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茶色い猫

作者: タク@h.i.c

〜一日目〜


退屈な世の中だ。齢五十にして完全に世の中に飽きた。婚期を逃し、仕事もこれ以上出世が見込めず、毎日毎日同じことの繰り返し。この歳で職を変える気力も、新しいことをやる気力も湧かず、可もなく不可もない日々を漫然と過ごしている。平日も休日も何とも退屈で、周囲の人間もつまらない人間ばかりだ。もう生きてようが死んでようが同じだ。そんな心持ちで日々を生きていた。

「にゃあ。」

いつも通りの帰り道、猫の鳴き声が聞こえて草むらの方を見ると一匹の猫がいた。茶色一色の猫である。猫など珍しくもなんともない。一瞬立ち止まりはしたが俺はすぐに帰路へと向き直り、歩みを進めた。俺に置いてかれるまいと猫は俺を後方5mくらいのところまで歩み寄ってきた。この辺の野良猫にしては人懐っこい猫だ。そう思いながらも、さほど興味も湧かず、無視して歩いた。猫は俺の後ろを俺と同じペースで歩いた。まるで俺を飼い主と思っているかのようだった。どこかで飽きてどっか行くだろうと思っていたが、猫はとうとう家の前まで付いてきた。家に入れれば家が猫の毛だらけになるので玄関まで付いてきた猫が入らないように俺はドアを閉めた。


〜二日目〜


久々に目覚まし覚めが良い。退屈な毎日を繰り返してはいるが目覚めが良いに越したことはない。家を出る時ドアを開けると昨日の猫はいなかった。まあ一晩ずっといるわけではないと分かっていたが、なんとなくドアの前にいるかもしれないと思っていたから、なんだ、いないのかと少し思った。そこからはいつも通りに出勤し、いつも通りに仕事をし、いつも通り退勤した。帰宅途中、昨日と同じところに、昨日と同じ茶色一色の猫がいた。昨日の猫なのかどうかは分からない。同じ色をしてれば猫の見分けなどつかない。猫は昨日俺が通り過ぎると俺のそばに寄って歩いた。昨日と同じ猫なのかもしれない、そう思ったが猫を家に入れようとは思わず、家の近くまで付いてきた猫を今日も入れることなく家のドアを閉めた。


〜三日目〜


目が覚めると身体がいつもより軽い気がした。今日も同じことを繰り返すというのになぜか気分が良かった。いつもなら適当に過ごす朝食をしっかり作って食べた。家のドアを開けるとやっぱり猫はいなかったが、今日ももしかしたら猫と会うかもしれないと思った。今日もいつも通り出勤し、いつも通り仕事をし、いつも通り退勤した。帰宅時、最寄りの駅から少し歩くとあの猫がいた。昨日よりも早くに猫に遭遇して少し驚いたが、気にせず家までまっすぐ歩いた。猫は三度「にゃあ」と鳴いたが、無視をするとそこからは無言で俺の側を歩いた。

昨日までよろしくドアの前まで猫は付いてきたが、今日も家に猫を入れず俺はドアを閉めた。


〜四日目〜


朝目覚ましが鳴る前に目が覚めた。昨日よりも大分早く目が覚めたが、昨日と同じく身体が軽く気分もいい。普段見ない朝の情報番組を見ながら朝ごはんを作り食べた。相変わらずドアの前に猫はいなかったが、帰り道また猫に会うだろうと思いながら家を出た。そこからはいつも通り出勤し、いつも通り仕事をし、いつも通り退勤した。最寄りの駅を出るとすぐにあの猫が現れた。「お前、早いな…」思わず声が出てしまったが、猫に反応はなかった。反応を求めてたわけではなくただ驚いただけなので猫の反応がないことに何も思わなかったが、感情のある自分の声を久々に聞いて自分自身少し驚いた。猫は相変わらず俺の側についてきたが今日もいつものようにドアの前で猫と別れドアを閉めた。


〜五日目〜


今日も目覚ましが鳴る前に目が覚めた。朝の情報番組を見ながら朝ごはんを作り、食べた。それでも時間が余ったので昼食べる弁当も作った。弁当を作るのなんて何年振りだろうか。相変わらずドアの前には猫はいなかったが、出勤中にあの猫を見つけた。朝会うのは新鮮に感じたが、今更可愛がるのもどうかと思い、気にせず歩いた。猫は付いては来ず、見送るようにずっとその場に座っていた俺を見ていた。それからはいつも通り出勤し、いつも通り仕事をし、いつも通り退勤した。帰り道昨日と同じく猫は最寄り駅を出るとすぐに現れた。猫が付いてくるのが当たり前になりつつある。家にあげる気はないが、少し猫に親しみを感じるようになった。そこからはいつもと同じく家の前で猫と別れドアを閉めた。


〜六日目〜


もう朝目覚ましをかけなくても起きれるようになった。少し奮発して朝ごはんを豪華にし、どうせ見ないと半ば諦めていた撮り溜めていたドラマの録画を観ながら食べた。ドアを開けると猫がいた。「お前とうとうここまで来たか。」猫が待っていることに驚きはなかった。猫はどうして俺に付き纏うのだろうか、少し疑問を持ったが、あまり気にせず猫と駅まで歩き、駅で猫と別れた。そこからはいつも通り出勤し、いつも通り仕事をし、いつも通り退勤した。猫にあげようとキャットフードを駅で買い最寄り駅の近くで猫と合流した。最初に猫と会った場所まで行くと猫に餌をあげた。猫は嬉しそうに餌を食べ、今日もドアの前まで一緒に帰った。


〜七日目〜


今日は休日だったがいつも通り目覚ましが鳴る前に目が覚めた。朝ご飯を済ませドアを開けると猫が待っていた。「お前はどうして俺の側にいるんだ?」問いかけても猫は返事をしない。まあいいか。「散歩するか。」猫はそれにも返事をしなかったが、俺が歩くといつものように側を歩いた。身体の調子が良く随分遠くまで歩いた。途中自分の分の昼食とキャットフードを買い、猫と一緒に公園のベンチで昼ごはんを食べた。昼ごはんを食べ終えると公園で見つけた猫じゃらしで猫と遊んだ。猫は身体を擦り寄せ「にゃあ、にゃあ」とよく鳴いた。暫く遊んでいると、日が暮れてきたのでいつも通り家へと歩いた。帰る途中ふと空を見上げると空がとても美しく見えた。久しぶりに充実した一日だったなと思った。上げていた視線を戻すと猫がいつのまにかいなくなっていた。あれっと思い、辺りを見渡すが猫はいなかった。どこに行ったんだと猫を探すも猫はどこにもいなかった。暫く探してもみつからない。しかしまた朝になったら、朝会えなくても会社の帰路で会えるだろうととりあえず家に帰った。


〜八日目〜


朝久しぶり目覚ましの音で目が覚めた。身体が何だか重い。朝ごはんを食べず家のドアをそっと開けるが猫はいなかった。いつもよりゆっくり歩いて出勤したが猫は現れない。いつも通り出勤し、いつも通り仕事を終え、いつも通り退勤するも、最寄り駅を下りても猫はいなかった。最初にあった場所にも猫はいない。猫に会うことなく家に着いてしまった。



そこからあの猫が俺の前に現れることはなかった。

猫を見かけるとあの猫かと思ったが、茶色一色の猫ではなく、俺を見るとすぐに逃げていった。

毎日毎日同じ時間に帰るが猫が現れることはなかった。

猫がいなくなっても、あの猫の「にゃあ」という鳴き声が頭から離れない。

カバンにはあの猫にあげるためのキャットフードがまだ残っていた。

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