7.おかしいな。なんで死んでないんだ
朔夜はこれまでずっと影だった。
いつも隣には翼がいた。
それを囲って女子たちがいた。
一見リア充してるようであったが実態は一人ぼっちに近かった。
翼がいなければと何度思ったか。
そうすればそこそこイケてたはずの自分なら彼女だって出来ただろうに。
チャラそうな見た目は少しでも翼と違う方向性に持っていけたらという朔夜の心からの叫びだった。
だけど翼は友達だ。
だけど翼は自分の恋敵だ。
だけど…………。
何をやっても自分は敵わない。
本当は美羽のことも恵礼奈のことも秋のことも彼女にしたいと思うくらい魅力的な女性だと思っている。
だがみんな翼の方へ向かっていく。
彼女達の中ではまるで自分は路傍の石みたいな存在になっているのだろうか。
自分は才能が欲しかった。
偽物でもいいから注目が欲しかった。
翼がとにかく羨ましかった。
妬ましかった。
そして何よりも……
憧れていた。
自分もああなりたいと思う度に劣等感に苛まれてしまう。
かと言って見て見ぬ振りをすることはあまりにも辛すぎる。
自分が翼に憧れているという時点でもう自分には敵わない相手であると認めているようなものである。
たまに彼はこう考えていた。
もし翼がいない世界に行けたのなら自分は彼のようになれるのだろうかと。いやなれただろうと。
そこで運命の悪戯なのか、あの気まぐれな神が彼のその強い苦悩に反応してしまった。
そして彼は今異世界にやってきた。
そこで彼は思う
―自分はこの世界では規格外の存在であろう。
―ここなら俺の自由に生きていける。
この世界に翼はいないのだ。
そして美羽も恵礼奈も秋もいない。
朔夜知るものはゼロからのスタートだ。
失うものは何もないし、創造出来るものなら無限に存在する。
これからは翼は憧れではなく、自分の一つの礎となってもらおう。
そして自分が戻る頃には、彼とは比べ物にならないほどのビッグなやつになってやる。
くしくも彼を転移させた女神の思惑通りとってしまっている。
だが、朔夜にとってそんなことは知ったことではない。
それこそが己の歩むべき道だと信じているから。
in異世界
朔夜がランダムで飛ばされた先は幸運にも王城の中だった。
王城の中だったけれども
お風呂場だった。
ドボン
バッシャーン
朔夜がそこの湯船に水柱をつくり突然現れる。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる感覚に陥った。
呼吸はできない。
でも何故かあったかい。
これはお湯か?
なんか右手はとっても柔らかい。
水深はそうでもないな。
ん?右手が柔らかい?
ザバッ
彼はお湯から顔をあげる。
あげるとそこには、
殺気を飛ばしてくる数人の侍女、そしてそれはそれは美人な多分年は同い年くらの女の子が一緒にお風呂に入っていた。
そして自分の右手が彼女の胸をつかんでいた。
もみもみ。
あっこれ死んだわ。
人生最後だし揉めるだけもんでおくか。
転移してこんなに早く死ぬとは。
さっきのながながとしたプロローグ的なやつが恥ずかしくなってくるわ。
そうして彼女の胸を堪能した後に手を離し、静かに最期の時を待つ。
………………。
あれっ?
おかしいな。なんで死んでないんだ。
もう10秒くらいしてから恐る恐る自分は目を開けた。
そこにはさっきの状態から何ら変わらない状態がそのままあった。
いや少しだけ変わっていた。
目の前の美人な女の子は顔をりんごのように真っ赤に染めて、自分のそこそこ育っていて平均よりは少し大きいだろうと思われる胸を手を使い隠していた。
だがその状態で何も出来ずに固まっていた。
正直自分はどうすればいいのか分からないが、彼女の後ろにいる侍女たちは、今の自分ではなにかする前にまず返り討ちに会いそうだと感じる。
驚くほど冷静な自分に驚きつつも俺は前を向く。
「申し訳ございませんでしたーーーー」
少し後ろに下がりながら必殺ジャンピング土下座を敢行する。
あっやばい。地面じゃなくてお風呂だった。
呼吸ができない。やばい頭を底に打った。
あっ俺浮いてきてるわ。
俺はこれからクラゲさんだ!
ゆーらゆらー
流石にやばいと感じたのか侍女さんたちは朔夜を助けに来る。そして何とか水の中から救出される。朔夜の意識は残念ながらない。
後ろで控える侍女さんたちはノア様の裸を除くなんてとそれ以上彼を助けることを拒否。
だが、ノアと呼ばれる女の子だけはすぐさま彼に近寄り、何のためらいもなく助けあげられたが動かなくなっている朔夜に人工呼吸をした。
彼女はわかっていた。
彼が異世界からの転移者であると。
この国の姫となるものには分かるるのだ。
そしてまたわかってしまうのだ。
今この者を死なせてしまったらこの国の損になるであろうとことも。
彼女の水気を吸っていつもより色つやがよく艶やかなこぶりの唇が朔夜の唇を覆いかぶす。
そしてなまめかしい音を立てながら強引に彼の口を開かせ、彼の奥の方から水を吸い出そうとする。
しばらくたって彼女が彼から離れる。
ゲホッオェーーー
朔夜は水を吐き出し何とか命拾いをした。
自分が死にそうになる数多すぎない?
あの気まぐれな神を思い出しながら朔夜は思った
朔夜が目を覚ました時には彼女の柔らかい感触は離れた後だったが、朔夜の記憶の中の知識としては残っていた。また、元々お湯で湿っていた唇だがそれとはまた違った湿りと温かさの余韻が残っている。
ある程度落ち着いて周りを見渡してみるとそこにはバスタオルをまいた姫と、、、
「よくもノア様の唇を」
「これはもう殺すしかないわね」
「ノア様は未だ汚れを知らないわ。うん。今日はなかった誰もいなかった。ニヤリ」
さっきとは段違いの殺気を飛ばす侍女たちがいた。
現実逃避をして、今までのことを朔夜は頭の中で整理してみた。
そして2つの疑問を持つ。
その間もずっと侍女たちはにらみ続けている。
目の前の美人な女の子がノアという名前なのはわかったが、自分をどうして助けてくれたのかなど到底朔夜にわかるはずがなかった。
そして朔夜はまた不思議に思った。
さっきから見ていると侍女次女たちの対応と彼女の対応に大きな隔たりがあるように思えてならないと。
そこで満を持してノアと呼ばれる女の子に聞いてみることにした。
「どうして自分を助けてくれたの?」
「あなたが勇者様であるとわかったからです。
私がやらなくてはあなた様が死んでしまうところだったので。」
ノアは淀み泣くこたえる。
「恥ずかしくなかった?」
「そういうことも覚悟の上です。王家は国を守らなくてはならないので。」
頬を朱に染めながら突如としてもじもじしだすノア。
今更ながら先程の行為について改めて思い出してしまったらしい。
いくら勇者が相手であると頭ではわかっていたとしても黒歴史になるに違いないと朔夜は想像する。
「その・・・・・・そんなに嫌じゃなかったですよ?」
絞り出したかすかな声で彼女はそう言う。
朔夜は驚き、思わず自分が眺めていた彼女の顔から自分の顔をそらす。これ以上見ていると自分を制御する事ができなくなりそうであったからだ。
童貞には刺激が強すぎるぜ!
これまでは気まぐれ神の気まぐれについてあまりいい感情を持っていなかった朔夜だったが、ここに来て心の中で手のひら返しで気まぐれ神を崇め祀っていた。
異世界に来てそうそうにこんな可愛い娘――ノアに出会えることに喜びを感じるとともに、今は自分ひとりだけで隣に翼はいない。
そんな状況が何よりも彼にとって嬉しかった。
もしかしたらこの娘と……なんてこともあるかもしれないのだ。反応から見てもそんなに悪い印象を持たれてることは無いだろう。出会いは最悪だったかもしれないけれど。隣の人に取られる心配はないのだ。
ノアの見た目はまだ15才くらいと言ったところだ。だがオパールのように何色にでも輝くような美しい瞳。白く雪原のような肌はその中にある赤色がコントラストを織り成しより美しさを際立たせる。そして絹のような美しく白銀の髪が彼女の肩口ほどのところまでかかっている。
そして頭上に存在するティアラがこれ以上ないほどに彼女の優しい雰囲気と気高さを醸し出している。
そう言えばどうしてティアラなんてつけてるんだ。
まずここお風呂だよね。
肌身離さずに付けているくらいだからそれほど大事なものなんだろうか。
………
………
あれ?
さっきのセリフでなんか王家とかいう単語が出てこなかったか。
お風呂で話し続けるのはまずいと流石にまずいと判断した侍女さんたちに連れられていったん着替えた後にある部屋まで連れてこられた。
歩きながら目に入ってくる光景から、自分のいる家というか屋敷は想像よりも広くこれはアニメやゲームでありそうな王城みたいな奴ではないかと朔夜は疑い始めた。
そしてノアのいる部屋の扉を開くと彼女はそこに座っていた。
それは豪華なドレスを着て。
そのドレスは薄水色だったがそれを彼女が来ていることで、彼女自身が一つの宝石、あたかもブルーダイヤモンドのような輝きを放っていた。
もはや朔夜はほぼ確信を持って彼女に尋ねた。
「あの、ノアさんでよかったかな?まずは助けてくれてありがとう。それでさっき王家とかいう言葉が聞こえたんだけど気のせいだよね?」
「あっ申し遅れておりました。私はカトレア王国第二王女ノア·カトレア·ローウェルと申します。
あなた様のお名前も聞いてもよろしいでしょうか、異界の勇者様?」
「自分の名前は暁朔夜……サクヤ·アカツキと言います。
って本当に王女様!?俺これから不敬罪で死んだりするのかな。それもまた地下牢あたりでひっそりと誰にも看取られず・・・。」
後ろにいる侍女たちは最もだみたいな顔で頷いているが、それをノアが咎めて一言
「この世界に来る勇者様はほとんどの者が特別な力をお持ちになっております。そんな素晴らしき方を敵に回すほど私は馬鹿ではありません。
私たち王家でできる限りのことをしようと考えております。例えば金や生活などから女性まで好きなようにしていただいて構いません。またなにか要望があればお聞きします。」
サクヤは自分の想像していたものと180度異なる彼女の言葉に驚き固まった。
「何でも手に入るんですか?」
やっとのことで発した質問には彼のなんとも形容し難い複雑な感情が込められていた。
自分を知らないこの世界の人々が相手なら自分が主人公となれる可能性が大いにあり、自分の思い通りに世界を動かせるのではないかと。
手に入れられないと今まで引っ込めていた手をここではもう1度伸ばすことが出来るチャンスが回ってきたのだと。
この劣等感にケリをつけることが出来るのだと。
「ええ、そのためにまず一度国王に謁見をしていただいてから神様により力をさずけてもらいます。そこで正式にあなたが勇者となられます。」
そう答える彼女の答えを聞きながらサクヤの心の中には自分の成功を予期した未来のみしか見えていなかった。
「もちろんあなたが望めば私もですよ?」
ノアは最後にそう言ってすぐに背を向けて出ていった。少し耳が赤くなっているのが朔夜からも見えている。
残されたサクヤは彼女の最後の言葉に動揺してしばらく立つことは出来なかった。
そうしてサクヤは元の服装に着替えた上で謁見の間に連れていかれる。
そこではお約束の展開が待っていた。
自分の歩くカーペットを進んだ先には数段の段差がありその上に椅子が設置していて国王と思わしき人が座っている。
サクヤの両側には剣を腰に挿した状態で待機をしている騎士たちがこの部屋の両端に隙間なく並んでいた。
また、国王の近くにはノアを含め数人のお偉いさん方が後ろにたってこちらを眺めていた。
「おおよく来たな勇者殿!私がこの国の国王リスト·カトレア·ローウェルだ。」
サクヤが想像していた60才くらいで白いヒゲを生やした王という像とは異なり、彼はまだ30才そこそこに見える。相手を見通すかのような目つきや、茶髪の短い髪の上には王冠が載っていて特注品であろうマンとや身につけているものなどと合わせて威厳が出ている。
「地球というところから来たサクヤ·アカツキです。」
ひとまずサクヤも自己紹介する。
このとき、国王からの指示により頭を垂れて膝をつき挨拶をするなどということはなく楽な姿勢でこの場にたたずんでいた。
「ひとまず君にはこの世界のことを説明しておこう。ノア頼む。」
そしてノアはこの世界の神について、そして勇者についてをサクヤに語り出す。
神についてはこの世界に来てまだ間もないサクヤを気遣い一から丁寧に話す。
その中にはもちろん力の話も含まれる。
やっぱりと言ってはなんだがサクヤはこの世界よりもより上位の世界から来たようである。
それは彼の服を見れば一目瞭然のことであり、強い力が与えられるであろうことがほぼ確実であった。
そこから勇者というものについても説明する。
サクヤの場合はこの世界のバランスブレイカーとなる可能性をひめていること、今までの勇者の例などをあげてどうにか人間味方について貰えるようにという説明をする。
説明の後に国王は言う。
「さっきノアからも言われたかもしれないがサクヤ殿がこの国にいる限り最上級のもてなしをしようと考えている。なにか困ったことがあればなんでも言ってくれ。ただ、力がなかった場合には対応が変わるかもしれないがそこは理解してくれ」
そう言ってその場は終了した。
その後にサクヤは力をもらいに行くこととなった
サクヤの歯車を狂わせる力を。