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作者: ren

 小さい頃から、私が予定をいれた日は大体雨だった。


 久しぶりに買い物して重くなった鞄を抱え、私は滑りやすそうな階段を速足で上っていく。途中に夏蝉の死体が転がっているのには、もう慣れた。誰にも顧みられない、儚き演説者。


 降りしきる雨の音が、誰かの足音に聞こえて。意味も無く辺りを見回しながら鍵を取り出し、特に愛着も無い自分の城へ入る。


 駅からの道で、漫画みたいに走る車に水を浴びせられた服。乱暴に脱ぎ、絨毯が濡れるのも気にせずその辺のゴミと同化させる。何も考えずにお湯を沸かし、普段は見向きもしない瓶を手に取る。こんな下らない日には、薄いインスタントコーヒーがお似合いだと思ったから。


 大切に運んだキラキラした荷物は部屋に入った途端、取り出すのも面倒になって鞄の中でくすぶっている。風邪を引くからとタオルを渡してくれる人も、風呂に入れと忠告してくれる人もここにはいない。私は私の好きな様に、自堕落な時間をベッドの上で過ごすことに決めた。


「休みの日、何してるの?」


 最近良く聞かれる、意味の無い質問。汚い恰好で聖域でうずくまっていると答えたら、彼らは私を軽蔑するのだろうか。


 何事にもこだわりを持たずに流してきた、私の人生。端からプライベートを充実させる気など、微塵も無かった。かといって仕事に生きると宣言出来るほど、他人より秀でた何かがあるわけでもなく。両方頑張ることは勿論、どちらかだけ頑張ることも出来ず、のらりくらりと日々が過ぎていく。


「彼氏欲しいとか思わないの?」


 そう尋ねてきた彼は、私が一番輝いていると思った人だった。他人に好意を抱くことはあっても、他人から好意を抱かれたことは、今まで一度も無い。楽しいと思っても、苦しいと思っても、他人には伝わらない。否、伝わらない様に心掛けて来た。見向きもされない主張なんて、みっともないと思ってきたから。


「人生、上手くいかない」


 そんなことは昔から知っている。思い通りになったことなんて、夢の中ですら無いのだから。努力が報われる人など、ほんの一握りだ。それでも努力しない人は、もっと嫌いだった。


「どうしてこの道に進もうと思ったの? どうしてこの職場を選んだの?」


 面接で幾度となく聞かれたその質問を繰り返されるのは、ほとんどの人が本音と建前も持っているから。建前の方は、すらすら言うことが出来るのに。本音を封じた鍵は、いつの日か海に落としてきてしまった。


 憤りも、悲しみも、全てが曖昧で遠ざかっていく。貼り付けた笑みと謝罪の言葉が、私を作り上げていく。


「私のことを好きになってくれる人なんていない」


 そう言い切れるのは、そんな人がいて欲しいという願望の裏返し。


 一人が好きなわけじゃない。出来ないままの自分で我慢できるわけじゃない。このままで……終われるわけがない。


 冷め切った身体の奥で、消えていたはずの熱がまたくすぶった。


「案外、打たれ強いよね」


 きっとそれは、間違いじゃない。いつだって私は、また前を向いてきたから。


「さようなら、今日の自分」


 どんな形だって良い。電気をつけたまま、私はそっと眼を閉じた。

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