3.特殊な風葬
フェリーのなかで一夜を明かした。
早朝、二人はデッキに出て風にあたることにした。乾いたさわやかな潮風が咲希の髪をなびかせた。
波は穏やかに凪いでいた。船の下でうねる群青は、東京近辺ではお目にかかれない鮮やかさで澄みきっていた。
「悉平島ではね、遺体は荼毘に付さないの。近くの無人島へ運び、そこで野ざらしにするのが習わしなのよ」
と、咲希は髪を押さえ、沖を眺めながら言った。
「驚いた」交野は手すりにもたれたまま言った。「たしかに奄美や宮古諸島では、以前風葬が行われていたと雑誌で読んだことがあったが、まさか、おまえんとこがそうだったとは。世間は狭いもんだ」
「風葬……言葉の響きそのものは、なんだか風情があるんだけどね」
「現行法では法に触れるから、廃れていったと聞いたが」
「島には古い考え方の人も多いから」と、咲希は声を落とした。「大部分は火葬に取って代わられたけど、秘密裏にいまも続けられている集落はあるの。こんなことが公になるようなことがあれば、たいへんな騒ぎになりかねないわ」と、寒気に襲われた様子で、カーディガンの襟もとを寄せた。「しかも、ただの風葬とは意味合いがちがうのよ、悉平島のそれは」
「ちがうってどういうことだ」
風葬は琉球地方の場合、特定の洞窟や山林(後生)と呼ばれる聖域に遺体を運び、そのまま共同の墓地にする原始的な方法と、宮古地方だと、亀甲墓や破風墓のなかに棺を一定期間おき、風化させ白骨化したあと、親族が洗骨をおこない、あらためて骨壺におさめるやり方がある。
いずれにせよ、遺体にいっさいの加工をほどこさず、自然の風化にまかせる葬制をさす。
しかしながら、『墓地・埋葬等に関する法律』――墓埋法、埋葬法と略される――において、刑法一九〇条では死体損壊、死体遺棄、一九一条では墳墓発掘死体損壊等に適用されるため、こういった風習は見直されていった経緯がある。
「だったら鳥葬か? よせよ、チベットじゃあるまいし」
「あたらずといえども遠からずだわ」と、咲希はうんざりしたように首を振った。「とにかく、島に着いたら説明するわ。いまはしゃべるのもなんだか気が重くって」
「だろうね。ましてや親父さんの葬儀だ」
「うん……。いまはそっとしておいて」と、言った咲希の眼に、ずっと向こうに浮かぶ島影が映った。彼女は指さした。「見えてきた。直哉、あれがわたしの故郷、悉平島よ」
茜色の朝日に染まった絶海の孤島は、この船旅にとって救いの理想郷に見えた。
まさか交野にとっては受難のときを迎えようとは、このとき知る由もなかった。