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6.六さんの長演説

 市場はかき入れ時の時間帯がすぎていた。仲買人も数えるほどしかいず、威勢のいい競りの声もなく、祭りが終わったあとの侘しさだけが残っていた。

 とはいえ、本土にはない色彩豊かな亜熱帯系の魚が水揚げされていて、ふだん見慣れない交野の眼をひいた。防水エプロン、長靴姿の漁師たちがきびきびと行き来し、咲希を認めると驚いた様子で頭をさげてきた。

 平泉が言った、ずんぐりと太ったクロマグロは、全長一メートルもの巨体だった。まな板の上に乗り、帝王の貫録を誇った。


「まさかこれからさばくんですか? 弱ったな。てっきり切り身のままかと思ってたんですけど」



 と、交野が言うと、ちびたメガネを鼻の上にひっかけた老人が現れ、エプロンをかけながら、


「すぐ終わるから、まあ待ってな。解体ショーを見るのは初めてかな? 築地の人間には負けんつもりだ」


 と、にこやかに笑って、まな板のまえについた。


「六さん、手早くやってくれ。なにぶん人を待たせてある娘さんたちだからな」


 腕組みした平泉が言った。


「よしきた、まかせな」


 六さんは棚から出刃包丁を手に取った。さっと水洗いすると、ためらいもなくマグロの首根っこにめりこませ、包丁の頭に左手をそえ、体重をくわえて断ち切った。どすん、とカブトがまな板の端に転がった。


「わお」


 と、交野。


「近ごろじゃ、めっきりこのサイズのいおが捕れなくなったよ。漁師は博打そのもの。経験を積んだ奴、運のいい奴、したたかな奴しか食っていけやしねえ。二十年まえじゃこの市場も、そりゃ活気があった。ところがいまじゃどうだ。すっかりしょげ返っちまいやがった。若いもんは島を捨て、内地に渡っちまうし、中堅どころは仕方なしに惰性で現状に甘んじ、年寄りだけが行き場を失うまいとしがみついてるだけだ。じっさいはこうも魚の捕れ具合にばらつきがあると、毎日漁師を続けていくのもしんどいもんさ。なもんで、安定をもとめる連中は、おせんそさぁ(ご先祖さま)から継いできた漁師をやめ、陸でのんきにマンゴー栽培へとくら替えするしまつ。嘆かわしいね。男は生きるか死ぬかって瀬戸際で、博打に勝ち続けてこそ人生の妙だってのに」


 六さんは長演説しつつも、むだのない包丁さばきで魚を三枚に切り分けていった。

 血合いをはずし、サクを切り出す。その間、カブトはどっかとまな板の上に口を天井に向けて鎮座ましましていた。

 さすがに咲希も閉口した様子で、六さんに気づかれないよう交野の腕を引いた。不慮の死をとげた父の亡骸に会いに行くまえだというのに、いささか場ちがいすぎた。

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