第一章【殺人依存】・四話:真夜中の訪問者
暗闇に包まれる丑三つ時。月の面妖な輝きが心の奥深くに眠る残虐性を手招きする。 子供のよう誘われる、それは惨劇の犯人。
夜の闇に溶け込む人影は、富原豊その人だ。広い肩幅に鋭い眼光。黒いTシャツに青いジーンズ。結った長髪を揺らめかせながら、ただ佇む。
異常な風貌ではない。ただ、彼の体から漂う雰囲気は、異常だった。
そんな彼の右手には、妖しく光る一本のナイフ。血の味を覚えたそれは吸血鬼の牙のように血を吸う。ただ、赤化粧に幻想を抱きながら。
朝河岡の北と南を分かつ恵品川。空を分断する天の川のように、流麗な光彩を放つそれを繋ぐ一本の橋の下、獲物はいた。
ぐっすりと眠りについた男性。薄汚い服装を身につけたその男は、俗に言うホームレス。 彼もまた世間という薄汚れた常識に排除されたモノ――似たモノ。
ただそれを眺める彼。吸血鬼の牙は血を求め、今日も夜を走る。朱色の軌跡を残しながら……
「おじさん起きてください」
肩を揺らしそう囁く彼。その声に瞼を開く男性。丑三つ時という普段は目覚める事の無い時刻に起こされる。十分に休養をとれていない体は、実に緩慢だ。
――殺されるとも知らずに、実に滑稽。
「なんだぁこんな夜中に。一体誰――」
振り向く男の目に彼は一体どんな風に写ったのだろうか。がっしりとした男性? 大人びた風貌の青年? そんな生温いものじゃないだろう。恐らく――
「夜分遅くにすみません。殺人鬼です」
悲鳴を上げることなく、笑う事もなく、怒ることもなく――
男の生命活動は停止した。
首に刺さったナイフから伝わる頚動脈の流動。それが薄れていくのが何とも言えない恍惚。
彼は、死体になっていく男に同調するかのように体をビクンと震わせる。死を感じ生を実感するモノと、死に触れ生を実感するモノの共鳴は、どんな二重奏よりも美しい音色を奏でていく。
ゆっくりとナイフを引き抜いた。傷口から噴水のように血が噴き出て彼の顔を濡らす。 人工物ではありえないこの鮮やかさ、温もり。
ああ――これは本物だ。
そのままナイフを男の首本に突き立て、割くように動かしていく。噴き出る血は気にしない。 それさえも快感であるが故に。
呆気なく――首と胴は分離した。
朱色に染まった鋼の刃は、なお血を求める。彼はナイフを走らせ見事な手際で左腕を切断した。
その頃には噴水の勢いも収まっており、朱色の鮮血は地面へ浸透していく。橋の下で長らく水を得なかった雑草は、それこそ吸血鬼のようにそれを吸っていった。
だが彼はそんな光景には目もくれず、迅速に右腕両足を慣れた手つきで切断する。その表情は遊び道具を与えられた子供のように、無垢で純真な笑顔。温もりを失う肉片とは対照的に彼の心のボルテージは急上昇していく。
――さぁ今日は何を作ろうか――
ニヤリと顔を歪める彼の瞳は、ただ――哀れだった。