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3ニョロ

※今回はなんと蛇が登場しません。苦手な方は読むのを控えてください。

 オフィスビルのエントランスが視界に入ってきた。


 駅の改札みたいにズラリと並ぶセキュリティゲートに、IDカードを押し当ててニョロリンと通過する。オフィスに入ると、チャットアプリで連絡してきた後輩が自席から立ち上がり、迎えてくれた。



「お疲れ様です。蛇飼さん、わざわざ有り難うございます」


「いえ、状況は把握しました。私が対応します」


「せっかくのお休みだったのに……」


「ちょうど近くにいたので。今日の対応分は後日調整するので、問題ないですよ」



 こういった場合に、職場が近いというのは大きなメリットだ。というか、蛇達に何かあった時に即帰宅できるよう、自宅から徒歩十五分圏内の企業に候補を絞って転職活動した。


 志望理由を聞いた面接官は首を捻っていたが、大過なく業務をこなしているので転職は成功だったと認識している。


 後輩が知らせてきたトラブルは軽微なもので、すぐに解消した。



「蛇飼さん、助かりました。報告は私から上げておきますね」


「お願いします。ただ、一連のフローを現場スタッフの運用でカバーするのも、そろそろ限界かも知れません。次の月例ミーティングで私からシステム化を提案しましょう。じゃ、これで失礼します」


「あ、ちょっと待ってください」


「どうかしましたか。システム化に何か懸案事項でも?」


「いえ、そうじゃなくて。本件はちょっと横に置いといてですね、その、えーっと…… この前、楽しかったです。そのお礼がずっと言いたくて」



 強張った表情で私を暫時見上げて小声でそう告げると、ふいっと視線を逸らす後輩。なんだろう、その仕草は。「楽しかった」という主張との間に乖離を感じる。


 彼女が言う「この前」とは、出張に同行した日の夜を指していると推測された。


 普段、蛇に関係のないプライベートな誘いなど、0.1秒で時速100キロに到達するというラットスネークの威嚇動作レベルの反射神経で一蹴する私だが、あの日は遠方への出張でビジネスホテルに宿泊せざるを得ない状況だった。


 もちろん、愛蛇達の世話は前日に済ませていたし、スマホでそれぞれのケージに設置した温湿度計やモニターカメラに問題がないことも随時確認していた。


 つまり、出先で特に何もすることがなく、時間を持て余していたのだ。渡りに船、樹上性の蛇に登り木というやつだろう。



「その……蛇飼さんってお酒が入るとあんな感じなんですね。ちょっと意外っていうか……」


「それはどういう意味でしょうか」


「あ、いえ、良い意味。とても良い意味で言ってます。新鮮でした、はい」


「さっぱりわからないので、具体的に言ってくれませんか」


「あの、つまり、ガッツリ情熱的というか。いえ、ここではちょっと……」


「では、チャットで投げておいてください。帰ります」


「いや、だから待ってください。もう少しだけお話を」



 何を言いたいのかさっぱりだが、まだ報告事項があるらしい。そろそろ帰らないと、クーラーボックスの中の冷凍マウスが気になっているのだが。


 普段のコミュニケーションは歯切れ良いのに、今日の彼女はなんだか様子がおかしい。まるで初めて与えられたピンクマウスを前に、どうすれば良いのか戸惑っている幼蛇みたいだ。


 そう連想すると少し気持ちが和んだ。

 目の前の彼女を見つめて、静かに待つ。



「実はですね、学生時代の同期の従兄の三軒隣りのお家が小さな酒蔵を営んでいて、ちょっと稀少なお酒が手に入ったんです。その、この前の御礼と言ってはあれですが……」


「貴方には、新人研修で『用件は簡潔に』と伝えたはずですが」


「ふぅ…… わかりました。では、思い切って簡潔に。蛇飼さん、お近くに住んでると聞きました。今度、そのお酒を持ってお邪魔しても……」


「却下。私はアルコールを嗜みません。それでは」



 自宅に人を招くと、なぜかその後の人間関係がギクシャクする。過去に最も近しい関係だった女性との記憶が蘇り、口内に苦みが満ちた。


 円滑な人間関係の為に、彼女との距離感は現状維持が望ましい。


 ちなみに、ヤマタノオロチは真っ向勝負を恐れたスサノオノミコトに酒を盛られて、前後不覚になったところを退治されてしまうという極めて業腹な伝承がある。この印象もあって私はアルコールに良い印象を抱いていないのだが、この情報はいわゆる「蛇足」というやつだろう。「蛇飼が蛇足を告げる」とは此れ如何に……


 不意に浮かんだ駄洒落、これは図らずしも会心の出来映え。緩みそうになる頬を隠して踵を返し、オフィスを後にした。


 背後から「この前はあんなに美味しそうにお酒飲んでたのに……」という呟きが聞こえた気がしたが、エレベーターの到着を知らせる柔らかな音がそれを掻き消した。

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