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行き遅れ魔王様と幼なじみ執事 7

作者: 遠和

『げぇっ、化け物が来たぞ!こっち来んな!』

『うわ、ほんとだ! 逃げろ逃げろ‐』


 子供は残酷だ。

 良くも悪くも素直で。


「どうして私も仲間に入れてくれないの」


『かあちゃんが言ってたぞ! お前は化け物だって! 一緒に遊ぶなって!』

『だから近寄んなよな! それにお前臭いんだよ!』


 親しい者の言葉を素直に受け取り、受け入れがたいものには排他的に、残酷に、時には暴力をもいとわない。

 今ならわかる。

 当時の私は浮浪児で入浴を滅多にすることもできず、たまに汚水じみた水で体を流す程度。

 家もない劣悪な環境だから仕方ないとはいえ、子供にはそんなのは関係ない。


 臭いものは臭いのだ。

 言葉で遠ざけられないものは石を投げて遠ざける。

 でも、当時の私にはわからない。


 皆と一緒に遊びたいだけなのに。皆と同じ子供なのに。


 だけど、違った。

 皆は人間、だけど私だけが魔族だった。


 こんなことを言うとまおちゃんは怒るかもしれない。ううん、間違いなく怒るだろう。

 人間しかいないあの場所では、人知を超えた『魔法』という力を持つ魔族の私だけが化け物だった。


 そう、あの日までは‐‐。


「てぇへんにゃ、てぇへんにゃ‐!」


 聞きなれた声がどたばたと大きな駆け足と共に近づいてくる。

 仕事だけは意外と、これまた本当に意外と真面目にこなす彼女にしては珍しい。

 私と同じように仕事のオンオフを切り替える彼女が珍しく、就業中にも関わらずオフの口調。


 それだけに事態の深刻さ、もとい面倒くささを物語っている。


 できれば関わりたくないなぁ、という本心とは裏腹に大きな駆け足はこの部屋、まおちゃんへと一直に向かってきていることがわかる。

 まおちゃんへと視線を向けて表情を窺うと手を止めて渋面をこれみよがしに私へと向ける。

 どうやら同じ気持ちらしい。


 やがてバンッ、と大きな音と共に開け放たれた扉からは額に汗を流し、髪を張り付けたメイドちゃんの姿。

 その頭にはトレンドマ‐クである猫の耳がピコピコとせわしなく動いている。


「てぇへんにゃ、魔王様、執事様! てぇへんにゃてぇへんにゃ!」


 ぜえぜえと息を荒げ、肩で息をした状態で矢継ぎ早に告げるが、話の内容は要領を得ないまま。


「落ち着きなさいな、貴女にしては珍しい。 まだ就業中だと思うのだけど、素が出てるわよ」


 まおちゃんの言う通り、メイドちゃんは普段私のように公私を切り替えるタイプだ。

 私が仕事中に燕尾服を纏うように、メイドちゃんは仕事中、口調を改めて彼女の口癖である『にゃ』が鳴りを潜める。

 なんでもオンオフの大事なスイッチらしいけど、それを聞いたまおちゃんは「なんだ、キャラ付けだったのね」と一蹴し、メイドちゃんは「キャラじゃないにゃ!生まれ持っての口癖にゃ!」と激昂していたけど…

 これ以上は本人のためにやめておこうっと。


「それどころじゃないにゃ!てぇへんにゃ!」


 荒ぶるメイドちゃんは相変わらず大変だとのたうち回る一方で、一向に話の容量を得ない。

 もったいぶるのは彼女の悪い癖だ。そしてそういう時は大体ろくでもない。


「わかったわかった、わかったから落ち着きなさいな」


「落ち着いてるにゃ!」


「はいはい」


 適当に相槌を打って、まおちゃんは手元にある紙にきゅっきゅと小気味良い音を立てて何かを書き込む。

 私はそれを覗き込んで「…三角形?」と疑問を口に出す。


「そ、正解。三角形。さてメイドちゃん、三角形のここ、下の部分。なんていうでしょ‐か」


 ペンでとんとんと紙に書かれた三角形の底を指す。


「底辺にゃ!」


「はい、正解っ!」


 食い気味に答えるメイドちゃんにびしっとペンを指すまおちゃん。


「また妙なのが始まったなぁ…」


「はい!じゃあ次!私は!」


 ピッとペンで自らを指すまおちゃん。


「魔王様にゃ!」


「正解!でも足りない!」


「美女にゃ!」


「正解!でもまだ!」


「変態にゃ!」


「正解!まだまだ!」


 いいんだ、変態で。正解なんだ…。


「そして底辺にゃ!」


「大正解っ!」


 仮に一国のトップが自らを底辺呼ばわりって…国民には聞かせらんないなぁ…。


「で、一体何のやり取りだったの?」


「メイドちゃんを落ち着かせるための束の間の問答よ。

 どう、落ち着いた? メイドちゃん」


「おかげさまで落ち着いたにゃ!」


 そう答えたメイドちゃん。

 先ほどまでの紅潮した頬は戻り、息も整っている。

 どうやら効果てきめんだったらしい。


「そう、それはよかったわ。

 じゃああとでオ・シ・オ・キ、ね?」


 にこり、とほほ笑むまおちゃん。

 その背後に不吉な何かが見える‐‐気がする。

 静かに怒ってるらしい。


 まぁそりゃあ変態呼ばわりの上に底辺呼ばわり、怒りもするよね。


「まったく!誰が美女よ!私はまだ美少女よ!」


 そこ!? 変態でも底辺でもなく!?


「理不尽にゃ!言わせたのは魔王様にゃ!パワハラにゃ!出るとこ出てやるにゃ!」


「そういえばビアンカちゃんが言ってたけど、メイドちゃん最近運動不足なんじゃない?

 お腹がぽっこり出てきた気がするって嘆いてるってビアンカちゃんから聞いたわよ」


「あんのビイイイッチ!」


 村には帰れないと言うので、ビアンカちゃんは今や住み込みのメイド見習いとして城で働いており、メイドちゃんの部下なのだがこっそりと私やまおちゃんが見ていない時はよくだらけて仕事を押し付けられるとの不満も聞いている。

 その代わりと言ってはなんだけど、真面目にこなす時の仕事の出来栄えは文句のつけようもないので黙認しているというのが実態だ。


「というか、メイドちゃんまでビアンカちゃんをビッチ呼びなんだ…」


「え? だってビアンカのビはビッチのビでしょ?」


 何を当り前のことをと言わんばかりの表情で見られても…。本人見たら泣いちゃうよ。


「ビ…ビ…ビッチじゃないですうぅぅぅっ」


 木霊する絶叫に駆け足。靡く金髪とメイド服のフリル。

 どたばたと走り去る後ろ姿は紛うことなきビッチことビアンカちゃんの姿だった。


「いたんだ…ビアンカちゃん…」


 いつからいたのか、いたことすら気づかなかった。驚異の影の薄さ。


「大丈夫よ。あの娘の出番、あれだけだから」


「ひっど…」


「あ、待つにゃ!ビッチアンアン感じちゃう!」


「待つのは貴女よ、メイドちゃん」


 ビアンカちゃんのひどいあだ名を呼び、追いかけようとするメイドちゃん。

 そして彼女の肩をがしりと掴み呼び止めるまおちゃん。


「逃がしはしないし、なぁなぁでは済まさないわよ、メ・イ・ド、ちゃん?」


 にこり、と。

 氷のような冷笑を浮かべ、

「誰が変態に底辺よ!私はちょっと可愛い子が好きで残念なだけよ!」

 すぐに激昂する。しかし弁明も残念な辺りがまおちゃんらしい。


「ところでメイドちゃん。 一体何が大変だったの?」


「「あ」」


 二人して忘れてたんだ…。


「ちょっとぉ、皆して家主のこと、ほったらかしすぎじゃなあい?」


 聞きなれた間延びした声の先。

 大きく開け放たれた扉にもたれかかる、まおちゃんによく似た女性。

 容姿はよく似ているが、女性としての凹凸が増しており妖艶さが漂っている。

 まおちゃんに言わせて見れば、胡散臭い。

 私から言うとめんどくささがまおちゃんの五割増し。


「げ、お母様…!?」


「先代様…」


「そうだったにゃ! めんどくさい人が帰ってきたって報告しにきたんだったにゃ!」


「あらぁ、メイドちゃんったらひどぉい。 めんどくさいだなんて、オシオキが必要かしらぁ」


「あ、間に合ってるんで結構です」


 いつの間にやらまおちゃんに胸倉を掴まれ持ち上げられてるメイドちゃんが真顔で静かに首を横に振る。

 苦しくないんだろうか。


「はぁい」


 それで済んじゃうんだ。遠慮できるんだ。許されるんだ。

 相変わらず独特のペ‐スで生きてる人だなぁ。


「そ、それで先代様。今日はなぜ突然いらっしゃったのですか?」


 失礼だとは思いながらも、聞かざるを得ない。


 この方はいつも突然だ。

 突然どこかに行かれたり、突然魔王を辞任されたり、この方に『何故』が通用しないのは長年の付き合いでわかってはいるけど…。


「あらぁ、相変わらず執事ちゃんは他人行儀ねぇ。 私のことはお母様って呼んでいいのよぉ?」


「あ、あはは…」


「無駄よ、し‐ちゃん。お母様に理由聞くだけ無駄。どうせ答えるわけないんだから」


 いつの間にかメイドちゃんへのお仕置きを済ませ、手をハンカチで拭うまおちゃん。

 二人の間でどんなやり取りがあったのかはわからないけれど、お尻を上げて顔面から地面に突っ伏して全身を痙攣させているメイドちゃんを見ると、関わるのも聞くのもよそうと思うのは致し方ないと思います。南無。


「ひっどぉい、聞いたぁ?執事ちゃあん。実の娘がイジメるのぉ。私を癒してくれるのは義理の娘だけなんだわぁ」


 よよよ、とわざとらしく泣き崩れる先代様。


「あのねぇ、お母様。私怒ってるんだからね。突然魔王辞めます、旅に出ますっつって面倒ごと全部私に押し付けて勝手にふらふら出てった放蕩母」


「あ‐あ‐あ‐、聞こえなあい」


 耳を塞ぎ、都合の悪い言葉を聞き流す。

 その姿はさながら子供だ。

 そんな姿を近隣諸国の王達からは『天衣無縫の磊磊落落娘』、などと評した。

 小難しい言葉を並べながらも、つまりはこう評したのだ。

『天下無敵の我儘娘』、と。


 そんな先代様が突然帰ってこられた、絶対面倒くさいことが起こる。


「ふぅ。そうそう、私が帰ってきた理由なんだけどぉ」


 何事もなかったかのように立ち上がり、ぱんぱんと衣服の汚れを取り払う。


 そんなしれっと何事もなかったかのように話続けるんだ…。


「あら、意外。帰ってきた理由もあったうえに話してくださるのね」


 私とは違う点で驚くまおちゃん。


「あのねぇ、私、魔王に戻ろうと思うのぉ」


 わぁ、かっる‐い。一国の主の役職かっる‐い。


「いえ、先代様。さすがに先代とはいえ王位はそんな容易く返せるものでは…」


「あら、いいわよ」


 かっる‐い!もうなんか色々かっる‐い!

 全然良くないよ、まおちゃん!?

 もうやだ、この母娘ぉ!




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