18.事務的な作業、遺体に切りこみを入れる
「さっそくはじめるぞ。仏をステージの真んなかへ運ぶ。今度ばかりは人手も足りん。咲希も力をかしてくれ」
「ええ、微力ながら」
モノレールに固定された棺をはずし、今度は四人だけで、えっちらおっちら一枚岩の中心まで運んだ。
それにしても生々しい現場であった。
最近はニホンザルによる――鳥葬ならぬ猿葬――は行われていなかったのか、これといった名残りは見られない。とはいえ、いたるところに回収しそこねた骨片らしき白い残滓が散らばっていた。
ふいに前方の樅の木が揺さぶられた。葉ずれがリズミカルに鳴った。
知らぬ間に、枝の上には数匹のニホンザルがうずくまっていた。その猿も木陰に隠れ、不吉なシルエットと化している。
猿たちは四肢をふんばって枝を揺らし、興奮の色をかくしきれない様子だ。これから始まるショーを期待しているかのようだ。
平泉は小さなバールで棺桶のふたの釘を抜きにかかった。手慣れたもので、ほどなく封印は解けた。
ふたを無造作に放り投げると、友之の脇に腕を入れ、立たせた。棒のように硬直した遺体を地べたに横たえた。
かるく黙とうを捧げたあと、三人に向きなおり、
「どれ、ここからはおれの仕事だ。あんたらはちょっと離れていてくれ」と言うと、厳しい顔つきで遺体の着物を脱がせはじめた。友之はたちまち身ぐるみはがされ、素っ裸にむかれた。腹這いにひっくり返した。
平泉はここでブッシュナイフを手にした。
同時に咲希は眼を伏せた。清彦は嗚咽をもらし、下を向いて、交野にはばからず泣いている。
遺体の後ろ髪をつかみ、無理やり首をそらせた。
が、硬直しきっているので、上半身ごとそり返った。やおら遺体の額にナイフをめりこませた。血はなぐさみ程度にしたたるだけだ。無残な切り口があいた。
ナイフをいったん下におくと、切り口に両手をかけ、なんと頭の皮をめくりはじめた。
まるでカツラでも脱がすかのように、髪の毛のついた頭皮がきれいにむかれ、しまいには後頭部にダラリと垂れさがった。
赤い筋繊維がむき出しの頭部があまりにも痛々しく非現実的で、交野は眼をそむけたくても、魅入られてしまったかのように引きはがすことができない。
平泉はまたナイフをもち、こんどは遺体の背中にななめにかけて切りこみを入れた。背中全体に五本、ざっくり切りこむと、赤黒い肉がのぞいた。
おなじように二の腕や両脚にも刃を食いこませた。プリッとした黄色い脂肪の層が見えた。まるで炙られるまえのイカみたいだ、と交野は不謹慎な連想を思い浮かべた。
遺体を仰向けにさせると、同様に切りこみを入れていく。とくに胸部の中心から腹部にかけて縦に裂くと、腹圧でもりもりとワタがあふれてきたのには衝撃を禁じ得なかった。
つぎに平泉は血がべたついた手で、エプロンのポケットから真新しいロープを取り出した。その端を遺体の首にかけ、きつめに縛った。
別の一端を、地面の杭に縛りつけた。
「これは猿に食べさせるとき、仏が散らばるのを防ぐためだ。とくに頭を持っていかれるのだけは避けたいんでな。もっとも、猿の飢えがピークに達していると、各部位をちぎり取られ、あちこちに散乱してしまうことも少なくないんだが」と、平泉は作業を続けながら独り言のように言った。「……わかるよ。内地の人間にゃあ理解しがたい光景だろう。死者を冒涜しているかのように見えるかもしれん。じっさい、下で話した民俗学の先生も、現場を目の当たりにすると、島のやり方に異議を唱えたほどだ。野蛮すぎると。これが先進国たる文明人のやることかとね」
「そう捉えられても致し方ないな。たしかに刺激が強すぎる」交野は手の甲を口にやり、声をしぼり出した。死体損壊罪が適用されないのがふしぎでならない。
「ここいら一帯は、古くからこうしてきた。何人たりとも禁止させやしない。これが島のルールだ。古臭くって、残酷で、不器用かもしれんが。おれはむしろ、伝統だと誇りをもてるようになったがね」
「なぜご遺体に切りこみを入れるんです」
「こうすることで猿が食べやすくなる。奴らの爪をもってしても、なかなか遺体の皮膚を破ることは難しいもんなんだ。早く片づけてもらいたいし、それもできるだけキレイに、残さず食べてもらうよう、こうする。チベットの鳥葬もおなじことをするそうだ」




