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「…え、…ちょ…っ!!また繰り返すってのか!?」

「んなワケないだろ。これまでずっと、俺もお前も、お互いの気持ちをぶつけなかっただろ?」


 忙しくて会えなかったのではない。会おうとしなかったのだ。いつもカッコイイ兄でありたい。尊敬される兄でありたい。そう思えば思うほど、素顔の自分を見せられなくなっていた。俺は優希に幻滅されるのが怖くて、自分自身の弱さに向き合えなかったのだ。


「優希、俺はお前にとってカッコイイ兄貴でいたかった。だから会うことを避けてきたんだ。…だけど、これからは見せる!正直、幻滅されるんじゃないかってすげぇ怖い。だけど俺はやる!…だからお前からも聞かせてほしい。どんな話でもいい。下らない話も、楽しかった話も、ヘマした話も!」

「……それを俺が約束した所で、過去の自分まで変わるとは思えないけど…」

「いいや、変わる。絶対に変わるさ!こんな未来もう二度と繰り返さない。俺とお前の二人がそう思えば変わるって!」


 思わず力を込めて言ってしまうと、吹き出した優希は楽しそうに笑った。


「…兄貴は能天気だなぁ」

「うるせぇ、プラス思考なんだよ」


 二人で笑いあった数秒後には沈黙が訪れる。もうそろそろお別れだ。


「…実はさ、初めてあったあの時、遥さんが逃がしてくれた直後だったんだ。…だから何となく怖くて…でも嬉しかった。兄貴に叱られることなんて今まで無かったから、あぁ叱りに来てくれたんだなって。……まぁでも、そうじゃなかったんだけど…」

「…両親が亡くなってからケンカなんてしたことなかったな」

「二人で気持ちをぶつけなきゃケンカは出来ないからね…お互い隠してきたんだからなるはずないよ」


 寂しそうなその顔で胸が締め付けられる。この世界の優希はひとりぼっちなのだ。これまで辛い思いをさせてきた上に、これから先もそうさせてしまう。もう二度とこんな顔をさせではいけない。そう強く誓った。


「…待っててくれ。絶対お前に寂しい思いはさせないから」


 こちらを見返すばかりの優希の唇はだんだんと震えていく。そして何度も何度も泣きながら頷いて。


「…っ、うん、ありが、とう」


 握りしめた手の温もりが消えていき、見えている光景が光の粒となって消えていった。そしてそこには、あの見慣れた時計の世界がある。

 戻ってきたのだ。見回すと少し離れた場所に子供は突っ立っていた。


「本気なのか?」


 二度と世界を行き来しないと言ったことが気に触ったのか、子供は拳を握っている。


「あぁ。俺はもう、元の世界に行くだけだ」


 その瞬間だった。気づいたときには殴られていた。あの距離からどうやって移動してきたのかは分からない。だが、瞬間移動のように子供は俺の左頬を殴っている。しかも大の大人に殴られている程の痛みだった。


「まだ回数は残っている!!それなのに!!無駄にするっていうのか!?」

「そんな回数にもう興味ない。俺は元の世界に帰る」

「っ!!」


 またも思い切り殴られた。今度は反対の頬だ。あまりの力に、そのまま地面へと倒れ込むと、休憩など無いかのように子供は体へ跨がってきた。膝で肩を押さえつけ、抵抗すら許してくれず、何度も何度も顔面を殴る。


 思えばこの子供は場所を通過するたびに回数を告げているだけだった。それなのに、いつからか俺へ話し掛けてきたと思えば、こうして怒りをぶつけている。


「なんで、そんなに必死なんだ?」


 言葉を紡いだ途端呆気なく収まった。あまりにも唐突に止んだことで、恐る恐るガードしていた腕の隙間から覗いてみると、子供は力なく手を下ろすばかりであった。まるで電源を落とされたアンドロイドのようにピクリとも動かず、むしろ心配になってきた頃合いである。


「…僕は、生まれなかった子供なんです」

「生まれなかった子供…?……流産とか、死産とか…そういうものか?」

「…はい。……正確には、あなたの兄になるはずでした」

「…っ!?」


 まだ分別もつかないような子供の頃であった。墓参りへ連れて行かれ、その日は珍しくお坊さんが来ていた。まだ幼かった俺は、お経を聞きながらぼーっとお坊さんを眺めていたことを覚えている。お経が終わり立ち去ろうというその時に、母は墓石の裏側に彫られた名前を一瞬なでたのだ。そうして、しゃがみこんだ母は俺を強く抱きしめて言った。


「何かあっても、きっとお兄ちゃんが守ってくれるからね」


 その時は何のことだか分からなかったが、後に父から聞くこととなる。母は俺を生む2年ほど前に流産を経験していると。その時に(すぐる)という名前をつけようと考えていたらしい。だから、兄が守ってくれるように俺達の名前にその字を入れたのだそうだ。



 その兄が今、目の前にいる。



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