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第一話 くっころ女騎士、バリュー投資とセクター分けを学ぶ

何かが降ってきたので書いてみました。

連載版ですのでよろしくお願いします。






「こ、この私がオークに捕まってしまうなんて……くっ、殺せ!」


 瞳を潤ませ、赤ら顔で叫ぶ女騎士が一人。

 モルガンの四肢は、今や謎の触手に絡めとられてその自由を奪われており、何をされても抵抗は不可能な状況になっていた。


 ――万事休す。


 眉目秀麗なる女騎士モルガンの命運は、まさに正面に相対するオークの手中にあるといえた。

 このままこの身を切り刻まれようが、衣服を剥ぎ取られようが、押し倒されて襲われようが、何も抵抗できないのだ。

 何をされようとも、文字通り手も足も出ない。


 ニヤリと笑ったオークは、禍々しく歪んだ口元で優しく告げた。


「期待、してるのだな?」


「!?」


 モルガンの赤らんだ頬に、更に赤みが指した。


「わかるぞ、女騎士モルガン・メリルリンチ・ファーゴ・クレディ・バークレイズ。お前の視線は嫌というほど浴びてきた。この私クオンツが気付かぬと思うたか」


「な、何が……」


「お前は俺に惚れているな?」


「! ぁ、ゃ……」


 偉大なるオークの王子――クオンツの言葉に、モルガンの声は急にか細くなった。


「そうでなくば、妖精騎士であるお前が、こんな触手に捕まるはずもない」


「……こ、殺せ……」


「殺さぬぞモルガン、お前には世界でもっとも天国に近い体験をしてもらおう」


「……っ」


 ぺちぺちと頬を撫でて、クオンツは歪んだ表情で冷酷な言葉を宣告した。モルガンの顔は、今や死にそうなほどに真っ赤になっていた。


「天にも昇るような多幸感と、下腹部がきゅうきゅうと締め付けられるような絶望を、同時に味わって狂い死ね――分かったな?」


「……っ」


「俺の言葉が聞けぬのか? お前には狂い死んでもらう。死なずとも、お前には狂気の沙汰を味わってもらおう」


「……ぅ、ぅぅ……」


 ばくばくばく、と心臓が暴れている音がクオンツにも聞こえるほどだった。

 狂い死ぬ。どんな死にかただろう。

 ――そんな一抹の不安と、もやもやとした謎の感情が彼女の瞳の中で渦巻いている。もはやそれは、相対しているクオンツに見透かされてしまうほどであった。


 湯気の立ちそうなほど顔を赤くしている女騎士を目の前に、クオンツは惨たらしい真実を突き付けた。






「つまりモルガン。お前には金融トレーダーになってもらう」


「……………………はい?」






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 クオンツとは、「Quantitative(数量的・定量的)」から派生した用語であり、高度な金融工学の手法を用いてマーケット(市場)の動向などに対し分析や予測を行う専門家のことを指す。

 人間の直感や相場感は一切使わず、確率解析論、確率論、偏微分方程式といった数学的技術を駆使してリスクヘッジにより利益を得ることを突き詰める――それがクオンツなのである。


「いいか、よく聞け。この世の中を循環している資産の総額をお前は計算できるか?」


「資産の……総額?」


「そうだ。とてもシンプルな疑問だろう? お前が日常で平然と目にしているもの。お金。土地。株。すべて。それが世界総額でいくらぐらいなのか、お前にはわかるか?」


「……え、と」


 世界の資産の総額。

 突然降って湧いたような質問に、モルガンは思考が一瞬固まった。

 言われてみれば、誰もが思いつくような疑問であるというのに考えたこともない――。


「BIS国際資金取引統計を見たことがないのか、お前は! 自分が生きている世界で、一体どれだけの資金が巡っているのかさえ考えたことがないのか!」


「ひっ」


 クオンツが言っているのは、BIS(Bank for International Settlement)国際資金取引統計……つまり、全世界の取引の統計レポートのことである。

 突然の大声に身を竦めるモルガンをよそに、クオンツは言葉を続けた。


「世界に流通している金の総額は10.9兆ドル。その半分近くは金細工や装飾品などのジュエリーとなっている。世界を流通する貨幣総額は95.7兆ドル。これは硬貨、貨幣、そして口座預金すべての総額だ」


「……」


「株市場は総額で89.5兆ドル。NYSEが31.5%、Nasdaqが14.5%、JPXが6.0%、上海と香港がそれぞれ5.5%と5%。EURONEXTが4.3%、ロンドンが3.5%と続く」


「10.9兆、95.7兆、89.5兆……」


「債権総額が253兆ドル。負債総額と言い換えてもいい。国債が27.4%、金融市場が18.9%、非金融系市場で29.5%、そして世帯総額で24.3%だ」


「ええと、つまり、貨幣と金と株で合計200兆、借金が250兆だから……50兆ドルの借金が残って……」


「いや、90兆ドルの株を買うのに90兆ドルの貨幣が失われた、と計算しないのと同じように、253兆ドルの債権は253兆ドルの金融商品として考えろ。ここまで合計で約450兆ドルだ」


 さて、とクオンツは一旦ここで言葉を区切った。


「さらに不動産。世界の土地や居住地などは280.6兆ドルと言われている。78.5%が住宅不動産、11.9%は企業不動産、9.7%は農耕地としての不動産だ」


「……730兆ドル」


「それで、全てか?」


「え、と」


 全て――と問われると自信がない。だが、モルガンには他に何も思いつかない。

 貨幣、金、株、債券、土地。思いつくものはすべて列挙されている。

 他に市場で取引されるものは――もしかしたらあるのかもしれないが、何兆ドルのスケールの世界で考えると些細なものに思われた。

 そもそも一億ドルでさえ、想像もつかないほど途方もない金額なのだ。並の家を百軒買っても余りある。兆のスケールになれば十万軒だ。


 730兆ドル。世界の全ての富としては充分なほどの金額――。


「否。この中で計上されていない重要な金融商品がある。――デリバティブ取引だ」






 デリバティブ取引。

 金融商品には株式、債券、預貯金・ローン、外国為替などがある。

 だが、その金融商品そのものではなく、もっと抽象的な権利を売買することを思いついた人間がいる。

 例えば「十日後に、どれだけ値上がりしてもこの株を××ドルで買える」という権利を売ったり、などだ。

 このような、金融商品そのものの取引ではなく、先物を扱ったり、権利オプションを売ったり買ったりする取引のことをデリバティブ取引という。


「BISが国際資金取引統計で取り扱っているのはOTC取引だ。OTCデリバティブの統計データは、店頭デリバティブ――つまり、証券取引所などの公開市場を介さない、金融機関同士の取引のデータしか扱っていない。だがそれでも、2020年では、想定元本558.5兆ドルのデリバティブ資金が動いている」


「558.5兆ドル……」


目に見えている・・・・・・・だけで558兆だ。店頭デリバティブなど、OTCに計上されないデリバティブ商品の動きを加味するとデリバティブ商品の総価値は1000兆ドルにのぼると言われている」


 どん、とクオンツの手が壁に当たった。挟まれる形になったモルガンは顔を赤らめた。俗に言う壁ドンである。

 ここまで色気もひったくれもない壁ドンは珍しいものだが、舞い上がっている彼女にはそんなことなどどうでもいいらしい。壁ドンは壁ドンである。

 等と乙女なことを考えているモルガンをよそに、クオンツはつらつらと続けた。






「――経済は、730兆ドル程度の実態のある金融商品と、おおよそ1000兆ドルのデリバティブ商品で出来ている」






 およそ半数が、実態のない経済。信用創造により膨らんだ、誰も全容を見通せない不透明な資金がそこに眠っている。


「モルガン。1700兆ドルが、お前の握る世界だ。お前を経済の覇者にしてやる」


「……どう、して」


「決まっている。俺が世界の覇者になるためだ」


 世界の覇者になるために。豪語するクオンツの瞳には、底の知れない暗い野望が映っている。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「株で儲けてみせろ、だと……?」


 ああ、この金貨を倍にしてみせろ――とクオンツは支度金を突きつけた。それっきり、女騎士モルガンはパソコンのある部屋に閉じ込められてしまったのだった。

 実質、軟禁である。

 確かにオークに捕まった女騎士は軟禁される、というのが相場だが、こういうパターンの軟禁はモルガンにとっても望ましくないものであった。


「え、と。つまり安い株を買って、高く売ればいいのだな……?」


 それなら任せろ、とばかりにモルガンは安そうな株を5、6個ほど見繕って、それを買った。五年チャートを立ち上げ、ここ最近の値動きが底っぽいものを拾い、さすがにそろそろ上がるだろう……と期待して待つ。

 5~6個にしたのは分散投資である。というやつだ。

 安すぎる株は高くなる。経済は循環する。

 モルガンだって、そのことぐらいは知っているのだ。

 だからこそ彼女は、丹念に安めの株をいくつか洗い出し、買い頃と思われる銘柄を選定して資金を投入したのだった。






「――それで資金を減らしたのか、ぶわはははは! 馬鹿だなお前は! ぶわはははは!」


「くっ……殺せっ……」


 分散投資、失敗である。

 モルガンの予想に反して、分散投資をした5~6個の銘柄は、ヨコヨコのじれったい動きを見せたり、まだまだ底を掘るような弱い動きをしたり、結果的にうまくいかなかったのだった。

 おかげさまでモルガンは、顔を羞恥の赤に染めて、涙目でうずくまっている。

 オークに罵られるなんて、悔しい、でも何か感じてしまう、とよく分からないことまで考えてしまっている始末である。


「何が駄目だったんだ……?」


 ぼそりと呟く。

 よく分からないことをぐるぐると考えている煮えた脳でさえ、その疑問はかすかに引っかかっている。

 ほぼ完璧だったはず。間違ったことはしていない。直感的にはそう思えるからこそ、この失敗が納得いかないのであった。

 女騎士に株をさせるなよ、と至極真っ当な抗議が首をもたげたところで、クオンツが口を挟んだ。


「何が駄目だったのか教えてやろうか?」


「!」


「お前、典型的な初心者なんだよ」


 がん――、と脳を強く殴られたような感覚が、モルガンを襲った。


「なぜ?」


「え?」


「なぜ安いと思った・・・・・・?」


 それは、当然の質問であり――何故か、うまくモルガンが答えられない質問である。

 何故安いと思ったのか。それは五年分のチャートを遡って、研究して、安いと思ったからであり――。

 他の銘柄と比較して、安いと思ったから買ったのであり――。


「安いか高いかの比較方法を根本的に間違っている。感覚的に安くなっている、じゃなくて根拠をもって安いと判断しろ」


 安いとは何かを教えてやろう、とクオンツは言った。

 自分の手法を完全否定されたモルガンは、その言葉を静かに聞く外なかった。






「安さを分析するなら、バリュー投資法というものがある。一株あたりの価値を見積もる方法だ」


 ホワイトボードに書きなぐられていく数式の数々。

 バリュー投資法、という題目の下に、箇条書きの文章が書きなぐられていった。


 ・過去10年間赤字を出していない

 ・年平均2%以上の成長

 ・PBR(株価純資産倍率)とPER(株価収益率)を掛け合わせた値が22.5以下の株式が割安株


「さて、お前はPBR(株価純資産倍率)とPER(株価収益率)をしらべたか?」


「……」


「調べてないな、この愚か者」


「くっ……殺せっ……」


 モルガンの目の前のホワイトボードに、PBRとPERについての説明が繰り広げられる。


 PBR(株価純資産倍率)は、時価総額(=株価×発行済み株式数)÷その企業の純資産、で計算できる。

 計算式によると、株価が高くなるとPBR(株価純資産倍率)は高くなってしまうが、企業の抱える純資産が増えたらPBR(株価純資産倍率)は低くなる。

 PBR(株価純資産倍率)は低いほうが割安な株であり、PBRは1.5倍以下であれば割安とされる。


 そして、PER(株価収益率)は、時価総額(=株価×発行済み株式数)÷その企業の純利益、で計算できる。

 要するに、株価が高かったらPER(株価収益率)は高くなってしまうが、企業の純利益が増えたらPER(株価収益率)は低くなるのだ。

 PER(株価収益率)は低いほうが割安な株であり、PERは15倍以下であれば割安とされる。


 純資産が多く、純利益が多いほうがいい。

 ――そんな当然のことを表している指標が、このPBRとPERなのである。


「とはいえ、PBRが1倍を下回る企業は、赤字経営であったりと経営状況が悪いことも多い。経営状況ぐらいは確認しておいたほうがいい」


「……だから、過去10年間赤字を出していないことの確認が必要なのか……」


 他にも、とクオンツは前置いた。


「このベンジャミン・グレアムの方法に限らず、バリュー投資というのはいろんな手法がある。例えば、フリーキャッシュフローを10倍~15倍し、そして更に、ネットキャッシュを足し算したもの――それが時価総額の二倍あるなら割安だと見積もる方法とかな」


 フリーキャッシュフローとは営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの総和であり、ネットキャッシュとは現金等から有利子負債を取り除いたものである。

 営業業績と手持ちの現金――大まかにはそんな感じである。

 当然、営業業績がよければよいほど、企業の手持ち現金が多ければ多いほど、それはいい株である。


「こうやって企業の価値を見積もって、それが適切かどうかを見極める――割高、割安というのは、こうやって計算するのだ」


「……そう、なのか」


「モルガン。お前の見積もり方は、まあ悪くはないが、あんまり意味はないな」


 一蹴。

 モルガンをさくっと否定したクオンツは、そのまま次の説明に移った。


「後、お前、分散投資の意味・・・・・・・を履き違えているぞ」


「な……」


「5~6銘柄ピックアップしただけで、何が分散だ。何も分散してないぞ。セクター分けとか考えて、15銘柄ぐらいに増やせ」






 セクター分け。

 水産・農林業、鉱業、建設業、食料品、繊維製品、パルプ・紙、化学、医薬品、石油・石炭製品、ゴム製品、ガラス・土石製品、鉄鋼、非鉄金属、金属製品、機械、電気機器、輸送用機器、精密機器、その他製品、電気・ガス業、陸運業、海運業、空運業、倉庫・運輸関連業、情報・通信業、卸売業、小売業、銀行業、証券・商品先物取引業、保険業、その他金融業、不動産業、サービス業……以上三十三業種が、セクターの分類である。


 普通、ひとつの企業のみが業績がいいということはなく、同じセクターの企業は大体業績がいいものである。

 災害などによる復興事業が盛んになったとき、建設業セクターの企業業績はよくなる。

 円高になれば内需産業(電力、製紙、不動産など)、円安になれば輸出産業(自動車、電気機器など)の業績がよくなる。

 このようにして経済の流れを読むのである。


「セクターを分割して、各セクターごとに散らばるように銘柄を拾え。政治、経済、時事ニュース、世の中のあらゆる出来事に対応できるようにだ。5~6銘柄じゃ足りないってのが分かっただろ? 適当な銘柄選びじゃ分散投資になりゃしねえ」


 初心者にありがちな失敗は、割高・割安の判断ミス、そしてセクターを意識した分散投資をしないことである。

 セクター分けさえ出来れば、経済を少し理解したといえるのだ。

 どの銘柄が相関性が強いのか。その相関性を見つけることこそが銘柄選びの第一歩なのである。






「バリュー投資。セクター分け。……ここまで来れば、あとはエントリーするタイミングだ。買うタイミングをお前は知らない」


「エントリーするタイミング……? 安ければ買うのだろう?」


「材料があってこその相場だ。何もなしに買うようではカモになるぞ」


 例えば、とクオンツは指をひとつ上げた。


「不謹慎な話だが、例えば海外から疫病を運んでくる蚊が流行になったら、殺虫剤を作っている企業の株が値上がりしやすい。……このように、日常のちょっとしたニュースが、株価を左右する材料になりえるわけだ」


「なるほど、そういった好材料が出たときが、エントリーするタイミングになるのだな?」


「あるいはな。別にそうだとは限らんが、戦略の一つにはなる」


 エントリー戦略というのは、一つではない。例えばテクニカル分析というのがある。

 これは、チャートの形や出来高の推移などから、将来どのようなチャートの形になるのかを予測するトレードのことである。

 EMA、MACD、RSI、Stochastics、Sling Shot System、ボリンジャーバンド、パラボリック――いくつもあるが、重要なのはテクニカル指標がどれだけ使えるか、の検証である。

 株の銘柄ごとや、各金融商品ごとに、適合性の高いテクニカル分析は存在する。それを見つけることからテクニカル分析は始まるのだが――。


「初心者のうちはそんなことより、狼狽売りしないようなメンタルや、バリュー投資のための目を養うことのほうがずっと重要だ。テクニカル分析の腕を磨くより、単純な・・・テクニカル分析だけで勝てるような相場を見つける・・・・・・・ことのほうが何倍も重要になる」


「……つまり」


「エントリーするタイミングは、徐々に身に着けろ。これは理論の勉強ではなく、感覚の勉強でもある。……分かったな」






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 株の投資。

 バリュー投資法、銘柄のセクター分け、そしてエントリー戦略。

 それらに気をつけ始めた女騎士モルガンは、徐々にだが、株の勝率を上げることに成功し始めていた。


 何せ、割安の株を拾って、値上がりしたら売るだけの作業なのである。

 利鞘を抜く利率も、感覚的ながらも何となくつかみ始めた。チャートの形も徐々にだが覚え始めて、エントリーポイントがどこら辺になるのかを想像するのが容易になってきたのだ。

 万が一どこかで失敗しても、セクターごとに分けて分散投資していることが功をなしている。どこかのミスはどこかの利益で補填できているのだ。


「……楽しい」


 これが相場か、とモルガンは理解した。

 ――天にも昇るような多幸感と、下腹部がきゅうきゅうと締め付けられるような絶望を、同時に味わって狂い死ぬ。

 あのクオンツが言っていたことは、これだったのか・・・・・・・、と理解してしまっていた。

 この世界の入り口を、この終わりのない深遠の末端を、モルガンはすでに味わってしまって・・・・・・・・いた。






 相場は、人の狂う世界である。

 天にも昇る多幸感と、締め付けられるような絶望が同時に住まう、悪魔の場所なのだ。


 ――経済は、730兆ドル程度の実態のある金融商品と、おおよそ1000兆ドルのデリバティブ商品で出来ている。

 クオンツの言葉である。

 それはつまり、言い換えるならば、1700兆ドルもの幸せと絶望が入り混じった、狂気の世界なのだ。






「ふ、ふふ……これならば、最初に与えられた金貨を倍にしてみせることなんて、実に簡単……」


 途中まで言いかけて、モルガンはここで気づいた。


「金貨を倍にして……私はどうしたいんだ・・・・・・・?」






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「モルガン。お前には金融トレーダーになってもらう。そしてお前にはこのまま、経済の覇者になってもらう」


 ――気づいただろう、モルガン。

 そう呟いたのは、経済を見てしまったものの成れの果て。


「お前はまだ、株高、株安の判断が出来ていない。相場が総楽観なのか、総悲観なのかの見積もりも甘い。中央銀行総裁の発言の意味も知らなければ、各資産アセットの値動きの法則も知らない」


 成れの果て、クオンツは、暗い笑みを浮かべて呟いた。


「株は簡単だっただろう? そうだとも、株が一番簡単だ」


 先がある、と彼は呟いた。

 せいぜい89.5兆ドルでしかない世界の外側にある、1600兆ドルの世界が、その深淵からわずかに姿を見せていた。


「だから教えてやる。俺が一から全部を。そして経済の仕組みを。――人の終わりのない業の深さを」






 鬼が出るか蛇が出るか。一寸先は闇。無常の風は時を選ばず。


 恋するくっころ女騎士のトレード伝説は、今始まったばかりであった。


 参考文献

[1]OTCデリバティブ

 https://www.bis.org/publ/otc_hy1711.htm

[2]世界株式総額

 http://myindex.jp/global_per.php

[3]国債

 https://www.bis.org/statistics/secstats.htm

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