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22.腹を決めた

 悉平島に帰ると、日はすっかり西に傾いていた。

 平泉は若い漁師二人組をつれて漁港の管理事務所へ戻っていった。

 さすがの彼も疲れは隠せないようだった。あいさつもそこそこに、力なく手をあげて去っていった。

「じゃ、初七日の日に。午前十時にここでな」と、平泉はしゃがれ声で言った。

「おれが家まで送りますよ。帰るのもおなじ方向だし」と、若い漁師の一人が名乗り出、車を用意してくれた。




 咲希の実家に着いたころには周囲は黒いシェードが落ちていた。裏山の雑木林は墨をこぼしたように、さらに暗かった。

 家にあがると、近隣住人の手によって精進落としの支度が終えたばかりのようであった。九畳間の座敷にテーブルがならび、ささやかな郷土料理と鮮魚の造りが盛られていた。昨日、六さんがさばいてくれたクロマグロも彩りを添えていた。


 交野は勧められるがまま席につき、ビールを注いでもらった。さかな舌鼓したづつみを打ち、酒でのどを潤した。

 親戚者による他愛もない話を聞かされ、気のない相槌を打つのをくり返した。


 ――猿噛み島で見たあの大猿のことが気がかりで、心ここにあらずだった。

 遺体の裁断現場と、猿葬そのものも酸鼻をきわめ、気持ちを沈めさせるに充分であったが、それ以上に葬儀を遠巻きに見守っていた、あの六匹の影の方が強烈なクサビとなって、交野の心に打ちこまれていた。


 あれはけっしてニホンザルなどではない、と胸の内で断言した。

 ならば伝説の妖怪、狒々か?

 そんなわけがない。


 考えたくもないが、人ではなかったか?

 それも粗末なボロをまとい、髪はざんばらに野放図、ヒゲも伸び放題の、さながら原始人じみた姿だったにせよ、まちがいなく人間だった。現代文明の庇護ひごから置き去りにされたかのような、およそ理性のかけらも見当たらない風体のそれだ。


 なぜ無人島であるはずの猿噛み島に人がいるのか?

 交野たちが猿葬現場でいるあいだこそ、遠巻きに葬儀をうかがっているにすぎなかったが、いったん遺族や関係者たちが立ち去ると、彼らとて飢えているのは明白なのだ。遺体をついばむため、あの猿の群れに加わるのではないか。むしろ、猿たちに先んじられているところを察するに、優劣ではあの六人が落ちると見てよい。参加できるならまだしも、猿が食べ散らかした宴の残骸を、いじらしく指でほじくり返し、骨にしみついた血をすすって空腹を満たしているのではないか?


 共食い……人肉嗜好カニバリズム……腐肉食らい(スカベンジャー)……。交野は刺身が盛られた器を見て、思わず吐き気が突きあげてくるのを必死でこらえた。ビールを流しこんでおさえた。

 そんなことがあってもいいのだろうか?


 ドアのすき間から秘密を覗いてしまった。もはやあとには退けない。正体をつかまないことには、どうにもおさまりがつかない。

 グラスのビールをひと息にあおると、腹を決めた。初七日を迎え、ふたたび猿噛み島へ渡ったならば、平泉の口から直接真相を聞き出してやる、と。

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