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第七十三夜  小さな灯火

 ーー蒼月寺(そうげつでら)に着くと、玄関前には

 優梨と、鎮音がいた。


 それに、月夜に照らされる白い天馬。


 その後ろには、ソリ。

 クイーンのチェス駒を象った馬車。ロンドンなどの、街並みに設置されている街灯の形状に、少し似ている。


 縦長で少し角張ったその形をした、箱だ。

 色は、縁取りが蒼で本体は銀。

 波打つ屋根は、蒼くそのてっぺんには、丸い紅い球が乗っている。どうやらライトの様だが……パッと見、赤色灯に見えない事もない。


 何とも煌びやかで目立つーー馬車が、そこにはあった。


「あ。帰ってきた。」


 玄関先で、優梨が楓と葉霧を見ると、そう言った。

 その手には、宅配などで良く見かける伝票。

 そして、その前には、小柄な男がいた。


 身長で言えば155そこそこの楓より、少し大きい程度だろう

 足元も、昔良く使われていた下駄サンダルだ。

 それも素足。人間の足だ。


 足の甲をカバーする、ビニール製のカバーは、下駄に丸いピンで留めてある。


 歩くとカタカタカタ……と、音がする様なサンダルだ。

 底の形状が、ユニークなへこみ具合。その為、あの独特な足音がするのだろう。


 引っ掛けて走ると転けそうになる。


 配送業者そのものの、出で立ち。

 エメラルドグリーンの作業服姿で、帽子を被り直していた。


「じゃ。これで」


 と、振り向く。


 小柄で華奢な男性だ。見た目は。


「あやかし?」


 楓は、目を丸くした。

 細い目なのだが、その顔は明らかに鳥人だ。

 それも……鴉に似ていた。


 ただ、鼻は無く、口元に掛けて鴉のクチバシの様に尖っている。だが、顔は至って人間そのもの。肌の色も肌色に近い。


 鼻から口元だけが、クチバシの様になっていた。

 そこだけが、黒い。

 何だか、そうゆうカタチのマスクをかぽっとはめているかの様だ。


 輪郭はどちらかと言うと、角型。

 眉毛も凛々しくへの字の太い眉毛。

 こう言っては何だか……おっさん体型で、おっさんそのものの顔だ。


 年代で言えば、三十代前後の男性であろうか。

 なのだが、とても老けて見える。


 髪が、被った帽子からはみ出ていて横髪が、ぼわっとしている。後ろ髪も、ふんわりとしている。

 少し天然毛が、入っている様だ。


 馬車の前に置かれているのは、“鴉天狗便”と、書かれた軽トラ。タイヤは火車だ。


 蒼い炎を纏った火の玉が、タイヤになっている。

 それだけが、異様で他は至って普通の軽トラック。

 銀の箱型の荷台には、でかでかとそう書いてあった。


 イメージキャラクターなのか、天狗の姿をした鴉人間の絵まで、書いてある。


「どーも。鴉天狗便っす!」


 への字の目が開いていないにも関わらず、楓と葉霧に、向けられた。


 声は至って普通の男性であった。

 ペコッと頭を下げると、火の玉のタイヤの軽トラに乗り込んだ。どうやら左ハンドル。


 運転席から軽く会釈すると車は、走りだした。


 空に浮かんだのだ。


「まじか……鴉天狗便……」


 楓は、くるくると火の玉のタイヤが廻りながら、空に向かって浮き上がり、飛んで行くのを見ると目を丸くした。


 隣の葉霧も呆然だ。


(起きる事が……劇的過ぎて追いつかない……)


 葉霧にしてみれば、ほんの三ヶ月前までは普通の高校生だった。だが、この鬼娘が来てからは、毎日がスリルかつ有り得ない事ばかりで、免疫も追いつかない。


 毎日……アクシデントとミステリー。

 恋もスリリングな展開で、サスペンス劇場に発展しそうな今日この頃。


「あら? 楓ちゃんと葉霧くん宛てね? なんて読むのかしら……“技藝(ぎげい)”さん? でいいのかな?」


 優梨は、宅配の伝票を見ながら首を傾げた。


(何で……平気なんだ? この馬車を見て……)


 葉霧は、優梨の適応力の高さにとても感心する。


「何ぞ? これは?」


 鎮音のその鋭い視線。

 本気で、呆れていた。


「あ。ヌシなんだ。ソイツ……前にちょろっと関わったんだ。」


 楓は、ギロッと睨まれてそうへらっと答えた。

 とりあえず笑って誤魔化す。


「天馬付きのこんなドデカイ物を、贈りつける奴がヌシ?」


 鎮音の顔は、完全に疑っていた。


 天馬は、一頭だがソリとこの荷台の馬車を入れると、確かに大きい。技藝の王冠馬車に比べれば、一回り小さいが。


「でも、スゴいわね~。ペガサスよ? ペガサス!」


 優梨は、既に滑らかなその毛並みをした天馬の背中を、撫でている。


「何か……スゴいのがいる。」


 と、下駄を鳴らして歩いて来たのは夏芽(なつめ)だ。


 カランコロン……完全な下駄の足音を響かせて歩いてきた。

 月夜に浮かぶ、濃い緑色の着物姿。


 茶系の帯。その目には黒縁のメガネ。スクエアだ。

 さらっとした黒髪。葉霧より、少し低めの身長で優しそうなイケメンだ。


 その手には、トランクケース。

 とても頑丈そうな、シルバーのものだ。


「兄貴」


 葉霧がそう言うと、夏芽はまじまじとペガサスに目を向けた


「お帰りなさい」

「はい。ただいま」


 優梨の声に夏芽は答えるが、興味はペガサスと馬車だ。


「終わったのか?」

「ええ。お陰様で。」


 鎮音の声にも、顔は向かず答えるのみ。淡々と。

 メガネをあげて、ペガサスの金色に光る眼を見つめていた。


「いや~……この家はスゴい。創作意欲が湧く。」


 と、夏芽はそう言った。

 彼は、ミステリー小説の作家だ。最近、やっと芽が出始めた。


 締切の為に、ホテルに缶詰め状態だったのだ。

 精神集中の為だとか何とか言っているが、編集の人に半分監禁された様なものだ。


 この家だと、彼は酷く散漫になるからだ。


 はぁ………


 鎮音は、玄関に向かいながら深いため息をついた。


「この家に馬車小屋を造る時が……来ようとは。」


 ぼそっと嘆く様に呟いた。


「え!? ばーさん! 造ってくれんのか!?」


 楓は、いそいそと鎮音の所に駆け寄った。


「造らない訳にいくか! 何処に置く!? あの馬はペガサスだぞ!? 雑にしたら罰が当たる!」


 と、本気で怒鳴られたのだ。

 その表情は、とてつもなく怖い。真剣な眼で楓は睨まれたのだ。


「すみません」


 楓はしゅんとした。


(キレ方が葉霧にソックリなんだよ……)


 と、この時ばかりは遺伝の恐ろしさを知る。




 ✣


『楓と葉霧へ。

 僕からのお礼だ。アッチコッチと飛び回るのは、大変だろうから、使うといいよ。あの天馬は特に何もしなくても平気だ。


 彼は、この世界の夢や希望を食べるあやかしだからね。

 いちお、四人掛けにしたからダブルなデートにも、使うといいよ。


 夢の魔道士 技藝』


「だってさ! 夢の魔道士って言うより夢の道化だ! ピエロじゃん!」


 楓は葉霧の部屋で、技藝からの手紙を読んでいた。

 葉霧は、ベッドの上で胡座掻きながらそれを聞いていた。


 楓は、ベッドの下で座りながら葉霧に手紙を渡す。

 フカフカの羽毛布団の上に、腕を乗せながら葉霧を、見上げる


「夢や希望を食べるあやかしか……“獏”みたいだな。妖怪の」


 葉霧は、手書きの手紙を見ながらそう言った。

 白いシンプルな便箋に蒼いインクで、書かれていた。


 所々に、ハートマークが散乱している。


 二人ともお風呂あがりだ。

 楓は、ピンクの薄めのジャージに、グレーのTシャツ。

 ちょっとまだ、濡れてる髪はピンで、纏めてあげてある。


 落ちてきてるがそれは放置。


 葉霧は、白の半袖シャツに、白の薄手のスエット。

 ちゃんと乾かした茶髪は、サラサラだ。


 ネイビーの羽毛布団は、夏仕様に変えてある。


 急に暑くなることもあるからだ。

 カーテンも、レースのものだけを閉めていて、ライトブルーの遮光カーテンは、纏めてある。


 広い洋間の部屋は、相変わらず整理整頓されていて、綺麗だ。物が本当に少ないので、がらん。としている。


 パソコンデスクにソファーとガラスのテーブル。

 クローゼットに、このセミダブルベッド。


 葉霧は青系が好きなのか、ソファーもネイビー。

 ソファーには、楓が部屋から持ってきたピンクのハート型のビーズクッションが、置かれている。


 その横にシンプルなライトブルーのクッション。

 ガラスのテーブルは、枠が黒。


 ソファーの前には、テレビと簡易冷蔵庫。

 ワンドアの、正方形型で本当に簡易的なものだ。


 黒いボードの上に、47インチのテレビ。

 その下には、映画などのディスクが並ぶ。


「獏? あれって“悪夢”を見せるんじゃねーの? オレ。そう聞いた。」


 楓は、頬杖つく。


「それ……枕返しじゃなくて?」

「ん~……獏って言ってたぞ。」


 葉霧の声に楓は、首を傾げた。


 寝る前のちょっとしたお話の時間だ。

 葉霧は、学校があるからいつも……遅くてもニ十三時には寝る。


 その合間に、こうして話す時間を設ける。

 今は十時だ。


「あ。そろそろ戻るよ。寝る前に勉強すんだろ?」

「いや? 今日はしないよ。」


 葉霧は、ベッドから降りる。

 自分のデスクに向かうと、その上に置いてある紙袋。

 その脇で、充電させて置いたスマホ。


 それに、手を伸ばす。


「充電出来てる」


 葉霧は、アダプターの上に置いておいたスマホを手にした

 フル充電出来ている。


「これ。教えるよ。カンタンなメールとか」


 そう言うと葉霧はソファーに腰掛けた。


「え!? まじ!? ホントにくれんのっ!?」


 楓は、葉霧の隣に飛びつく様に座った。

 足元に、ビーズクッションを置く。


「俺の連絡先と、この家の人たち。それから、桐生と灯馬は、既に入れてある。」


 葉霧は、画面をタッチしながら説明する。

 ふんふん。と、横で覗きながら頷く楓。


「これでメール。」

「え? これで送れんの?」


 葉霧が自分のスマホに、楓のスマホでメールを試し打ち。その後で、楓に試し打ちさせる。


「そう。ここで送信」


 ふんふん。真剣だ。   


 楓の目はスマホ画面から離さない。

 真剣そのもの。戦いよりも集中している。


 葉霧のスマホが、バイブで振動する。

 メール受信だ。

 画面を、見せる。


「すげー。」


 楓は、目をキラキラとさせた。



「後、GPSついてるから。楓の居場所は、俺にわかる様になってる。」

「へ? そんなのあんのか??」


 葉霧の声に、楓はスマホから視線をあげた。


「それから、今の時点で登録されてない“番号”から、このスマホに掛かってくると、自然と俺にもその情報が流れる様に設定してあるから。」


 葉霧のその眼は、とても真剣だ。

 楓は、スマホを受け取り首を傾げた。


「ん? どうゆうこと?? よくわかんねぇけど?」

「追々わかるよ。それから……楓は、俺が“了承した相手”としか通話出来ないし、メールも出来ない。変なアプリも使えない。」


 葉霧は、そう言ったのだ。


「ん~? アプリ?? ウマいの? それ?」

「ソフトウェアだ。これも追々で。」


 楓のきょとんとした顔に、葉霧はそう言った。


「さっきの……“東雲”と、コレで通話しようとしても無駄だから。俺に、掛かって来る様になってる。」


 葉霧の眼は、とても鋭いものだった。

 楓は、その真剣な眼に少し驚いたが


「そんなんしねぇよ。」


 と、そう言った。

 葉霧は、ため息つく。


「口約束は信用しない。」

「へ? え? 信用されてねーの!?」


 楓のその素っ頓狂な声に、葉霧の眼は冷たくなった。

 冷淡な眼で、楓を見据えた。


「俺は……“独占欲”が強いんだ。ついでに“支配欲”も。だから、楓に“スマホ”を渡すのを、躊躇していた。意味わかる?」


 楓は声の低い葉霧を、見つめる。


「それは……“愛が重くて深い”ってコトっすよね??」


 楓が、へらっと笑うと、葉霧はその頭を押した。


「茶化すな」

「茶化してねぇよ。嬉しいからいいよ。」


 楓は、頭をぽりぽりと掻いた。


「え?」


 葉霧は、驚いた。


(ドン引きする様な事を、言ってるつもりだったんだが……)


 自分の“歪んだ愛情”ぐらいは、わかっている。

 だから、極力……恋人を、つくらないようにしてきた。

 理解されないと、思っているからだ。


 “葉霧の心に眠る……激しい愛情は、時に狂気とも取れる”

 だから、関わらない様にしてきたのだ。

 恐がられる事を、わかっているから。



「それって“好き”って事に、貪欲ってことだろ? つまり、本能に正直。って事だ。オレと同じじゃん。ハラ減ったら食う。好きなものは好き。一緒だ。」


 楓はそう笑った。

 葉霧は、それを聞くと瞳が揺らいだ。


(楓って……ヤバい。俺……ドハマりしそう……)


 葉霧は隣で、頭を抑えた。

 項垂れる。


 ついでに、深いため息もついた。


 はぁ……と。


「ん? え? ため息つくとこかっ!?」


 楓が驚く番だった。


「いや……」


 葉霧は、顔をあげた。

 ソファーに寄りかかる。


 楓はその横顔を見て……ハッとした。

 その頬は、少し赤くなっていた。


 照れた様な顔をしていた。

 ちょっと可愛い表情だった。


(うわ! か……可愛いけど!? なにそのデレっとした感じ! いつもの葉霧のキメッとした顔じゃねぇぞ??)


 楓は逆にドキドキとしてしまった。


「楓」

「え!? はい!」


 葉霧に急に呼ばれてドキッとして、返事した。

 その身体も、ビクッとした。


 葉霧は、楓に顔を向ける。

 その強い眼差しを。


「もう“宣言”した様なものだから、これからは遠慮しないから。」


 と、そう言った。


「え……?」


(ど……どーゆうこと?? 遠慮?? してたのか? バシバシ叩いてたよな? 人のこと。)


 楓は首を傾げた。

 考えこんでしまった。


 思い当たるのは結構な、ドSっぷりの鉄拳制裁だ。


「わかった?」

「へ? あーうん。わかった。」


(まーいいか。うん。いつもの事だし。殴られてんのは慣れてるし。ドMじゃねぇけど……)


 葉霧の強い眼に、楓は頷く。

 うんうんと、曖昧に。






















































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