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「…ちゃん!」
「お兄ちゃん!あ!起きたー!もう朝だよ!ご飯食べよー」
視界に入ってきたのは幼い弟の満面の笑みであった。理解できずにいる俺を置いて優希はバタバタと階段を降りていく。締め切られたカーテンの隙間からは眩しい朝日が漏れ一日の始まりを告げていた。
「夢…?」
起き上がる気力など無く、寝転んだまま呟いた一言は願いでもあった。あんな未来などあってたまるか。そもそも未来になど行けるはずがない。夢に決まっている。
自分を鼓舞させるように起き上がるものの、次の瞬間絶望へと突き落とされた。
手のひらが真っ赤だ。これは…血?赤黒く染まった手を擦ってみるとそれは完全に乾いていた。まるで絵の具が乾いたかのように染み付いたそれは簡単に落ちるはずもなく。夢ではない事を物語っていた。
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バイトも休みである今日は絶好の思案日であった。頭の中にある考えを書き出してみようと思うやいなや、弟を学校へと送り出し大急ぎで自室へ。
スクールバッグからルーズリーフを取り出し、テーブルへと置いた所でシャーペンを片手に。いざペンを走らせようとした所で止まってしまった。
何を書けばいいのか分からなかったのだ。ただ漠然と「遥が殺された事実」だけがここにはある。考えを書き出すもなにも、それを知った上で俺は何がしたいんだ?犯人探しをする?遥の敵討ちをする?
「……う〜〜ん…」
何だか違う気がする。何故か釈然としない。たしかに今、怒りや悲しみ、ショックは大きい。が、それよりも別の事柄が気になる。
「なぜ遥が殺されたのか」
これだ。俺が知りたいのはこの項目だ。理由を知った後はどうする?なんて疑問は出てくるが、そんなことは理由次第で変わってくる。一旦無視してこの事を解決させてみよう!
「よし!………って…言ってもなぁ…」
また未来に行かなければ解決しない。そんなに簡単に行けるものなのか?
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「試してみない事には始まらないもんなぁ…。はぁーーーー。つってもなぁ…行ったところで優希ぐらいしか頼りに出来ないし…」
頼りにするにしても不審がられてるはずだし、何よりどんな顔をして会えばいいのだ。
「はぁーーーーーーーーーーー」
気が重い。が、ウダウダ言ったところで始まらない。やるしかないのだ。
あの時のように桜の根元へ腰を下ろす。樹齢100年と言われるだけに、見上げれば視界いっぱいに満開の桜が空を彩っていた。まるで見守っているかのような安心感に目を細めた瞬間だった。
呼吸すらできないほどの強風に目を閉じた。風によってすべての音が遮断され、この世界から孤立しているような感覚に見舞われる。いや、きっとそうであったのだろう。再び目を開けるとそこは一面に時計が溢れかえっていた。デジタル時計やハト時計。小さな砂時計に目覚まし時計。それらが宙に浮いている。ここは、あの場所だ。
「あと9回」
やはりいた。すぐ傍らにあの子供が立っていた。
以前と同じフードを目深に被り回数を告げている。これは未来に行ける残りの回数なのだろうか。
「そうだ」
「…え!?」
まさか心の声が読めるのか!?
「そうだ」
「…マジか」
すごすぎて何も言えねぇ。悪いやつではなさそうだけど…。と思ったのもつかの間。ガツンと後頭部を強かぶつける。あたりを見回せばここはあの桜の根元だ。このような手荒な時間移動が普通なのか?こんな事ではたんこぶだらけになるのも時間の問題だ。前言撤回。
「…無事来れたっぽいな」
腕時計を確認すれば丸っきり日付も時刻も一緒だ。違うのは10年後ということだけらしい。
「…っと、ここだな」
同じ定時制高校へ通う優希は恐らくこの時間はあいているはず。自分のことがバレているのか分からないが頼れるのは弟だけである。なんとか仲良くなり聞き出さねば。
「ふーーーー。っ!」
自分の家のインターホンにこんなにも勇気を出したのは初めてであった。