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第三十八夜  血の池

 ーー楓に連れられて葉霧が来たのは


【仙人之池】と呼ばれる場所だった。


 それは淡雪街から1つ先の駅。


【蘇我公園】であった。


 その名の通り……街には【蘇我公園】という公園がある。


 人通りの多い場所ではなく……駅から離れた街の外れ。

 昔はこの辺りも人が多く住み……賑やかな場所であったが

 高齢化が進み……今では静かな町並みに囲まれている。


 公園はその住宅街の奥にひっそりとあった。

 緑の多い自然公園で、敷地も広く散歩コースもある。


 その中に……池はあった。


 その池……が、仙人之池だ。


 公園内はひっそりとしていた。

 周りを木々で囲まれているから外の様子もわからない。


 外灯はあるがぼんやりと白い光を照らしていた。

 夜になると……薄気味悪く人気もないので

 余り通る人はいなそうだ。


 人がいない。


 池はどちらかというと沼の様であった。

 石で囲まれてはいるが……雑草も多く余り手入れが

 されていない様に見えた。


 白い光に照らされて不気味に水面が揺れる。

 少し……泥臭い。


「何で知ってるんだ?」


 葉霧は池の前でそう言った。

 今日……葉霧も学校で聞いているからだ。


「ん?オレにも情報屋ってのがいるんだ。」

浮雲番(フンバ)か?」


 葉霧の脳裏に浮かんだ……浮雲番(フンバ)は、

 蒼月寺にいるモグラのあやかしの事だ。



「違げぇよ。」


 楓はふふん。と、少し得意気に笑う。


 ぎゅうっ。


 葉霧は楓の左頬をつねった。

 その顔は……少々……ご機嫌ナナメな様子。


「いでででで……」

「なんかイラつく」


 そんな……会話をしている時だった。


「あれ?葉霧くん?」

「あ~……玖硫くんだ。え?だれ?その娘。」

「うそぉ~……ウワサでは聴いてたけどホントだったの?葉霧くんに()()いる。って。」


 葉霧と楓の後ろから声を掛けてきた女の娘たちがいた。


「誰だ?」

「俺のクラスの娘たちだ。」


 楓の不審な目に葉霧はそう答えた。


 そう。学校でこの赤池に行かないか?と、誘って来た

 女の娘三人組だった。


(やっぱり……来たのか……)


 と、葉霧は制服姿の三人を見るとそう思う。

 楓に至っては……葉霧に詰め寄る女子たちをじ~……っと

 見ている。


 とても見ている。


(何だ?また……女?葉霧っていっっも女に囲まれる為に出かけてんの?オレを置いて?)


 学校……が未だイマイチ良くわかっていない。

 葉霧が毎日出掛ける所。ぐらいの理解だ。


「玖硫くん……どうしたの?来ない。って言ってたよね?」


 女子の声に……楓が答えた。


「オレが誘ったんだ。」


 ずいっ。と、葉霧の前に立つ。


 嫉妬の目がとても強い。

 葉霧と彼女たちの間に割って入る。


「オレ……?」

「え?男の子なの?ごめんね。女の娘かと思った」


 と、女子たちが怪訝な顔をしてそう言った時。


「オレは………」

「ああ。女の娘だよ。俺の()()なんだ。」


 鬼だ!!と、怒鳴りそうな楓の口を後ろから塞ぐ。

 葉霧は柔らかな笑みを浮かべた。


 ふがっ……と。

 いきなり口を塞がれたので怒鳴ろうと開けた唇を

 葉霧の手の中で持て余す楓。


「それより……」


 葉霧は……ちらっと池の水面を見た。


 ゆらっと水面が動くのが見えた。

 葉霧の眼は……碧に光る。


 茶色の瞳をうっすらと残し……碧色に煌めくのだ。

 まるで翡翠のように光る。

 だが……それは他の人間には視えない。


「今日は……池の点検をするらしくて閉園するらしいよ。」


 葉霧は彼女たちの方を見るとそう微笑んだ。

 優しげなその眼差しを向けた。


「え?そうなの?」

(わ。格好いい……。)


 物腰柔らかな美少年の微笑みは効力がある。


 ところが……


(また!ムダに微笑むなっ!!オレのなのに!!)


 楓には面白くない。

 この微笑みと優しげな瞳に彼女自身もノックアウトなので

 その効力が絶大な事は知っているからだ。


 喚き散らしたいが……ぐっ。と、堪えている。


「帰ろうか。」

「そうね。」


 彼女たちはそう言うと……池から離れて行った。


 する……葉霧は楓から手を離した。


「バカ葉霧っ!!なんでそう優しさ振り撒くんだよ!アイツら全員……あやかしに……」

「楓。」


 手を離されて喚く楓を葉霧は少し強めな声で呼ぶ。

 その顔を見下ろした。


「……あ。まじでいんの?葉霧センサー発動してんじゃん。」


 楓は葉霧の眼を見ながらそう言った。

 目はきょとん。としている。


「楓は……最近。散漫だよ。俺より気配には敏感だったのに」

「誰のせいだと思ってんだよ!!」

(くそう!バカ!!この女たらし!!ムダにイケメン男!!)


 心の声はとても煩い。

 葉霧の冷静な声にも今にも暴れだしそうだ。


 ゆらっ………と水面が揺れるとその水はみるみるうちに

 真っ赤に染まっていく。


「ん?なんだ?水が……」


 楓は覗きこむ。


 けして綺麗な水では無かったが……それでもこんなに

 赤土の様な色ではなかった。


 丸い池の水が真っ赤に濁ってゆく。


 楓はその気配に気がついた。


「葉霧。いる。」

「今更ですか?」


 楓の夜叉丸を抜く姿に、葉霧は苦笑い。


 ゆらっ……ゆらっ……


 水面が揺れその頭は顔をだした。


 池の中からにゅうっと出した頭は真っ赤。

 丸い頭部を出し……ギョロギョロとした眼を池の中

 から、覗かせた。


 池の大半をこの頭が占めている。

 大きなあやかしであった。


 ザバァ………


 赤い池を揺らしながらその顔は露わになった。

 達磨の様な顔であった。

 真っ赤な肌に黒い太い眉げはへの字。


 その口元には黒いちょび髭。だが太い。

 だが……その大きな口には人間を咥えていた。


 上も下も刺々しい牙の様な歯。

 その口の中に人間を二人……咥えていたのだ。


 女性の肩から頭までは口の外に出ていた。

 ベージュのスーツの右腕がだらん。と、垂れ下がる

 長い黒い髪から水が滴る。


 その横で片脚だけ歯と歯の間から覗かせる。

 革靴を履いた男性の足の様であった。


 だが……直ぐに噛み砕く。


 グシャ……と。


 口から滴る紅い鮮血。

 池の中にボチャッ……と落ちる女性の頭と男性の

 引きちぎられた足。


 もごもごと動かし……骨まで噛み砕く嫌な音。


 真っ黒な口のなかで食しているのがわかる。


 グチャ……バキッ……


 噛み砕く音が聴こえてきたからだ。


(……これが……()()()()()と言う事か……)


 葉霧は……目の前での()()を、始めて見た。

 今までは話しや、想像の世界だ。

 それに……喰らうと言っても生気を吸う。などの

 貪る光景では、無かった。


 だが、今……目の前で明らかにヒトが喰われていた。

 生々しい光景にゾッとしていた。


「てめぇか。この池の中で人間を襲ってたのは」


 楓は刀を構えた。

 だが……楓のその強い声にハッとした。


 我に返った。


「どうゆうことだ?」


 葉霧がそう聞くと


「聞いたんだよ。()()に。この池と関係あるかどうかわかんねぇけど……最近。()()()()()()()()事件が、アッチコッチで起きてるってな。」


 と、楓は喉に飲み込む音を聞きながらそう言った。


()()()に、似たような事件か?」


 葉霧はそう言った。


 達磨に似たあやかしは水面からニョロニョロと

 吸盤のついた蛸の足の様なものを出した。


 それは……うようよと池の中から伸びてきては動く

 気味の悪いリズムに合わせた様にゆらゆらと。


「さぁな?けど……今まで大人しくしてやがったこの赤入道(あかにゅうどう)までも、姿を出して悪さを働いてんのは事実だ。葉霧」


 楓は……葉霧を横目で見ると少し真剣な表情をした。

 葉霧もその強い眼差しに表情を強張らせる。


()()()が言ってたろ?葉霧を殺そうとしてる奴らがいる。って。」


 楓はとても言い難そうであったが……更に続けた。


「案外……()()じゃねぇのかもな。」


 楓はそう言うと達磨のあやかしに視線を向けた。


(……退魔師は……確かにあやかし達から一線置かれる存在だ。特に……玖硫一族は()()だと言われてきた。その為に少し……崇められている所もあったのはわかる。)


 葉霧は……右手を握りしめた。


(俺を襲わなかったのはその為だ。それに()()()を相手にした所で……面白くない。と言う見方もあったのかもしれない。だから……今は現れて俺を殺そうとしてる。)



『あやかしにもいるんすよ。()()()なのが。今までは()がいなかったら大人しくしてやしたが……』


『退魔師に恨み持ってるヤツもいるッスからね』


 浮雲番(フンバ)の声が頭の中で響く。


 葉霧は達磨のあやかしを真っ直ぐと睨みつけた。

 肩に掛けていた鞄を地面に落とした。


 ドサッ……と。


()()()なのは何も……お前達だけじゃない。」


 葉霧の少し強い声に……楓は視線を向けた。

 その強い眼差しを、見つめた。


「向かってくるなら容赦はしない。」

(……退魔師の末裔……。そんなもの俺には何の関係も無かった。力がある訳でも無い、想像の世界。どこかファンタジーだとも考えていた……)


 葉霧は……思う。


(でも今は……()()()()()に変わった。)


 葉霧は楓に視線を向けた。

 少し……心配そうに自分を見つめている。

 いつも自分を真っ直ぐと見つめる強い瞳。


(……鴉の榊や黒妖犬の呀狼(ガロ)の様に……俺を狙い……大切な者たちも、狙おうとするのなら……)


「俺には()()()()()がいる。」

(俺は……闘う。護る為に)


 葉霧のその言葉は……決意の表れみたいであった。

 とても強く……低く……響いた。


 楓は隣で……フッと笑う。

 あやかしに視線を向けた。


(オレも同じだ。葉霧。あの寺の人達と……商店街のみんな。それに……葉霧の学校の友達。)


 ギュッ。


 楓は刀を握りしめる。


(それに……葉霧。皇子(みこ)がオレを封印したのは……この時代で……お前を護る為の仲間が欲しかったんだ。きっと……。)


赤入道(あかにゅうどう)


 湿地を好み……沼や池に生息するあやかし。

 蛸の様な足は十本。

 吸盤で人間を捕まえ生息地に引き摺り込む。

 目的は喰らうこと。


 生息地が真っ赤に染まるのは人間の血のせいだとも

 言われている。

 真っ赤な身体から出る体液とも言われている。

 人語は極力……喋らない。


 グヘヘヘへ…… 


 血の滴る口元から気味の悪い笑い声が響く。

 風に乗って……低い声が舞う。


 シュル……


 蛸の足は先端が細くうねりながら伸びてくる。


 葉霧と楓、それぞれに。


 楓は跳び上がってそれを避ける。

 葉霧は右手に白い光を出すと足に向かって放つ。


 足は白い光に包まれ破裂する。


 楓は刀を振り足を斬り裂いた。


 うようよと動き足を次々に……池の中から二人に

 向かって伸ばしてくる。


 足を手を……身体を掴もうとうねって伸びてくる。

 葉霧も楓もそれを刀と光で撃退する。


「ダメだな。キリがない」


 葉霧は再生する足を見るとそう言った。


「急所叩くしかねぇな。」


 楓は構えた。


 葉霧は目を凝らす。

 赤入道の急所を探る為に……その身体を見つめる。


 キラッ……


 煌めく青い結晶体。

 頭の真ん中辺りに埋め込まれている様に光る。

 額の部分だ。


「楓。頭だ。」

「タコだけに」


 楓はにやっと笑うと跳び上がった。


(……達磨だ)


 葉霧はそう思ったが言わなかった。


 楓が頭を狙う間に、葉霧は後ろから足を狙い光を

 放つ。


 葉霧も退魔の力で急所を破壊し、あやかしを葬れるが

 それをやると……とても次の日がしんどい事を知った。


 この前の闇女との戦いの後で……翌日全身筋肉痛の

 様になっていた。


 負荷は掛かる。


 楓は鬼なので……そんな事は関係ない。

 いつも元気一杯。

 食欲旺盛。


「てめぇみてーな悪人ヅラ!冥府で叩かれてこいや!」


 ドスッ!!


 楓は達磨の赤入道の頭部を上から貫いた。


 達磨の赤入道の頭に着地すると同時に

 突き刺さった刀の先から結晶体は破裂する。


 グァァ………


 赤入道の悲鳴と共に木っ端微塵。


 結晶体……赤入道の魂が破裂したと同時に

 達磨の様な顔は蒼い閃光に包まれ吹き飛んだのだ。


 ざぁぁ………


 途端に池の水が噴き上がった。


 楓は爆風と共にそこから葉霧のいる所まで

 風にまかせ流れると、着地する。


 滝壺の様に噴き上がった水は池の中に沈む。


 ゆらゆらと波の様に辺りに水が零れ溢れた。


 葉霧は咄嗟に鞄を掴む。


(危ない……)


 濡れて流される所だった。


 楓は刀を振り血を飛ばした。


「おぶって帰ってやるよ」

「え?」


 刀をしまいながら楓はそう笑う。

 葉霧はその視線に足元を見た。


「ああ……電車は無理だな」


 びしょ濡れだった。

 制服のズボンが。




 楓タクシーで……街を飛びながら二人は帰宅する。


「始めてだな。意識がある時に……楓に運んでもらうのは」


 ビルからビルを飛び越え跳んで走る楓に

 葉霧はしがみつきながら、そう言った。


(女の娘におんぶされるのも……初体験だが……)


 お姫様抱っこされた事を彼は知らない。


「夜叉丸。背負ってくれてるから背中痛くねぇだろ?どーすか?乗り心地は。」


 楓はビルの屋上から跳び上がりながらそう言った。

 足を抱きかかえ軽々と跳ぶ楓に葉霧は


「まあ……悪くはない」


 と、そう苦笑いした。


(……灯馬達には見せたくない姿だな……)


 幼馴染みたちにはちょっと言えない状態だと

 彼は……苦笑いした。






























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