#3少しだけ言葉覚えました
瞼の裏が紅く染まる。
「朝か……」
ベッドから降り、部屋を出る。階段を降り、厨房へ向かう。
水が貯めてある樽の蓋を開ける。
水面に映るのは、少し目付きの悪い少年の顔。ここへ来る前の自分の顔だ、ただ、違うのは肌は雪のように白く、耳は小さいが鋭く尖っている。以前の自分の面影を残した別人のような、でも、もう慣れた。
水を一口飲み、タオル(といっても手拭いのような、薄い布)を濡らし顔を拭く。
次に厨房をブラシで、店内を箒で掃除をする。掃き掃除が終わる頃、一人階段から降りてくる小さな音がする。アンだ。
「おはよう、シン兄ちゃん、私も手伝うよ」
「おはよう、アン」
多分手伝ってくれるのだろう
頷く
「掃き掃除は終わってるみたいだね、じゃあ机を拭こっか」
アンが机を拭きだす、俺も真似して他の机を拭く、拭き終わる頃にはエドやヘレンが降りてきて朝飯の準備を始め、すると少しずつ宿の客が降りてくる。
宿の客が一通り食べ終わるとエドは隣の工房へ行き、鍛仕事をしだす。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
シンと名乗ってから三週間が過ぎた。
名乗った直後、一人女性が部屋に入ってきた。
歳は20代後半から30代前半位だろうか。
女性は少しエドと話すとこちらを向き
「ヘレン」
と、だけ名乗った。
その後、ヘレンは少女を指差しアンと言う名前を教えてくれた。
二人とも綺麗な黒髪だった。
因みにエドはロングの茶髪だ。
ヘレンは宿を経営し、エドは鍛職人として働き生計を立てているらしい。
それから数日間、立って移動する事は出来なかった、その間アンが食事を持ってきてくれた。
胸の痛みも引き、自由に歩き回れるようになった。
ただ、このまま「ありがとうございました」と出ていく訳にはいかない。このまま出て行っても言葉もわからない、何も手持ちが無いままじゃ、何も出来ない。
それに出来るかはわからないが助けてもらった恩も返したい。
だからこの二週間、朝起きて顔を洗い宿の厨房、食事処の掃除、皿洗いをしている。
けどこれは恩を返していると言うより、いまだこの宿に置いて貰っている代償みたいなものだ。
┈
それから皿洗いをしているときに少し思い出した事がある。 家族の事だ。
母、義父、妹、俺の四人で住んでいた。
名前は思い出せない。
義父は俺が小学生高学年に入る前に母が連れてきた。最初、顔は怖いが普通の人だと思った。けれど一年、二年と過ぎていくにつれ、妹や俺に手をあげるようになり、言うことを聞かなければ怒鳴る、殴るのは当たり前となった。
それからは、今まで母がこなしていた飯以外の家事。掃除、洗濯、皿洗いは妹と俺の仕事となり。休みの日も1日中家の掃除で遊びに行けず、学校だけが楽しみだった。
(自分)「義父」が家に居るのが苦痛だった。
┈┈┈┈┈
だから、この宿で直ぐに俺が出来ることは掃除と皿洗い、料理( 母は義父が居ないときは飯を作ってくれなかった。だから自分達で作って食べていた )(こちらには、米らしき物もあった! )位のものだった。
それにこの三週間で覚えた言葉は恥ずかしながら
「おはよう」
「ありがとう」
「頂きます」
「おやすみ」
の四単語だけだったため。
ヘレンに手伝う旨を伝えるのは大変だった。
ちゃんと言語を習得しなくてはいけないな。