25.「仏を細かく砕く。じゃないと、骨壺に入りきらないからな」
近くに寄ってみると、肋骨一本たりとも欠けることなく、みごとなまでに原型を保っていた。
どうやってほじくり返したものか、頭蓋骨の内容物までもがきれいに取り除かれていた。交野は、猿葬の伝統の一端をかいま見たような気がした。
咲希の母、みすずが夫の遺骸のかたわらにひざまずいた。
「お父さん、すっかりきれいになって。迎えに来ましたよ。これからお墓に入れてあげますから。お猿さまはお父さんを、特別ひいきにしてたいらげてくれたんだね」と、ふるえる声で言い、手をあわせた。「これで安心して眠れるね。ゆっくり天国でくつろいでて。あたしもいずれ、そっちに行くから」
咲希もそれにならい、母の横で合掌した。
交野も手をあわせ、瞑目したあと、小高い丘の上の雑木林に眼を向けた。猿は見当たらず、ましてやあの六体の人の姿もない。
平泉は遺骸の横にしゃがみ、手をあわせたあと、持ってきた道具箱を開いた。これまた物騒なものを取り出した。柄の長い手斧だ。
「いまからなにを」と、交野はひざに手をついて、平泉の背中ごしに聞いた。
「仏を細かく砕く。じゃないと、骨壺に入りきらないからな。まずは各部位を切断する」
「焼いたわけじゃないから、そうとうに硬いのか?」
平泉は交野をななめに見あげ、唇の端を曲げた。
「意外かもしれんが、生前の人間の骨ってやつは柔らかいもんなんだ。というのも、骨にはびっしりと細胞がつまっており、その内訳は六〇パーセントがタンパク質、三〇がカルシウム、残りの一〇が血液などの水分で構成されている。だから、タンパク質と水分をあわせた七〇パーセントが柔らかい性質であるため、骨はあんがい柔らかいってわけだ。じつは骨は曲げれば曲がるし、押せばへこむ。指で押さえれば指の痕が残り、ゴムで締めつければくびれるほどだ。柔軟性があるからこそ、骨は外部からの力を吸収し、折れにくいようになっているんだ。……もっとも、それはあくまで生きてる人間にかぎり、だがな。結局のところ死ねば、骨は硬くなるんだが。ちなみに、生前から逆に骨が硬い人の場合は、栄養不足が考えられるそうだ。それは活性酸素の影響だったりする。――どれ、講釈はここまでだ。ここからは重労働なんだ。あんたらはどいててくれ。いろいろと危ないから」
平泉はためらうことなく斧をふるい、まずは上腕骨のつけ根を打ち砕いた。乾いた音をたてて骨は折れ、破片が飛び散った。矢継ぎ早に関節を分断していく。バツンバツンと、容赦なく断ち切られる。
「近ごろのお猿さまは、肉片ひとつ残さず召しあがってくださる。誠にありがたいことですよ、みすずさん」と、斧をふるいつつ咲希たちに言い聞かせるように言った。「以前、流行り病で、島のお猿さまが三分の一まで減ったことがあった。そのときゃ、さすがにご遺体を運んできても、ぜんぶ食べかねたものだが、ここ最近は適度に数も増えてきて、そんなこともなくなっている。猿葬は彼らの存続にもかかってるからな」
「なるほど、猿葬は人と猿との共存共栄によって成り立ってるわけか」と、交野はうなずいた。
平泉は顔色ひとつ変えず、いよいよ頸椎を一刀のもとに断ち切った。斧をふるう勢いがつきすぎて、地面に当たった瞬間、火花が散るほどだった。
ゴロリと頭蓋骨がころがり、あんぐり口を開けて正面を向いた。平泉は臆することなく、事務的に打ち砕き、斧の背を使って細かくした。原型がなくなるまで砕いた。
次にアバラ骨を根元から折っていく。リズミカルにポキンポキンとやっていく。カーブした細長い骨が地面に当たるたび、バネのようにあちこちに跳ねた。
あらかた部位をバラバラにし、大きいものは頭蓋骨同様、細かく砕き終えたのは、それから三十分後であった。
主だった部分だけを骨壺に納めていった。
とはいえ、ほとんどが残ってしまった。余った大部分は白い納骨袋に入れ、口をしばった。




