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 その兄の体が突如光に包まれた。見上げれば、柱のように上から真っ直ぐ光が兄へ降り注いでいる。何がなんだか分からず、視線を戻せば兄はこちらを向いていた。フードで隠れその顔は口元しか見えないのに、なぜか目を細めて微笑んでいるように見えた。


「お別れです。ありがとう」


 その一言を言うと同時、瞬きほどの速さで兄は消えていた。なんの音もない。ただただ、そこに居たはずの人は忽然と姿を消した。この時計ばかりの空間に俺はひとりぼっちである。どうすればいいのか、なぜ兄は消えたのか。そんなことを考えていると、背後から肩を叩かれた。振り返れば知りすぎた人物がそこにいる。


「…やっぱ行っちゃったな」

「…え…えぇ!?な、え…なんで…ここに…」

「いや、俺もアイツに助けられたんだよ。自分の役割が果たせなかったら後は頼むぞ、なんて言われてさ」


 俺だった。年齢を重ね声は低くなり、落ち着いた雰囲気へすっかり変わっているが、この男は間違いなく自分自身だ。

 その男が言うには、あのとき遥に誘われて倉庫に隠れていたそうだ。


「例えケンカになっても絶対に出てくるなってすげぇ迫力で言われてさ。で、あの結果だろ?俺も救急車を呼ぼうと思ったけど、遥は優希を逃がした。たぶんアイツはもう自分が長くないって分かってたし、優希を関わらせたくないから逃したんだと思ってさ。それなら俺が犯人になれば事件解決じゃん?で、自殺したらまぁうまくいったわけだけど…正直悔しくてね…」


 隣県まで車を走らせている最中も、火をつけている最中も、ずっと涙が止まらなかったという。幻滅されるのが怖かった、なんてただの甘えでしかない。自分のその弱さに向き合えず、こうなってしまったことが悲しくて悔しくて無念でしかなかった。その命が尽きるまでずっと願っていたという。もう二度とこんな過ちを繰り返したくない。


「そしたらさ、見えたわけよ。空のど真ん中に穴があいてて。そこから手を伸ばしてきたんだよ。お前の願いを叶えてやるって。正直悪魔か何かかと思ったけど、俺も俺でこんな事繰り返したくないからさ。例え悪魔でも構わねぇって手を掴んで。で、ここに居たってワケ」

「…居たってワケって言われてもさ。それが何で消えることに繋がるんだよ?」


 それまで意気揚々と話していたオレの歯切れが悪くなった。言いづらそうに頭を掻き、おまけに視線まで外して呟く。


「それが…さ。アイツが俺達の兄貴ってことは聞いただろ?生まれてこれなかった子供だって。…その子供は、時の狭間?とかいうこの場所で、時間を行き来する者に回数を告げる役割をしてるらしくて。それを100年やると転生の順番を貰えるらしいんだよ」


 俺が兄から受けてきたあの回数通告。それは兄にとっての仕事で、あんな事を100年も続けるだなんて気が遠くなりそうだ。だが、それは順調にこなしていたのではないか?なのになぜ消えることにつながる?


「兄貴の役割にはもちろんダメな事も決められている。…それは、その世界の人に干渉すること。……アイツは俺の願いを叶え、お前に未来へ行ける力を与えた。それから話しかけるしぶん殴るし。こんなの、十分干渉してるだろ?」


 困ったように笑い、目の前であぐらをかいてオレは座る。それに続くように目の前であぐらをかくとさらに言葉は続いた。


「アイツは俺達をここから見守ってた。最初は100年待って転生するつもりでいたんだよ。だけどこうして俺達の未来は消えて、アイツとしても悲しかったらしいんだよ。それで思ったらしい。自分の力を使えば未来を変えられるってね。アイツがあんなに怒ったのはさ、もう二度と転生できないのと引き換えに、お前に時間を移動する力を与えたからさ」

「…本当に…もう二度とないのか?」

「…ないね。奇跡的にあったとしても、砂漠の砂粒ぐらい遠い未来だと思うよ。数えたくなくなるぐらいずーーっと先」

「…じゃあアンタはここで何してるんだ?救われたって言ってたけど…」


 その言葉に笑いながら肩をすくめる。その服装がスーツなのは死んだときのままだからだろうか。態度や言葉遣いと相まって、どこか胡散臭く見えてしまう。


「救われたって言ったって身体的には死んでるんだけどね。アイツにすくい上げられて、願いを叶えてやるかわりに尻拭いをしてほしいって言われたワケ。アイツはこうなる事も分かってたんだよ。お前が全てを終わらせるまで消えない保証はない。だから、オレに少し力を与えて、自分が消えたあとに面倒を見てくれってさ。ま、そうは言ってもアイツの代わりがくるまでの短期間だけどね。代わりが来ちゃえば、自殺した俺は地獄でお勤めってわけ」


 この男にとって救われたという表現は、きっと精神的な事なのだろう。身体的には、焼身自殺で死亡しているが、精神的には兄貴が願いを叶えてくれたことで救われている。律儀に俺の面倒など見ずに立ち去る選択肢だってあっただろうに、兄貴の恩義にちゃんと応えるのだからたとえ十年経っても性格は変わらないらしい。


「…それで?本当に帰るのか?記憶も全部消して、無かったことにするって?俺も正直それは止めたいんだけどね…マジでやるの?」


 兄の経緯や十年後の自分の話を聞くと揺らいでしまう気持ちもある。だが決めたのだ。

 記憶を持っていることで変わる未来では意味がない。もっと根本から変わらねば結果は同じなのだ。


「…うん、ごめん。でも決めたんだ」

「そっか。…………優馬。頼んだぞ」


 これまでとは打って変わり、真剣な表情と一段下がった声のトーンで言う。その目をしっかりと見て握手をすると、目の前の世界は光の粒となった。まるで蛍のように空へ舞い上がり、あまりの美しさに見ていたくても猛烈な眠気が邪魔した。

 せめて最後に、十年後のオレへありがとうと伝えようと口を開いたところで全てが消えた。














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