33.「タブーを冒した奴は容赦しねえ。これが島の掟だ」
「そいつはまだ活きがいいからな。ここへ置き去りにしてから、ものの半年足らずだ」と、平泉は言った。「あれほど取材に協力してやったのに、それだけでは飽き足らず、夜なかに単独潜入し、タブーを暴こうとした。これが不届き者の罰ってわけだ。そうよ、お察しのとおり。例の某九州大学のお偉いさんさ」
「そんな」
「やっこさんもしばらくは、謎の失踪を遂げたとして新聞やテレビを賑わせたが、なんてことない。ふた月もすりゃ、すっかり人の記憶から忘れ去られちまったがね。人のうわさも七十五日って言葉はほんとうだ。大学側も捜索願を出して、方々を捜したようだが、ここへは極秘の調査として誰にも洩らさなかったらしい。おかげでサツの嫌疑にかからずに済んだ」
「やっぱり、あんたも片棒かついでたのか!」
「おめえのことを、ちっとでも信用したおれがバカだった。おめえはやはり、こいつらの仲間入りすべきだ。さもなくば生きたまま、こいつらの餌にされるかだ。好きなのを選べ。なんなら、おれがひと思いに引導を渡してやる。その方が楽さ。ときに、こんな畜生のように生き続けるのも無間地獄なんだから」
平泉は鞘からブッシュナイフを抜き放ち、斜にかまえた。いましがたのぼってきた階段のまえに立ちふさがり、退路を断つ。
部屋の隅にかたまっている人猿たちが悲鳴をあげた。平泉の殺意と暴力に怯えたのか、あるいは交野を殺せと加勢する合図なのか、交野には計りかねた。
「よせ」
「タブーを冒した奴は容赦しねえ。これが島の掟だ」
交野はしだいに壁際に追いやられ、あわてて片手をさし出した。
「……待ってくれ。このことは公にしない。誓う。ほんの出来心からここまでついてきただけだ。まさか、こんな秘密があるなんて、思いもよらなかった。仮におれを殺してみろ。あんたの身が危うくなるだけだぞ」
「いくらでも言い訳できるさ。岩壁沿いを歩いてたら、おまえが勝手に足をすべらせ、海に転落した。助けようにも潮の流れが速く、とても近づけなかった。咲希よ、あきらめてくれ、おれがもっと、おまえのママみたいに手をつないでいれば……とでも、伝えるさ。迫真の演技でな。じっさい、このあたりは複数の潮の流れが入り組み、なまじ落ちたら遺体はあがらない。海上保安庁もよく知ってる」
「このクソ親父。これ以上、罪を重ねるべきじゃない。あんた、人としてどうかしてるぞ」
平泉は耳をかさず、ナイフをかまえたまま距離をつめてきた。
交野は天井にあいた井戸を見あげた。ロープが床まで垂れさがっている。これを伝って人猿たちは外へ行き来しているのだろう。
ロープに飛びついたところで、猿みたいに俊敏によじのぼることは至難の業だ。手間取っているうちに、平泉がナイフを横薙ぎするだけで、胴体からはらわたをまき散らすことも、足首だけざっくりやられ、人猿の仲間に加えられることもできるにちがいない。
逃げるにはあまりにも絶望的だった。
平泉がじりじりと迫ってくる。
天井から小雨とともに淡い光がこぼれ、非情な狩人と化した彼の顔を照らすが、表情は読み取れない。猿葬まえの、遺体を切り刻む際の事務的なそれだ。陰影濃く浮き彫りとなり、眼の部分はどくろの眼窩のように暗い。
にんまりと笑った。取り替えたばかりの電灯みたいな真っ白い歯だけが目立った。
交野は壁際に追いつめられた。――あとがない。
そばにいる『狒々もどき』たちは、とばっちりを避けるため、部屋の側面にまわりこみ、ひと塊になった。大学教授だった哀れな男も、それに加わった。
どう転んでも助かるまい。奇蹟は起きそうになかった。
ついに交野は観念した。
胸のまえで手をあわせると、泣きながら命乞いした。




