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32.「やれやれ、ビンゴを引き当てちまったらしいな」

 交野は先んじて、手をつきながら階段をのぼった。

 ほどなく行くと、ちょっとした広間に着いた。人工的に造られた五メートル四方の空間だった。中央の天井には井戸らしき縦穴があいており、はるか上の方で雨雲に覆われた空が見えた。


 井戸のふちからロープがかけられ、この広場までぶらさがっていた。どうやら明り取りをかねた出入り口らしかった。いったいなんのために?

 細かい雨が夢のように降り注いでおり、その周辺だけがスポットライトを浴びたみたいに白く煙っていた。


 むせるような獣臭いにおいが充満していて、鼻が曲がってしまいそうだ。交野は口もとを覆い、ライトの光を左右にふった。

 いた。




 ――そいつらはいた。

 まさに、こここそ寝床だったのだ。部屋の片隅に、肩を寄せ合うように『狒々もどき』が十指で数えきれないほどたむろしていた。

 どの面々もが敵意をむき出しにし、反面いじらしく怯え、哀れっぽく打ちふるえていた。垢だらけの身体を死にかけの甲虫のように丸め、足の指まで曲げ、部屋の闇と同化して難を逃れようとしていた。


「なんてことだ」と、交野は絶句した。「ここは彼らの巣なんだ……」

「やれやれ、ビンゴを引き当てちまったらしいな」背後に追いついた平泉が言った。「おまえときたら、よけいなものばかり見ちまう星の下に生まれついたらしいな。なにかにつけ、首を突っこみすぎるのが玉にきずだ」

「あんた、わざと隠してたな」

「見なよ、連中を」眠そうな平泉の声に、交野はもう一度『狒々もどき』を見た。


 慰み程度のボロをまとい、素肌は垢と泥ですすけていた。髪はざんばらに伸び放題で、顔半分もひげで覆われ、若いのか年をとっているのかすら判別がつかない。栄養不足らしく、四肢はひどくやせ細り、あばら骨も浮いていた。男もいれば女らしきものもいるが、いずれにせよ獣と五十歩百歩だった。眼には理性の光が宿っていない。


 交野は真っ向から平泉をにらんだ。

「あんたは知ってた。ここにかくまっていたことを」

「とても人さまに見せられるものじゃねえだろ。こうでも専用の寝床をつくっておかないと、猿どもが神経質になり、肝心の猿葬に差し支える。そもそも猿葬のとき、遺族の眼に触れるのはなんとしても避けたいしな。まさか悉平島は、こんな野蛮な秘密を隠していたなんて、ほかに知れてみろ。これぞ鬼畜の所業ってやつだ。たちまち、おれたちは矢面に立たされる。恥部をさらすわけにはいくまい。臭いものにはフタするにかぎる」と、平泉は周囲を見まわしながら沈んだ声で言った。「言ったろう。おれでさえ忌み嫌う半面、こいつらには同情しているつもりだ。だから生かしといてやってるのさ。殺すのはわけない。その気になれば、片っ端から始末してやれる」そして部屋の別の片隅を指さし、「とくにやっこさんは見せてはいけない『猿』だろうな。皮肉にも研究対象そのものになっちまうとは」


 交野はその方向を見て、言葉を失った。

 原始人じみた群れとは別の一角で、たったひとりだけ、ひょろ長い中高年らしい人猿がうずくまっていた。


 垢だらけの顔はやつれているとはいえ、わずかながら知性の片鱗を残しているように見えた。そのうえ身につけているボロもかろうじてワイシャツとスラックスのような、現代文明の名残りをとどめ、ほかのそれとは別格だと交野はわかった。

 その人猿が孤立している理由がすぐ判明した。両足首が存在しないのだ。


 鋭利な刃物で断ち切られたらしく、すっかり乾燥した断面をさらしていた。足がないにもかかわらず、案山子かかしみたいに器用に立ちあがり、両手をまえへ突き出して、よたよたと交野につめ寄ってきた。交野は反射的にうしろへ退いた。

 その人猿は、しゃがれた声で、助けてくれ、とだけしぼり出した。


「……こいつ、しゃべることができるぞ。平泉」と、交野は眼を見開いて言った。「てめえ、どういうことだ。こいつは『狒々もどき』なんかじゃない!」

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