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31.「横暴なルールだな。まるで取ってつけたようじゃないか」

 パプアニューギニアにはフォアと呼ばれる民族があった。

 かつては死者の魂を弔うために、葬儀の参列者が故人の身体から切り取った肉片をバナナの葉に包み、焼いて食べた習慣があったという。


 女性と子供は主に脳と内臓を食べる役目となっており、最長潜伏期間五十年を経て、その者たちがクールー病を発症した。

 クロイツフェルト・ヤコブ病やBSE(狂牛病)と同じ仕組みの病気と考えられているクールー病は、手足のふるえ、方向感覚の喪失と歩行困難、会話はおろか咀嚼そしゃくする力すらなくなり、痴呆状態を呈し、発症したら最後、一年ほどで死に至るとされている。




「おれのあずかり知らぬところで、なにが起きようが知ったことか。奴らが狂牛病にかかるリスクがあろうがなかろうが、知ったことかよ」と、暗い眼でほら穴の入り口を見た。ラジオのノイズみたいな雨の音だけが聞こえた。「しょせん島に放置されるのは、魂を欠いた肉の塊にすぎん。それは同胞じゃない。もう心はないんだ。ただの肉塊を奴らが食べて、どうにかなろうが、ちっとも良心は痛まん」


「それがあんたの死生観だ。かなり麻痺してる」

「なんとでも言え」と、平泉は唾を吐いた。唾の飛沫は漂白された人骨の堆積にかかった。「『狒々もどき』の境遇については同情を憶える。だが、おれは猿葬師だ。それ以上に島の猿どもが、まるで我が子のように思えてくるものなんだ。ときどき扱いが荒っぽいにせよ。むしろ、飢えさせるのは忍びない。だから餌を与えてるぐらいにしか思っちゃいない。そのおこぼれを『狒々もどき』が食べようが、かまわんじゃないか。これがおれのスタンスだ」


 そのとき、闇が吐息を吹きかけてきた。

 交野はわずかな異変を察知した。ほら穴の奥からだ。タールをこぼしたような闇の向こうから、微風が吹き抜けるのを肌で感じたのだ。


「おかしくないか……。いま、穴の向こうから風が流れていったぞ」と、LEDライトの光芒を闇に向けた。「やっぱりだ。かすかに吹いている。この奥からだ」

「なんだって」


 交野の勘はまちがっていなかった。事実、平泉の吸うタバコの煙が屋外へ向けて流れていくのだ。

「奥は行き止まりではないな。あの壁の向こうになにかある」交野はライトの光をたよりに、奥へ進みはじめた。


「やめとけ。そっちへ行ったところでなにもない。時間の無駄だ。ましてやここは猿噛み島でもいっとう神聖な場所だ。むやみに嗅ぎまわるのはよせ」平泉の声にはあきらかな怒気が含まれていた。タバコを投げ捨て、交野のあとを追ってくる。


「あんた、ハッタリかましてるだろ。聖地でタバコは吹かすは、唾を吐いたうえ、吸殻まで捨てるなんて、ちっとも説得力がないぞ。バレバレだ」

「よさないか!」ガラスを叩き割ったような叱責がほら穴に反響した。「よそ者の分際で恥を知れ。ここは島の人間が眠る場所なんだ。死者を冒涜するのはよさんか。これ以上、おれの許可なく進ませるわけにはいかねえ。ここではおれの発言が絶対だ」


「横暴なルールだな。まるで取ってつけたようじゃないか」

 やいのやいのの押し問答のすえ、交野が回廊の突き当りに達した。そこは岩の壁ではなく、ほつれた戸板が立てかけてあった。聖域にしては空の弁当やペットボトルなどのガラクタがころがり、不自然な空間だった。


「目隠しがしてある」

「それに触れるな。よさんか」

「もう遅い」

 戸板をめくり、裏をのぞいた。上に続く急勾配の階段があらわれた。

 それを見つけられた平泉はバツの悪い顔をして天を仰いだ。

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