第四十六夜 動向
ーー【蒼月寺】
満月に近い月夜に照らされながら葉霧が……戻って来ると、母屋は静けさに包まれていた。
楓がーーいなくなってから2日。
経っていた。
(………楓。何処に行った………)
葉霧は何か情報が無いかと商店街を彷徨いている所で、先程の……【あやかし狩人】と名乗る、穂高 沙羅に出会ったのだ。
何とも……奇妙な人間との出会いであった。
和室に入った葉霧を心配そうに見つめる面々の……表情も暗く……何だか……今までの事がまるで夢の様に思える。
そんな表情でもあった。
たった……2日ではあるが……何の音沙汰もなく増して……この前……いなくなりとても猛省した楓が、また……いなくなる。
それが……蒼月寺の人間にも異常だとわかっていた。
と……電話が鳴った。
優梨が直ぐに立ち上がる。
言葉ーーは、無い。
誰もがその動向を見守る。
「はい。蒼月寺です。ええ……はい。」
優梨は……電話口で時折、一喜一憂しながら対応していた。
「あ。はい。わかりました。ええ。ありがとうございます」
少し……話したのちにメモを取り、優梨は受話器を置いた。
直ぐに振り返る。メモを手に。
鎮音……葉霧。夏芽。お菊。浮雲番。
誰もが……テーブルの前に集まっていた。
「見つかったの!楓ちゃん」
優梨のその顔は嬉しそうで笑ってはいても涙が浮かんでいた。
ホッとしてる。そんな表情でもあった。
「え?どこに?」
葉霧が直ぐにそう言った。
「ここよ。千葉県の【明日葉】って言う民宿。怪我をしていた所を、この民宿の旦那さんが運んでくれたらしいの。」
優梨はメモを葉霧に渡した。
「千葉?何でそんなところに……」
葉霧はメモを見ながらそう言った。
「さぁ?そこまではわからないけど……」
優梨は首を傾げた。
泣きそうな顔をして。
「良かった………」
はぁぁ………と、肩を落としたのは夏芽だ。
その顔は締切前で寝てないのか……窶れ、クマが凄い。
ホッとした様子で脱力していた。
「鎮音さん」
葉霧が鎮音を見ると
「明日の朝にでも迎えに行ってやりな。学校は休んで構わんから。」
と、笑ったのだ。
だが……葉霧は立ち上がる。
「直ぐに……」
そう言った。
その表情は……何処か強張っていた。
「お菊も」
「アッシも行くっす!」
テーブルに身を乗り出してフンバとお菊はそう言った。
「葉霧。居場所はわかったんだ。あちらさんもご迷惑だろ。」
葉霧はお菊の頭を撫でる。
鎮音の声を聞く。
「楓が……怪我をして運ばれる。なんて……今までに無いことだ。」
葉霧はお菊から手を離す。
お菊は……不安そうな葉霧の顔を見上げていた。
大きな瞳で。
「傍に行ってやりたい」
葉霧の眼は……鎮音に向けられていた。
鎮音は……視線を落とした。
(……恋をした事の無い奴が……本気になると恐ろしいな。周りを見えなくなるものか……)
鎮音は……フッと笑う。
「よかろう。優梨。ご迷惑だと思うが……明日葉さんにご連絡を。夏芽。車を用意させろ。この時間からそこまで時間は掛かるまい。」
こうして……葉霧は楓を迎えに行くことにした。
お菊とフンバも連れて……。
お菊はにっこりと笑い隣のフンバと抱き合った。
それは余りにも嬉しそうで……見た事がないほど、はしゃいでいた。
葉霧は……そんなお菊とフンバを見つめていた。
何処か……悲しそうに。
(……楓……)
✣
一方……。
【白狐神社】では……この街の主。
妖狐釈離の元に……あやかし達が集まっていた。
ザワつく月夜の下……。
社殿の前に姿を表す……白い狐の神々しい姿。
九尾がその後ろで揺れる。
紅い右眼の上には黒い紋字。
スーツ姿の男性は……青褪めた顔をして妖狐を見つめた。
妖狐の隣には全身を黒ずくめのファッションで覆った細身の男。鴉のあやかし榊ーー紫色の眼が光る。
「では……人間に殺られた。と……」
太く響くその声は妖狐釈離のものだ。頭を低くし獣人のあやかし達を見据えた。
この街に住むあやかし達の多くは……獣や鳥。魚。爬虫類系……などそれ等の姿に良く似た人型のあやかしが多く住む。
化ける事が得意な者たちの集まりで……人間として生活するあやかしが最も多い街でもある。
人にバレず共存ーーそれが……彼等の生きる場所でもあった。
「は……はい。何人も……殺されました……」
一見……普通の二十代ぐらいの男性に見えるが……彼は鳥人だ。こうして人の姿をして人間と同じ暮らしをしているのだ。
スーツ姿の会社員。これが彼のスタイルであり人間社会での姿だ。眼鏡を掛けて……清潔そうな短髪の髪型。
大人しそうな印象を与える青年であった。
「釈離様……。他に退魔師がいたのでは?」
そう口を開いたのは榊だ。
両手の白い手袋。黒のトレンチコートの前で……腕を組む。
「退魔師……。玖硫一族しか生き残ってはおらん。これは断言出来る。我等……あやかしにとって退魔師は天敵。各地に仲間を放ち……共に監視してきた。」
釈離は……頭を起こす。
社殿と殆ど同じぐらいの大きさなのだが……彼は、この後ろに建つ……白い社殿の中で暮らす。
「玖硫一族……はこの釈離がずっと監視してきたのだ。他の者達も同様。廃れ……絶滅する退魔師たちを見てきた。この世に退魔師は……玖硫一族しかおらん。」
釈離のその声はとても断言的であった。
その表情も一層険しくなっていた。
牙を時折……見せながらそう言ったのだ。
「それならば!何故だ!俺達は何もしてない!」
「釈離様!葉霧様に会って直接確かめましょう!」
あやかし達は……仲間が人間に殺された……とあって興奮状態であった。
「いや……葉霧様は助けて下さった。釈離様を助けてくれた方だ。僕は……葉霧様が来なかったら殺されていた。あの大鎌で」
スーツ姿の男性がそう言うとあやかし達は……黙る。
自分たちの主を、助けて貰った事が……彼等にとって、とても重要な事であった。
その為……この街では葉霧は崇拝されている。
退魔師であっても……あやかしの味方であると……誰もが疑っていない。
それは……鬼娘の存在も大きなものであった。
「榊……」
釈離の紅い眼が隣に立つ……榊に向けられる。
「はい。」
榊はそう頷くとその姿を黒い鴉の姿に変えた。
街で見かける鴉より身体は大きいが、普通の鴉と何ら変わりはない。その姿で……月夜の空に飛んでいく。
バサッ……バサッ……
黒い羽をはばたかせて。
釈離は……不安そうなあやかし達の顔を見据えていた。
(秩序の乱れは……異変の象徴。何かの前兆か……)
明るい月の灯りを見上げた。
✣
その様子を……木の上から見ていたのは亜里砂だ。
黒い髪……。
すらっと伸びた足を組み木の枝に座っていた。
タイトなミニスカートを履いたその足をブラつかせる。
膝の上に肘をつき頬付つきながら、神社の騒動を見つめるブラウン系の眼。
大きなその眼はじっ。と、動向を探る様に向けられていた。
(……まさか。と、思って来てみたけどホントだったか。人間があやかしをね~……。退魔師じゃない。となると誰だろ?)
亜里砂は……今でこそあやかし専門のレンタルペットショップの使いっ走りではあるが……元は山の主だ。
それなりになが~く生きている。
(……退治屋もとっくに、廃業に追い込まれて撤収してるし……ここんとこは、あやかしも騒がしくなってきてるけど……。平和な時代だもんね~……。人が人を殺す方が多い時代だし)
ぶらぶらと足を揺らしながら亜里砂は、肩にかかる髪を手で靡かせる。
さら……と、揺れる煌めく髪。
(葉霧か……。楓のヤツも全然っ来ないし。ちょっと様子でも見に行ってみよっかな。)
亜里砂が、木の枝に手をつき立ち上がろうとした時、紅いジャケットのポケットから、バイブ音か響いた。
(ん?電話……)
ポケットに手を突っ込むとスマホを取り出す。
画面にでるのは【ヌシ様】の表示。
(うっわ!マズい!)
慌てて通話にでる。
「今どこ?客が待ってる」
通話に出ると直ぐ様……あのガマガエルのべったりと紅く塗られた唇を、思い出すほど低いドスの効いた声が響く。
「あ……戻ります。はい。直ぐに」
亜里砂は呼び出しが掛かり……蒼月寺に行く事は出来なくなった
✣
一方……渦中の人、穂高 沙羅は都内のラーメン屋で、味噌ラーメンを啜っていた。
すずっ……
麺を豪快に啜る可愛らしいお口。
(あ~……旨い!やっぱ東京はすごいわ。来てよかった♡)
と、満足そうに平らげていた。




