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FEEL  作者: 雪見
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第一章【殺人依存】・九話:防衛

「はぁ……はぁ」

 息遣いが荒いのが分かる。生きてきて、ここまで苦しんだことはなかっただろう。

 深夜の闇の中。自室のベットの上、死に掛けの芋虫みたいにのた打ち回る俺の姿はひどく惨めだ。想像してみて自分でも思う。

 ――なんでこんなにも苦しいのだろうか。今までと同じように人を殺した。ただ理由があった。それだけなのになぜか苦しい。罪――それが頭から離れない。胸の奥を突き刺されるような感覚と共に、あの言葉がよみがえる……


――私は、何も言わないからね――


 殺せた。あいつが――冥花が警察にでも俺の情報を提供するなら殺せた。覚悟もあった。 ただあいつは言わないと言った。俺の決意を燻らせた。

 それが苦しい。あそこであいつも殺せていたならば、俺は罪悪感に苛まれる事は無かった。それを超える快感でこの心を満たせていたんだ。でも――殺せなかった。


――何もいわないから――


 思い出すたびに吐き気がする。奇妙な感覚が神経を伝い、脳にまで広がる。全身を、突き刺すような、噛み付くような、そんな痛みが駆け巡る。その言葉は、自分が今まで握りつぶしてきた、誰かに知られてはいけない罪、ということを認識させた。俺が罪人だって強烈に、脳内に刻み付けたんだ。

 俺はもともと、ここまでイカれた輩じゃなかったのに、どうしてここまで歪んだんだろうか。どうしても原因が知りたくて、この十七年間の記憶からそれを探し出そうと試みる。が、そんなもの俺にとっては幾らでもある。正直、どれなんだが見当もつかない。

 ただ、その中から最も最近だと思われる、答えを見つけた。


「ああ……そうか、そうだったな」


 一人呟き納得する。あれなら十分、俺が壊れた理由にも等しいだろう。だってそれは――俺にとって初めての殺人。


 ――粛然とした真夜中の闇。春告げる虫の羽音も、浮き彫りになるほど、あまりにも不気味で、酷く美しい満月に照らされた、世界だった……。


◇ ◇ ◇


 あの日。俺は珍しく深夜の散歩に出かけた。学校でのテスト結果が悪く、その気分転換、と言った感じだった。特に、危険への身構えはしていなかった。

 そんな俺の背後から男が襲いかってきたのだ。

 男の事は知っていた。最近でかい顔をし始めていた不良グループの一員。俺とそいつの関係と言えば、そいつが道端でうちの高校の生徒をかつあげしていて、俺がそれを邪魔した、その程度だっただろう。

 だがその程度の因縁で、奴は俺に勝つため刃渡り二十センチものナイフを用意していたんだ。それを俺に突きつけてせせら笑う。

 ――俺はこの男を疑った。本気かと。刃渡りが二十センチのナイフなんて刺されば確実に死んでしまう、そう思えたから。

 男はナイフを突き出しながら、恍惚とした表情で駆けてきた。俺の体は凍ったように動かない。ナイフへの恐怖だったのか死への恐怖だったのかは、今から考えると定かじゃなかったが、これがよく映画などで見る、恐怖に対する肉体の硬直なんだな、と感じた。死ぬ瞬間のスローモーションというやつも体験できた。ナイフの輝きが網膜に焼き付けられるほど、長い、酷く現実味の無いものだったのは今でも覚えている。

 別に、俺にとって死なんて怖くなかった。生きる意味をなくして、世界を呪って、自分がここにいる理由さえも見出せていなかった俺にとって、生も死も曖昧な、同様のものに捕らえれたから。

 そんな俺に訴えかけてきたのは、俗に言う走馬灯というやつ。ただ、あまり意味の無い回想だったそれは、俺にとって、決意を変える要因となったのだ。


 蘇った記憶は死に掛けの男。道路に横たわり、激しく吐血している。自慢の若白髪が真っ赤に染まるほど、出血の量は酷い。

 俺を助けるために男はこの結末を選んだ。それでも、目の前の男は必死にうごめいて、死を回避しようとした。

 そこで知ったんだ。どんな決意の前にも、死は、圧倒的で、哀れで、恐ろしくて――辛いモノだって!


 気づいた時には、ナイフもろとも男の体は俺を通過していた。自分の体の中を物体が通り過ぎていく……。面妖な月の下。ひどく現実味の無い映像だったのは、今でも覚えている。

 ただそのときの俺にはそんな事考えている余裕は無かった。勢いよく倒れこんだ男に馬乗りになって、その手からナイフを奪い取って、首に突き立てた……。


 今から思うと殺す必要は無かったんだと思う。馬乗りになって、少し痛めつけてやれば良かった。

 ――でも従ったんだ。俺の中の、殺人衝動に。

 解体したのは趣味でもなんでもなかった。ただ平凡な殺人事件じゃ昨今、あまり人々は驚かない。愕然として、恐怖して、ただテレビ画面に釘付けになる人々が見てみたかったのだ。

 でも一番欲しかったのは話題性でも快楽でもなく――存在理由。

 誰かに干渉して初めて自らの存在を認識できる。死という絶対的な事象に介入する事によって、自分を必要とした。この世界に必要とした。存在の死に接触した人物として、世界の記録に存在を残したんだ。

 そんな事を欲していた俺にとっては、過剰でも正当でも防衛なんてあまりにも都合が良くて、そこから殺人にほれ込んだ。


 もう、俺はイカれてる。俺の殺意は止まらない。だって俺は、


「――殺人に依存する異常者なんだから」


 つい呟いてしまった。これは何なのだろう。

 ――そのとき俺は気づけなかった。誰にともなく発した言葉が、俺のメーデーだった、って。

 今日も人を殺してしまおう。あの日から三日しか経ってないけど、もうダメだ。――壊れてしまいそうで、怖い。時刻は……十二時。日が変わったんだな……。

 そんなくだらない事を考えながら、部屋を出て行く。ただ、闇に堕ちていく蝶のような、無残な姿で……


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