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「いやーごめんごめん。実はこっちの町に引っ越すことになったから、あの時ちょっと寄ってみたんだよ!まともに挨拶も出来ずにごめんね!」
弟の警戒心のなさには驚いた。親戚だと言っただけですぐに家の中へ招き入れ、いまでは麦茶まで出してくれている。家の中はキレイすぎるほどの片付きようであった。
「それなら早く言ってよー。正直不審者かと思ってビックリした」
笑って誤魔化し適当に世間話を交える。その中で小出しに聞いてみた事を総合するとこうだ。
・遥は某有名企業に入社し出世コースまっしぐら。
・一方の俺はバイトから正社員へ昇進し真面目に勤務している。
・遥と10年後の俺は優希の高校卒業と同時に同棲する予定だった。
「へぇー!それじゃあ遥さんと優馬は今日も仕事か!会いたかったなぁー」
わざとらしいかもしれないが、何も知らないという設定で来ている。ここまでいえば突っ込んだ話ができるかも知れない。その思惑通り目の前の優希はやはり曇った顔をしていた。不思議そうな演技をしてみれば、観念したように口を開く。
「遥さんが殺されたみたいなんです。…兄に」
「えっ!?!?」
「兄が隣県の山で焼死体で見つかったんです。兄と遥さんは付き合ってましたから、きっと痴情のもつれだろうって事で警察では解決してるらしいです」
10年後の自分は焼死体。しかも遥を殺した犯人。こんな週刊誌にもってこいなネタなのに、家の周りに誰もいないのはなぜだ?そんな気持ちが伝わったかのように優希は肩を竦ませた。
「最初は遥さんのご両親も交際に反対してたんだけど、兄貴のクソ真面目さに許してくれたんですよ。遥さんの家は門限があったからさ、過ぎそうならすーーーぐ電話して。まぁそれが逆に好感持てたらしくて、今じゃ家ぐるみで仲良しって感じなんですよ」
結婚ではなく交際なのだから、許しなど無くていいのかもしれない。だが同性であれば周りの目もある。そんなに真面目に考えるなよ、と遥にいわれたが何度も何度も足を運んだ。そして、自分に対する態度が変わり、最後には「頼んだよ」と遙のお父さんに言われた時は思わず泣いてしまった。それなのに…。
「今回のことが起きて、兄貴の焼死体も発見されて。兄貴が犯人って事で解決してるんだけど、それはおかしい別に犯人がいるはずだって猛反発してるのが遥さんのお父さんでさ。遥さんのお父さんは有名企業の社長さんだから、周りに圧力かけて報道関係者は家に近寄らせないようにしてくれてるんだよね。お陰でこうして平穏ってわけ」
何故だろう。違和感を感じた。それはきっと気のせいなんかじゃなく、優希のこの態度だ。どこか他人事なのだ。自分の兄が焼死体で見つかり、その恋人は誰かに殺された。それをこうして何食わぬ顔で話している。優希は何かを隠している。そう感じた瞬間だった。
「…っと、俺もそろそろ帰るかなぁ。だいぶ居させてもらったし。突然押しかけて悪かったな」
外へ出ると鮮やかなオレンジ色の夕日が迎えてくれた。ここまで長居をするつもりはなかったのだが、何だかんだと話し込んでしまった。
「まー、いつでも来てよ。ヒマだしさ」
「ははっ、じゃーな!」
お互いに苦笑しながら手を振り、数歩歩いた時だった。
「…兄貴!」
「おう、なん…っ!」
世界が止まった気がした。反射的に答えてしまった。振り返った先には、呼びかけておきながら驚いた表情でこちらを見つめる優希がいる。まるで無意識に呼んでしまったかのように。もはや誤魔化すことなど出来ない。観念するしかなかった。
「ゆ、優希…オレ…」
「…はは、あー……。まさか本当にそうだとは思わなかった。いや、似てるとは思ったけどさ。…だって兄貴は死んでるのに。信じられるワケねぇじゃん?」
すぐ脇を子どもたちが駆け抜けた。この緊迫した空気とは対象的な笑い声が救いだった。これほど重い空気を、弟と二人きりで味わったことが無かったからだ。
「………。明日また来るよ。説明すれば長くなるし、お互い受け止める時間が必要だろ?…じゃあな」
あの桜が散り始めていた。