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FEEL  作者: 雪見
9/11

第一章【殺人依存】・八話:事件考察・後編

 未だに南の空で輝き続ける太陽を見て少しげんなりとする。僅かな望みを託して壁に掛かった時計を確かめるが、時刻は二時三十分。まだ昼だ。


「暇すぎて死にそうだ……」


 そう一人寂しく呟いてから、テーブルの傍らにおいてあるペットボトルのお茶を手に取った。キャップをはずし、少しだけ口にする。

 今日の学校は休みだ。そりゃ、校内で殺人があれば学校が休みになるのも頷ける……。正直、人が死ぬだとかは聞き慣れているので、別におかしい所は何もないと感じてしまうのだ。こういうことを思うたびに、自分が異常だと実感する。

 ――三年前から変わってないなぁ、と。

 そんな思いにふけていると、玄関の方から足音が聞こえてくる。鍵は掛けておいた。 ならあの人しかいない……。


「邪魔するぞ。どうした? そんな腑抜けた顔して。これから殺人鬼の話をしようって言うのに大丈夫なのか」


 心配そうな表情で入室してくるわかめ頭の男性に、余計なお世話ですよと言葉を返す。

 三年前。僕は彼に始めて出会った。死者の遺灰が、そよ風に乗って飛び立っていった場所で。

 ――その話はまた今度だ。

 僕は気だるい体を動かしながら、正座ではないが幾分かましな座り方に姿勢を直した。


「今日はどんな情報を携えて来られたんですか。黒崎さん」

 

 そう、単刀直入に尋ねると、黒崎さんは少し眉をひそめながら、気が早いなぁ、と口にした。


「少しぐらい雑談してからでもいいだろうに。まぁいいや。今日はな、猟奇殺人の五件目とお前の学校で起きた事件の関連性だ」

「――五件目?」


 聞いたことの無い情報に僕は首を捻る。新聞などは見逃さないように心掛けているのだが……。 

 先日起きた串永幸太郎殺害事件。旧校舎の一階の階段付近で串永幸太郎が、何者かに刃物で首を刺され死亡したという事件だ。僕も野次馬がたかっていた現場を見たから知っている。

 だが猟奇殺人事件の五件目なんてものは知らない。ニュースでも報道されていなかった。

 僕はまず、その事について尋ねる事にした。


「猟奇殺人事件の五件目があったんですか? テレビでは報道されていないようでしたけど」

「ああ。 警察は市民の不安を煽らないように公表してないが、五件目はあったよ。昨日の夜中一時ごろだな」


 そこで話を切ると、黒崎さんは持ってきていたビニール袋の中から缶コーヒーを取り出す。続いてタバコも取り出し、狭い室内だというのに火をつけ吸い出した。副流煙の方が人体に悪影響を及ぼすということを知らないのだろうか。黒崎暁という人にとって、コーヒー、タバコは必須だ。僕の出勤して最初の仕事と最後の仕事がコーヒーを淹れる事なのも、この人だから頷ける。


「でも関連性ってどういうことですか? あの事件は猟奇殺人事件とは別件で扱われたんでしょう?」

「昨日電話でそう話したな。じゃあ反対に質問するぞ。なんで関連性が無いんだ?」


 僕はその言葉を聞いて、この人が僕に何をさせたいのかよく分かった。正直胸クソが悪い。だけど、僕にはそれ以外の選択肢が残されていない。腹が立つが従おう。


「だって……。今までは深夜の道端でほとんどの犯行が行われてきました。でも今回は学校内。しかも夕方。これじゃあ犯人の行動に矛盾が生じます。証拠を一つも残さなかった犯人が、場所での証拠を残したんですから。道端なら犯人は特定し辛いです。出来ても周辺の住民、程度しかありませんからね。でも校内で殺人を犯した場合、その学校の生徒である確立が高まっていきます。そんな場所で犯行をする事はリスクが高すぎる。第一、死体が解体されてませんから。これらを踏まえて、何らかの事故かそれとも便乗犯か……。 全部昨日の電話で黒崎さんが話したことの受け売りですけどね」


 黒崎さんは話を聞き終えると、「正解」、と首を縦に振りながら言ってくれた。だが口元が少し笑っている。全てはこのため。自論を僕に語らせたかったのだ。

 心底頭にきて、怒気を孕んだ目線で黒崎さんを睨みつける。それに気づいた黒崎さんは、申し訳なさそうな顔で、僕をなだめる様に右手を前に出して上下に動かす。表情には出さなかったが、その行動も不快感を増幅させた。


「悪い、悪い。そんなに怒るなって。まぁ、その昨日俺が唱えた説も合っていたんだが……証拠が見つかってな。お前のところの学生証」

「学生証が見つかったんですか?」


 驚きで柄にもなく声を張り上げてしまった。黒崎さんはそんな僕の目を肯定の眼差しで見つめてくる。その表情は先ほどまでの緩んだ表情ではなく、真剣そのもの。――どうやら本当らしい。今まで指紋さえ、足跡さえ残さなかった犯人が学生証を落としていった……。かなり現実味に欠ける話だが真実なら仕方が無い。

 でもこれで話が繋がった。猟奇殺人事件の犯人は朝河岡の生徒で、串永幸太郎も殺したんだ。落としてあった学生証がそれを物語っている。

 そして、新たな疑問が芽生えた。


「でもそれなら、何故串永幸太郎は解体しなかったんでしょうか? 第一発見者が遺体を発見するまで、およそ四十分。四件もの事件を起こしているからに、かなり手馴れているでしょうし、返り血を浴びるリスクがありますが、犯人としては解体する方が重要なんじゃないでしょうか?」

「それはな、これが殺人だからだよ。今までの事件も全て殺人事件と銘打っているが、あれらは殺戮の類だ。殺人なんて高尚なものには含まれないよ」


 そこで黒崎さんは言葉を切った。タバコの煙を吸い、昨日や一昨日までの空模様とよく似た煙を室内に吐いた。


「――いいか。殺戮って言うのは無意味な殺人だ。人類は古来、無意味な人殺しを殺戮と罵った。殺戮って言うのは下卑たるものなんだ。でもな、殺人には意味がある。嫉妬、絶望、憎悪。負の衝動に歯止めが効かなくなったとき、殺人は起こるんだ。高尚な人殺し……それが殺人だよ。だから結論でいうとな、串永幸太郎殺害には理由があったんだ。 万人に理解できる、正当な」


 どこかで地雷を踏んでしまったらしい。黒崎さんの長い説明を聞きながら思った。黒崎さんはたまにこうやって長く論説をしてくれるのだが、僕はそこまで哲学好きではなく、チンプンカンプンな事が多くあまり好きではない。だから出来るだけ論説モードのスイッチだけは踏みたくは無いのだが……踏んでしまった。

 ――でも先ほどの説にはあまり賛成できない。 人を殺すのに正当性なんか無い。 最後には自分勝手なんだ。結局、殺人は周りが見えなくなって負けてしまった人の行為。

 ――最後に、理性を保つのは他人への依存なのだから。

黒崎さんの話の続きを無視して、そんなことを考えながら、ふと気がつくと黒崎さんが疑わしいような目で僕を凝視していた。


「幸祐。お前俺の話し聞いてたのか?」

「あ、はい。聞いてます。えっと……何でしたっけ?」


 とたん、黒崎さんはあからさまに顔をしかめる。行き過ぎなきもしたが、あまりにも不快そうだったので少し悪かったな、と反省した。だが反面。珍しく考え込んだ事に自分を褒めたくなった。

 だけど今は黒崎さんのご機嫌を伺うため、どうにか話を継続させなければならない。


「ええと……朝河岡の生徒なら学校側に捜査協力を申し出ればいいじゃないですか。生徒にも聞き込みをすればいいと思いますし」

「それがな……あいつら捜査協力を断ってきたんだよ。いや、打ち切ったの方が正しいか。 一件目から情報提供してもらってたんだが、生徒が犯人かもしれないと分かったとたん、手のひらを返したように態度を変えやがった」


 黒崎さんの、虫唾が走ったといわんばかりの説明を、僕はペットボトルのお茶を口に含みながら聞いていた。水分の喉を通過する透き通った感触に安心を覚えながらも、頭を働かせる。

 まぁ学校側の対応はあながち間違いじゃない。生徒内から殺人犯が出るなんて、そんな事があったら朝河岡の株は大暴落。入学率も落ち、世間からの視線も冷たくなるだろう。 別に学校側に捜査協力の義務は無いのだから、そういう選択をするのは当然だ。強制捜査も難しいだろう。風の便りで聞いたのだが、朝河岡高校の上層部は警察内部にもパイプをもっており、そんな事許してくれないだろう。

 組織内でのしがらみは僕も黒崎さんも嫌いだ。 こういう事があるから、黒崎さんの口癖が「フリーは楽で良い」なんて物になったのだ。


「だからな、警察の捜査は八方塞。もうお前がどうにかするしかないんだ。あちらさんとしては犯人を引き渡してもらいたいだろうが、別に強制しない。だからな――事件を止めろ」


 最後の言葉は威厳に満ちていた。静かに煙を吐く黒崎さん。――この人の意外にしっかりしているところは、好きでもあり嫌いでもある。

 そんなことを内心思いながら、少し窓からの景色に見とれてみた。水色の空は、白い不恰好な饅頭を浮かべながらも広がっている。広大で壮観で、たった二階からの景色がそんな風に思えた。そんなことだから、つい本音が出たのだろう。


「うらやましいな……」


 そんな聞こえるか聞こえないかの呟き。黒崎さんは疑心に満ちた、少しこの人らしくない瞳で僕を見つめていたが、気づかなかった。


 ――全ての原点は三年前。 如月市で起きた殺人事件からはじまったんだ。

 

 ……また嫌な過去を思い出してしまった。いい加減忘れ去りたいものだが、そうはいかないらしい。今日の六曜は仏滅だったろうか。カレンダーを見てみると、違った。友引だ。なんというか、昔から六曜にすぐ頼る癖がついてしまいそれがなかなか抜けないのだ。


「――ま、幸祐。今まで殺戮だった行為が、殺人に変わった。意味の無いものには罪悪感ってモノは浮かばないもんだが、意味のある行為には結構罪悪感、感じるもんだ。相手がまだ普通なら、それで苦しんでると思うから、チャンスじゃないのか? そういう相手には隙ができるもんだ」


人が苦しんでてチャンス……その考えに、僕はあまり賛同できなかった。


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