第七話 - 二人の居場所/2
それを、スコールという存在の姿を真似た人形だとしても、レイジの従える多くの剣たちは期待を膨らませていた。いきなり消えてしまった主が帰ってきてくれるのではないか、ドタバタでも楽しかったあの日々に戻れるのではないかと。
「いくなよ、お前たち」
レイジの制されても剣からあふれ出る思いは変わらない。気配で違うと分かっていながらも理性は彼のもとへ行きたいという思いに呑まれかけている。
創った剣が精霊となって意思を持ち、自ら望んで人を捨て剣になって、天使や悪魔などのもとから精霊に近い存在が姿を変えて。レイジの従える剣は鋼を鍛えて創り上げたものだけではないのだ。それぞれの理由で預かった物、というよりは保護している存在が多い。
『紛い物だね、消すよ。何人目だろうか……そう、この前もラクバールの基地で見かけて、そのままやりあった』
通信機から流れる平坦な声。強い失望が溢れる沈んだ声。
『ねぇ、君は――』
離れた場所で火柱が上がった。
空を飛び回るエアリアルフレーム……すでにラクバール側に制御を奪われてしまっているそれが、民間人に対して燃料タンクを投下し、それ目掛けて発砲して爆破している。
「フラン、撃ち落とせ」
『狙いが付けられない』
「だろうな……クロード」
『ジャミング圏内だよクソッ』
「イチゴ」
『路地にいる、ここからじゃ狙えない』
「……フラン、お前が一番高いところに居るな」
『そうだけど?』
「後の指揮は任せる、以後通信には参加しない」
『はぁっ!? ちょ』
スイッチをオフにしてレイジは行動を始めた。
昔から独りが好きだった。群れて行動するよりも単独の方が結果もいい……代わりに周囲からは面倒なやつと思われてしまうが。だけど、それでも必要とされていた。一人で何でもこなす駒というのはすべての代わりとして使える、単なる兵士でも単独敵陣に踏み込めば化けるものだ。
ポケットから端末を取り出して、アプリを起動する。自作の物で飾りっ気は一切ない、あるのはただ登録したシグナルマーカーの方向と距離を表示する機能だけ。一本の矢印とメートル単位の距離表示、示す先はビル群の中の一つ。あそこにヴァルゴが囚われている。
あのスクラップ屋で修理したセクサロイドは、レイジの抵抗虚しくインストールされたAIヴァルゴによって自己改造の末に完全な別物にされていた。レイジの見た目よりも性能優先デザインはことごとく破壊され、獣耳や尻尾、胸や髪の長さ、搭載する機能が端から変更されて、せめてIFFやらのマーカー類だけは外すなと数時間にもおよぶロジカルバトルでシグナルマーカーは勝ち取った。
……女性型のクオリア搭載型AIの考えることは理解できん。それが率直な感想であり諦め負けたことの証明であった。
「さてと、あの辺にいりゃあいいんだが」
助けないと言った手前、助けない。そういうことではなく本当に助ける気がない。ネットワーク上に本体を置き、用途に応じて端末に複製を送り込んで操作するという特性上、端末がいくら破壊されようが困らない。今回の場合はタダ同然のスクラップを修理しただけなので、失ったところで痛手がない。
……というよりも、基本的にレイジは中古品には入れ込みがない。その場しのぎで使えればいいな、そんな感じで中古の武器や道具を使う。エアリアルフレームに関しては動くようにして試験飛行、帰ったらそのまま売却する予定だったが、諦めるしかないかと少し残念に思っている。
受けた依頼三つのうち、一つはもう違約金を払う前提で考える。配達は終わった、エアリアルフレームの納品は無理、最後の依頼は……正直やり切る自信がない。
「行きますかねぇ」
ビルを目指して行動を始める。市街地側だから防衛ラインがあるかと思いきや、前線に出ているのか閑散としていた。敵に見つかったところで問題はないか、そんなに風に気楽に考えながら進んでいればまたも遭遇した。
「ヴァンガード……」
一瞬の視線の交差。そしてヴァンガードがいきなりビル目掛けて走り出し、レイジも遅れまいと走る。
連れのリアガードはどうした? 疑問に思いあいつが出てきた方を振り返れば破壊の跡があった。召喚光が虚空に溶け、壁に背中を預ける黒装束の青年がいる。
二対一でやりあってよくやったな。思いながら前を見ればヴァンガードにもかなりの傷がついていた。逃げた理由はそれか。
「ネーベル、よくやった。あとは任せろ」
聞こえるような距離でもないのに、思いが伝わったのか弱々しく手を振っていた。彼も彼で重傷だ。物理的な怪我ではなく保有魔力のほとんどを使い果たしが故のガス欠状態。魔神と呼ばれるほどの存在であっても、アレには敵わない。
いくら紛い物でも、最終的にアレを仕留めることができるのはアレ自身なのだから。
追いかけてビルに向かえば、先に入ったヴァンガードが自動ドアに鍵を掛けていた。体当たりで壊せるようなやわなものではなく、路上のゴミ箱を叩きつけたところで傷が入るだけ。
「アトリ」
名を呼べば一振りの剣が姿を見せ、レイジの手に収まる。ほんの数日前に仮契約を済ませたばかりの剣ではあるが、以前の所有者はスコールその人。剣の方から他人のモノになりたくない、もうスコールのもとに戻れないのならと、そう言い出してきた数少ない例だ。
剣を撫でるとレイジは思い切り振りかぶって叩き付ける。刀のように硬くなく鋭くもない、しかし粘りがあってある程度の鈍器になる。
中に入れば階段を駆け上る音が響く。
エレベーターで追い抜くか。一瞬考えこそしたが、やり口が同じならば罠が仕掛けられているだろう。追いかけるのも同じ。フロアをぐるっと回って別の階段から追いかけた。
三階に上がった頃に突然火災報知器が鳴り、防火シャッターが下り始める。遮断したところで剣で破壊できるから意味などないだろうにと、そう考えて四階に上がって思い出した。確か前にこうやって遮断して毒煙仕掛けたような……。
「だぁクソ。分かるが厄介だな」
自分が苦手とするのは自分と同じやり方。
シャッターが閉まり切る前にフロアに滑り出て、適当な部屋に押し入ってティッシュとホチキスと輪ゴムを集めて簡易的なマスクを作る。何もないよりはマシだ。ついでにほうきを拝借してフロアに出る。
エレベーターから少し離れた位置で呼び出しボタンを押す。数秒待てばポーンと音が響き、ドアが開く。
見た感じでは何もない。何もないがほうきを放り込んでさっと隠れたら爆発した。
「…………。」
何を仕掛けやがった? レイジの思いつくところでは外から見えない死角に刻印魔術でも刻んだことくらいだ。
もう一度、通路にあった観葉植物を放り込んでみる。何も起こらないこと確認してエレベーターに乗り込んで、ボロボロになったスイッチを感電覚悟で押す。ドアが閉まらないが動き出した。
「行けるとこまで行くとして。まだ上には行ってないだろうからいきなり爆破は……あるか!」
だいたいビルの真ん中あたりだろうか。そこまで上がったと同時にフロア側から爆発した。
レイジはポケットに仕込んでおいた術札で咄嗟に障壁を張って防ぐが、心臓がばくばくしている。いつもやっている側だからこそ、防げはするが怖い。
手札はすべて知っているが、多すぎて組み合わせの予測が追いつかない。とりあえず防げる、それで対応していれば先に手札が切れる。爆発を指向性爆発で相殺するなどしなければ障壁の札が全然足りない。
結局障壁を張りっぱなしで行けるところまで行って、下りてみれば追い越したようだ。
吹き抜けから下を見れば警戒しながら進む音が見える。
「反撃するか」
十八番は待ち伏せ苦手は正面衝突。
レイジはフロアのあちこちに下方向に爆破札を貼り付けて、階段に爆破札とワイヤートラップと魔術式オートタレットを仕掛けた。
しばらくは待ちだ。札の位置と番号はすべて記憶している。わずかな音で位置は分かる。上がってきたら踊り狂ってもらおうかと。
……甘い考えだった。エレベーターシャフトから上がってきて、ドアを吹き飛ばして出てきやがった。
「無駄か」
さっきエレベーターで罠を使ってきたから、同じようにされると思って使ってこないと思っていたのがダメだった。
一気に起爆してフロアごと落とした。視界を覆う砂煙の中で別の爆発が起こる。吹き抜け側からだ。見れば足に爆破の札をつけて、それを爆発させて上階の登っていく姿がある。
痛みを気にしなければ治癒の札ですぐに治すことができる。自己犠牲で避けていくか……。
追いかけようと階段に向かえば上から魔法弾が落ちてきた。見た感じ爆破魔法だろうか、術札一枚で手榴弾になるから数はまだまだあるだろう。
一旦下がれば続けて三つほど落ちてきて、階段そのもの崩落させる。
「やりやがったな」
下から同じものを投げ返してやれば逃げる足音が聞こえた。しめたとばかりに逆方向に走って階段を駆け上がる。上がり切ると同時に射撃系で何か来るだろうと予測し、障壁を二重に張って身を出せば砲撃系が来た。追加でベクトル拡散を発動して砲弾を弾き飛ばすとビルに大穴があいて風が入ってくる。
「お……おぉ」
弾けるとは思ってなかった。
良くて飛ばされて壁と砲弾にサンドウィッチにされるかと、覚悟していたがもしそうなっていたらペチャンコだ。
術札を二枚取り出して、対艦用の砲撃を放つ。同じように弾かれて穴が二個増えた。その向こう側に召喚光が見えた。
「ヴァルジナル……? 広域制圧型か」
通信機のスイッチを入れて、念のために警告を飛ばす。
「お前ら一旦障壁に閉じこもれ!」
すでに何かしら対策をしているだろうが、本当に念のためだ。あれの恐ろしさはよく知っている。大型浮遊都市を落とすときなど、大規模な戦闘で見かけるものだ。
「ラクバールの連中どっから召喚石を仕入れやがった……」
障壁を維持しながら吹き抜け横の柱に隠れる。チラッと見れば相手も上に行こうかまだ動かないかで隠れたままだ。膠着状態は好まない。真上に術札を放って射撃系で乱射する。
それでも相手は無闇に動かない。自分と同じ戦闘方式はとてもやりづらい。
向こうも無駄と分かって撃ち返してこない。その静寂は階下から響く足音に掻き乱される。そっと見下ろせばラクバールの兵士たちばかりだ。
「民間人は放置か、軍の役割を放置するなら潰しても構わんな」
術札を切って、時限式の爆弾を十個ほど投下した。意図的に注意を反らして、相手の有利になろうが膠着状態を崩す。
「動いたな……最上階まで行く気か?」




