第六十三夜 煉華島③
ーー猟銃を持った島の人間が、案内したのは白亜村の一軒の家だった。
“舟渡”ーー、表札にはそう書いてある。
「ここか。」
葉霧は、ぞろぞろと入って行く人間達の、後からついて行きながら、そう言った。
「村長の家よね?」
水月が隣の灯馬に言うと
「ま。リーダーが外道ってのは良くあるハナシだよな。」
灯馬はずらりと並ぶーー黒塗りの高級車を見ると、そう言った。へらっとしながら。
雅が、先導をきり玄関に入った。出てきた女性ーー、それは最初に迎えてくれた女性だ。島の人間達が並ぶのを見ると……その顔色は真っ青になった。
何よりもその中に刀を向けてきた楓がいたからだ。銀色の刃を向けられた女性は、玄関先で腰を抜かした。
「とっとと案内しろよ。」
楓の蒼い眼が、ぎらっと光ったのだ。
通されたのは、大きな和室。家の平屋部分にあるその部屋は、物々しい。床の間に、黒光りする座椅子。
背には虎の描かれた屏風。
その上には、刀が飾ってある。
“弱肉強食”と、達筆に書かれた掛け軸も額縁に納めて飾り立てられていた。
そこに居たのは、大柄の男だ。白髪の頭は、襟足が肩ぐらいまで伸びている。パッと見、格闘家、プロレスラーみたいな風貌と体型だ。
肌も真っ黒で、厳格そのものの顔。悪人面と正しく言える風貌であった。白髪でシワもある老人ではあったが、風格は現役。
隠居して穏やかな余生を送る……とは、無縁そうな老人だった。黒の紋付袴で、堂々とそこに座っていた。
襟には、家紋なのか鶴が描かれていた。
「雅。バケモノ退治はどうした?」
その男性の声は、低く太い。聞いてるだけで地鳴りでも起きそうな程、響く。
この広い和室に。
宴会場とまでは行かないが、二十人近くはこの部屋に集まり催しなどが、出来そうな広さだ。
「終わりました。親っさんの言う通り……“黄色い眼”のヤツはいませんでしたが……、群れは倒せたと思います。」
雅ーーは、精悍そうな男性だ。筋肉質でそれこそこの老人と同じ様な風格を持っている。
それでも、今は震えていた。
(コイツも“気配”を消せんのかよ? 全然あやかしの気配がしねぇ。)
楓は先頭にいる。刀を持ったまま。
その後ろに、葉霧と灯馬、水月。
島の男たちは、後ろの方にずらっと並んでいる。みんな、頭を低くして俯きちらちらと、老人の顔を伺っている。
それだけでも余程、威嚇的なのがわかる。
(“黄色い眼”? 群れの統括者か?)
葉霧は、男性たちを横目にそう思う。
さっきの群れの中には、確かにいなかった。
皆、黒い眼をしていた。
「まあいい。奴等は群れで動く。当分は大人しくしてるだろう。で? この救世主たちが何でワシに、牙を向けてるんだ? 雅。」
黒い肘掛けに、老人は右肘をつけた。
漆塗りなのか、黒く光る。
「さっきの連中が何故、この島の人間たちを生かしておくのか、気になったから聞きに来ただけだ。」
楓の隣に立つと、葉霧がそう言った。
その眼は、老人を捉える。
「ほぉ?」
老人は、目を丸くした。
「この島に“巣”を、作っているのだとしたら真っ先に狙われるのは、島の人間達だ。だが、奴等は外から人間達を、連れて来た。」
葉霧のその強い口調にも、老人の顔色は変わらない。ずっと
厳しい表情で、葉霧たちの前にいる。
「あやかしの“捕食”は、本能だ。区別するとは思えない。誰かが、“裏で糸を引かない限り”。」
葉霧だけではない。灯馬も水月もその視線は、老人を捉え強く険しさを滲ませていた。
楓は、にやっと笑う。
「お前がアイツらに……人間を襲わせてたりしてな? この島はそんなに居心地がいいか?」
そう言うと、老人の顔色は少し変わった。更に険しくなったのだ。
「鬼娘が何故、人間といる? まさかその隣の優男に惚れたか?」
「だったらどうした? てめぇに関係ねぇ。」
フ……
楓の啖呵に老人は口元を緩めると、ゆらっと立ち上がった。
「如何にも。この島は生きていてとても棲み易い。ただ、難点が若い女が余りいない事。ワシは若い女の血肉が好きでな。」
老人の顔つきが変わってゆく。
ビキ……
こめかみの血管が浮き出る。その顔が、歪み濃い茶の肌に変わってゆく。禍々しさを滲ませながら、人間の姿からあやかしへと変わってゆくのだ。
「そこで考えたのが……“運び屋”だ。奴等の中には人語が話せて理解出来る奴がいたからな。交渉したまでだ。ワシの島の人間を襲わない代わりに、新しい狩場を教えてやった。」
ビキ……
血管を浮き上がらせながら、老人の身体までも大きく変わってゆく。黒い紋付が、避けて強靭な肉体が露わになる。
蒼と白の縦縞の袴はそのままに、蛇の顔をしたあやかしに変わったのだ。食い入る様に見つめるその敵意むき出しの赤紫色の眼。発光していて不気味だ。
腰元まであるオールバックの白髪は腰元まで伸び、ゆらゆらと揺れる。体長も、倍になった。三メートル弱か。
筋肉質な身体は、更に硬そうになり凶暴そうにも見える。何よりも血管が浮き出ていた。焦げ茶に近いその肌で、目の前に雄々と立ったのだ。
島の人間たちは、その姿を前に恐怖に包まれていた。さっきの怪鳥を見ているよりも、恐れている様だ。
「餌場まで与え……いい共存関係だったが……。奴等は増えすぎた。人間が不審感を抱き始めた。このままでは人間が寄り付かなくなる。そうなっては元の木阿弥。」
薄気味悪い笑みを浮かべながら、あやかしは語る。まるで武勇伝でも、語るかの様に。
「ならば、一度……ゼロに戻すことにした。どうせまた増える。黄色い眼が、生き残れば勝手に群れを作る。ワシには至って好都合。」
長い舌が口から飛びだしまだ戻る。その先端は、裂けハサミの刃の様に鋭い。開く口から覗く鋭い歯達。あやかしの歯列は、全て研ぎ澄まされた牙の様であった。
「もういい。聴いてると気分が悪い。」
葉霧は、右手を翳した。
カッ!!
白い光の炎を放つ。波動だ。
「ぬるいわっ!!」
カッ!!
あやかしの口から放たれる波動。
それは葉霧の波動とぶつかる。
和室に轟く閃光と爆風。波動のぶつかり合いに、島の人間たちは部屋から飛び出した。
逃げたのだ。
楓は、飛んでいた。波動がぶつかりお互いに消えていくのを見ていたからだ。
「てめぇみてーのは問答無用だ!!」
ザシュッッ!!
あやかしの強靭な身体を、右肩から腹まで斬り裂く。斜めに入るその刃で、血飛沫が飛ぶ。
「うぬぅ!」
斬り裂いた楓は、下にいる。
そこにあやかしの左足が浮く。
蹴りを楓の身体に、入れようとしたのだ。
それを難なく後ろに飛んで避ける。
瞬発力は上の様だ。
灯馬が、葉霧の横に立つと
「よせ。足腰立たなくなるぞ。」
葉霧がそれを制したのだ。力を使えば負荷が掛かる。その反動の怖さは、葉霧が良く知っている。
下手をすれば目覚めないかもしれない。
何度も経験してきたからこその、言葉だ。
ぐっ。
灯馬は右手を握りしめた。
ちらっと、水月を見ると、後ろで頷いた。
水月も同じだ。水竜を呼ぶだけでも相当な力を使う。精神力は、体力を奪う……身体に、異常をきたす。
(確かに……けっこーしんどいんだよな。)
と、灯馬は内心思っていた。
それは、水月も同じ様だ。
「楓!」
葉霧が、そう叫んだのは……楓が波動を撃たれ襖を突き抜けて
吹っ飛んだからだ。
ギロッ……と、あやかしは葉霧たちに視線を向けた。
葉霧は指輪を外した。
隣の灯馬に渡す。
「これで、桐生を護ってやれ。指輪の力ならそこまで負担にならないだろう。多分。」
灯馬は、指輪を受け取ると
「勘か?」
と、右手の中指に嵌めた。
少し笑いながら。
「勘だ。」
葉霧はそう笑う。
灯馬は、水月の傍に立つ。
葉霧は、白い光の炎を放つ。
バキッ!
楓は隣の部屋で、襖蹴り起き上がった。
「あーくそ! 痛てぇな! 変なの使うな!」
夜叉丸握り駆け出した。
葉霧の波動とあやかしの波動は、ぶつかり葉霧は更に白い光の炎の弾丸を、撃つ。
ドンッ!!
音をたててあやかしの身体に、弾丸は直撃した。
波動を貫きぶつかったのだ。
「とっとと冥府へ逝きやがれ!!」
楓はあやかしの首を撥ねた。
血飛沫が飛び、首が飛ぶ。
あやかしの身体を炎が包む。
白い光の炎だ。
それはあっとゆう間に、あやかしの身体を焼き尽くした。
「やっぱすげーな。」
「うん。」
灯馬と水月は、その光景を見ると目を輝かせた。
消えてゆくその身体。
楓は、それを見ながら夜叉丸を、鞘に納めた。
煉華島ーー。
小さな漁村で、海の幸が美味しい美しい海に囲まれた離島。
サーフィンや、海の幸を楽しみに観光客も訪れる場所だ。
だが、そこはあやかしに巣食われていた島だった。
✣
帰りは、クルーザーを雅が用意してここから四時間の船旅だ。灯馬と水月は、やはり体力を消耗していたらしく、クルーザーの中にある、客室で眠りについた。
葉霧も度重なる連戦で、少し眠るーーと、談話室のソファーで、仮眠をとっている。
至って元気な楓は、皆の安全の為に、甲板に立つ。
操縦者の、雅はそんな楓に話し掛けたのだ。
「最初は……いい人だったんだ。あの島に来てから民泊サービスや、民宿なんかも立て直ししてさ……。他の島に負けない様な観光地にして、繁栄させましょう。そう言ったんだ。」
雅の目は優しそうでいて、何処か悲しそうに海を見つめていた。楓は、腕組みしながらその話を聞いていた。
「それも……全部、自分の為だったとわかった時にはもう遅い。若い女ばかりを襲って……観光客を殺していった。島の女には手を出さなかったんだ。面倒を、見させる為に。」
雅はそう言うと、ハンドルを握る。
「面倒?」
「性欲処理だ。毎晩……相手させられる。俺の嫁も……徳助の嫁も……交代で。」
雅は、苦しそうな声であった。
「殺すにもアレじゃ、手出し出来ない。どうにもならなかったんだ。俺達、男が殺されたら島の女子供が、どうなるかわからない。だから……言う事を聞くしかなかった。」
楓は黙って聞いていた。
その眼は、何処か怒りに包まれていた。
「島を出た所で……何が出来る訳でもないし、中には身体の不自由な親を抱えてる奴もいる。皆……家族だ。捨てられなかった。悪い事をしてるのはわかってても。」
雅の涙声に、楓は海を見つめた。
(あやかしの“暴走”か……)
海は青く深い色をしていた。
哀しみまでも染めてしまったかの様に。
「あ。そーいえば、あのウミヘビみてーのはなんなんだ?」
と、楓は、船を襲ってきたウミヘビに似たあやかしの事を思いだした。
「アイツらはよくわからないんだ。いきなりやってきた。島を襲うと言うよりも……船を襲うんだ。漁師の……。何人かは喰われたよ。」
雅はそう答えた。
(……便乗か? 仲間って感じじゃなかったもんな。)
楓は遠い水平線を見つめた。
(あのウミヘビみてーな奴が、あの二匹だけだといいけどな。)
と、少し不安は残るが東京に向けて船は走る。
「そーいやぁ……“迦楼羅の森”って聴いたことねぇかな?」
楓は、雅にそう聴いた。
「迦楼羅の森? さぁ? ないな。」
雅は首を傾げた。
(やっぱそうか。葉霧も昨日……調べてたけど珊瑚島近辺にそんな森は、検索に引っ掛かんなかった。西……。一体どこにあんだ……)
楓達は、近くにあるなら。と、行こうとしていたのだが、場所がわからなかったのだ。
徳助にも聞いたが、雅と同じ反応だった。
(はぁ……ったく。場所ぐれーちゃんと教えてくれよな。これだからヌシってのは。)
楓には彼等の暇つぶしにつきあわされている気がしないでもない。何しろ……彼等は退屈だ。
いい遊び相手にされたと、そう思っていたのだ。
✣
ようやく……帰路に着いたのは、真っ暗になってからだった。
蒼月寺に、到着した。
曇り空で、月も出ていない真っ暗な空がひろがる。古寺と瓦屋根の大きな屋敷。それが、母屋だ。母屋と古寺の間には、小さな蔵がある。
その前に……一年中散ることの無い大きな桜の木。一本桜が満開の華を咲かせる。
中庭は、日本庭園さながらに鯉のいる池がある。松や竹などをメインに飾り立てられた庭は、広く石籠が灯りを灯す。
筧に流れる水の音。
カコン………
打ち石に、筧が音を立てる。
風情あるこの蒼月寺が、楓と葉霧の住む家だ。
どさっ……
葉霧は、荷物を置くと玄関に座り込んだ。
「ついた~……」
と、疲れ果てた声をあげたのだ。
玄関は、とても広い。靴を履く為に石段が置いてある。木目の床と玄関の石の床は高さがあるので、それを補う為のものだ。
玄関の奥は直ぐに階段。
天井も高く、照明は吊り下げのペンダントライトだ。円形の提灯型。桜の柄の入った可愛らしいデザインの物だ。
淡いオレンジの光を灯す。
「お帰りなさい!」
物音に出てきたのは“優梨”だ。
夕飯の支度をしているのだろうか、クリーム色にイチゴ柄のエプロンをしている。
「ただいま」
葉霧は、その優しい笑顔を見ると微笑む。
ほんわかとした雰囲気を持つ、蒼月寺の女神様だ。ライトブラウンのふわっとした髪が、更に和みの雰囲気を出す
(帰って来た。って感じだな。)
と、そう思う。
「葉霧~」
もう一人の癒やし系がとたとたと、走ってくる。
おかっぱ頭のお菊だ。
本日も、紅い紅葉柄の着物。裸足。
両腕ひろげて飛び込んできた。
「お菊。ただいま。」
「おかえり~」
にこにこと笑いながら、葉霧に抱きつく。
それを葉霧は、優しく受け止めるのだ。
「なぁ? オレは? お菊。」
と、隣で少し仏頂面の楓。
お菊は、葉霧の胸元に頬をすりすりしながら
「おかえり。楓。」
と、そう言った。
「なに? その違い!」
楓は途端にむうっとする。
「楓ちゃん。」
と、優梨がグレーの半袖ワンピースを着たその身体を屈めた。帰って来て思ったが、こっちはかなり蒸していた。
つんつん。と、廊下の方を指差した。
楓が視線を向けると、和室の戸に長い爪を掛けてじ~っと覗く様に、見つめる視線。
戸の所に立ちながら恨めしそうに見つめるその紫色のくりっとしたお目々。
「あ。フンバ!」
楓がそう声を掛けると、ひょい。と、姿を消した。和室に引き戻ったのだ。
だが、また直ぐにひょいと、顔を出す。モグラの穴から正に頭を覗かせるモグラだ。
捻じり鉢巻したモグラは、とても不貞腐れていた。
葉霧も、それを見ていた。
「アッシは怒ってるんす!! 置いてくなんて酷いっす!」
と、廊下からそう怒鳴る。
体長四十~五十センチ程度のぬいぐるみサイズのモグラ。茶色の体毛。蒼い半纏を着たお腹がまん丸としたオス。モグラの様に、胴体は長くない。二頭身で、二足歩行。まん丸なお尻も特徴的。
尻尾はまん丸。手は小さいが腕は長い。獣人寄り。
「悪かったよ。お土産買ってきたんだ。フンバの好きなマカダミアナッツチョコだぞ。」
楓がそう言うとぴょん。と、その身体は飛び上がる。にんまりと微笑み、三本の黒ひげをぴくぴくさせる。長い黒い鼻まで、ピクピクと、動く。
ひょこひょこと、小走り。
それは、楓がビニール袋から箱を取り出したからだ。それもビッグサイズの箱を。
「あ~!! お帰りッス!! 待ってたっす!!」
飛び掛かってきたのだ。涙流しながら。もうそれは嬉しそうに。お菊は、そんなフンバを前に頭をあげると笑った。
口数は少ないが、こうして笑顔は多い。
楓と葉霧、モグラのフンバ、そしてお菊。
葉霧の家族……。人間とあやかしが一緒に暮らす寺。
そこが、二人の住まいだ。




