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FEEL  作者: 雪見
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第一章【殺人依存】・六話:好奇心

 四件目の事件が発生してから、二週間が経った。暦は2005年6月20日。梅雨の時期も終わりに近づいた今日の天気は、気分を陰鬱にさせる雨。……こんな日はだらけるに限る。

 ……ふと、考えてみる。最初に人を殺したのは4月の末だった。合っていれば、既に事件発生から2ヵ月が経っている。それでも事件に進展は無い。別に警察が無能なわけではない。単に俺が、捕まりたくないから、捕まらない最善の方法を取っただけだ。彼らの捜査の基本は証拠だ。例えば、いくら目の前に、オレ人殺しでぇ〜す、なんて奴がいても、手を出す事は無理だ。血の付着したナイフでも振り回していれば話は別だが、生憎そんなバカはそういない。つまりだ。証拠さえなければ捕まらない、と考えれないだろうか。

 だから俺は証拠を消した。皮肉なことに、殺人という行為に愛着を持ち始めた俺は、それに最も適していると思われる能力を手にしたのだ。――運命というやつが神様の手に委ねられているのなら、もう少し下界の治安維持に気を配っていただきたい。

 それはさておきだ。今、俺は自分の席に座り、比島を観察している。こいつは相変わらず。二度感じた違和感がまるで嘘だったかのように、普通の人間。いつも丁寧語、笑顔を崩さない。その姿はよく出来たロボットのようで、たまに気味が悪くなる。品行方正と聞けば良い子ちゃんしか思いつか無いだろうが、実際あってみると吐き気がするほど現実味が無いものだ。

 そんなことを考えながらふと、教室の窓から外をのぞいてみた。雨は一向にやむ気配を見せない。

 ――あの日から雨は嫌いだ。 全てを奪っていきそうな気がする。確か、あの日も雨だった。路面に広がる朱色を洗い流したあの雨。存在する意味よりも、生きる意味を失ったあの日。雨って言うのは結構純粋な洗浄剤かもしれない。だって具体的なものから、人の心とかそんな抽象的なものまで洗い流していくのだ。

 そう、消し去ってしまいたい、煩悶の過去さえも……


◇ ◇ ◇


 放課後の時間帯。夕暮れ時だというのに、空の色彩は灰色のままだ。それと同じで陰鬱な気分もそのまま。何もかもが平行線をたどっている。変革の無い日々を送っていると、なんとなく退屈だ。

 だから、そろそろかと思っている。あれから二週間。高ぶる気持ちを押さえつけ、家に置いてあるナイフを眺めるだけだったのだ。あの脳を溶かすような感情の嵐。神経を焦がすような絶対的な命令。もう我慢は出来ない。誰かに干渉しないと自分が保てない。――自分を実感できない。

 そうと決まれば即実行だ。今日は特に学校に留まる理由もなく、帰ろうとする俺の歩みを、聞き慣れた声が制止した。


「ねえ、ゆーくん。少し話があるんだけど」


 振り返ってみると、冥花は少し申し訳なさそうな顔でこちらを向いていた。 


「どうしたんだ?」

「あのね。串永くんから用事があるから旧校舎まで来てくださいって頼まれてるの。だから今日は一緒に帰れそうに無いんだ」


 旧校舎というのは数年前に使われなくなった校舎で、取り壊せばよいのだが、別段そういう計画は無いらしい。まぁ物置としての役割を担っているので、そんなことする必要は無いというのもあるのだが、一番の理由は我が校の伝統を! とかいう謳い文句に利用するためだろう。そんな理由でこの無駄に学費の高い高校に丹生がする野郎なんかいない。いたら相当の物好きだろう。

 だが串永が冥花を呼び出すとは意外だ。恐らく告白でもするのだろうが「そんなのはまだ早いと思います」で片付けられる。どちらにしろあいつの告白をOKする女の気が知れない……とまでいうとあいつが可愛そうだ。正直、プライドの高いやつのことだ。俺に順位で勝利してからだと思ったのだが、見当違いか。

 順位と言うのは二週間前にしたテストの結果だ。冥花は前回同様五十位以内をキープ。串永と俺の――串永に言わせれば頂上決戦。軍配は俺に上がった。順位は総勢281人の内、俺に196位。串永227位。考えるたびに低レベルだと自負する。

 そんな低級戦争のさらに下を行ったのが比島。ぶっちぎりの最下位だと聞いている。

 ――この学校の授業進行スピードはかなりのものだ。例えるなら、普通の公立高校のスピードを常用車とすると、戦闘機ぐらい速いだろう。二年までに応用も含め、高校の課程を修了させる。その後、大学受験に向けた勉強をさせていく……。他の学校では信じられないような内容をやっていると感じることもある。転校生である比島の分が悪いのは当然だ。


「そんなに考え込んでどうしたの? ゆーくん」


 返答の無い事を不思議に思った冥花の声で、俺は現実へ引き戻される。考え込むと、周りの事に無頓着になってしまうのが俺の悪い癖だ。


「ああ、なんでもない。いいぜ、行ってこいよ。串永、待ってるだろうからな」


 俺の言葉に首を縦に振り、その場から走り去っていく冥花。こんな空模様でも、あいつの笑顔は相変わらずだった。どうやらあいつの心は赤道直下で白夜状態。いや、赤道直下じゃ熱すぎるからフランスぐらいにしておこう。まったく、水分供給はどこからしているのだろうか。

 不意に、頭をよぎった考え。――あいつは俺が殺人鬼だと知ったらどうするのだろう?

 侮蔑するのだろうか、それとも罵るのだろうか。そんなことに興味を持ってしまった自分を呪った。そんなこと分かっても意味は無い。ただこの殺人衝動に拍車を掛けるだけなのだから。

 視界から冥花がいなくなったことを確認し、振り向こうとした足を、止める。

「串永の告白かぁ。見に行ってみようかな」

 奴が冥花にふられて、どうするのか。喚くのだろうか、はたまた大人らしく納得し、その場から立ち去るのだろうか。高校生にもなって、そんな中坊が喜ぶような話題に食いついてしまった。俺も女々しくなったものだ。まぁ瑣末なことだが、こういうアホらしい出来事も人として潤いを保つには大事なことだ。俺は、心に生まれた微かな好奇心に従う事にした。

 好奇心なんて、まったくもって危険なものだと分かっていたのに……


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