4.平泉との出会い
フェリーが悉平島の岸壁に停泊すると、二人は荷物を手にし、不安定な桟橋を渡って港に降り立った。
『歓迎』の垂れ幕がかかげられ、島民が出迎えてくれた。
フェリーに同乗していたわずかばかりの客の身内か、もしくは宿泊施設のスタッフだろう。あるいは赤子を抱いた幼な妻たちは訪問者が来るたびに、こうして単調な暮らしの憂さを晴らしに来ているのかもしれない。
そんな賑わいをよそに、不穏な視線とさえずりを交野は嗅ぎつけた。
「コネで、せっかく郵便局の職員にさせてもらったのに、突然飛び出しちゃってねえ。……ほら、葛さんとこの娘さん。咲希ちゃんよ」と、五十すぎの割烹着姿の女が、となりの小柄の女に言った。「てっきり家庭もちの男と不倫して、駆け落ちでもしたんじゃないかってうわさがあったじゃない。いまどき、めずらしくもなんともないけどさ」
小柄の所帯やつれした方が顔をしかめ、
「友之さんも親不孝な子をもって、災難だわよね。これじゃあ、浮かばれない」
と、言った。
「じゃっどん(そうだけど)、涼しい顔してのこのこ帰ってきたもんだわ。清彦さんが家の面倒を見てくれてたからよかったものを」
と、割烹着。清彦とは咲希の兄で、島で中学の教諭をしていた。
咲希は二人をにらみつけ、いまにもつめ寄らんばかりに好戦的な顔をしたので、交野はのけ反る思いをした。いままで交野に見せたことがない一面を見たような気がした。女たちはそっぽを向いた。
そのときだった。
色の浅黒いがっしりした身体つきの男が人垣をかきわけてやってきた。
すかさず仲裁に入り、こう言った。
「いらんこつ(よけいなこと)はよさんか、あんたら。仮にも忌中の家の娘をつかまえて。そえんいみしこついゃんな(そんな意地悪なこと言うな)」
中年女たちはたしなめられると、
「これはこれは、平泉さん」
と、頭をたれ、逃げるように立ち去っていった。
「まったく」平泉は渋い表情で二人を見送ったあと、人懐っこい笑みを浮かべて咲希を出迎え、「このたびはたいへんなことになったな。てっきりおまえが憔悴しきってるのかと思ってたが、なかなかどうして大丈夫そうだ。とにかく久しぶりの帰郷、お疲れさん。引け目を感じるこたねえさ。……おっと、こいつは嫌みのつもりじゃねえぜ」
「ご無沙汰しております」
「どうだ、長らく島を離れてたが、元気にやってたか」と、よく通る声でねぎらい、そして交野に向きなおった。キャッチャーミットそこのけの大きな手で強引に握手した。「ひと目見りゃわかるさ。あにょ(お兄さん)は咲希のいい人にちがいあるめえ。それともすでに籍を入れてるってか? なんにせよ、こんな辺鄙なところについてきてくれるんだから、さぞかしいい仲なんだろ。島民を代表して礼を言う。ようこそ、悉平島へ。遠路はるばる駆けつけてくれて難儀したろ。顔に書いてあるぞ」
これが平泉との出会いだった。