表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
654/745

令和3年1月4日(月)「お泊まり」水島朋子

 上野ほたるをうちに泊めることになった。

 年末にそんな話が出た。

 彼女は粘り強く、次第に断り切れなくなったのだ。


 あたしはSNSをやらないので休みの間は誰とも連絡を取らない。

 だが、上野が秋に来年のファッションショーを目指す気になって、必要だからと協力者の連絡先を集めた際にわたしのも教えていた。

 学校でしかつるんだりしない関係なので、その時は少し嬉しかったのを覚えている。


 冬休みに入り、上野は暇なのか頻繁にあたしに電話を掛けてきた。

 いや、自分の欲望に忠実で手間を惜しまない性格だからだろう。

 普段は周りのことに関心を示さないのに、自分の目的のためだったら他人に協力を求めることを躊躇わない。

 さすがに今回のように胸を見せろだなんて話なら自重しろよと思ってしまうが、その行動力は目を見張るものがある。


「いいか? 泊めはするけど、胸は見せないからな」


 彼女がその条件を呑んだのであたしは許可した。

 いままで友だちを泊めたことなんてなかったから、泊めること自体には抵抗がない……というか、ここだけの話ワクワクする気持ちもあった。

 なお、いつも3人でいるのでハブられたように感じたら悪いと思い、くっきーにも声は掛けた。

 あいつはなんで自分が誘われたのか分からないといった声で『は?』と返答し、『そういうのってなんかキモい』とほざいていた。


 あたしがもうひとつ確認したのは上野がつき合っている先輩のことだ。

 女同士でつき合っているのに、その先輩に黙って別の女のところに泊まりに行くのは浮気に当たるんじゃないか。

 あたしは上野とそういう関係には死んでもならないと誓えるが、先輩からすれば良い気はしないのではないか。


 そのことを問い質すと「迷惑を掛けないようにだって」と上野は先輩から言われた言葉を教えてくれた。

 それを聞いてこいつの周りにいる人間は苦労しているんだなと感じてしまう。

 常識が通じないので、本当に振り回されっぱなしだ。


 あたしの殺風景な部屋に案内すると、上野は室内をキョロキョロと見回した。

 女の子らしさなんて皆無の部屋だ。

 こんな何もないところに泊まりに来ても楽しくないだろうと思うが、望んだのは上野だ。


「寛いでくれていいから」と言ったものの、上野に緊張した様子は微塵もない。


 あたしは席を立ち、キッチンへ行った。

 用意しておいたケーキと飲み物を淹れて戻る。

 ドアを開けて、あたしは呆然と立ち尽くした。


「何やってんだよ!」


 我に返り、急いで上野を止めようとする。

 危うく飲み物を載せたトレイをひっくり返すところだった。

 舌打ちをしてそれを机に置くと、あたしは上野を羽交い締めにした。


「背中に水島のおっぱいが当たってる」


 このまま息の根を止めたいという誘惑に駆られたが、何とか思いとどまる。

 まったく散らかしていなかった部屋はわずか数分のうちにもので溢れていた。

 上野がタンスや押し入れを引っかき回したからだ。

 押し入れにしまっていた小学生時代の苦い思い出の品や、キチンと畳んでいたタンスの中の服や下着があたりに散乱している。


「何やってんだ」ともう一度訊くと、「寛いで良いって」と上野は言い訳した。


「おかしいだろ!」と怒鳴っても彼女は理解できないようにキョトンとしたままだ。


 上野によると、生活感に乏しい部屋だったからどんな生活をしているのか興味を持ったようだ。

 そこであたしがいなくなると、即座に行動に移り家探しを行った訳だ。

 ……そんなの予測できるかよ。


 普通の人間ならあたしが怖くて無茶はしない。

 上野やくっきーは脅しても空気が読めないというか、あたし相手でも怖じ気づいたりしない。

 だからこそ友だちでいられるのだが、これはさすがに度か過ぎる。


「他人の嫌がることはするなって教わらなかったのか?」と聞くと、「嫌?」と問い返された。


「上野だって他人に自分の部屋を引っかき回されたら嫌だろ?」とあたしが声を張り上げても、表情を変えずに「別に」と彼女は言った。


 あたしはこめかみに手を当てる。

 こいつはこういう奴だ。

 分かっていたはずなのに分かっていなかった。


「先輩の家に泊まった時は大丈夫だったのかよ?」


 あたしの質問に上野は少し小首を傾げて考えてから「ひとりになる時はこれをしておいてと何か頼まれごとをされていたかも」と答えた。

 部活で一緒に過ごす時間が長いその先輩が編み出した彼女の操縦法なのだろう。


「片付けるからそこに座ってケーキでも食べてろ」


「手伝うよ」とどこか神妙な口調で上野が言った。


 あたしがかなり怒っていることは気づいているようだ。

 こいつは悪意でこういうことをした訳じゃない。

 そう自分に言い聞かせてから、「自分でやらないと、どこにしまったか分からなくなるだろ」とあたしは言った。


 上野はおとなしく座ってケーキを食べ始めた。

 あたしは下着や見られたくないものを素早く隠し、それから散らばった服を丁寧に畳んだ。

 こいつが来てまだ1時間も経っていない。

 先が思いやられる。

 無事に一晩過ごせるのか。


 上野はケーキを食べ終わるとジッとこちらを見ていた。

 無理やりにでもくっきーも参加させるべきだったかもしれない。

 上野は会話が続かなくても平気だが、あたしは気詰まりに感じる。

 学校だとくっきーがよく喋るのでそれを聞いているだけでなんとなく間が持った。

 ふたりきりだと会話が続きそうな気がしない。


「先輩とはどんな話をしてるんだ?」


 上野の扱いを心得ているであろう先輩に頼ってみた。

 だが、彼女の答えは「絵の話」で、あたしが使える話題ではなかった。

 困ったあたしは「先輩とはどうなんだ?」と曖昧な質問をする。

 当然上野は「どうって?」と問い返した。


「乳繰り合ったりしているんだろ?」と自分で口に出してから、急に気恥ずかしくなった。


 顔が火照るのを感じるが、上野はそれに気づかず「乳繰り合うって?」と尋ねた。

 あたしは顔を真っ赤にして「自分で調べろ!」と怒鳴る。

 頷いた上野は自分のスマホを取り出した。

 目の前で調べようとした彼女を慌ててあたしは押しとどめる。


「調べるな。世の中には知らなくてもいいことは山ほどあるから」


 悪い予感がした。

 調べた結果を先輩相手に実行しようとする上野の姿が目に浮かぶ。

 上野に振り回される同志である先輩の負担を増やしたくない。


「いまは調べない。今度先輩に聞いてみる」


 こいつは納得しないとてこでも動かない。

 あたしは心の中で「先輩、ごめんなさい」と何度も何度も謝った。




††††† 登場人物紹介 †††††


水島朋子・・・中学1年生。不良扱いされることが多い。偏見の目で見る相手とは距離を置く一方、受け入れてくれる人間にはかなり甘い対応をする。


上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。常識知らずだがどこか憎めないところがある。今年の秋に開催予定のファッションショーに向けて絵の上達を目指している。


朽木陽咲(ひなた)・・・中学1年生。水島からはくっきーと呼ばれている。空気を読まずに自分の意見を口にするので周囲から浮くことが多い。


山口光月(みつき)・・・中学2年生。美術部。ほたるとつき合うことになり、もっとも振り回されている人物。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ