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「俺はずっと嫌だった!兄貴が自分の幸せを捨てて俺に押し付けてくることも、アンタばっかり優先してることも!!」
優希と遥は乱闘になっていた。ナイフを持った優希が襲いかかり、それを避けた遥は逃げ回る。そんなことを繰り返し、積み上がった木箱はいくつも壊れていた。それらに中身は入っていないようで、ぶつかりながら避ける遥によってあちらこちらに散乱していた。
「お前、分かって言ってるのか!?今まで優馬がどんな思いで」
「うるせぇ!それが暑苦しいんだよ!俺は兄貴の幸せまでほしくない!」
追いついた優希のナイフは遥の腕を斬りつけた。深く入ったらしいそこを抑えながら木箱の影へ遥は逃げていく。その姿を探しながら優希は続けた。
「遥さんのこと、本当の兄弟みたいに思ってたけどさ、よく考えてみたら全部アンタに取られてるんだよな。兄貴と話すこと、出掛けること。ほしかった物は全部アンタのところに行ってる」
「それが、俺を殺す理由か?…だったら俺も言いたいことがある」
遥は木箱の影を回り、背後からナイフへ手を伸ばす。咄嗟に振り払おうとする優希の腕を握りしめると、その勢いのまま二人は倒れ込んだ。手を離さない遥を優希は空いた手で容赦なく殴りつける。何度も何度も振り下ろされる拳は遥の血で染まっていった。鼻や口から出血し、瞼や頬も腫れていく。それでも遥は手を離さない。
「…人の話は…最後まで聞くもんだぞ。…優希」
一瞬拳が止まったときであった。血まみれの遥は薄く笑っている。優希の胸ぐらを掴むとその目を見据えて言った。
「お前が欲しかったものは、俺が全部くれてやる」
「っ!?…な、何言ってんだよアンタ」
「同棲の話はお前が一人になるからずっと断ってきたんだ」
「は、はぁ!?だって兄貴は決まったって…」
「優馬がそのつもりでいたからだろ。俺は二人たけの時間を作れってずっと言い続けてきた。なのに、アイツは『優希は分かってくれてる』の一点張りだ」
言葉をなくしたままの優希に、遥は胸ぐらを離した。混乱しているその姿を見ながら続ける。
「優希。お前も恥ずかしから言わなかったんだろうけどな、寂しいなら寂しいって言え。言わなきゃ分からない事はたくさんあるんだよ」
言いながら優希の体を遥は抱き締めていた。
「大丈夫。大丈夫だから。お前をひとりぼっちにはしない。俺がなんとかする。信じてくれ」
優希にとって、これまでの人生で誰かに甘えたことがなかった。唯一その対象だった兄とは、こうして関係が破綻している。
だから遥の一言はとても怖かった。甘えることは相手を信用して任せること。それをこれまでにしてこなかった優希にとって、このような恐怖は初めてである。
遥さんを信用していいのか。裏切られるのではないか。でも、もし全て解決してくれたら…そしたらもう一度、兄貴とやり直せるかもしれない…。
そんな希望が優希を後押しした。
「…お、…お願いします」
背中へ手を回すのと泣き出すのは同時だった。漏れでる嗚咽を我慢することなく、声を上げて泣く優希の背中をさすってやる。遥のその目にも涙が浮かんでいた。穏やかな空気。再スタートへの和解。ナイフは抱きしめる優希の手にあった。
突如、一つの木箱が落ちた。それは乱闘によってあちらこちらの木箱が破壊され、動かされたうちの一つである。
「危ない!!」
遥が言うのと同時、木箱の山は二人に向かって崩れ始める。遥が優希に覆いかぶさると、そこを目掛けるように木箱は落ちていった。土埃や木箱のカスが体中へまとわりつく。咄嗟に体を丸め頭を腕で覆ったが、幾つもの何かが落ちてきた。何がなんだか分からないままに、大人しくしているとだんだんと静かになっていく。
恐る恐る開けた瞳に写ったのは地面だった。細かな木くずや月明かりに照らされたホコリが煙のように舞っている。体を起こそうと手をついてみると、そこにポタポタと何かが落ちてきた。先へ視線を送ると、優希を守るように木箱を抑える遥がいる。
背中に幾つも木箱を抱え、脇腹には優希が持っていたナイフが刺さっていた。
「は、遥さん!!」
「…っ、」




