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34.咲希

 定期船である『フェリーとしま』の船上の人となった咲希は、遠ざかる悉平島をいつまでも見つめていた。

 漁港で手をふり見送ってくれた母や清彦、平泉の姿は、青い島影と溶けこんで一緒くたとなってしまった。


 悉平島は退屈な場所だ。

 ほかの離島と同じく、毎年、過疎高齢化に歯止めがかからず、共同体は衰退し、活気も尻すぼみになるばかりだ。近海漁業と養殖、マンゴー農家と畜産、小さな観光業以外、ほかに目立った産業はなく、観光客を惹きつける名勝地や文化遺産があるわけでもない。

 商店街のどの店舗もやる気がなく、その日一日をしのげればいいとしか思っていない。奮起したところで、遅かれ早かれ迎合という名のあきらめに捉われるのだ。




 地元郵便局で勤務していた二十四のころ、島での単調な暮らしに嫌気がさしていた。

 ささいなことで父と口論となり、生まれてはじめて手をあげられた。

 悔しさと恥ずかしさのあまり、トランクひとつで家を飛び出し、その足で東京へ渡った。

 あこがれを抱いていたわけではない。

 この地に縛られたまま、なんとなく結婚し、なんとなく子育てに忙殺され、世間知らずのまま老いさらばえ、ひっそりと死に、その他大勢の島民とおなじく猿葬に処される無常さから逃げ出したかったのだ。


 それがいまではどうだ。

 父の死とともに島へ帰り、猿葬という現代文明からかけ離れた土着の奇習をとおして、俯瞰から見おろした故郷は、たしかに古めかしくおごそかで、哀れなぐらい進歩がない。

 そう思っていた告別式のまえの晩のことだ。


 母から一枚の古ぼけた写真を見せられた。そこには成人式での晴れ姿の咲希が両親とならび、微笑んでいるだった。父が肌身離さず持ち歩いていたという写真はすり切れ、角が折れてふちがボロボロになっていた。


 親子の絆がいつまでもつながっていくように、悉平島も、猿葬そのものも、太古のしきたりさえも後世に伝えていく。人は死ぬべくして生まれてくるのが常だが、その営為はむなしいくり返しではないと、咲希は思った。




 咲希は今回かぎり、東京へ戻る。

 だが遠からず、母が大事のときとは別に、島に帰ってくるだろうと、淡い確信を抱いていた。

 しょせんわたしは島の女だ。

 それはなにも唾棄だきすべきことではない。ふしぎと、いまでは誇らしげに胸を張って生きていける気がする。


 ふたたび島へ帰り、残りの人生をすごすときは、きっとこの人と一緒のはずだ。

 いや、そうあって欲しい。

 咲希は日が傾きはじめ、なかば影絵となった島から眼をそらし、かたわらに佇む交野の横顔を見た。




 交野はひどく疲れた様子でふり向き、力なく笑った。

「ひどい顔色。また船酔いしたの?」

「かもしれん」と、交野は手すりに身体をあずけ、下を向いて声をしぼり出した。「それに……あの島は、あまりにも刺激が強すぎた。いまごろ後遺症でクラクラきてるんだ」


 咲希は小首をかしげて交野の顔をのぞきこんだ。

「平泉さんとなにかあった? 昨日、納骨堂から戻ってきたときから変よ。もしかして、よくないことでも」と、昨日に続き、追求したものの、

「いや、なにも。なにもなかった。ほんとうさ」と、要領を得ない返事をくり返すだけだ。口数が減り、おちゃらけた部分がすっかり鳴りをひそめた。心の鎧戸よろいどまで、かたく閉ざしてしまった気がする。


 たしかに猿葬は免疫のない者にとっては心的外傷を与えかねないだろう。

 咲希はそっとしておくことにした。

 時間が解決してくれるのを期待するしかなそうだ。

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