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15.猿噛み島に着く

 いかんせん船は四.六トンクラスと小さく、ごく近しい身内しか同乗できない。咲希と交野、清彦、若い漁師二人と平泉が乗りこんだ。みすずは心労がここにきてこたえ、とても立ち会えないと辞退を申し出た。誰も異論をはさまなかった。


 霊柩車のドライバーは彼女を助手席におさめると、そのまま実家へとって返すことになった。

 去り際、咲希と交野に向かって、

「お父さんの最後、しっかり見届けてね。平泉さんならちゃんとしてくれるから」と、謎めいた言葉を投げかけてきた。


 平泉は上着を脱ぐと、すぐ船をスタートさせた。

「交野さんよ、まだ野辺のべ送りの途中だ。ぜったいうしろをふり返っちゃならねえぜ」

「野辺送りとは?」


「なんでい、野辺送りぐらい内地でもいっしょだろうに。それとも、野辺送りすら廃れちまった風習なのか。時代錯誤だと、ひと言で片づけるのは傲慢な発想だぞ」

「とにかく、うしろをふり返ってはダメ」と、咲希がとりなした。「ふり返れば、死者の魂が生家に帰り、災いをもたらすっていうそうよ」

「そんなのはじめて聞いた」




 それ以後、誰もがかたく口を閉ざした。

 いつしか雨はやみ、鈍色とすみれ色がまじった空模様となり、不安定な大気に包まれた。

 交野は船首に立ち、荒れる風に髪をくしけずられながら、はるか前方を見すえた。目指すべき無人島のシルエットが遠くにかすんで見えた。


 海は濁った灰色で、片栗粉のスープのように淀んでおり、船はそれを引き裂くようにして突き進んだ。

 十分も船に揺られていると、くだんの猿噛み島が視界いっぱいに広がってきた。

 これといって特徴のない小島だ。


 陰気な岩塊に、色とりどりの森が瘡蓋かさぶたのように貼りついているだけだ。波打ち際では荒々しい岩礁が、まるで巨人の前歯のようにならび、白波が砕けている様子からしておいそれとは近づきがたい。

 島の中腹だけが妊婦のそれのようにふくらみ、こんもりと木々が繁茂していた。カツオドリの巣でもあるらしく、上空では白と黒のコントラストがおびただしいほど飛び交っていた。


 平泉はかじを右へ切った。島の側面にまわりこむと、古ぼけた鳥居が見えてきた。手前はコンクリートで固められた波止場になっていた。

 船はそこへすべりこんだ。


 平泉が鷹揚たる口調で、

「さて、到着しましたよ、みなさん」と、言った。

「直哉、またあなたの力がいるから、お願いね。デスクワークの仕事ばかりしてたから、たいへんでしょうけど」

「らしいね」


「手順は聞いてるか」と、平泉がエンジンを切り、ぶっきらぼうに交野に言った。

「いや、細かいところまでは聞いてない」

「難しいことはない。我々がやるべきことは、親父の棺桶を、そこの掘っ建て小屋の横まで運ぶだけでいい。あとは自動だ。……どうだろう、上でも力仕事があるんだっけか」と、清彦が指さした先に鳥居があり、それをくぐった延長線上に鬱蒼たる森にかくされたプレハブ造りの小屋があった。小屋のわきには細いレールが上へ向かって伸びていた。


 平泉が腕まくりしながら、うなずいた。

「そうだ。上でもしばらく、みんなの力を借りねばならん」

「それ以降は平泉さんの仕事だ」清彦がぼそりと言い、上着を脱いで操舵室の壁にかけた。

「では、さっそくとりかかるぞ」


 またしても男だけで棺を持ちあげ、小屋の横まで運んだ。小屋の左側には、急な石段が三〇メートルばかり上まで続いている。交野は見あげ、かるくうめいた。

「心配しなさんな」と、平泉が背中をどやした。「昔はみんなして棺桶をかつぎ、汗だくになってこの階段をのぼったもんさ。それも、さすがにこたえてな。最近じゃ年寄り連中も多いことだし、葬儀の数もふえる一方だ。人間がコロっといきがちになる季節――つまり十二月だと、四回あった年だってある。そんなわけでコイツを備えつけたわけよ。こうでもしないと、元気な者が健康を害しかねないからな。おれたちが倒れたら本末転倒だ」と言い、石段に隣接する形で伸びるレールと、荷物を運搬するモノレールのカゴを指さした。


「勾配のきつい果樹園で活躍しているやつか。見たことある」と、交野は言った。

「もとはなにもない無人島だったが、人間さまが都合のいいように手を加えている。神聖な島とはいえ、時流には逆らえないってことさ」


「すなおにありがたいと思うよ。おかげで筋肉痛に悩まされずにすみそうだ」

 遺体の頭側を斜面の上方にして、棺をモノレールに乗せた。安全ベルトまで備わっていたので、白木の箱を据えると、すぐ固定された。

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