第三十九夜 半紙の置き手紙
ーー楓は……葉霧が通う学校の屋上にいた。
梅雨入りをした空はどんよりと灰色に曇る。
湿った風と匂いが包む。
屋上のフェンスの上に腰掛けて街並みを見下ろしていた。
都会の……移りゆく景色をその蒼い眼は見つめる。
(……なんだかイヤな雲だな。まー。雨が降るのか。こんな日は変なのが、うようよと出てきそうだな)
楓ーーは、心配していた。
闇喰いは……出てきたものの都会に棲む……あやかし達は、皆……人に紛れて暮らしていた。
平穏な時代だ。上手く溶け込み……その姿を晒し人を表立って襲う事も無かった。
中には……闇に紛れ襲っていたのかもしれないが……。
少しずつ……平穏な時が崩れてゆくのを感じていた。
だからか……いつもならただの灰色の雲も
今日は……薄気味悪く見えて葉霧の学校まで……
様子を見に来てしまったのだ。
(牛王と闇女……それに……赤入道か。ここからは……あやかし共をぶっ倒しながら……闇喰いも探してくしかねぇな。奴ら……いつ出てくるかわかんねぇし……)
楓はフェンスの上で片膝たてる。
風が……さらっと蒼い髪を撫でた。
(闇……全てを闇だとあのバカ犬は言ってた。葉霧はスルーしてたけど……。気になる。)
バカ犬……【黒妖犬の呀狼】の事である。
彼は……妖犬たちを従え東京の外れの森に棲む主。
その辺りは、昔【呀竜山】と呼ばれていた。
今は、山はなく街になっているが……彼が主である事は
変わらない。
この世界には……未だ神獣と呼ばれるあやかし達が
存在する。
それは……土地の守り神であり主だ。
中にはダムに沈み……土地すらも消滅してしまった
場所もあり……追い遣られた者もいる。
それでも……大地と土地があれば彼等は変わらない。
護るだけだ。
ポッ………
頬に水滴が当たる。
冷たい雫が……。
ザァァァ………
雨は降り始めた。
(……人間を表で襲えば……騒ぎになる。中には……平穏な暮らしを望むあやかしもいる。仲間割れになる。だから均衡を保ってきたんだろうが……。退魔師に殺されるとわかってて、仲間割れになるのも関係なく……表に出てきた。ってことは……。何かが……裏についてる。って可能性もあるよな……)
楓は雨の降る……その街を見下ろしていた。
高層ビル群が……街を覆っている。
灰色に変わってゆくその街を見つめる。
(……オレの居た場所はもうない。今はここがオレの居場所だ。葉霧の住む……この街を……オレは護りたい。)
がしゃ。
フェンスを掴む。
楓はフェンスの上で立ち上がった。
(情報だ。葉霧が動けねぇ時間は……情報を集める時間にしよう。まー。ちょっとは買い食いしてもいいよな。うん。)
楓は……一人頷くとフェンスから跳び上がる。
雨の降る街の空を跳び……やがて消えて行った。
✣
【蒼月寺】
午前中から降り出した雨は止むことはなく……
夕方の今でもその雨足は弱まらない。
蒼月寺もいつもよりどんよりとした雰囲気に包まれる。
黒い瓦屋根に当たる雨水は……雨樋を通り下に流れる。
母屋も薄暗く既に玄関のライトはついていた。
雨が降っていたので葉霧は折り畳み傘で帰ってきた。
この時期は、必ず持ち歩く。
傘を畳み……
ガラッ……
戸を開けた。
「ただいま」
玄関の戸を開けるとそこに待っていた。
夏芽と優梨が。
待ち構える様に。
夏芽は……曇天の空の色に近い青緑色をおびた渋い鼠色の着物姿だ。
黒髪が目元に掛かるほど伸びていて……
ゴムで一括にして上にあげている。
まるで……ちょんまげだ。
「兄貴……その頭……」
(ふざけてるのか?それも……ゴムが蛍光ピンクって…)
落ち着いた兄のその姿に葉霧はア然。
思わずじーっと見てしまった。
「あ……ああ。最近……締切が……そうじゃない!大変なんだ!」
夏芽の穏やかで優しげな顔立ちは一気にがらっと
変わる。
葉霧に少し面影が似ているのは……鎮音の血が強い
からだろう。
「葉霧くん!これ!」
優梨が手にしたのは半紙だ。
「半紙?」
葉霧は疑問を持つが半紙を手にした。
黒い筆で一文。
『ダーリン♡心配すんなっちゃ♡
アナタのマイスイートハニー♡楓♡』
と、書いてあったのだ。
それもかなりの太字。
ハートが滲んでいるのが何とも言えない。
「なんだ?これ……ちゃって……。」
(何処にあったんだ?半紙なんて……)
葉霧は目が点。
だが……優梨と夏芽はとても心配そうだ。
「鎮音さんに筆と半紙を借りて書いたらしいんだ。」
「昼ごはんは食べたの。お代わり三杯。」
「え?そこ??」
玖硫家は……ズレている。
一家総出で。
「心配するな。本人もそう言っとる。」
そこに出て来たのはこの家の大黒柱の鎮音だ。
その横には……お菊もいる。
「葉霧……」
にこにことしながら玄関にいる葉霧の所に駆けつけた。
赤い着物は……洗濯する時だけ脱ぐ。
他の服を用意しようとした葉霧に……彼女は頑なに
拒んだ。
その為……この紅葉柄の着物だ。
「お菊……浮雲番は?」
葉霧は膝に抱きついてきたお菊の頭を撫でる。
浮雲番とお菊は、葉霧の出迎え担当だ。
❨お菊は待ってるだけ。❩
「楓と行った」
お菊は顔をあげるとそう言った。
(あの……モグラ。役に立たないな)
葉霧はちっ。と、舌打ちした。
その目も凍りつく様に冷たい。
楓の監視を任せている。
すっかり立場逆転だ。
「どこに?」
葉霧の問いかけにお菊はきょとん。とする。
大きな黒い瞳をぱちくりさせた。
「葉霧……。何かしたのか?」
「してません!」
鎮音のその素の質問に葉霧は思わず怒鳴った。
「え?まだなの?」
「一緒に住んでるのに?」
便乗するかの様な優梨と夏芽。
とても驚いている。
くいくい。
お菊が葉霧のグレーのニットをひっぱる。
愛らしい瞳で彼女は言った。
「男は度胸」
「お菊!」
葉霧は顔を真っ赤にした。
(何処で覚えてくるんだ。全く!楓の影響だ。テレビ禁止だ!)
こうして……楓は蒼月寺から消えたのだ。
お庭番長のお供。浮雲番を連れて。
「ひぇっくしょん!!」
空を跳ぶ楓のパーカーにすっぽりと入り
モグラの浮雲番はしがみついていた。
二人揃って大きなクシャミをしていた。




