第二話 くっころ女騎士、MACDとVWMAによるエントリー戦略を学ぶ
バリュー投資に基づいた、割安株の算定方法。
PERとPBR、フリーキャッシュフローとネットキャッシュによる銘柄スクリーニング。
基本の指針を勉強した彼女は、さらに一歩踏み込んで分析を行った。
すなわち、セクターごとにPER、PBRを細分化して計算したのである。
例えば医療品業界は平均PERが25倍、小売業は平均PERが22倍、パルプ・紙の業種はPERが平均して40倍もある。
一方、銀行業や証券業は平均PERが8.5倍しかない。
これを数字だけ見て、銀行業はPERが低いとばかりにあれこれ銀行株に手を出しては、本当は割高な銘柄さえも高値掴みしてしまって、すぐに痛い目を見るであろう。
セクターごとにPER・PBRは違うのである。
他にも景気敏感株とそうでないディフェンシブ株の二種類を学んだ。
景気敏感株はシクリカル株とも言われており、要は循環的な(Cyclicalな)景気変動に左右されやすい株のことを指す。
内訳としては工作機械(自動車・電気機器など)、素材産業(化学・鉄鋼など)、運輸産業(海運・倉庫など)などがそれにあたる。
景気が悪くなれば自動車や電気機器などが売れなくなる。それを作る元となる素材も売れなくなる。それらを運送する運輸業界も業績が落ちる。
風が吹けば桶屋が儲かる。
経済活動は単一のものではなく、複雑に絡み合ったものなのだ。
(セクター分けだ)
かつてクオンツが、セクター分けのことを基本だと言い切ったことを思い出す。
(セクターを分けたら、こんなに考え方が整理されるんだ)
基本というのは、何度でも立ち帰る価値のある普遍的な考えのことを指す。
それからモルガンは、しばらくの間四季報の数字や各経済新聞の読み比べに時間を費やすのだった。
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「は――どうだ、モルガン。そろそろ自分がどれだけ経済のことを考えてなかったか目が覚めたか?」
「うん……」
元気なく頷いたモルガンは、ちょこんとクオンツの隣に座った。
完全に意気消沈といった様子である。
もう少し憎まれ口か何かが返ってきてもいいものだが、とクオンツのほうが面食らった形である。
「……? また損でもしたか」
「うん……」
「そうか」
「……」
そう。モルガンはこれでもまた損をした。
正確に言えば、損をし続けている。
PER、PBRを適切に計算し、勝算のある銘柄だけを買っているのに、どうにもしっくりとリターンが手に入らない。
購入した銘柄は、割安だというのにさらに値下がりすることが多く、含み損はどんどん膨らむ一方。
無論、一部は読み通り値上がりすることもある。
だが手放すタイミングを失って損をすることも多く、かといって早めに利食いをすれば、その後にさらに一段値上げして臍を噛むこともあった。
完全に遊ばれている。
バリュー投資やセクター分けのことを理解しつつある彼女にとっては、全く納得のいかない展開であった。
「は。勉強し初めによくあるスランプだ」
「スランプ……」
「あれを買えば儲かりそう、これも割安だ――そう思ってついついいろんな銘柄に手を伸ばしてしまう」
「う……」
「まだ完全には買い頃じゃないのに、この指標でみれば買いだから、とつい自分の中で買う理屈をつけて買おうとしてしまう」
「う……」
「要はお前、欲に目がくらんで、適切なエントリーができてないんだよ」
「くっ……」
図星。
顔を思わずゆがめるモルガンに、クオンツはとどめを刺した。
「高く買って安く売る、が商売の極意なのに、そんな適当なエントリーじゃ儲かるわけないだろが、馬鹿め」
「くっ……殺せっ……」
女騎士は少し泣いた。
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テクニカル分析で無駄なエントリーを減らせ――とクオンツは言った。
「休むも相場、という言葉がある。基本的にはテクニカル指標で絶好のエントリーポイントを逃した場合は見逃せ」
「……そうなのか?」
「世には数えきれないほどの金融商品がある。絶好のエントリーポイントを逃したのなら無理に追う必要はない。単純なテクニカル分析だけで勝てるような相場を見つけることのほうが何倍も重要になる。――そういったはずだ」
クオンツは念を押すように言葉を重ねた。
それは、言葉の真の意味を掴めていない人を諭すような物言いであり、相場の難しさを実感している者だからこその言葉でもあった。
「例えばストキャスティクス。一般に20%以下は売られすぎ、80%以上は買われすぎ、と言われているが、20%前半で推移しているところを20%になったら急いで飛びつく、というようなトレードをすればすぐに損をするぞ」
「む、それは」
「何故ならそれは相場を見ていないからだ。ストキャスティクスというおもちゃを与えられて、相場を分析できた気分になって、のぼせているだけに過ぎない」
「……っ」
皮肉気に口元をゆがめたクオンツは、一種厳しすぎるほどの言葉を投げた。
「相場を見ろ――ボラティリティは高いか低いか、出来高は高いか低いか、板は厚いか薄いか、トレンド性が強いかレンジ性が強いか……思いついただけでもざっとこれだけある」
相場を見ろ、と彼は繰り返した。
「なぜなら、テクニカル指標の勝率は、ボラティリティの高い相場・低い相場、トレンド性の強い相場・レンジ性の強い相場などで全然変わってくるからだ」
クオンツ曰く、相場は基本的にランダムウォークであるという。
上に上がるか下に上がるか、その答えは神のみぞ知る。であるならば、本質的にテクニカル分析の意味はないはず――となる。
だが実際はそうではない。
大きな視点で見れば、各国の金融政策や経済指標発表によって景気は変動し、株価平均もそれに影響を受ける。
業種別に分析すれば、国際情勢・自然災害・為替変動などで材料費や輸出高が変化したりすることで、業界全体の売上高が変化する。
個々の株式に注目すれば、会社の業績やプレスリリースによって株価は左右される。
全体を俯瞰してチャートの値動きを切り出してみればランダムウォーク性が強くとも、個々の値動きは完全なランダムではなく理由のあるものなのだ。
「完全にランダムではないからこそ、相場には特徴がある。
例えばFXは、国の通貨の強弱は基本的にほとんど変動しないため変動幅は低いが、国の首相の発言や中央銀行の金利政策の動向で大幅に値動きし、値動き後もそのまま固定化されることがしばしばある。これは当然のことだ。ある国Aでは金融緩和政策がとられ、ある国Bでは金融緊縮政策がとられるなら、政策が変わらない以上、緩和する国の資金は流出して通貨は安いままとなり、逆に緊縮する国の通貨は高いままとなるからだ」
「?」
「逆に株は、ボラティリティの高い商品だ。FXは経済政策や国際情勢に左右されるが、株はそれに加えてセクター毎の動向、個々の企業の業績など変動要因が多い。機関投資家による企業格付けの影響を受けやすいことも一考せねばならん」
「……う、む」
「ボラティリティの特徴ゆえに、FXの手法としてはレンジ相場の様相に強いオシレータ系が合わせやすく、株の手法としては業種別のセクター平均のトレンドを読むトレンドフォロー系が合わせやすい」
「……」
「……あんまりピンと来てない顔をしているな?」
「……そんなに、分かりやすくなかった気がする」
「ほう」
自然にこぼれ出たモルガンの呟きに、クオンツは少しばかり機嫌をよくした。
「いいセンスだ。分かりやすくないと知っているということは、テクニカル系のインジケータがおもちゃだと知っているわけだ」
「! やっぱり――」
「だがテクニカルは全てだ。テクニカルは市場に先行する。お前の知らないことをテクニカルは教えてくれる」
一種矛盾したような発言。おもちゃだが、全てを教えてくれる――クオンツは奇妙な言い回しを行った。
すなわち、テクニカルは情報をわかりやすく整理した道具である、と。
「テクニカル指標のエントリーポイントぐらいは守れ。意味の分からないエントリーを減らすだけで、勝率は改善される」
言うやクオンツは机の上にチャートを広げて見せた。今から分析して見せよう、という腹積もりらしい。
「まずはローソク足。これは誰でも知っているテクニカルチャートで、それぞれの時間の間隔ごとのOpen価格、High価格、Low価格、Close価格の四つの価格を一目で見やすく表示してくれる画期的なチャートだ」
「……え?」
「……お前、ローソク足がテクニカルチャートの一種だと知らなかったのか?」
「……く」
「図星か」
いつも当たり前に見ているチャートがテクニカル分析の一種だと言われて、モルガンは一瞬虚を突かれた。
テクニカル分析と言えば、チャートの値動きに対して独自の計算式を織り交ぜて上下するグラフのことである――というのが彼女のイメージするテクニカル分析である。
いつも見ているローソク足がテクニカル分析だと言われるのはちょっと意外であった。
「すべてのチャートの基礎はローソク足から作られる。ほとんどのテクニカル指標はそのローソク足のデータを加工したものだ」
三羽烏や赤三兵、明けの明星や宵の明星だの、チャートの形の分析を解説する本はいくらでもある。
だがそれよりもはるかに、上ヒゲ・下ヒゲが長いか短いか、陰線・陽線がどれぐらい連続しているか、という基本的な情報こそが重要なのだとクオンツは語った。
「もしも、トレンドがつかみにくかったら平均足に変えろ。平均足の陽線・陰線がどれぐらい続くのか見てみれば、初心者でもトレンドとは何か一目瞭然だろう。下手なテクニカル分析よりもトレンドの方向を掴みやすいはずだ」
「……平均足」
平均足はローソク足を少し加工したもので、Open値とClose値がそれぞれ、Open値=ひとつ前の四値平均、Close値=今の四値平均、で計算される。
通常のローソク足よりもトレンドがはっきり見えやすいため、初心者でも使いやすいテクニカル分析である。
「ローソク足から違和感を読み解けるぐらいになってないやつが適当にトレードして、市場でカモにならないほうが難しい。そんな状態でテクニカル指標なんかを気にするほうが変だというのだ」
「……ぐ」
「せめて平均足でトレンドの転換を何となく掴み、時間足を変えながら相場判断ができるようになれ」
相場の判断ができればそれだけで勝率をぐんと伸ばせる――とクオンツは当然のようにつぶやいた。
「当然、出来高(Volume)もテクニカル分析の一種となる。分かるな?」
「……相場の基本、と言いたいのか?」
「そうだ。ほぼ全てのテクニカル分析の元祖、ダウ理論にもそうある」
ダウ理論とは、チャールズ・ダウが提唱した市場の値動きを表す古い理論である。その中ではいくつか重要なことが示唆されているが、出来高に関しても重要な言及がある。
曰く「トレンドは出来高でも確認されなければならない」と。
「上昇トレンドの時は、値上がり時に出来高が増加し、値下がり時に出来高が減少する。逆に下降トレンドの時は、値下がり時に出来高が増え、値上がり時に出来高が減少する。これが基本的な傾向だ」
「……そうなのか?」
「無論、そこまで明確ではない。だが、日足や週足で特定の銘柄の出来高が急増したときは経過を観察して、バイイングクライマックス・セリングクライマックスなのかぐらいは把握しておけ」
テクニカル分析は基本的に後出しじゃんけんである――とはよく言われる。
実際にその通りで、過去のことを振り返ってはじめて買い場、売り場であることが改めてわかるような手合いばかりであり、未来の値動きは総じて読みにくい。
だがそれでも、バイイングクライマックス・セリングクライマックスは比較的初心者でも読みやすいものであり、それを知っているだけでも無駄なエントリーは減らせる。
「上昇局面・下降局面を読み解くにあたって、出来高は重要な指標だ。出来高が増えているのか減っているのか――言い換えれば市場の関心はどちらにあるのか。関心のピークの時に大損を掴まされたら意味がないからな」
市場の値動きは正直である。買いたい人が多いときは値上がりし、売りたい人が多いときは値下がりする……ただし、それは買いたい人がピークを迎えるまでの話である。
出来高を見ないで値動きだけで売買するのは、市場の分析にしてはやや甘い。
「特にアルゴリズム的にトレードロジックを組む場合は、出来高は特徴量として重要だ。ohlcデータのみで機械学習するよりも、ohlcvデータとして学習したほうが精度は大きく改善される」
「……機械……学習?」
「市場は完全なランダムウォークというわけではない……ということだ。……何、また教えてやるとも」
にやり、と口元をゆがめるクオンツ。
曰く、トレードの世界はまだ見通せないほど深い、ということである。
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「初心者が使って効果を実感しやすいテクニカルは、MACD(Moving Average Convergence/Divergence)、VWMA(出来高加重移動平均)だろう。あまり複雑なトレードロジックを考えなくても、中~長期の視点で見れば勝率の高いトレード戦略で、個人投資家のとる戦略としてはほぼ正解に近い」
クオンツは多数のトレードロジックの紹介を控え、MACDとVWMAの二つを紹介するにとどめた。多すぎるトレードロジックは却って混乱を生むというわけである。
実際、クオンツ自身も多くのロジックを組み合わせているわけではないらしい。むしろ、一つの相場に対して単純な20個のロジックでそれぞれ5%ずつ資金を投下し運用する……という戦略で戦っている。
「MACDはジェラルド・アペル(Gerald Appel)の開発した投資手法で、『MACD線 = 短期EMA - 長期EMA』『MACDシグナル = MACD線のEMA』で表現される。何が優れているかというと、MACD線の動きは価格変動への先行性があるが、その割にダマシが少ない点だ」
MACDは比較的ポピュラーなテクニカル分析の一つである。
トレードロジックとしてもシンプルで、MACD線がシグナル線をゴールデンクロスして上抜いたときが買い、逆にシグナル線をデッドクロスして下抜けしたときは売り、とエントリーポイントがわかりやすい。いわゆるトレンドフォローシステムのような使い方ができる。
また、「MACD線の動きがゼロラインからどれだけ乖離しているか」は買われすぎや売られすぎの勢いの強弱を表す指標としても見ることができるため、オシレータ系の指標のような使い方も可能である。
他にも、ダイバージェンス(=MACD線のピークのトレンド、実際の値動きのピークのトレンドが逆行すること。値動きのピークは値上がりを続けているのにMACD線のピークは下降するなど)を見ることで、今のトレンドが強いのか弱くなりつつあるのかを分析する使い方もできる。
「MACD線の数値の先行性はこの図を見たほうが理解が早いだろう」
図(上)は、振幅の20%の強さのノイズを印加した正弦波である。
図(下)は、そのMACD線(赤)とシグナル線(青)である。
周期2回分、サンプリング数=256に対し、MACDのパラメタはそれぞれ短期EMA=13EMA、長期EMA=26EMA、シグナル=9EMAとし、ちょうど波の1周期分に128サンプル(≒短期EMAで0.1周期、長期EMAで0.2周期分相当)として割り当てている。
相場の大きな波の周期に対し10%、20%を見るようにMACDのパラメタを割り当てたとき、MACDのピークはわずかにノイズ付き正弦波に先行していることがわかる。(特に指数移動平均線を計算するデータが揃う0.4、0.6、0.8あたりが顕著である)
このことから、相場の大まかな周期を見積もることさえ可能であれば、MACDは早めにトレンドを予測することが可能である。
単純移動平均線系の他のテクニカル分析の弱点は、nステップ前の価格の平均を織り込む関係上、どうしても分析結果に遅れが出るところにある。トレンド転換を掴むのがどうしても遅くなるのだ。
その点MACDは、その遅延の弱点をある程度克服した優れたツールであると言える。
「もちろん、相場の周期なんぞ分かったものではない。ある程度は決め打ちだ。だが周期を適切に見積もれば、MACDは立ちどころに威力を示す」
「……凄い」
「逆だ。お前、相場の周期もろくに確かめずにテクニカル分析を使おうとしていたのか? まずやるべきことを間違っているんじゃないか?」
「……」
モルガンは静かに押し黙った。おもちゃで浮かれていただけ、というクオンツの言葉が改めて彼女の心に刺さった。
「VWMAは出来高加重移動平均だ。一定期間の価格変動をただ単純移動平均しただけではなく、出来高で重みを付けたものになる」
VWMA。出来高加重移動平均。
出来高で重みをつけることで何ができるかというと、その期間で平均いくらで売買されたかを正確に測ることができる。
例えば1時間足のチャートに対し、24VWMAをとると、24時間の売買平均価格を調べることが可能となる。
これにより、現在の値動きによって今の市場の参加者は損をしているのか得をしているのか、出来高と照らし合わせて予測することが可能となる。
似た概念でVWAP(売買高加重平均価格)というものがあるが、どちらを使っても大きな差はない。結局どんな分析をしたいのかに依存する。
「機関投資家はVWAPやVWMAを一つの指標にするケースが多い。平均してどれぐらいの市場参加者が儲かっているのかを調べられるし、またどれぐらいの市場参加者が次の重要なポイントで利確・損切を行うのかを見積もることもできる」
「次の重要なポイント……?」
「お前もチャートにラインを引いたりするだろう? チャネルラインを何本か引いておけば、市場で意識されているラインが掴みやすいものだ。そこに価格が近づいたときに、VWMAを見て、VWMAが上向いているか下向いているか、VWMAとどれぐらい乖離しているかを見てエントリーを決めるのだ」
価格の乖離を見る場合は、単純な価格の移動平均よりも、VWMAのほうが実情に近い値を返してくれる。
ある銘柄が100円から200円に値動きしたとしても、それがほとんど100円に近い価格で買われたのか200円に近い価格で買われたのかでは次の値動きが違ってくる。
「相場にいる人間は損をしたくない人間がほとんどだ。よって、今の価格チャートがVWAPより下回っており、それでもじわじわとVWAPに近づいてきたときは、平均的にいろんな人間がいったん損切(=ポジション整理)しようと考えることが多く、VWAPに頭をたたかれたように値動きすることが多い。
逆もまた然りだ。値上がりしそうな銘柄は、VWAPに近づいてきたタイミングで押し目買いを狙いたくなるものだ」
「……ううむ、分かるような分からないような」
「疑り深いな。だがいい態度だ。安直に飲み込まないだけ賢くなったといえるだろう」
VWAP価格が有効な支持線・抵抗線になる理由は他にもある、とクオンツは答えた。
「VWAPギャランティ取引というものがある。機関投資家が証券会社に出す注文の一つだ。機関投資家はその株式のVWAP価格で株式を購入する、というものだ」
「……えっと? VWAP価格ってその日の平均価格だっけ」
「年金機構などのインデックスファンドなどの機関投資家は、扱う金額が巨額だから取引数量が大きくなりがちで、一度に大量の注文を出してしまうと株価に影響を与えてしまうことになる。だからマーケットインパクトを小さくするためにその日の平均取引価格=VWAP価格で株式の売買を行ったりする」
クオンツ曰く。
機関投資家が証券会社にVWAPギャランティ取引を使って大量の買いを申し込んだとき、証券会社はVWAP価格で大量の株式を売りつけることができる。
要は、VWAPより安い価格で株を買い集めた分が、証券会社の儲けになるのだ。
機関投資家も愚かではないため、購入する銘柄は値上がりしそうな銘柄を購入する。その値上がりしそうな銘柄のVWAP価格を割り込んだときに証券会社の買い集めが発生する。
「逆もまた然り。下降トレンドのときはVWAPが抵抗線となって価格を下げる要因になる。VWAPが価格支持線や価格抵抗線になる理由は、その価格帯で大口のトレードが発生するからだ」
「……知らなかった、そんな話」
「知らないと見えてこないだろう? そういうものだ」
初心者にありがちなミスは、チャートの波の中途半端な場所でエントリーを行うことである。そうではなく、チャートの波がどこで頭を打ちそうなのか、どこで底を打ちそうなのかを予測することが大事なのである。
VWMAやVWAPが相場で重要視されるのは、きちんとした理由があるのだ。
「山と山、谷と谷をつないでチャネルラインを引くのも大事だが、VWMAもまた大事なポイントを示すことが多い。ボリンジャーバンドのように統計的な値動きの幅を調べてもいいだろう」
「……値動きの幅……?」
「移動平均を1時間足の24ステップで取っているなら、その24個の価格の分散σを調べるだけだ。値動きの95.4%はそのボリンジャーバンド2σの範囲に収まるとされている。VWMAとボリンジャーバンドの相性は中々いい」
「!」
衝撃。
値動きの95%を推定できるなんて、とモルガンは目を見開いた。
もちろんそれでうまく行かないのは何かからくりがあるのだろうが、それでも今の彼女からすれば信じられない情報であった。
続きを聞きたい、と身を乗り出す彼女を前に、クオンツは急に目線を切った。
「まあ、ボリンジャーバンドの話はまた今度にするとしよう。今のお前は、MACDとVWAPだけで十分いいトレードができるはずだ」
「え」
「まずはMACDとVWAPでトレードしろと言ったぞ。これでも満足しないのか? どこまで貪欲なのだお前は」
呆れたような声音を耳にして、モルガンはようやく、自分がどれだけトレードの話題に熱中しているのかに気付いた。
自分は、誇り高い女騎士であるはずなのに。
常に武闘の世界に身を置いてきた彼女は、今、戦いよりもトレードに夢中になっている――。
「……クオンツ、あなたは一体」
「俺は、世界の覇者になりたいと言っただろう?」
殺せと言ったからには殺してやる、とクオンツは射殺すような目でモルガンを睨んだ。心臓を鷲掴みにするような凄みが空気を伝播する。
ここにいるオークの王子、クオンツは、世に覇を唱えんとする野心家である。
「せいぜいついてくることだ、モルガン。道中は辛かろうが、お前にはこの世の99%の人が見ることのないような世界を見せてやろう」