12.「とても正視できるものじゃない」
「そうだったのか。おれはてっきり」
「てっきり、なによ」
「いや、洗練されたところがあったから、もとから東京の人間だと思ってたし、仮に地方からきたとしても、まさかいやで飛び出したなんて思わなかったんだ」
「理由はほかにもあったんだけどね。父と、ちょっとした確執があったの。どこの家庭だって、大なり小なりあるでしょ」
「大なり小なりな」
「でもふしぎね。長いあいだ故郷を離れ、客観的に地元のことを考えてるうちに、こんなちっぽけな島でも、いとおしく思えてくるものなの。野蛮な風習があるのはネックだけど」
「そうかもな。風習だけはともかく」
「わたしは結局、この土地に縛りつけられたちっぽけな人間にすぎないのよ。あれほど都会に慣れ親しんでいながら、一方でいつかこの土地に戻りたい、いつ戻るつもりだ、と気持ちがせめぎあってた。父が亡くなったことは、わたしにとって帰ってくる口実になったわけよ」
「余生はここでスローライフするのも悪くない」
「じっさい暮らすとなると、貧しい生活を強いられるでしょうけど。でも、まだその時期じゃないと思う」
「だったら、もう少し年をとってからで、よしとするか」
「それよりも明日をどう乗り越えるかが先。明日はいよいよ告別式でしょ」
「ああ、式の終わりには、猿噛み島へゴーってわけだな」
「出棺するとすぐ、お父さんは猿噛み島へ運ばれるの。ごく近しい親族もいっしょに棺をかつぎ、島に渡るのよ。……たまらないわ。子供のころ、親戚のおばさんが大腸がんで亡くなったとき、島へ同行したことがあるけど、そこでなにが行われてるか、一部始終を目の当たりにした」
「そうなのか」
「とても正視できるものじゃない。子供の眼にふれさせるべきではないと思う。あれは情操教育上、いけないと思う。チベットの鳥葬の手順って知ってる?」
「くわしくは知らないが、ハゲタカが食べやすいよう、あらかじめ遺体を裁断してしまうんじゃなかったか」
「まさにそれ」と、咲希が交野の方をふり向き、言った。「はっきり言って、トラウマになるほどショッキングな光景よ。どっちにしても、出棺のときはわたしたちも同行しないといけないから、いやでも眼にすることになる。いまはとても口で言い表せない。とにかく心の準備だけはしておいて」
「そんなこと言われると、今夜は眠れやしない。どうせなら直前で教えてくれた方がよかったのに」
「直前だなんて、むしろ、あなたに怒られちゃうかも。なんでもっと早く言ってくれなかったのかってね」
交野は天井の一点を見つめたままうなった。
「こうなったら、眼をつむってやりすごすさ。怖いものは眼をそむけるにかぎる」
「そむけることができればいいけど」と、咲希は弱々しく言った。それを境に、なんだかんだ言って二人は昼間の疲れも重なったせいか、いつしか鎧戸のようにまぶたが落ち、しずかな寝息を立てていた。




