20.「あれはなんだ。猿にしては大きくないか」
聞けば、遺体はこのまま初七日まで放置されるのだという。その後、ふたたび猿噛み島に渡り、残された遺骨の回収をするのが習わしだそうだ。
その間、遺体は猿のほか、カラスや昆虫などが群がることで、あらかたきれいに片づけてくれるという。
したがって、今日のところは身のまわりを始末し、悉平島に帰るだけとなる。
平泉はからになった棺を大ざっぱに解体し、広場の片隅で焚火にした。友之が身につけていた白装束や菊の花も炎にかけて、灰にした。
一枚岩の中央では、あいかわらず猿たちがひと塊になり、遺体にむしゃぶりついていた。
全身の毛を血で染め、赤黒い物体を手づかみしてはちぎり、一心不乱となり口を動かしている。その口もとも真っ赤に染まっていた。いかんせん猿の数が多すぎるので、グロテスクな部分は隠れているのが救いだった。
咲希たち兄妹はとても正視に耐えがたいのか、一枚岩の方を見るのは避け、関係のない雑談をして時間をつぶしている。
そのうち二人は石段の方へ歩きながら、このあとの予定をかわしはじめた。
交野と平泉は焚火に板切れをくべながら、ぼんやりと猿たちの様子を見守っていた。
平泉はバールを使って焚火をかき混ぜながら一服し出した。交野にも勧めてきたが、禁煙して長い。断ったあと、なにげなしに視線を広場の向こうにある小高い丘に向けた。
はじめに猿たちが勢ぞろいしていた樅の木には、まだ残党がうずくまっているではないか。
数にして六匹ほど。もしかしたら、死角に入った猿もいるかもしれない。
猿にしてはやけに大きい。いくらなんでも大きすぎた。眼をこらそうにも、葉陰に隠れて影絵となり、つぶさに観察できない。
「平泉さん、あれは」と、交野はうめき、指さしながら、一歩まえに踏み出した。「あれはなんだ。猿にしては大きくないか。ニホンザルなんかじゃないぞ」
平泉は唾を吐き、バールで地面を叩いたあと、立ちあがった。「やっぱり今日は厄日かもな。ふだんは人前に現れないんだが」
「あれはなんなんだ。ふつうじゃないぞ。異様に大きい」
「どうやらおまえは」と、平泉は苦々しげにしゃがれ声で言った。「よけいなものを見ちまったようだな」
「と言うと」
「あれに触れるな。悪いこた言わねえ。見なかったことにしてくれ。ほんの気のせいだ」
正面から平泉を見すえた。
「あれは猿じゃないだろ。大きすぎる。あのサイズだと……」
平泉は交野の肩を乱暴に突き飛ばし、面倒そうにうなった。
「嘴を突っこむな。あれは島のタブーそのものだ。おまえはなにも見ていない」と言うと、地面にころがった石をひっつかみ、雑木林めがけて放り投げた。石はあさっての方へ飛んでいった。が、そんな威嚇でも効果があったのか、六匹の奇妙な大猿は自分たちが招かれざる客人と知ったらしく、林の奥へしぶしぶ引きさがっていった。




