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30.木琴を叩いたような音が回廊内に響いた

 ほら穴のまえに着くころには雨は本格的になっていた。交野は自身のことより、咲希たちのことを案じた。

 二人は穴に足を踏み入れた。サッカーボールほどの岩石が重なるようにころがっている。

 いまでこそ干潮時だから足もとは白く乾燥しているが、潮が満ち、さらに時化が重なれば、このほら穴は水浸しになるにちがいない。


 平泉が言ったとおり、奥行きは先細りしながら一〇メートルと続かず、行き止まりになっているようだ。

 まっすぐな回廊の両端には無造作に人骨が捨てられ、山積みになっていた。猿葬直後とは異なり、真っ白な色の骨だった。


「猿葬に処し、残った遺骨はこのへんにバラまいておく。適当な感じもするだろうが、なにせ満ち潮になれば海水が入ってくるもんでね。とくに海が荒れた日にゃ、細かい骨は波でもっていかれちまうが、重い部位はこんな形でとどまる。どうせ自然の力でかき乱される。見てのとおり、海水で洗われてるうちに、骨は漂白したようにきれいになるってわけさ。みごとなもんだろ」

「もう少し、海水が入りこまない場所に安置してもよかったんじゃないか」


 平泉はおおげさにため息をついた。

「たしかに、そういった声もある。いかんせん島は狭い。ほかに適した場所がないんだ。自然に還っていく意味でも、やはりここがふさわしいと思うがね」


 半分に砕かれた頭蓋骨や大腿だいたい骨が主に散らばっていた。どの骨も潮水できれいにされ、年月が経過したものばかりだった。最近のものも含まれているだろうが、いずれにせよ数が多すぎて見分けがつかない。

 あごのない頭蓋骨の眼窩がんかからフナムシが這い出てきて、岩陰に隠れた。


 交野はふしぎと、猿葬現場ほどの気味悪さは感じなかった。ここは純然たる人間の営為が最期に行き着く地にすぎず、生前の煩悩の残滓ざんしまではしみついていない気がした。

 平泉は納骨袋の口を解くと、逆さにし友之の骨をバラまいた。木琴を叩いたような音が回廊内に響いた。

 袋をたたんでエプロンのポケットにしまうと、立ったまま手をあわせたので、交野も従った。


 光源は入り口から差しこむ鈍色をした雨天のわずかな光でしかない。

 交野は合掌のあと、死の回廊に散らばる人骨をよく見ようと、ポケットをさぐった。車のキーに取りつけてあったLEDミニライトを点灯させた。


「おめえの物好きには恐れ入る。ただの人骨が、そんなにめずらしいもんかね」壁にもたれ、タバコをやりはじめた平泉が、あきれ口調で言った。「おれはなんとも思わんよ。生まれてこのかた、どれだけここに来てるか数えたためしがない。おれだって、いずれ年取って死に、誰かにさばかれて猿の餌となり、身体の大部分はここで眠ると疑ったことがないっていうのに。それが当たりまえなんだ。ちっとも好奇心を誘うようなものでもあるまい」


「そのまえに、ニホンザルに食われて、幸せな来世に甦るのを願うわけだな。このご時世に輪廻転生だなんてね。いささか時代錯誤だ」

「いけねえか?」

「それよりも、ニホンザルでもない人間の成れの果てに食べられでもしたら、目も当てられない」


 平泉は壁に頭をもたれさせ、口から煙を吹いた。

「くどい奴だな、おまえも。奴らはしょうがない連中なんだ。島の古老たちも哀れんでるぐらいで、ひそかに上まで食料品を届けにくる愛護団体もいるほどだ。ま、そんなことしたって、猿どもに先を越されるのがオチなんだが」


「彼らが理性を欠いた人ならざるものにせよ、同胞を食べて飢えをしのいでる現実に、あんた自身嫌悪しないのか? 人肉嗜好にはクールー病がつきまとうというぞ」

「クールー病」

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