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湿った住まい 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、空が曇ってきたか。帰りまでもってくれるといいんだけどね。

 今日さ、天気がいいから布団を干してきたんだよ。でも、こんな生活していると、取り込むのはどんなに早くても、陽がかげってからだろう? 夜露に濡れたら、元のもくあみだって。

 そういえばつぶらやくんは、布団に限らず、家具の湿気をとった方がいい理由って、知っているかい?


 ――カビの発生、ダニの増殖、健康被害……。


 さすがだね、模範的な回答だ。それに物の傷みなどが入ってくると、本来長く使えるはずのものが、どんどん命を縮められ、私たちの懐さえも傷つける。

 除湿機なんてものが発明されるくらいだ。高温多湿に生きる日本人、その厄介さは身に染みている。

 湿り気。生活するうえで付き合い続けるだろうこの難敵が、ときに恐ろしい牙をむく時もあったらしい。その話、聞いてみないかい?



 むかしむかし。とある大きな長屋で暮らす、青年がいた。

 青年は生まれついての無精者で、部屋の掃除などは、何かしらの機会がない限りは、自分から絶対に行わない。

 いわく、置いてあるものを動かしてしまい、それを後になって探すとき、難儀したのは一度や二度じゃないから、とのこと。

 

 ――慣れないことをし、いざというとき、もの探しに追われ、大事な時間を奪われていくくらいなら、慣れたままでいたい。

 

 だから彼は、布団をはじめとしたあらゆる家具を動かしたり、しまったりすることはしなかった。目につく毛やほこりのみを取り除け、ブツそのものは「勝手知ったる」姿のままにしておいたんだ。

 その状態で何年も過ごし、問題がなかったこともあって、彼も物が増えていくばかりの状態を改めようとはしなかった。

 

 ことの始まりは、その生活が定着して10年あまりが経ったころ。

 たまたま彼の家へ届け物をしに来た友人のひとりが、あまりの臭いに鼻をつまんだ。

「つば」をあちらこちらに吐きちらかしたような、顔をそむけたくなるもので、どうにかしろとのこと。

 住んでいる彼自身は、この環境に慣れて鼻がバカになっているのか、感じない。自分自身は風呂へ頻繁に足を運んでいたし、友人も彼からは臭いがしないという。


 香を焚いてごまかすように努め出す彼だったが、今度は敷いた畳を踏むたび、かすかな水音が聞こえてくるようになる。

 その個所は部屋全域に広がっており、一歩踏み出すたびに、「ぶちゅ、ぢゅるぢゅる……」だ。雑巾でいくら拭っても、時間をおけば後から後からにじみ出てくる。これらも、やはりつばのような臭いがあることが分かり、青年は露骨に機嫌が悪くなっていった。

 自分のせいだとは考えない。きっと昼間、自分が部屋を留守にしている間、入り込んだ何者かの仕業だと、そう信じて疑わなかったらしい。



 それから何日も経って。

 青年は仕事仲間とともに、夜中まで店で酒を飲んでいた。延々と愚痴をこぼし合い、したたかに酔いながらも、どうにか自分の長屋までたどり着く。しかし、自分の部屋の前が、夜らしからぬ騒々しさと人垣に包まれていたんだ。

 人垣を縫って部屋へ向かおうとし、青年のふらつく視線がまず留めたのは、部屋入り口の障子。外と室内を分けているはずのその身体は、二つに分かれてしまっていた。

 力任せに折りたたんだような砕け方で、木くずがひどく散らばっている。室内も妙で、たんすなどの固い家具が同じように砕けたり、大きくひしゃげたりするばかりでなく、畳や土間にも大きな亀裂が入っている。


 並みの盗人の仕業ではない。青年はうなってしまった。

 さらに、彼の長屋近辺に住まう者は、彼が帰ってくる少し前に、強い地揺れを感じたとのこと。だが、もう少し離れた者はまったくそれらを感じず、強く何かがぶつかるような音がしたという。

 そして、彼が見上げる先には、やはりちぎれたようないびつさで、口を開く長屋の屋根の姿が……。


 青年の頭に、ひとつの気味悪い想像がよぎる。

 すぐさま青年は、友人のひとりに相談し、運べるだけの家財を友人の家へ運び出した。

 酒を欠かす日の方が少ない青年が、その日は一滴も酒をとらなかった。仕事も休み、時間のほとんどを、ボロボロになった己が部屋の監視に当てたんだ。

 話によれば、地揺れは子の刻(午前0時)を少し過ぎたあたりで起こったという……。


 障子もはめず、開け放ったままになっている彼の部屋。

 それが例の時間を迎えると、一気にその姿を「消してしまった」。

 いや、「つぶれた」と表した方がいい。なぜなら彼の部屋を挟む、長屋の左右の壁が互いにぶつかり合おうと動いたからだ。

 もちろん、間にある彼の部屋はひとたまりもない。玄関の幅二尺(約60センチ)にまで狭まり、また少し置いて壁が広がり、また狭まっていく……。

 その様は、縦と横の違いこそあれ、あたかも口で食べ物を咀嚼する動作を思わせたんだ。


 隣に住まう長屋の者たちも、戸から顔を出すが、激しく開閉する障子戸を前に、すぐ内側へ引っ込んでしまう。

 それは20回程度の繰り返しではあったが、彼の部屋をなおも傷めつけるには十分すぎる動きだった。恐る恐る青年が遠目に室内を確認したとき、今度は畳たちをはじめとする内装はすっかりその姿を消し、崩れ落ちた屋根と、割れた壁の破片が残るばかりだったという。


 それから彼は新しい場所へ移り住んだが、湿り気にはこと敏感になった。

 つばのような湿り気が、またやってくるのではないか。その気配をいち早く悟ることができるようにだ。


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