。お二人とも、食事も彰様を見ながらされていましたよ。彩音様(母親)は今大事な商談中のため、まだ知らせてないそうです。彩音様は直ぐに仕事に支障をきたすと判断されてのことです。先ほどの検査結果を秘書の中村には伝えておきます」
「そろそろ胡桃様がお戻りになるでしょう。少々お待ちください」
「木村、色々迷惑をかけてすまない」
俺はベッドの中から木村へ頭を下げた。




