第三幕“新たな道筋„
「せん、ぱい……黒雨先輩……ッ!」
祐兜が戻ったそこには弓を携え、ボロボロの姿で公園の花壇に寄りかかる黒雨の姿だった。
「ん……祐兜、くん……? よ、良かったぁ無事で……」
「先輩、気をしっかりして下さい……ッ」
祐兜はそう声を掛けると背負っていた本宮をそっと地面に寝転がせ、黒雨に寄り添う。そして優しく抱え上げる。
「大丈夫、ですか……やっぱり無茶だったんですよあんな数の敵を一人でなんて」
「何言ってるの、よ? ……祐兜くんこそ無茶してるじゃない、お互い様……だよぅ?」
「先輩……」
「祐兜くんはかすり傷ぐらい……みたいね? ふふっ、やっぱり君は特別なの、かな? そんなことより、本宮くんを治療しなきゃ……だね……」
黒雨はそう言い無理やり起き上がると本宮に近寄り、刺された傷跡に手を添える。
「……酷い傷、凄い出血。彼が一番の重症かな……でも脈はあるし、傷を塞がなきゃ」
黒雨が手を添えるとその箇所がじわじわと薄い氷が覆い始める。その氷は本宮の腹部の血を凝固させ止血の役割を果たす。
「黒雨先輩の力には……そんな使い方もあるんですね……」
祐兜は納得していた。そして実感する、その使い方が出来る奥底には黒雨自身の持つ施しの精神があってからこそだと。
「これで、よし。でもこの使い方は自分には出来ないのが難点だけどね……。さぁ、帰りましょうか……私たちの場所へ。祐兜くん、本宮くんを連れていけるかな?」
「はい、大丈夫です……でも黒雨先輩は?」
「私は何とか大丈夫だから……、って祐兜くん、その刀はどうしたの?」
黒雨が指摘したのは祐兜が檜山蜻蛉から入手したゲンラギの事だった。
「こ、これは魂狩りを操っていた人物から手に入れた……ものです。やっぱり僕のこのキサラギを初めとした刀たちには僕の何かに関わるものがあるんです……自分でもまだ全然それが何なのかは分からないんですけど……」
「ふーん、でも祐兜くん前の祐兜くんと別人みたいな目……してるよ?」
「そ、そうですか……?」
「そうだよ? 何かこう、少しずつ自分に自信を付けていっている……そんな様な気がする」
「先輩がそう言うなら、きっとそうなんだと思います。でも怖いです……自分が自分で無くなる気がして」
「大丈夫だよ、そういう時は私がブレーキ……代わりに踏んであげるから、さ?」
「……先輩ッ」
「あのー、盛り上がっている中悪りぃが……下してくれ。死んだと自分でも思っていたがお陰様で大丈夫そうだ」
「……あ、れ……本宮先輩。……無事なんですか……ッ!?」
祐兜は本宮のその一言に驚き、勢いよく背中から放してしまう。
「あのなぁ、けが人の扱いが余りにもひどくねぇか? まぁ二人には感謝しているがよ……これ、有難うな那須野」
本宮はやれやれとそう言うと先ほどの黒雨が止血として纏わせた氷を指さす。
「いいえ、とんでもないよ? でもこれで私たちの協力関係もここまでって言いたいんでしょう? 本宮くん?」
「あぁ、全くだ。このままお世話になる訳にはいかねえんだ、俺には俺の打ち出の小槌を追い求める理由がある。お前も魂狩りを倒して仇を取るだけじゃ満足してねえみたいだしな……そして梔、お前にも戦う理由が見つかったみてえだし次からは敵だ」
「そ、そんな……」
「……あんまり悲しむなよ梔。だが気を付けろ、どうやら儀式の参加者はお前らの身近なところにいるみたいだぜ? なぁ……そこで盗み聞きしているお嬢ちゃんよ? 俺はどう考えても分が悪いからこの場を去らせて貰うわ」
本宮はそう言い残すと以前、祐兜が見た時の様に凄まじい跳躍で木々の上へと飛び移っては姿をあっという間に眩ました。
「ねぇ、そこに誰かいるのかしら……?」
黒雨は本宮が向けていた視線の方へそう語り掛けるが返答は勿論ない。そしてその返答の代わりに黒雨に向けられたのは黒く艶やかな一つのクナイ。そのクナイは本宮が声を向けていたところから黒雨に向けて鋭く飛翔し、直ぐに突き刺そうという勢いだ。
「……んなッ!」
黒雨もその向けられたクナイに油断しており、反応しきれず避けることが出来ない。だがその何者からの攻撃に一人油断せずに警戒していた人物がそこに。
「せん……ぱい……ッ!!」
祐兜がそう言うと既にその手にはキサラギが握られており、そのキサラギはまるで自分の意思を持つ様にそのクナイに向けて動き、クナイをいとも簡単に弾く。
「……だい、じょう……ぶですか?」
「私は……大丈夫だけど、祐兜くん……その腕……」
黒雨はそう言うと祐兜の腕を見やる。その腕はキサラギから腕にかけて巻かれているチェーンが異常にきつく巻き付き、皮膚が今にも割けそうな状態であった。
「ははっ、何だか……やっぱりこのキサラギはただの、刀じゃ……無いみたい、です」
祐兜はチェーンの巻き付いたその腕を抑えつつ、地に膝を付く。だがそのクナイは一本だけでなく更に何本も黒雨の元へと飛翔してくる。
「クッソ……ッ!! キサラギ、いけェ……ッ!!」
祐兜の叫び声と共にキサラギは黒雨の目の前でプロペラの様に旋回をして盾となり、飛んでくるクナイ全てを弾き返す。その間もキサラギは使用者の祐兜を苦しめる。
「へぇ……何だか面白そうじゃないか、私も混ぜてくれよい」
その声と同時、祐兜と黒雨は業火に囲まれる。それはクナイを放ったであろうその人物も同様にだ。
「この声……そしてこの燃え滾る炎……まさか……」
「ほう、覚えてくれていたとは流石、那須野の嬢さんだ」
「お前……は……ッ!!」
「はは、無様よのう……その地に付いた足。そう、私は光冥院明秀……改めてお目にかかれて光栄だよ……」
「うるせ、ぇよ……何しに来たんだよ?」
「いやぁ、君には付けられたこの傷の借りを返そうと思ったんだがねえ、邪魔者が居たもんでなぁ……どかさせて貰った訳よ」
「邪魔者って……」
「……そこの木陰に居た奴の話だよ? 君たちに影から攻撃しかしないとは本当に情けないよねぇ?」
「やっぱり本宮先輩の言う通りだったのね……」
「本宮だか誰だかは知らないがそこに居た奴の姿はもう無い……、さぁ? 決着を付けようか梔祐兜……ッ」
「……ッ、そういう、お熱いやつ……今は勘弁願いたいんだが……」
「お熱いとは……舐めた口を利くんじゃない、そして君のコンディションは最悪の様だが……私には関係ない事だ」
「うるっせぇ……あんまり僕を……俺を怒らさない方が良いよ? ……光冥院明秀」
「そうだ、その目だよ……私はその目をその顔の君を待っていた……こうして君と刀を合わせるこの時を……待っていた……アッ!!」
光冥院がそう言うと同時、光冥院は振りかざしていた炎をその備前千景に凝縮させ祐兜へ刃先を向ける。
「……そうか、じゃあ勝手にお前だけで盛り上がっておけ。……先輩、お願いしますッ!!」
「……ええ、私に任せて! ……今度は私が貴方にやり返すよ? ……覚悟しろ光冥院明秀ッ!」
祐兜が黒雨に合図を送ると待ってました、と言うように黒雨が手にしたその弓を引き光冥院に向けて解き放つ。
「……へぇ、そういう判断か悪くないが……甘いね? 前にも言った気がするが氷と炎は……」
「……相性が悪いでしょ? けどご生憎様、私は貴方を狙ってはいないわ」
「なん、だと……ッ!!」
黒雨が解き放ったその氷の矢は光冥院の足元に突き刺さり、その矢から氷が地面へと伝染、光冥院の足を凍らせ身動きを封じる。
「だがこんなものでは……私は……ッ!!」
光冥院はその凍った自らの足に刀を、備前千景を突き立てて炎を纏わすがその氷は溶けようとしない。
「その氷は特別製なの……。 じゃあね、光冥院さん……無様なのは貴方でしたね? さ、祐兜くん……帰るよッ!!」
黒雨はそう言い残し、祐兜に肩を貸してはその場を去る。その間、光冥院は二人をにらみつける事しか出来ずにいた。
***
「痛……ッ!!」
黒雨は祐兜ともに神社の境内へと戻るとすぐ、酷く腫れ上がるその腕を包帯を巻きながら処置をしていた。
「祐兜くん……この君の刀、君を苦しめているだけだよ? ……所々皮膚が凝固かな? なんか固まってきているし……これ以上ハードな戦いをしていたらいずれ……」
「黒雨先輩、大丈夫です。……僕はこれで良いんです、こうでなければ先輩の役に立てませんし、何よりこれは僕が望んでやっているんです。この身が引き裂かれようが動かなくなろうが僕は……俺は戦います。戦う事が、自分を強くするんです」
「そっか……そうだよね、ごめんね私……。私には私の、君には君の戦う意味が、儀式に臨み叶える夢があるんだもんね」
「……はい、そうですよ。戦わなければいけない理由がある、それだけで十分です」
祐兜はキサラギをそっと地面に置いた。そして黒雨の方へ向いて口を開く。
「自分が求めるのはあと四本の刀、先輩が求めるのは打出の小槌。それを目指すには今のままではダメだと思うんです、少し休息を取りませんか? 今の俺達は、ボロボロじゃないですか」
「ふふっ、そうね。祐兜くんってどんどんカッコよく……頼りになっていくね? 私、嬉しいよ? その姿をこんなに身近に見ていられるんだから」
「ん……ッ、先輩……」
黒雨はそう言うと木漏れ日が差し込む境内で歌を口ずさんだ。その華麗な歌声に応えるかのように木々も揺れ、祐兜の瞳にはその姿がとても神々しく映る。祐兜もその黒雨の横に居れることがとても誇らしく、嬉しく感じた。
***
「あぁ……また来たのかよ、アイツ」
「ねー? 最近見なくて良いなぁって思ってたのに何なのよ」
「ほんとアイツは目障りだよね~、消えてくれよ」
あーうるさいなぁ、俺が君たちに何か悪いことしたかよ……と祐兜はそのヒソヒソ声にあきれる。そう、授業中だろうが祐兜に対するクラスメイト達の応対は変わらなく当の本人以外でSNSのグループが出来るほど嫌われているのだ。理由は祐兜が高校一年の時からのいじめであり、それが少しずつ拡大していっては助ける者もおらず見過ごす者ばかり。現代のいじめは助けるとその人さえいじめられてしまう、というのを祐兜は知っている。それは祐兜が中学生の頃に経験済みだからだ。自分以外のいじめられっ子を作らないためにも祐兜は誰にも頼らず、生活してきたのだが……そこに那須野黒雨という、中学生の頃に聴き惚れた音楽グループのボーカルが現れた。祐兜には無意識に彼女という存在がが心の支えになっていた。そして彼女を含めた、一振刀選の儀が自分の居場所だと実感していた。
昼休みの開始を知らせるチャイムが教室、校内に鳴り響く。そのタイミングと同時、祐兜の携帯にもメールの着信の音楽が流れる。その曲は祐兜が一番好きな曲であり、一人にしか設定していない曲だ。
「……黒雨先輩ッ」
そう、差出人は言わずもがな那須野黒雨。本文にはお昼ご飯を一緒にどうかとのこと。祐兜は迷わず指定された場所へと赴く。
「……来るの、早いね?」
「いやぁ、そうでもないですよ?」
指定されたのは陽射しの強い屋上で、エアコンの排気口の裏、少しの日陰のあるところで黒雨が寄りかかっていたところに祐兜は吸い込まれる様に隣に座った。
「にしても、良い天気がずっと続いてるよね……。そして平和な日々が、さ」
「……です、ね。儀式は真っ最中とはいえ佳境ですから、参加者同士が探り合って中々動けないでいるみたいですよね」
「探り合い、かぁ。なんか苦手なんだよね……私、そういう神経使うようなさぁ」
「と言われても、現状その通りの事をしなければですから」
「……でもなぁ。っていうかさ、祐兜くんそんなコテコテの敬語じゃなくても良いんだよ?」
「でも、黒雨先輩……」
「いいのっ! だって私が同じ高校に入ったのって……」
「……入ったのって?」
「ううんっ、何でもない……だけど私が同じ高校だろうとなかろうと私たちはもう共に戦っているパートナーじゃん? だからもう少し身近に感じたいっていうか……」
「黒雨、先輩……」
「だから……ね?」
「はい、分かった、ですよ……黒雨先輩」
「ふふっ、有難う。じゃあその祐兜くんに少し……相談があるんだけど」
「……相談、とは?」
祐兜がそう問いかけた黒雨は神妙な顔立ちになり、座っていたそのベンチから立ち上がる。
「あの、さ……私さ……あの戦い以降、誰かに付けられている気がするっていうか……その付けられてるの」
「それって、ストーカーってことです?」
「ええ、そうなるよね……」
「あの戦いって……光冥院が途中から混ぜろよと言ってきた戦いから、ですよね?」
「ええ、そうよ……そうなの……」
「嫌がらせとかは……?」
「ううん、そういうのじゃ無くって……人の気配がずっと私を追って来てるっていうか、さ」
「人の気配が追ってくる……?」
「そうなの、影が追ってくるって言ったら大げさなんだけどさ……」
「影が……追ってくる……あの戦い以降から……」
祐兜と黒雨の間にヒヤリとした空気が走るが、祐兜の脳裏にはあの時の姿の見えない影……攻撃が焼き付いていた。そして本宮と光冥院のそこのお嬢ちゃん、という台詞を。
「黒雨先輩……それって」
祐兜がそう言いかけたタイミングと同時に昼休みの予鈴が屋上に響いた。その事に黒雨はクスクスと手を口に当てて笑い、それにつられ祐兜も笑う。
「祐兜くん、続きはあとで……かな? 放課後はもちろん空いているよね?」
「はい……ッ! もちろんです!」
そしてこの場は一旦解散となった。その後祐兜は二時間の授業を経て放課後になり、終礼後にまた携帯に設定したskepticの曲が鳴る。
「えっと……ちょっと時間が掛かるから迎えに来て、か……」
祐兜には仲の良い友達と言える人物が居ない。初めは居た……のだがその人物こそが祐兜の受けているこのいじめの黒幕だと知ってからクラスメイトや学校の生徒との縁をシャットアウトしてどうにか生活しているためにまず、上級生の階に行くことすらなかったのだ。
「あんまし校内うろちょろしたくないんですけど、先輩が言うから仕方なくいきますっと……送信」
そう呟くと机に置かれた灰色のバッグを手に取り黒雨の居る階へ。上級生のいる階は教室しかなく、黒雨のクラスはどうやら階段に一番近かったクラスだった様で祐兜はほっと息を吐きつつ、中の様子を伺った。教室内では窓辺の席にいる祐兜を呼び出した張本人、黒雨がおり、その周りを男子生徒が囲っている。その様子を祐兜が目撃したと同時、また祐兜の携帯にはメールの着信が。その内容は「まだかな?」との一言で祐兜はこの状況を打破するために自分を呼んだのだと確信した。
「先輩……ッ! 黒雨先輩ッ、来ました……!」
祐兜はこの行動が自分らしくない、と分かっていながらもその黒雨のいる方向へ叫んだ。それを聞いた囲っている男子生徒たちの視線も自然と祐兜に集まる。
「祐兜くん……、来るの遅いよッ!」
その祐兜に応える様に黒雨もその場から立ち上がっては駆けだして、祐兜の手を取る。
「先輩……ッ?」
「ま、また部活動の勧誘だよ……もうしつこいのあの人たち……」
「……話なんか聞かなきゃ良いじゃないですか」
「い、いやでもそれだと……申し訳ないじゃん?」
「はははっ、先輩やっぱり人が良すぎですよ……」
「もう、でもっ……良いの! 祐兜くんが迎えに来てくれたしさ!」
「迎えに来たというか……呼ばれたというか……」
「気にしなーい気にしないっ! さっ、帰りながら昼休みの話の続きをしよっ? ……どうせ帰る方向同じだし、同じ敷地内だしっ」
祐兜は黒雨の言う通りだと思い、心を入れ替えて昼休みの続きの話を始める。
「えっとですね、もう面倒くさいので単刀直入にですけど……恐らく黒雨先輩を追いかけるそのストーカーも儀式の参加者なんじゃないかと……」
「……えっ、それってもしかして」
「はい、黒雨先輩……部活動以外にも狙われてるってことですよ」
「その顔……祐兜くん、心当たりがあるのね?」
「あの時の戦いを思い出してくださいよ、本宮先輩が撤退しては光冥院が乱入してくる前に自分たちは何を相手にしていました?」
「あ……、姿の見えない敵からの攻撃……大量のクナイ……」
「ご名答です、そしてその攻撃は全て僕でもなければなく本宮先輩でもない、黒雨先輩を標的としたもの。つまり、先輩は狙われているんですよ」
「確かに、確かにそう考えると全てのピースが繋がる……」
「……そこでなんですけど、恐らくそのストーカーは黒雨先輩の事を逐一確認しているという事を利用した策が……あるんですが」
「それってどういう……」
祐兜は思いついた作戦を黒雨に告げるとその決行は早い方が良いとの結論に至り、その深夜に祐兜考案のストーカー捕縛作戦は行われる。その作戦概要は単純でいつものように黒雨が夜に神社の境内を掃き掃除をする。その後に箒を置いては近所の公園へひた走り、その公園内の木々で周りが見えづらいエリアで祐兜と走るのを交代……つまり追いかけているであろう対象が違う対象になる、ということだ。下準備として祐兜と黒雨は七分丈にまくり上げたジャージに無地のTシャツ、黒のパーカー、無地のキャップと似たような恰好をし、早速決行となった。
***
「さてと……私はいつも通りいつも通りっと」
黒雨が箒を手に取り、日課である境内の掃き掃除を始めた。場所は神社の入り口にある鳥居から先へと続く石畳。その石畳は境内へと真っ直ぐに伸びてこの那須野神社の特徴と言える場所だ。少しして、黒雨は灯篭に箒を立てかけて掃き掃除を中断する。そして黒雨は近所の公園へとその居るであろうストーカーをおびき出す為に走った。
息を切らしつつ黒雨が目的の公園内の木々の多いエリアに入ると、草むらの中に潜んでいた祐兜とバトンタッチし、黒雨は草むらへ身を投げる。祐兜は黒雨と同じような速度で今度は誰も居ない暗闇の中の野球グラウンドへと走る。この際、黒雨の言っていた影が追いかけてくるようだという意味を祐兜は理解していた。見えないし音もないが、確かに居るとそう確信した。そして祐兜は目論見通り野球グラウンドの中央へ着き、そこで足を止めた。
「……はははっ、そこにいるんでしょう? ストーカーさんッ……ざーんねん、私は那須野黒雨でございません!! お願いします黒雨先輩……ッ!」
祐兜の合図とともに野球グラウンドに併設された大型のライトが点灯、グランドのピッチャーマウンドのある内野から綺麗な芝生のある外野まで、全てがライトアップされる。そしてそこには黒雨に扮した祐兜ともう一人の姿が。その姿を見た祐兜は思わず、身を引いた。
「え、黒雨先輩のストーカーって……女の子?」
そう言う祐兜の前にはボブカットで背丈は小学生くらいの、いかにも忍び装束というものを着込んだ少女が身構えていた。
「……女の子とは失礼なぁ!! 私はこれでも正真正銘、十八歳であるぞ!」
「十八歳……黒雨先輩と……同じ、そんな訳、ないだろ? 何言ってんのさッ、どこからどう見ても女の子じゃないか!! ……女の子供ッ!」
「んなッ! 女の子供じゃないと言っているであろう! 失礼やよッ!!」
「ほら……その口調と言い、良い子はこんな夜に居ちゃダメだぞ?」
「馬鹿にしおって……ッ! 問答無用……覚悟せいッ!」
祐兜の前に現れたその人物はそう言うと姿を一瞬にしてくらます。いや、くらましたのではない、人を超えた速度で祐兜の周りを旋回し始めたのだ。
「人を馬鹿にする輩は……一度痛い目を見ると良いやよッ!!」
そこで祐兜に繰り出されたのはあの戦いでも見かけた、クナイだった。それを確認したと同時、空から矢の雨が祐兜の居るその場へと降り注ぐ。
「さーてと、私のストーカーが誰かと思えば……あなただったとはね」
黒雨はそう呟くと、雨の様に降った矢が突き刺さるその場に駆け付けた。祐兜は矢の雨を確認した時に瞬時にキサラギを展開して矢を全て弾いた様で無事で、その場に居た少女と取れる人物も祐兜と同様に全てを回避し無事であった。
「ねぇ……? 椎葉小夜子さん、なんで私をストーカーしていたの? 教えて、やっぱり儀式の参加者である私を狙っていたの?」
黒雨はそう言い、その人物へ一歩ずつ確かに詰め寄る。だがその人物もまた祐兜にやった様に姿を消し、大量のクナイを黒雨に向ける。だが、その放たれたクナイは黒雨に刺さることなく全て祐兜の手にしたキサラギ弾き返される。
「……黒雨先輩には触れさせない。……くっそ、なんだってんだよ……またこの頭の痛みは」
キサラギを右手に持っていた祐兜は空いている左手で頭を押さえる。この痛みは檜山と対峙した時と同じ痛みであった。
「へぇ、そうやって君も私の邪魔……するのね。そうやよ、彼女が言う通り私の名は椎葉……小夜子。そして君は梔くん、なぁに? 私のこの刀が、欲しいの?」
「……ッッッ!?」
椎葉はそう言うと懐に携えた短刀を祐兜の眼前へともって、見せる。その刀は短刀ながらも細い持ち手から太く芯のある重厚な刀身が伸びている。その峰には華麗な装飾も施され、一目で業物で分かるように雰囲気を持っていた。
「そう、だ……その刀が……この痛みの、原因……ってことはそれは残された……七本の一つって……ことだよな」
「へぇ、でもあなたの持つその刀、化け物って言葉が相応しいやね」
「なんで、あなたが私を……? 答えを貰っていないわ、椎葉さん」
祐兜と椎葉の掛け合いを遮り、いつも見ないドスの効いた声音で黒雨がそう呟いた。
「椎葉さん……最近クラスで見かけないと思ったら……」
「……やめて。私はアンタが嫌いなの、名前を呼ばれるだけでも吐き気がする」
「なんでよ、私が椎葉さんに……何かしたの?」
「……自覚がないのね、ますます吐きそうやよ。私は、アンタのせいで……」
椎葉の言葉は続かず、椎葉はクナイをまた放り今度は接近してその手にした短刀で切り裂こうと超人的な速さで黒雨に詰め寄る。
「……やめろッ!!」
間一髪、同じタイミングで祐兜も反応して一瞬にしてキサラギが動き、クナイを弾いて持ち主の手に戻るとその手にしたキサラギで短刀を受け止める。
「邪魔を……するな……ァァァッ!!」
そのキサラギごと椎葉は振り払う。その短刀のキサラギを受けた切っ先は少し変色し、錆びついていた。
「私はぁ……私は、その女が嫌いで嫌いで仕方がない……ッ! アンタのせいで私の生活は変わってしまった……ッ!!」
椎葉の絶叫、黒雨は倒れ込んだ祐兜に近づき「ここはまず私が……」と言い椎葉に対峙する。
「私が……憎くてストーカーしていたの?」
「ストーカー? いいや違うね、あなたを倒すタイミングを伺っていたのやよ」
「……それは私が儀式の参加者だから?」
「それもある、が……アンタが学校であの時、私に施しをしたせいで他の奴らになめられ……馬鹿にされ……居場所を無くして……何もかも失ったのよ……ッッッ!」
「……施し?」
「やっぱり、アンタは良い人そうなのは見た目だけで中身は空っぽなクズ女やよ……ッ」
「……ッ!!」
椎葉は身を引くと地を蹴り、黒雨へ突進を仕掛けてくる。その速さはまるで音速のようでその手には短刀が突き出されている。
「この刀……姫柊で……ッ! アンタの息の根を止める……ッ!!」
「そう簡単に……やられるわけッ」
黒雨も椎葉同様、地を蹴って飛び上がる。その手に握られた弓に矢を五本一気につがえ、空中で椎葉に向け撃ち放つ。この間、数秒の出来事である。
「……チィィィッ!!」
撃たれたその矢を椎葉は後ろに宙返りし、その足で全て弾く。だがその出来た隙に間入れず黒雨はまた矢を何本も放つ……がそれさえも椎葉は次々に弾き、徐々に黒雨との距離を埋めてゆく。
「これで、終わりやァァァッ!!」
その叫びと共に距離を詰めた椎葉が手にした短刀は黒雨の首元へ差し掛かろうとしていた。
「俺がただ突っ立ってるだけと思ってんじゃねぇよ……ッ!!」
その短刀、ヒメラギは祐兜の手にする刀、キサラギに吹き飛ばされる。その光景に椎葉は焦りを隠せずすぐに身を下げる。
「邪魔をするんじゃ……ないやよッ!!」
「うるせぇ、少しは黙れ。お前が黒雨先輩に何かをされたかどうかは知らねえが、少なくとも俺達の前に立ちはだかっているっていうだけで俺の戦う理由にはなる……いいや違うな、お前の持つその刀……ヒメラギこそが俺の戦う理由だよ……ッ!!」
祐兜は既に目を見開いては戦闘態勢に入っていた。その勢いは手にしているキサラギも同調しており、祐兜とキサラギからは凄まじいオーラが発されている。
「なんなのやよ、その禍々しい刀は……本当にそれは刀なのか?」
椎葉の言う通りキサラギから腕にかけて巻かれている鎖はひどく締め付けており、そして祐兜が手にしていたはずのキサラギは気づけば手から離れていて、まるで刀自身に意思があるように空中に浮遊し、切っ先は鋭く椎葉の頭部を狙っていた。
「こいつは使用者の俺を苦しめる、が……そのリスクの分、相手の相性とか強さ関係なしに戦う事の出来る、立ち向かえる刀だよ。……んで、お前がそこまで黒雨先輩を憎む理由はなんなんだ? その復讐心には……正直俺にも分かるところがある」
「……えぇ? 私のこの気持ちが分かるって?」
「あぁ、そうだよ。俺は元々……というか今もいじめられっ子だよ。何だかお前からは似たような匂いがするんだ」
「アンタと私が同じ匂い……? ふざけるのもいい加減にしてやよッ、私は……私はッ、あの女に手を差し伸べられた……でもその手は取ってはいけない手だったんやよッ。わ、私があの女の差し伸べた手を取って以降、周りが今度は彼女や先生の見えないところで私に嫌がらせをしてきたの……それも今まで以上に。なのにあの女はいつもニコニコ私に近寄ってきて何事も無いように喋りやがる」
「そんな……私は……そんな……ぁ」
椎葉のその言葉に黒雨の手から弓が転げ落ちる。
「やっぱり自覚なんて無かったんやね、私を助けたつもりでやっぱりいたんやよ。アンタはただの偽善者やよ……何? 救世主になったつもりなの?」
椎葉はその黒雨を見逃さず、今度はどこからか出現させた多くの手裏剣を手に持っては凄まじい速さで放つ。
「……なーんだ、それだけの事でお前は頭にキてるのかよ。バッカじゃねえの……ッッッ!!」
祐兜も椎葉に並ぶ速さで瞬時に黒雨の前に移動しては全てその手裏剣をキサラギでそっくりそのまま椎葉に跳ね返す。
「……たったそれだけのこと、やってか? チ……ッ、ふざけるのもいい加減にしてやよ!」
椎葉は手に持つ短刀ヒメラギを振るい空を斬る。するとそこには凄まじい風が引きおこり手裏剣もろとも吹き飛ばしては祐兜も後ろへと飛ばされる。だが祐兜は飛ばされながらも椎葉に話しかけるのを止めなかった。
「あぁ、そうだよ。……たったそれだけのことだよお前は。俺はお前が羨ましいよたったそれだけのことで許されているんだからな……、んで、邪魔だよこの風……ッ!!」
祐兜がそう叫ぶと椎葉と同じように今度はキサラギを大きく振るって空を斬り上げる。すると椎葉の起こした祐兜へ向けた突風は見事にそのものごと吹き飛ばされる。
「お前は良いよ、俺はなぁ……お前以上の嫌がらせを今もなお受けてる。確かにお前の様に俺も復讐心を抱いたことだってあるさ……、だがなぁその復讐心はいずれ自分を苦しめるだけだぜ?」
「何を知った口を利くんやよ……ッ!」
「知った口を利いているように思われても仕方がないさ、だがなその復讐心なんてものは捨てた方が良い……自分がどんどんと惨めになっていくだけだ」
「うるさいやよ、アンタに私の何が分かるんやよ……ッ!!」
「あぁ、確かに俺はお前の事を何も知らない。だがな、お前も俺の事を知らないんだ。……俺の言いたい意味が分かるかお前に?」
「分かる訳なんて無いんやよ……ッ! 儀式に参加しているのなら私もアンタも敵なはずやよ……ッ」
「そうか……じゃあ、彼女を見てみろよ。黒雨先輩、那須野黒雨のあの姿を……さ」
そう言うと祐兜は黒雨の方を指さす。その黒雨は涙ぐみながらもその目はただただ、真っ直ぐに椎葉の方を見ていた。
「あの女が……私を……見ている……?」
「あぁ、彼女のあの目から何か感じ取れるものがあるはずだ。黒雨先輩は心の底からお前と……椎葉小夜子と仲良くなりたかっただけなんだよ。なんで君はその様な人物を勝手に恨み、勝手に復讐心なんて抱いているんだよ……ッ」
「私と……ただ仲良くしたかった……? 違う、違う……私はあの女のせいで……でも何なのこの気持ちは……」
椎葉はボソボソと黒雨に対する罵詈雑言を吐き続けるのだが、その言葉とともにその頬には涙の滴が垂れてゆく。
「私は……私は……」
「ほら、もう……さ、こんな馬鹿馬鹿しい戦いは止めようよ……椎葉さん」
祐兜は椎葉にそう囁くと一歩ずつ、重い足取りで近寄っていく。
「嫌……ッ!! 来ないで……ッ!!」
轟ッ、と椎葉の声と同時に四方、全方向に爆風が吹き荒れる。その風は公園内の木々をも吹き飛ばし地盤も剥がれ、欠けていく。
「……ッ!!」
その爆風に祐兜も立っていられず、思わずキサラギを地に刺し何とか堪えるのだがその爆風にはクナイや手裏剣が仕込まれていることに瞬時に気が付き、祐兜はその身を黒雨の元へ移動させそれを防ぐ。だがキサラギを持ってしても全てを防ぎきることは無く、弾く事の出来なかったものは全て祐兜の体に突き刺さってゆく。
「……祐兜くんッ!!」
「だ、大丈夫……ですか? ……せん、ぱい」
「私も……戦う、私が彼女と決着を付けなきゃいけないんだよ」
「……はははっ、せん……ぱい。黒雨、先輩。……大丈夫ですよ、もう決着は付いてます」
「え……それってどういう、意味?」
「そのままの、意味ですよ先輩」
祐兜がそう告げるとその爆風は徐々に無くなっていき、爆風で姿の見えなかった椎葉は地に尻を付き顔を手で覆って「……ごめん、ごめん」と呟いていた。そこにすかさず祐兜は近寄って椎葉の肩を叩く。
「椎葉さん、もう苦しむことはないよ。椎葉さんがいじめられることはもう、ないから。だから椎葉さんの戦う理由もない、よね?」
「う、ん……」
「椎葉さんは打出の小槌を使っていじめのない学校生活を取り戻そうとしていたんだよね? 確かにそれは一見、馬鹿馬鹿しい願いかもしれない。何でも叶える事の出来るものにそんな願いをするなんてってな」
「うん……うん……」
「だがこの願い、いじめのない世界を欲するというのはいじめを受けた事のある者なら誰でも理解のできる願いだよな……、俺にも分かるよそれ。だがないじめは無くならない、それがこの世の中だ。だけどいじめは減らすことは出来ると思うんだ。椎葉さんのその重荷は俺が代わりに背負うから、椎葉さんにはこの刀は必要ない、よな?」
「……うん、元々……この刀は君の物、なんでしょう? だからさ、返すよ……」
「……元々は俺の刀?」
「ほら、手を出して? このヒメラギを託すやよ、そうすれば全てが繋がるはずやよ」
「……全てが、繋がる?」
椎葉の差し出してきたその短刀ヒメラギを祐兜は手に取った。するとどうだろう、キサラギ、ゲンラギを手にした時の様に祐兜の脳内には暗がりで刀を打つ青年の姿が浮かんでくる。そしてヒメラギを手にしたことでその映像は鮮明になる。
「あの青年は……俺……?」
そう、暗がりで刀を打つ青年の姿は祐兜の姿そのものだったのだ。
「んな、馬鹿な……俺が……刀鍛冶を……?」
――そうだ、お前が七本の刀を造った張本人だ。
「またかよ……何なんだこの声は……」
――お前が造ったんだよ、七本の無銘の刀を。
「……俺が刀鍛冶を? 俺にはそんな記憶は無いよ」
――忘れるのも無理もない、お前の前世の記憶だからな。
「……前世の、記憶?」
――残る刀はあと三つ……賢柊、凶柊、神柊。早く取り戻すんだな、お前の物を……。
「ケンラギにキョウラギ、シンラギ……俺の、物か……」
――お前は一刻も早く、強くならなければならない。喰らうんだ、他の者の力を。
「喰らう……力を……」
最後に祐兜自身に聞こえたその声にそう呟くと同時、祐兜の腕に巻かれたキサラギの鎖は祐兜の皮膚に食い込み、同化する。
「俺は強くなる……まだだ、まだ足りない。力が、足りない」
酷い痛みを祐兜は受けているはずがその痛みは祐兜に関係はなかった。そしてその腕を見た黒雨は口を開く。
「祐兜くん……ダメだよ、もう君は戦っちゃいけない」
「……戦いますよ、俺は」
「……ダメ」
「戦わなくちゃ、いけないんです……自分の力を取り戻す為に」
「でも、その腕……多くの傷……無理よ」
「それでも、俺は……ッ! もう、いじめられるだけの弱い自分を捨てたい……ッ、捨てる事の出来る機会なんです……ッ」
「そっか……祐兜くん、本気なんだね? その目……その目だよ、その目は何一つ嘘偽りない目だもの」
「黒雨先輩、これだけはもう譲ることが出来ないんです。残る刀を取り戻さなければもう自分は自分で居られない……だから黒雨先輩、あなたは……あなただけは無事で居て欲しい。あなたは俺を立ち上がらせる力をくれた……歌をくれた恩人。だからこそ、俺を……見守っていて欲しい。俺はもっと強くなる……」
祐兜はそう言うと黒雨に一礼しては椎葉に声を掛ける。
「黒雨先輩を宜しく頼む……一緒に仲良くしてあげて欲しいんです」
「……梔くん、アンタはこれからどうするんやよ?」
「俺は……一振刀選の儀に本腰を入れます、そして残る刀を持つ者に会って……返して貰うんです」
「祐兜くん……それって……」
「はい、黒雨先輩……一旦あなたとは……離れます。全てを取り戻したその時に、先輩の願いの為、打出の小槌を必ず手に入れます……」
「嫌だよ、嫌だ……ッ! 私は祐兜くんと……ッ」
「……那須野黒雨ッ、梔くんも一人の男なんやよ? 彼の言い分や意思は理解してやるべきなんやよッ!」
「で、でも……」
「黒雨先輩……大丈夫、大丈夫ですよ。すぐに俺は帰ってきますから……ッ」
祐兜はそう言い残すと黒雨と椎葉の前から姿を消した。
***
その晩から、祐兜は那須乃神社にも顔を出すことはなかった。祐兜は一心不乱に儀式の参加者と戦ってはその相手の武器という武器、力という力をキサラギにぶつけては吸収させて相手の使う神具や宝具、武具に至るまで全てをキサラギにより錆びつかせ、劣化、最後には使用が不可能になるまで追い込んでいた。だがそのキサラギが祐兜の体を少しずつ石の様に凝固し蝕んでいくのもまた、事実だった。
そして椎葉との闘争から数日が経つ。祐兜の姿はいずれもなく、黒雨は椎葉との誤解を解いて関係を修復し何気ない学校生活を送る。だが黒雨は気づいていた、自分の中で祐兜の存在がどんどんと大きくなっている事に。
「那須野黒雨……? どうしたんやよ、そんなに固まって?」
「ううん? なんでもないの、大丈夫」
「ふーむ……梔くんの事やね?」
高校から家のある那須乃神社への帰路で黒雨の隣には祐兜の代わりに椎葉が寄り添っていた。これは椎葉が祐兜の言葉を単に守っているのではなく、祐兜が失踪してから落ち込む黒雨を見かねての行動だろう。
「へっ? ……祐兜くんのことじゃぁ、ないってば」
「何言ってんやよ、この間、ここは祐兜くんが生活してるとこだよって紹介してくれたあの物置小屋を神社に着いてみればいっつも眺めてるんやよ?」
「そっ、それは……」
「那須野黒雨、アンタが梔くんを好きなのは分かるやよ? だけどそんな簡単に好意を受け入れてくれるかねぇ、あの男が」
「いや、私は……ッ」
「へぇ、オメーが今回の姫御子ってか……」
黒雨と椎葉が帰路の交差点にある横断歩道を渡るとき、反対側から歩いてきたフード付きのパーカーを着た男がそう、黒雨の耳元に囁いては通り過ぎる。それに反応した黒雨は思わず振り返る……がそこにはその男が見当たらない。そして視線を前に戻すとそこには胸部を押さえては何やら苦しむ椎葉の姿があった。
「……椎葉さんッ!?」
「胸が……苦しい……何なんだ? 私はお前を許したはずなのに、許したのに……何でなんだ?」
「椎葉さんッ! ……気をしっかりしてよッ」
一瞬腰が抜けて地に膝を付けた椎葉だったが、そこから日頃身に着けているクナイを黒雨に突き刺した。
「んな……ッッッ、なん、で……」
その刃先は黒雨の脇腹にサクリと入った。そこからはじんわりと少しずつ血が垂れていく。そしてまた、黒雨の耳元に囁き声が聞こえてくる。
「かの、くノ一である望月千代女の力を持ってる奴でさえこんなザマか。はははっ、おもしれえや」
その声と同時、椎葉はその黒雨の脇腹に刺さったクナイから手を放して、まるで魂を吸い取られたようにその場に倒れ込んだ。黒雨はそのクナイを引き抜き、その外傷部を手で押さえ、地に崩れ落ちながらもその声の持ち主を見やった。
「さぁ、姫御子さんよ……儀式の願いにはオメーさんが必要だからよ、回収させて貰いますわ」
その声が黒雨の聞き取れた最後の言葉だった。
***
――一体何人の参加者と手合わせしただろうか……。祐兜は思い出すがその記憶は曖昧でただ残るのはキサラギを持つこの腕の痛みだけ。戦えば戦うほど自分が強くなることを実感していたが、弱い自分を消す為に強さを追い求めているのはやはり違うのだろうかと疑心暗鬼になっていく。祐兜の四肢はもうボロボロであった、手合わせをした相手には誰でも知っている偉人の力を持つ者でさえいたがその人物らは気づけば、目の前に倒れていたのだ。
「俺は……弱い。まだ、まだだ」
祐兜は自分の弱さしか目に入らなかった。それは自分自身のこれまでの生活がいじめに次ぐいじめ、嫌がらせに次ぐ嫌がらせで自分の弱さが目立ち、苛立ち、苦しんでいたからだろう。
「黒雨……先輩……」
祐兜は彼女の姿を思い描いていた。祐兜はあの劣悪な過去で気持ちを歌という武器で落ち着かせてくれた恩人である彼女が居るからこそ、今の弱い自分を捨てて強い自分が必要だと再認識していた。
「もっと力が、欲しい。その為には……刀を取り戻さないと」
祐兜は椎葉の手にしていたヒメラギを手にしてからというものの、残る刀であるケンラギ、キョウラギ、シンラギを手にする者の気配は察知できるようになっていたがその刀たちがどんな刀で使用者はどんな人物なのか分からなかった。
「返してもらうぞ、刀を……そして知ることの無かったはずのその過去を」
祐兜はそう呟くと座っていたその公園のベンチから重い腰を上げた。
「情けないのう、久しくお目に掛けたと思えば何なんじゃ……その姿は。力を求めるが故、力に飲み込まれておる」
祐兜が立ち上がってはその目の前に居たのは柳武であった。だがその柳武はどういうことか体中に切り傷があり、血痕があり、もう既にボロボロの状態だった。
「……柳武、弦山」
「久しいのぅ、梔祐兜」
「そんな体で俺に何しに来た……?」
「何も言わずにこれを見るのじゃよ」
柳武はそういうと握り込んでいたその紙切れを広げて、祐兜に見せやる。その見せられた紙切れ、もとい写真に祐兜は言葉が出ない。
「この写真に写る人物がおぬしに、分かるか?」
「黒雨……先輩……?」
「あぁ、そうじゃ……おぬしが見捨てた女だとお見受けするが」
「俺は……、先輩を見捨ててなんかいない……ッ! ……俺はただ、強くなるために」
「強くなるために、見捨てたんじゃな?」
「見捨ててないって言ってるんだよ……ッ!!」
「ではなぜ……彼女はこのように捕らえられ、祭壇に拘束されているのじゃよ」
柳武が祐兜に見せたその写真には巫女服を着た黒雨が手足を拘束され、身動きの取れない状態で祭壇へとその身を置かれ苦しんでいる姿があった。
「んなッ、何なんだよ……何なんだよ、この写真はよ……ッ!」
「さぁなぁ……? ワシにも分からんわい」
「チ……ィッ!! とぼけてるんじゃねぇよッ!!」
祐兜はそう叫ぶとキサラギを握りなおし、切り上げる。その斬撃は地を割りながらも柳武に直撃し、空へと上がっては雲をも真っ二つに。
「ふんッぬ、力を追い求めてもなおこのレベルとはなぁ……生ぬるいぞい?」
直撃した斬撃は柳武の鉄拳を粉砕することなく、物の見事に防がれる。そしてその斬撃の威力をそのまま押し返し、攻撃そのものを跳ね返した。
「何なんだよ……ッ!」
「自分の繰り出したその技で自分ごと朽ち果てるとよいッ!!」
「……そうはいくかってんだッ!!」
また、祐兜はキサラギを振るった。今度はその跳ね返ってきた攻撃ごと自分の力にし、その斬撃は天をも揺るがす。だがそれを柳武は両方の拳でいとも簡単に受け止めた。
「いやいやぁ、これは堪えるわい」
「嘘つけ、このクシジジイがよ」
「ふん、丁度いい機会じゃこのワシを倒したら彼女の情報をくれてやろうぞ」
「なら、丁度いいところだ……既にもう攻撃は、したんだが気づいたか?」
「なぬ……ッ!?」
祐兜がそう言ったと同時、先ほどの斬撃を防いだ柳武の両手の甲から肘に掛けてスラリスラリと後から切り傷が入る。
「……いつからじゃ?」
柳武の冷静沈着であった表情は崩れ、鬼の形相となる。
「あの斬撃に斬撃を潜ませて貰ったんだよ」
「斬撃に、斬撃を潜ませるじゃと……?」
「お生憎、この刀はただの刀じゃないんでな」
「……むぅ、怒りを露わにするんはワシらしくないんじゃがもうええわい、せいぜい数秒耐えたらお見事なんじゃが……無理やろうなぁ?」
柳武はそう言い、血の流れるその両手を堅く握り込んでは自分で拳同士を何度もぶつけ始める。一見何をしているんだとなるだろうが、拳がぶつかる度にその場の空気が揺れ動き、その拳はどんどんと力を蓄え、光を帯びてエネルギーが凝縮される。
「さぁ、その軽い口を顎ごとへし折ってくれるわい」
その声と同時、轟ッと音を立てて柳武は祐兜へ凄まじいスピードで接近、その拳でアッパーを入れる。
「カァッ……ハッ……ァァッ!」
柳武の生み出した空気を揺るがすほどの衝撃波に耐えていた祐兜は思わず吐血をする。
「柔術……なんてもんは知らねえ、もうワシの気が許すまでぶん殴る……それだけだわい」
一つ、二つ、三つ……と祐兜は抵抗できずに次々と柳武の鉄拳が体へと入っていく。だが祐兜を殴る度にその柳武の鉄拳はボロボロと崩れていく。
「……ッ!?」
柳武は気づいた、祐兜を殴ったその体の箇所が殴る度に場所を変え硬化していたことに。
「おい、クソジジイ……邪魔だ」
その呟きとともに柳武の左肩にキサラギが突き刺さる。それも祐兜の手で突き刺したわけでなく、キサラギ単体で。
「……おぬし、刀に喰われている……侵食されているな?」
「そんなもの、知らねえよ。この刀と俺が一心同体なだけだ、くたばれ」
キサラギの名の通りその刀は刀身から使用者の腕にかけて鎖が巻かれ、鬼の如く手加減もなければ油断の一つもない。キサラギは祐兜の手に戻り、祐兜はその感触を確かめては先ほど突き刺した柳武の左肩から腰に掛け、切り裂いた。
「ふふ、ふははは……ッ」
地に倒れた柳武はその手を左肩に当て、自分の血を眺めては大声で笑う。
「……何が面白い?」
「力を手に入れてもなお、力を欲するおぬしが可哀想でなぁ? その惨めな青年の行く末を見たいものであったよ」
「……惨め、だと?」
「あぁ……惨めだよ、おぬしはのう」
「うるせえ、だがこの戦いは俺の……勝ちだ。……約束を果たしてからくたばりやがれ」
「その台詞、約束……を果たしていない、おぬしから聞くとは、のう」
「約束を……果たして、いない……?」
「早く那須野嬢の元へ帰るのじゃろう……? 早く、向かってやれよい」
そうだ、俺は早く刀を手に入れて黒雨先輩の元へと戻らなければいけないんだと祐兜は柳武の一声で実感する。だがその柳武はどこかで見覚えのある様に、影に吸い込まれては消えてゆく、まるで魂狩りを倒した時の様に。
「……ッッッ!?」
その光景に祐兜は驚きを隠せない。そしてそのひと幕を見ていた傍観者は声を上げた。
「はははっ、おもしれえなぁ人の散り様はよぉ……」
その男は颯爽と祐兜の前に姿を現す。ダメージジーンズにフード付きの黒パーカーから見える緑色の髪。そしてその手には刀だろうか、刀身のない刀の持ち手を持っている様に祐兜には見えた。
「お前……まさかコイツを……」
祐兜の言うコイツは影に飲まれゆく柳武のことだ。柳武の巨体は今にも影に全てを飲まれようとしている最中だった。
「あー、そうだけどー? それがどうしたよ、そいつも単に儀式の参加者だし倒せたならオールオッケーだろうが」
「お前が、コイツを、やったんだな?」
「うっわー、すげー怖い目だなぁもーう。はいはいそうですそうです、自分がやりましたとも」
「柳武に、柳武弦山に何をした……?」
「えー、それさー言わんといけない訳ー?」
その男は手にしたその持ち手だけの刀をブンブンと振り回し、まるで子供がはしゃいでいるかのように祐兜と応対している。
「……その刀、その刀でお前がやったんだな?」
「ほーう、中々お目が高いねぇ……ご名答よッ! この刀は斬った相手の心をズタズタにする……んでズタボロにしてやったら今度は何でだか知らないけど俺に助けを求めんのよねー。だから俺はこう言ったわけよ、梔祐兜を倒したら助けてやるよって」
「……キョウラギ」
「えっ! 俺の刀の名前知ってる奴いるんだなぁ、感心感心」
「俺も感心だよ、名乗ってもいないのに名前を知られてるとは」
「あっ……、いっけねぇ、バレちまったわ……はははっおもしれえなぁ、お前」
「いやいや、俺としても嬉しいよ……探し追い求めてるものがわざわざ自分から来てくれたんだからな」
「へぇ、俺のこの凶柊が欲しいのか。だがなぁお前みたいなヘッポコじゃ、俺には勝てんよ」
「……じゃあ早速、試してみることにするよ」
祐兜はそう言うとキサラギを解き放ち、標的の現れたその人物へと放つ。放たれたキサラギは空中で何度も屈折して、ジャラジャラと祐兜の腕から繋がったチェーンが音を立てつつ自身を加速させ、切っ先は一瞬で男の喉元に到達する。
「へー、そういう技使うんだねぇ、おもしれえや」
だがその切っ先は持ち手だけの男の持つその刀に阻まれ、いとも簡単に止められる。
「んな……ッ!?」
「んー、驚いても無理もないかー。この刀は霊化刀身でね、使用者にしか刀身は見えないのよねぇ」
「霊化……刀身……」
「そうそう、霊化刀身。つまり君が俺と鍔迫り合いしようとしても、君は俺の間合いが分からないから戦いにならないわけよ」
「……そんなこと、知らねえよ」
祐兜はそう言うとすぐに次の攻撃を仕掛ける。キサラギが風の様な速さで次々とその男を追従して突くがやはり、その突いた刀の先は全てそのキョウラギに止められてしまう。
「だからさー、無駄なんだって。無駄無駄ー、時間が勿体無いよ」
「チ……ッ、何者だよお前はよ……ただのキョウラギ使用者には見えない……ッ」
「おぉ、良くぞ聞いてくれましたわー、俺は吉良北斗。……前回の儀式の生き残りだ」
「お前も……前回からの参加者だっていうのか」
「も、ってことはあれか……あのザコ、檜山とは会ってるんだねー?」
「あぁ、あいつは俺が倒した」
「へー、まぁあのザコの事なんて正直どーでもいいんだよねぇ」
「……お前の目的はなんだ? 一体何がしたいんだよ?」
「んー、俺ぇ? 俺はもう前回目前で打出の小槌ちゃん取り逃してるしー、何だろうか、折角儀式がまた行われてるんだから楽しめればなーと」
「お前には、もう願いはない、と?」
「いいや、違うね……正確には願いは叶った。この刀、キョウラギは相手を侮辱し、否定し、軽蔑し、苦しませながら朽ちて、散り様をこの目で見ながら倒すことのできる武器だから……俺の願いはここに凝縮されているようなもんだ」
「……コイツ、狂ってる」
「はははっ、そうそう狂ってんだよ俺は。だがそれが楽しい。前回は最後の最後で生贄の姫御子が死んじゃうしー、暴走した打出の小槌を無理やり使われてさー俺殺されたはずだったんだけど、このキョウラギちゃんのおかげでなんか生きてるしで、ウルトラハッピーだわ」
「姫御子……? 暴走した打出の小槌……?」
「あっれー、知らないんだっけ? 今回の一振刀選の儀にも姫御子が居るんだよ? 打出の小槌をこの地に召喚するための生贄……姫御子がね」
「そんな、そんな話……聞いていない……」
そんな祐兜の脳裏には黒雨の姿が思い浮かんでいた。
「前回の一振刀選の儀で俺はなー、かの信長様の力を借り受けて最終決戦まで生き残ったってのにしくじったからなぁ、今回こそもう少しで最後まで届かせる……この刀と共に」
「あくまでも刀は渡してくれそうにないって、事だよな?」
「あぁ、力づくで奪うしかないいんじゃねーかい? 最も、君には無理だろうがねー」
「今回の生贄として、姫御子として選ばれたのは君の考えている通り……那須乃神社の小娘だからねー」
「……なんで、黒雨先輩が……」
「それは神のみぞ知る、だわ。まー俺が攫ったんだがな、彼女を」
「……てめえ……ッ!!」
祐兜は怒りと共に絶叫、吉良の懐に入りキサラギを力のままに振るった。
「だーから、俺の間合いに入ってきたら君が不利になるだけって……言わなかったか?」
吉良はいとも簡単にそのキサラギをキョウラギの霊化刀身で受け止めては跳ね返し、返り討ちにする。
「腕がいっぽーん、にほーん……足がいっぽーん、にほーんってか」
吉良はその声とともに祐兜の四肢を切り裂く。その斬り痕はスッと凄まじい切れ味で入り、勢いよく血が噴き出す。
「……ッッッ!?」
四肢を斬られ、祐兜は倒れる。だが斬られた感触はあるのに意識も飛ばなければ痛みも感じることがない。
「痛みがなくてびっくりしてんだろー? そりゃそうよ、この刀は直接相手の体を傷つけているわけじゃあねーから。君の、梔君の心だけを切らせて貰ったんだ、この意味がお前に分かるか?」
そう言う吉良の目にはただただ、地に倒れる祐兜の姿があるだけで四肢は現実世界に実在している。血も噴き出ていなければ傷一つ付いていない。
「クッソ、が……ァッ!!」
だがその祐兜には四肢が無いように見え、体さえ動かすことがままならない。
「君の心を斬ることで人間誰でもあるだろう、トラウマを悪化させて君の脳内に異常を起こし悪影響を。それは自身の身体的ダメージとなり本人を永遠に苦しめる。これがこの刀、キョウラギの力だ」
「んな、そんな事が……出来るわけがない」
「勝手にそう思い込んでいるだけだろーう? 出来るんだなぁこれが。人間ってあれだよなー思い込みほど怖いものないよなー、まっ、俺はこれで失礼するわ」
「……待てよ」
「んー、やだね。そこで梔君はリタイアだなー、ここにずーっと寝転がっているといいよ……悪いがやることは他にもあるんでね……那須野の小娘に姫御子としての躾をしないとだからねー」
吉良はそういうと地に上向きで倒れ伏す祐兜に手を振ってその場を颯爽と去る。その間祐兜は起き上がることもなく、唯一動かせるその目で吉良の姿が去るまで睨む事しか出来なかった。そして吉良に切り落とされた……と錯覚しているその四肢の痛みは徐々に増幅し祐兜を苦しめ、その痛みは祐兜のトラウマをきつく思い出させられる。
――消えろよ、お前が嫌われている事……分かってねえのかよ。
当時唯一、最後まで信頼していた友人に放課後の教室でそう吐き捨てられては裏切られた光景が祐兜の脳裏に焼き付く。そしていじめの元凶は相談をもしていたこの友人で、祐兜の話したものは真摯に受け止めず、実際には全て他の奴らに筒抜けに流していたのだ。その友人を最後まで信頼していたのに実はその人物こそが原因だった事を知った時の心の痛みや苦しみ、悲しみ、悔しさ。それは中々味わう事のないだろうものであった。その気持ちは現に痛みとなって祐兜の体の四肢に具現化している。
「クッソ……、強く、なるんじゃぁなかったのかよ……。黒雨、先輩……」
祐兜は空を見やった。体は動くことは無いがその分大きく目を見開いて空に浮かぶ星々を見る。だが脳内に流れてゆくトラウマの映像は止まる事を知らない。
――また来たのかよ、お前はこの教室に……学校にいる価値もねえクソ野郎だ。
教室に行けば、自分の席はひどく荒らされており、机には多くの悪口が落書きされてその机や椅子は壊れかけ。いじめをしていた連中はクラスの数名だったがその他のクラスメイト達は自分たちが次にいじめられることを防ぐために見て見ぬふりを。先生たちに相談したがいじめを大きな事にしたくないずる賢い大人たちは手を差し伸べようとせず、むしろ隠しこんでいたのだ。
「……俺が何をしたっていうんだよ、吉良……」
祐兜は強く歯ぎしりをして自分らしくないと分かっていながらも怒りを露わにする。祐兜はそのいじめを未だに受けているというものの、本人はもう呆れておりいじめ自体をあるようでそもそもないものだと無理やり認識させ、友人でさえそもそも自分には居ないもので助けてくれる人さえいないものだと思い込ませていた。だが、実際にはそれは違ったのだ。祐兜は黒雨のいる、音楽グループskepticの歌に出会ってはそのすさんだ心を救われていた事実があり、その黒雨と顔を合わせて直接話したことにより自分を認めてくれて応援さえしてくれる人物がいることを知った。それは揺るぎのない事実であり、祐兜にとっての自信であった。
「……キサラギ、俺の事はどうなっていい。お前の力を貸してくれ」
祐兜のその呟きはキサラギを凄まじく振動させ、そのキサラギは祐兜の切り裂かれた心に突き刺さる。突き刺さったキサラギはその振動で祐兜を覚醒させて、思い出させられたトラウマを一刀両断し四肢の痛みを吹き飛ばしその切り裂かれたと錯覚している四肢自体を造り出す。
「吉良、すぐそこにお前の持つ刀があるんだから逃がさねえ……」
そう呟いては祐兜はトラウマをキサラギの力も借りて克服し、その場を去った吉良を追いかける。祐兜には他の残された無銘刀であるキョウラギやケンラギ、シンラギの気配を感じることが出来る様になっていたために自然と吉良の居る場所さえも理解することが出来ていた。祐兜は去った吉良に一泡食わすために後を追った。
***
「……ッ!?」
祐兜は吉良の姿を道路で見つけたと同時に、手にしたキサラギを放った。道路には夜の為に人が見当たらずそのキサラギは静かに、そして鋭く弧を描き吉良の背中を大きく遠距離から斬りつけた。その吉良は背中に付けられた傷を隠す様にその後ろに居る祐兜を睨み付ける。
「へー、追いかけて来たってか……。そして俺の背中に傷を……、背中の傷は恥だ。どうやって君があの状態から抜け出したのかは分からないが……俺の邪魔をするなら死ぬだけだ」
「……全ては黒雨先輩とこの刀、キサラギのおかげだ。お前のその刀、返してもらうぞ……ッッッ!」
一閃、祐兜は地を蹴ったと同時に吉良との距離を詰め、そのキサラギの刃先をぶつける。
「んな……ッ、なんで間合いが……!?」
その刃先は霊化刀身のキョウラギの見えないはずの刀身にピッタリと合っていた。
「言っていなかったか……? この刀たちは元々、俺の物らしいってな」
「だから……ッ、キョウラギの間合いさえ分かるっていうのかよッ」
「あぁ、そうだ……ッ!!」
合わせたその刃先がガタガタと音を立て、鍔迫り合いを。両者ともに譲らず、その力は周りの設置された車止めや信号機でさえ吹き飛ばす。
「なんだ、なんなんだ、そのキサラギ……っていう刀はッッッ!!」
吉良は絶叫する、その合わせた霊化刀身がどんどんと綻びていくのを実感し始めたからだ。見えないはずのその刀身が劣化していきキサラギの刃先がキョウラギの刀身へじわじわと入り込んでいく。
「コイツは他の刀さえ喰らう、化け物……大業物だよ。他の無銘刀でさえ喰らった……俺のこの刀に比べたらお前の七本ある無銘刀の失敗作、キョウラギなんて及ばない。キサラギは七本のうち唯一、封印され使用することの無かったものなんだからな」
無銘刀と呼ばれるその前世の祐兜が打ったであろう七本の刀、柊・姫柊・賢柊・幻柊・凶柊・神柊・鬼鎖柊には造った記憶を持つ祐兜だからこそそれぞれの刀が持つ力を理解していた。
ヒイラギは七本の刀の初めの刀で武器のランクとしては武具だろうが、その刀身は強靭でどんな偉人の武器に大しても引けを取らないものになっていた。現に折れてしまったものの、武蔵坊弁慶の力を借り得た七天罰刀には対等に渡り合っていた。
椎葉の使っていたヒメラギはヒイラギと同じく武器のランクは武具レベルだが、無銘刀唯一の短刀であり使用者の身体能力を高め、加速を可能にしていた。椎葉はそれに加え己の借り受けたかの有名であるくノ一、望月千代女の力をも使っていたのでその強さには光るものがあった。
無銘刀の三本目、ケンラギは武器のレベルとしては宝具で刀身は細く装飾された綺麗な刀である。祐兜は自分の目でまだ見てはいないもののその姿は記憶にあった。ケンラギは相手をその刃先で切り裂く度に相手の力を理解し、次の動きでさえ読むことが出来る刀だ。
前回の一振刀選の儀の生き残りであった檜山の持っていたゲンラギは宝具で唯一の二刀、その力は幻覚を使う事の出来る力。その力は檜山がやっていた様に幅広い。
そして今、祐兜が対峙する吉良が持つキョウラギはその名の通り失敗作といわれ、ランクは神具。なぜ失敗作なのかは祐兜にはまだ理解しきれていないのだがその力は体にではなく心を切り裂き、相手のトラウマを身体的ダメージへと具現化……錯覚させる。
シンラギ、その名に神がある通り最高傑作でありランクは神具。刀とは思えない大剣のような威力と凄まじい切れ味を持ち使用者は全ての力のスキルアップを施されるのだとか。
そして最後に祐兜の持つキサラギ。祐兜の見た記憶では封印されていた使われざる刀でありその刀身はヒイラギと似た黒く錆びついた見た目だがヒイラギとは違い、鎖に縛られている。その鎖はシンラギとは裏腹に使用者をも苦しめる。だがその力は刀身を合わせた相手の武器を劣化させ力を吸収させるといった化け物だ。だがやはり化け物は化け物なだけあり、力を振るえば振るうほどに使用者へのダメージは大きい。
「ふん……ッ、君はまだこのキョウラギが失敗作と言われる由縁を知らない……」
「だから、何だっていうんだ?」
「……見ていろ、これがキョウラギの真の姿だ」
吉良はそう言うとそのキョウラギを自らの体へと突き刺した。吉良は絶叫し、頭を押さえてはもがき苦しむがその一方、吉良の体には異変が起こっていた。
「はははっ、はははははっ」
気味の悪い笑い声とともに吉良の体からは何本もの刀が突出し始め、体中から刃が出現していた。
「……お前、人間をやめたいのか……ッ!!」
「人間を……やめるゥ? なわけあるか、この姿こそ人間の最凶の姿じゃやないか……」
「これが、失敗作と言われる……意味か」
「はははっ、そうだその通りだ。こいつ使用者の心さえ切り裂き、切り裂いた時には刀に飲み込まれるのさ……ッ、いやー素晴らしいじゃないかこの刀はッ!」
轟ッ、と吉良は多くの刀身が突出して巨大化したその腕を振るう。するとその地盤であるコンクリートは剥がれ落ちて吹き飛ばされ、周りにある建物でさえ崩壊させる。
「……ッッッ!」
祐兜はキサラギの持ち手でなく、鎖を持って振り回し、盾としてキサラギを使い何とか防ぐがそれはそれっきりの事だった。
「無駄だよ、無駄。そんなものじゃ俺の攻撃を全て止める事なんて……出来ないよ、出来るわけがねえよ」
今度は吉良が両腕で上から下へと祐兜を叩き潰す。その腕はドラム缶一つ以上の太さまで刀身が増殖し、太くなっていたためにその叩かれた所は数メートルに及び地盤が沈下、祐兜を追い詰める。
「チィッ、動きが遅いッ……お前、黒雨先輩をどこにやった……ッ!」
だがその祐兜は沈下したその地にはおらず、体をも刀身で巨大化したその吉良の体へと飛び乗っていた。
「……打出の小槌を生み出す儀式はもう既に始まっているッ、今回の一振刀選の儀は既に仕組まれた儀式なんだよ」
「仕組まれた……儀式……?」
祐兜と吉良は言葉を交わしつつもその攻防は止まらず、その勢いは地という地が荒れていくほど。
「どうせ、君は辿り着くことが無いだろうが……君のあの参加者を凄まじい勢いで狩っていた行動も仕組まれていたんだって言ってんの、そのおかげで儀式の参加者は既にあと俺と君を含め六人……」
「あと六人……だって……!?」
「あぁ、そうだ。他の参加者の手強い力を借り受けた奴らは彼が既に駆逐してくれたしなぁ、俺の役目は君を彼の元へ行かせないことだ……。何せ俺にはもう、打出の小槌に臨む願いなぞ無いもんでなー」
「彼……?」
「君に教える意味も価値もない、だって君はここで倒されては那須乃神社の小娘は生贄となる……ただそれだけだからなぁ」
「チィッ……!」
吉良が祐兜に拳を放ち、殴りに殴る。それに祐兜は後ろへと引き続けるがとうとう逃げ場さえもなくなる。
「追い詰めたしぃ、これで終わりだわ……梔君」
吉良はそう告げるとその拳さえも刀となってその腕を高く上げ、勢いに身を任せて振り下ろす。逃げ場は無く、回避策もなければあの巨大化した刀となったその腕を退ける考えもない、祐兜にとっては絶体絶命であった。
「……なんだとッ!?」
だが祐兜はその状況下に屈せず、その振り下ろされた腕をキサラギの刃先で一度軽くあしらってから振り払い、出来たその隙にキサラギを人間離れしたスピードで腕ごと一刀両断する。
「……待っている人が、居るんだ」
「クソが……ァッ!」
吉良は激昂し、失った腕の代わりに今度はその刀の生い茂った脚で祐兜を蹴り飛ばし、ズタズタに切り裂こうとするがそれさえも祐兜に先を読まれる。
「……失敗作、だろうが刀は返して貰う。……お前を倒して俺は先のステージへと行く」
「なんのッ、まだまだこれからだ……ッ!」
冷静な祐兜とは反対に、怒りに体委ねる吉良。吉良は祐兜に切り落とされたその腕と脚の外傷部から次々と刀を生み出し、元通りとなる。
「……お前が俺にしたこと、やり返させてもらうよ」
それさえも祐兜は予測していたのか、祐兜は元通りになった腕と脚を含め、吉良の人間とは言えない刀の生い茂った四肢を全て、切り裂く。
「……ッッッ!!」
絶句し言葉を出せない吉良だが、祐兜はまだ攻撃を止めない。吉良の肩から腰に掛けて何回も、何回も刀を入れる。祐兜が刀を入れたところにある吉良の生い茂り、刀となったその体はズタボロに細かく切り刻まれる。そして残ったのは吉良の首から頭部のみ。
「ふ、ん……なるほど、それほどの……力の出所が分かったわー。君、そのキサラギを暴走させているようだな? 俺と似たように」
体のほとんどを切り刻まれたのにも関わらず吉良は口を開く。そう、吉良の言う通り祐兜は吉良と同じレベルでの戦いをするためにキサラギの自身の体の侵食をわざと進め、一部をキサラギのものとすることで強さを生み出していたのだ。その侵食を進めたところは結晶化し黒く錆びついている。
「お前と、一緒にするんじゃねえよ……お前はもう人間じゃない、化け物だ。俺は化け物になろうが人間であることをやめない」
「はははっ、人間であることを……やめないだって? 馬鹿馬鹿しい、君はもう化け物だよ、そんな刀を使っている時点でな。そしてそれらを生み出したのが前世の君っていう事だけでもな……なのになぜまだ力を求める?」
「例え、俺がこうやってお前を立ち上がれなくした様に強くなっているとしても俺の中身はまだまだいじめられっ子で弱いままだ。そんな自分を消す為に俺は無銘の刀を全て手に入れて前世の記憶をも手に入れる。そうすれば俺は強い自分を形成出来るんだよ……ッ」
「ふん、狂ってんのは君もみたいだが……? 刀を取り返し、前世の記憶を手に入れて……? 強い人格を形成するってか? とんだ欲張りさんのようだ、ここで朽ち果てろ……ッ!!」
「俺は……俺を超える為に……ッ、邪魔なんだよお前は……ッ!」
吉良と祐兜の絶叫、それは空気をも揺るがす。そして吉良は切り裂かれた痕からまた凄まじい量の刀を錬成して祐兜へと襲わせるが祐兜の前には意味がなく、祐兜は結晶化しキサラギの一部となった腕を以てぶつかり、次々とへし折っては吉良の本体へとまた近づく。
「儀式の……俺の糧となれ、吉良北斗……ッ!!」
祐兜はそう告げ、吉良にとどめの一撃を喰らわす。それを受けた吉良は吐血し、刀となり巨大化していた体が縮小を始める。
「はは、ははっ、は……君を止める事は叶わなかった、が時間は稼いだ。後は元嶋のやつが……上手くやっているはずだ……」
「……元嶋だと?」
「あぁ、残る儀式の、参加者は……。打出の小槌を生み出すため、の器にして……生贄である那須乃神社の娘を除き、俺と共謀している元嶋白蓮《もとしまびゃくれん》……そして備前千景を使うあの炎使い……姿を中々現さないあの男に、君だ……ふっ、せいぜい用心するといいさ」
吉良の言葉はそこで途切れる。祐兜には元嶋という人物が一体誰なのかは知り得なかったが残る二本の無銘の刀、ケンラギとシンラギの気配が一カ所に集まっていることを感じていた。場所は千仏寺と呼ばれる祐兜の住まうこの地では有名な寺だった。
「じゃあな、吉良……お前の持っていたこのキョウラギ、確かに返してもらった」
祐兜はそう言うと手に持つキサラギの刃先をキョウラギに触れさせ、力を吸収させる。するとキョウラギはみるみると黒く錆びついていっては灰となる。そして力を吸収しきったその時にまた、祐兜に酷い頭の痛みが襲う。その祐兜の脳裏にはまた刀を打つ前世の自分の姿があり、その先の映像は祐兜の脳内を占領する。
「このままじゃ、ダメだ……早く行かなきゃ」
祐兜はその映った映像を焼きつけてはこうしてはいられないとその足を、黒雨のいるであろう千仏寺に向ける。この時、もう日は既に落ちており、星々は煌めいて、冬の心地の良い冷たい風がその場所には吹いていた。
***
千仏寺――。その名前にもある通り、境内にある地蔵堂には千体のお地蔵さまが綺麗に並べられており、お地蔵さま一体一体の表情も違う。境内は比較的広く玄関口である山門、そして本堂は屋根の四方が強く逆立った切妻造でとても趣がある。だがその雰囲気に反して今現在の千仏寺は趣でさえも飲み込むようなどす黒い雰囲気で、その上空には薄暗い雲が広がっている。
「……最後の詰めが甘かったようだな、元嶋」
「中々姿を現せねえと思えばこのザマかよ、お前……何回死ねるんだ?」
「いやいや、姿は初めから現してたさ。そう、初めからね。……んで僕が何回死ねるかってか? そんなもの僕でも分からないさ」
「クソが……」
「どうしたのさ、そんな悔しそうな顔して。あぁそういえば元嶋、君さ吉良と手を組んでなんか暗躍してたみたいじゃないか。そこの小槌を生み出す姫御子……もとい小娘を用意したのも吉良だろう?」
黒雨が目を開くとそこには一人の倒れた長身でウルフカットの男と、それを嘲笑うかのようにその男の周囲を歩き回る白髪の男の姿があった。
「ほら、小娘さんのお目覚めだよ……んまぁ元嶋、君はここで寝る事になるけどね」
「お前の事を全然警戒していなかった俺が馬鹿だった……しくじっちまった最後の最後で」
「あぁ、全くだよ。ま、儀式に参加しているんだから負けた参加者がどうなるかは知ってるよね?」
「うるせえ、早く刺せよとどめを」
「ふっ、覚悟は一人前のようだね」
そう言うと白く煌めく長刀を手にした白髪の男、舩坂真琴は地面に伏した元嶋白蓮の首を迷う事なくはねようとする。
「やめて……ッッッ!!」
両手両足を拘束され、祭壇に一人座らされ身動きの取れなくなっていた黒雨は今持てる力を振り絞り叫ぶ。その絶叫は自然と舩坂の振り下ろす手を止めさせる。
「ったく、何なんだ? 邪魔するんじゃないよ小娘さんよ」
「うるさい、何なのはこっちの台詞。何なの、この祭壇にあんた達二人も。全く訳が分からない……!」
「いやぁ、思ったより気が強いんだねこの子。なぁ元嶋」
「うるせぇよ……」
「でも実際ここまで彼女を運んできたのは君だろうが」
「私を……運んだ……?」
「あぁ、そうだともそうだとも。ここに無様に寝転んでる元嶋、元嶋白蓮こそが吉良北斗くんと手を組んで君をその祭壇に運んだ張本人だよ。まぁもっとも、儀式を遂行するための真っ当な方法を行っただけなんだけどね」
「儀式を真っ当に……進める?」
「君も元は参加者なのだろう? 知らなかったのか? この一振刀選の儀式には打出の小槌を生み出すための姫御子……生贄が必要なことを」
「……知らない」
「ほう……それは残念だったね。そんなどんな願いも振るだけで叶う小槌がタダで貰える訳がないだろう、どんなものにも犠牲が付き物なのがセオリーなんだよ」
「その犠牲に私が選ばれたっていうの……? だって一振刀選の儀は最後に生き残った者が小槌を手に入れられるんじゃ」
「それは大昔の話だよ。そういえば君は那須野の娘だったか? なら話が早いね、那須野の初代は確かに打出の小槌を手にしたことがあるがどうやら欲張りだったようでね、次の者に打出の小槌を容易く生み出させない呪いを掛けたと言うが……」
「それって……」
「はははっ、つくづく面白くなってきたよねぇ……まさかその生贄の呪いも知らず儀式に参加して、まさか自分が姫御子とは名ばかりの生贄に選ばれて、その生贄の呪いを作った人物が自分の血筋の人物だとも知らず。まさに今回の儀式に相応しい姫御子だこと」
「んな……」
黒雨は言葉を失った。何も言い返す言葉が頭の中に浮かんでこなかったのだ。舩坂の言っていることが嘘だとも思えない。だが黒雨にも思う事はあった。
「ではどうして、貴方は……儀式に臨んでいるっていうの?」
「そんなもの、ただ単に腹いせ……八つ当たり……憂さ晴らし……暇つぶしに……挙げたらキリがないよね。なにせ僕の体質は受け継いできた血のせいで不死身に近いからね」
「不死身……?」
「そうだよ、この寝そべっている元嶋白蓮はかの杉田玄白の力を借り受けているに過ぎない。その他の参加者も多くの人物が歴史上の偉人などの力を、ただ借り受けているに過ぎない訳だが。例外がここに二人いる。それは血を継いでいる者も参加しているということだ」
舩坂はそういうと地面に伏した元嶋の頭に足を置き、微笑みながら話を続ける。
「君は那須野与一の血筋なんだっけか、僕はね第二次世界大戦で不死身の分隊長と呼ばれた舩坂弘の血を継いでいるんだ」
――舩坂弘。瀕死クラスの傷を何度も負おうとも、動く事すら無理だろうという傷を負おうとも翌日には回復してしまうのが常であった第二次世界大戦にてアメリカ軍兵士をも震え上がらせた伝説となりつつある英霊だったと黒雨は認識している。その男の戦う姿はまるで鬼神の様そうであったと。
「まさか、あなたはその力さえも継いでいるっていうの?」
「そのまさかさ。まぁ僕も驚きなんだけどね。でもこの力には助けられてはいるさ……さ、てと。そろそろお話もやめにしようか? 儀式を進めよう」
「……そうお前の思い通りに行くと思うな……ッ!」
地に伏していた元嶋が舩坂の足を払いのけ、隠し持っていたその刀身の細く装飾が施された刀を振るい舩坂に突き刺さるが、当の舩坂は動じる様子がない。
「ようやくその刀を出してくれて助かるよ。君の借り受けた力は杉田玄白の眼。相手の人体構造を透視することで弱点を探し出す……、そして? その刀……賢柊で相手を切り裂く、突き刺すことで未来視さえも出来るんだったか……? 凄いじゃないかその頭脳プレイ。ほら、今突き刺しているんだし、僕の次の未来が見えるかな?」
舩坂のその言葉に元嶋は震え上がり、手にしたその舩坂の横腹に突き刺さるケンラギを手放した。
「はははっ、なんか絶望って眼をしてるよ?」
元嶋の眼には確かに、舩坂の次の未来が視えていた。だがそのパターンは一つでなくあり得ないほどに数パターンも存在し元嶋は戦意さえ失った。
「なんだ、戦う気もなくなった奴なんて殺す価値もないね……。これ以上元嶋、君をいじめたところで面白味も何もないし……あぁそうだ、丁度いいよ君は……この儀式の目撃者となればいいさ」
舩坂はそう言うと元嶋の首元を持っては吹き飛ばす。元嶋はその衝撃で四肢がボロボロになり、境内の山門から本堂まで続く石畳に綺麗に並べられている灯籠に衝突。既に意識が朦朧としていた。
「……さーてと。あっけないけどこれで準備は整ったかな? 参加者がまだいようがいまいがこの地にまずは打出の小槌を生み出すことが最重要項目だからね」
舩坂は元嶋から奪ったケンラギを黒雨の肩に迷うことなく、無心で突き刺す。
「……痛……ッッッ!」
「ふはははっ、今から儀式を行うっていうのに邪魔されちゃ面倒くさいから君が何を考えてるのか分かれば楽かなと思っただけだよ。にしてもあれだよね、儀式に必要な礼装だからとはいえそんな黒い巫女服とか趣味悪いね、ほんと
黒雨は舩坂の言う通り、足先から首元まで統一された黒い巫女の服を着させられていた。そして相変わらず両手足には拘束がされており身動きが取れない。
「こんなに無気力だったっていうのに吉良と元嶋が下準備を勝手にしてくれたから僕はそれをまた、勝手に行って……そして勝手に小槌を生み出して……勝手に願いを叶えるだけだから凄い楽でいいよね、なぁ? 那須野の小娘さん……君もそう思うだろ?」
「……あなたがここまでして、叶えたい願望はなに? ……世界の破滅とでも?」
「ははっ、気が強いこと強いこと。そうだねぇ、世界の破滅かぁ。それも良いよねぇ……僕はただ僕の楽しめる世界が欲しいだけだからそれが今の願望だよ。でもすぐに、三秒後とかにはまた願望変わってるかもしれないし、いざ打出の小槌を手にしてみないと分からないよね」
「……そう、でもあなたがそれを手にする時は来ないわ、絶対にね」
「へぇ、梔祐兜くんって人がめっぽう好きなんだね君は。なんなの、彼はそんなに強いのかい?」
「……好きって、べ、別にそんなんじゃないし。……でも彼はお前なんかより数倍も数百倍も強いわ」
「へぇ、そいつは楽しみだなぁ……君をどうせ助けに来るんだろうからな。だが儀式はもう始めさせて貰うよ」
舩坂はそう言うと一度、暗い雲に覆われた空を見やっては手と手を合わせて合掌し、一礼。
「一振刀選の儀の主よ、我は最後の一刀となりし、選定者なり。我の功績を認め、我の力をも認め、我の願望を叶えし小槌の召喚を……要求する……ッ!!」
舩坂のその言葉と同時、その暗がりの空から鋭い一筋の光が祭壇へと突き刺さる。
「……ッッッ!!」
祭壇の上に拘束された黒雨の体に光が刺さっていく。黒雨はその光で体に激痛が走っては実感する、この光の正体は雷に近いものなのだと。
「はははっ、はははっ、さぁさぁ……いつまで持つかなその体。君の慕うそのヒーローの到着はもうそろそろかな?」
「祐兜……く、んは……来る……絶対、に……来るんだから……」
「噂を……すれば何とやら、あれが君の言う梔祐兜くんかな?」
「黒雨……先輩に何をした……?」
「ふははっ、あれこそ鬼神の類じゃないのかな那須野の小娘よ、僕にはあれがただの人間の様には見えないんだが……もしかして鬼神ではなく奇人なのかな?」
舩坂がそう言うように、祐兜の体は至る所に致命傷があるにも関わらず、その負傷部位は全て黒く結晶化しており人間の物ではなかった。
「お前が……この儀式の最後の参加者か……?」
「あぁ、そうだともそうだとも。その目、良い目をしてるねぇ……僕は楽しくなってきたよ」
「黒雨先輩を、どうするつもりだ……?」
祐兜は手に持つその刀、鬼鎖柊を構えて挑発する。
「あぁ、彼女にはね……この儀式の生贄となって貰うんだよ、小槌を召喚する為にね」
「生贄……?」
「あーもう、めんどくさいなぁこの説明……。何はともあれ彼女はこの一振刀選の儀の打出の小槌を生み出すための姫御子なんだよ、どんな願望でも叶えられる……そんなものが何の犠牲もなく生み出すことが出来ると考えている奴ほど僕にとって愚かだと思うんだけど、もしかして梔君、君もその一人なのかな?」
「うるさい、だけどお前が倒すべき対象なのは分かった……待っててください黒雨先輩ッ!」
祐兜の言葉に黒雨の返事は無い。代わりに聞こえてくるのは痛みに悶える声にならない呻きだけ。そんな様子を祐兜は許せず、問答無用でキサラギの切っ先を舩坂に向けた。
一閃――。キサラギはまるで自分の意思で動いたかのように、刀だけが凄まじい速さで舩坂を切り裂いた……はずだったのだがその刀先は舩坂の人差し指と中指の間に挟まれている。
「へぇ、中々面白い刀を使うんだね……確かに噛み応えがそこの灯籠に倒れてる元嶋なんかよりありそうじゃないか……でも、この刀たちを使うまでもないね」
舩坂の白髪に近い色をして、月夜に煌めくその長刀、神柊を見た祐兜は不意に頭を押さえる。そしてまた、舩坂が手にしているケンラギをも見て祐兜は酷い頭痛に襲われる。
「……おや、この刀たちに君が反応している様だが……?」
「……その刀だ。その二刀は俺の、俺の物だ……」
祐兜は舩坂の持つ二刀が残る刀だと確信する。そしてこの舩坂さえ倒せば全てが終わり、解決するということも。
「こっからは本気だ……覚悟しろ、そこの奴が元嶋ならお前は……」
「そういえば、君にはまだ名を告げてなかったね。そうだ、僕が舩坂……舩坂真琴だ」
「その刀たち、使わないって言うのならば俺が使わせて貰おうか」
祐兜はその言葉を最後にまた、舩坂との距離を詰めてはキサラギを振るう。その速さは常人離れしており、ほんの一瞬だった。だがその速さはまだまだ舩坂には温い様子で、舩坂は微笑ましく祐兜の攻撃を受け流す。
「……ほれ、白刃取りっと」
舩坂の掌と掌が合わさる。その間にはキサラギが挟まれているのだが祐兜は引き抜くことが出来ない。
「お前……一体何者なんだ……ッ」
祐兜はキサラギから手を放すことで一度、自分で詰めた距離を元に戻す。そしてキサラギと腕に繋がれた鎖を振り払う。すると自ずと舩坂は前へと体を引っ張られ、隙が生まれる。放り出されたキサラギは空中で舩坂を追従し、勝手に突き刺さっては離れ、また突き刺すを繰り返す。
「ふははっ、いやはや参った参った……まさか空中で自動追従とはね。……避けようがないねぇ」
舩坂に次々と自分の体に突き刺されては離れ、また突き刺されるそのキサラギの様子を見て不気味に笑った。
「お前……一体何なんだよ、馬鹿じゃねえのか……これは戦いだぞ? なんでそんなに笑っていられる? なんでそんなに楽しそうなんだ?」
だが祐兜のその言葉に反応した舩坂は笑い声をピタリと殺し、突き刺されたそのキサラギを手で掴みやる。そしてドスの利いた声音で告げた。
「これがいつ、至極真っ当な戦いだと思っていた? いつからだ……なあ? 答えてみろ」
「それは……。最初から、だろうが……ッッッ!!」
「へぇ、それが君の答えか……。駄目だね。駄目。一番つまらない答えだよ梔君。僕は君にがっかりだ。君はそこの元嶋と同類の人間の様だ。……失望したよ」
その言葉と同時――、祐兜は地に伏していた。最後に見えたのは舩坂がシンラギに手をかけていた姿だけ。
「……僕はね、これが公平な戦いだなんて一ミリたりとも思っていないんだよ。……こんなものはね、ただ僕が楽しめるお遊びみたいなものなんだ」
「……ふざ、けるな」
「僕はこれっぽっちもふざけてなんかいないさ。僕はね、この刀を手にしてからこの刀の名にある通り神に近づいたんだよ。死を知らない自分の体にこの絶対的な力を持つ刀。こんなものに誰が敵うって言うんだい? 君か? そんなはずがないだろうが」
「舩坂、自惚れは破滅を生むだけだ。俺はそれをいじめられて知った」
「僕は自惚れてなどいないさ、これが事実な、現実なだけだ」
「いいや、自惚れているよ。持つ者は持たざる者の気持ちが分からない。……だから、お前は弱いんだ」
「減らず口ばかり吐くんだな梔君……どれ程僕を失望させれば気が済むんだ?」
舩坂は地に伏した祐兜に止めを刺すべく一歩ずつ、確実に歩み寄って来ていた。
「お前にとっては減らず口なのかもしれない……だがな、お前は全てを知っている様な口ぶりをただしているだけというのが事実なんだよ……ッ!」
「うるさいな、その口……首ごと切り捨ててあげるよ……ッ!」
舩坂が刀を振り下ろしたタイミングで祐兜はうつ伏せから仰向けになり、刀を歯で止めやった。それには流石に舩坂も驚愕の表情を浮かべるがそれもごく数秒だった。祐兜はこれだけに留まらず刀を止めるとすぐに地面に仕込んであったキサラギを舩坂の頭部へと突き刺すことに成功する。いくら不死身であろうが頭を刺せば倒れるだろうという安直な考えだったがそれは祐兜の思うように成功した。
頭部を刀で貫通させられた舩坂もまた、何も言うことなく地に倒れる。その横を祐兜は舩坂からキサラギを回収しては、這いつくばって黒雨の元へと向かう。祐兜の体は動けていること自体、不思議なほどの致命傷を受けていて、それをキサラギの力で補っているのだがそれもまた、限界になろうとしていた。体の至る所が黒く結晶化しており、祐兜も思うように動けない。
「先輩……黒雨、先輩……」
祐兜はその名前を口にするが、もう黒雨からは呻きも何も聞こえてこない。
「黒雨先輩……ッッ!」
祐兜が這いつくばって祭壇にたどり着くとそこには倒れ込んで丸まっている黒雨の姿があった。
「黒雨先輩……起きてください……お願いです……お願いします……」
反応はない。祐兜は黒雨の手に自分の手を添えて何度も何度も名前を呼んだ。そして何回呼んだかも分からなくなった時、それは祐兜に聞こえた。
「……ありがとう、祐兜くん」
その言葉と同時に黒雨の姿は光の中に消えてなくなり、空へと舞い上がった。
「先輩……俺は……僕は……どうしたら……」
黒雨の言葉を噛みしめることしか祐兜には出来なかった。そして祐兜は気づいた。一振刀選の儀の姫御子として黒雨が消失したのにも関わらず、打出の小槌が召喚されていないことに。
「ははははっ、あっけないねぇ……なに? 君はこれで終わったとでも思っていたのかい?」
その声に祐兜はすぐに振り返った。そこに見えたのは頭部を突き刺したはずの舩坂の姿だった。舩坂はその手にシンラギを手にしている。その頭には突き刺したはずの刺し傷は消えていた。
「舩坂ァァ……ッッッ!!」
祐兜は今まで以上に怒り狂い、絶叫――。それを見た舩坂は更に笑い声を上げる。
「いやぁ、実に面白いよね……大切なものを失った人の表情といえば。なぁ梔君」
「……お前、お前だけは絶対に殺す」
「いいねいいね、その殺意に満ちた目。つくづく君は僕を楽しませてくれる」
「……お楽しみもこれで終わりだ」
祐兜は今持てる力を振り絞った。もう体の七割はキサラギによる力に侵食され人間の物ではなくなってきている。その為もあってか先ほど以上の力を発揮していた。その力に舩坂一歩退く。
「へぇ、そのキサラギはどうやらやはり、鬼神と契約し体を差し出す刀の様に見える。とんだ失敗作……そりゃぁ封印するだろうな、それに比べ僕が持つシンラギは最高傑作にして無銘七刀の唯一の完成品。犠牲も何もなければ、むしろ僕にスキルアップまでしてくれる。つまりそんなガラクタ刀より数倍、数百倍……強い」
「その刀は返してもらう、好きにほざけよ……舩坂」
「返すか……さっきからの口ぶりだと君が生み出した刀の様だが、僕の手にこの刀がある時点で知った事じゃないさ。……それこそ持ち主失格じゃないか?」
「……うるせえよ」
「まぁ良い、さぁ今からは公平な戦いだ……行くぞ」
舩坂はそう言うと自分から距離を詰めてはシンラギを振るい上げる。すると足元の石畳ごと切り裂き、地割れが起きる。
「……ッッッ!!」
だがそれを祐兜は結晶化した腕で受け止め、反対の手に持ったキサラギでシンラギの刀身を打ち付ける。
「……一回目」
そう祐兜は呟いては距離を取ろうとする舩坂にピッタリ体を付けては追い打ちをする。だがそのキサラギの刃はまた舩坂本人の体ではなく、シンラギの刃を打ち付ける。
「……二回目」
その様子に舩坂も反応し、シンラギを振り払って祐兜を突き放す。シンラギの切っ先は灯篭だけでなく周囲の塀や遠くに見える住宅でさえ切り裂いていた。
「ふん、このシンラギの刃に合わすことの出来る刀がまだあったとはね。ちょっと感心だよ。だけどね、君の狙いは難しいんじゃないかな? この刀ごとへし折ろうだなんて」
「……」
舩坂の言葉に祐兜は何も言わない。代わりにその手にしたキサラギを舩坂に向ける。そして先ほどの舩坂のように振り払い、斬撃を放つ。その斬撃は千仏寺の本堂をも切り裂きシンラギと同等の性能を見せつける。
「刀が進化している……? そんな馬鹿な事が……だが無駄だ」
舩坂は次々と祐兜に一太刀目、二太刀目……と斬りかかり、攻撃を浴びせる。その攻撃をキサラギで祐兜は三回目、四回目と呟きながら受け止めていくが……全てを受け止めきれずに次々に結晶化した体もろともと砕かれていく。
「所詮、今の君の体は継ぎ接ぎに過ぎないんだよ……ッ! いい加減に君もくたばれ」
舩坂がそう言うと、とうとう祐兜の体はボロボロになり、今度は自分から地面へと倒れてしまう。
「くっそ……限界の、限界か……キサラギも……」
祐兜は目の前にともに地面へと落ちたキサラギを見つめ、地面を叩いた。
「さぁ、今度こそ終わりだよ梔君……」
祐兜はその舩坂の言葉と同時に目を閉じた。もう終わりなのだと確信した。……もうこれ以上戦う事は出来ないのだと。結局自分は弱いままだったと、最後まで独りぼっちだったなと僅かな時間で過去を振り返っていた。自分は暗闇に一人、力も無ければ何もない。
「遠い……遠い~、大空へ~」
幻聴だろうか、祐兜に頭の中に誰かの歌声が響く。聞き覚えのある掠れた特徴的な声。
「黒雨……先輩……?」
……歌声と共に祐兜のいる暗闇に光が差し込む。
「なにそんなとこでくたばってんだ、少年……ッ!」
差し込んだ光の正体は本宮の二刀、重黄金。まだだ、まだ自分には仲間が居たと祐兜は自らを包み込む暗い暗いその闇を振り払う。
「早く立ち上がれよ、時間は稼ぐ……ッ!!」
「本宮……先輩ッ!」
「なんだ、なんだよ……まだ儀式の参加者の生き残りが居たとは。しかも目障りな光を放つね君は。邪魔だ、消えろ」
本宮の黄金の様に輝く二刀と舩坂の月の様に白く煌めく長刀が鍔迫り合う。その衝撃波は千仏寺を包み込むように広がっていた雲をも吹き飛ばした。
「へぇ、中々やる奴がまだ居たようだが……今はそれどころじゃない、邪魔だお前はまだレベルが足りなすぎる」
その鍔迫り合いを制したのは舩坂だった。本宮は舩坂にいとも簡単に吹き飛ばされた。
「ちっ、何なんだよ強すぎるだろコイツ……、梔はこんな奴と……ははは」
本宮はそう負け惜しみを呟く。そして舩坂はやれやれと、地面に倒れたままの祐兜へまた歩み寄って来る。
「さぁ、この無銘七刀の生みの親である君さえ殺してしまえば僕が神でいられる世界の幕開けだ。あぁ楽しみで仕方がないね……」
「……本宮先輩、有難う。……あとは、俺がやる。俺がやるさ」
祐兜のボロボロの体が次々と黒く結晶化し、怪我という怪我は塞がれていく。切り裂かれた四肢でさえくっ付いていく。もう祐兜の姿は人間の物ではなかった。結晶化したその体のシルエットは完全に鬼の形相だった。
「その刀に魂をも売ったか……」
「あぁ、俺はお前を倒すことが出来るなら俺であることを捨てる」
祐兜がそう言うとその鬼の形相が簡単に崩れる。結晶化した体が元に戻っていく。
「だが俺は人間だ。俺は少しずつ、少しずつ確実にこれまで強くなってきたんだ。俺である事を捨てても人間であることは捨てられないんだ。黒雨先輩や本宮先輩……人と人との関わり合いで人間は強くなれるんだよ、だから人間であることはやめないさ」
「……飛んだ戯言だな」
「俺は全てを解き放つ……ッ!」
祐兜のその言葉と共にキサラギの鎖が全て解き放たれる。
「なぜこのキサラギ……鬼鎖柊という刀が封印されていたがやっと分かった。そしてこの刀の真の力も。この刀は合わせた刀や武器を錆びつかせて使い物に出来なくするだけじゃなく、その合わせていった武器たちの力を貯蓄していく刀だったんだ。その力は余りに強大だから鎖で巻かれて封印されていた。その力を扱える者がいなかったから前世の自分は今の俺に託したんだ……」
鎖が解き放たれたキサラギの刀身は虹色に輝いていた。その光はシンラギをも軽く上回る。
「さぁ決着と行こうか、舩坂真琴……ッ!」
祐兜はもう一度、舩坂の持つシンラギの刀身にキサラギをぶつける。するとキサラギはいとも簡単にへし折れる。
「んな……ッ!?」
「このキサラギには全ての力が込められているんだ……お前なんかに止められるかよッ!」
「でも君に僕は……殺せないッ!」
祐兜は舩坂をキサラギで切り裂くが今まで以上の再生速度で舩坂の体は修復されていく。
「シンラギの恩恵が無くとも僕は無敵だ……ッ!」
「自惚れが過ぎるんだよ、舩坂……ッッッ!!」
祐兜はまた舩坂を切り裂く、それに続きまた舩坂の体は修復されていく。だがそこにまた祐兜が刀を振り入れる。その腕はキサラギと同様に虹色に輝き、じわじわと祐兜の体を結晶化していく。
「んな、僕の修復速度に追いついてきている……だと、まさか……」
「そのまさかだよ。俺とこのキサラギは今完全に同調している。つまりは今、俺自身が刀の様な鋭い強さを持ち合わせているんだ……さっきも言ったがこれで決着だ、くたばれ不死身のクソ野郎……ッ!」
舩坂が修復する前に祐兜は舩坂の異常なスピードで再生する細胞ごと何百回、何千回、何万回と切り裂くことで舩坂を再起不能にした。
「は、ははは……楽しかった……まさか僕を殺せる人物が、いた……とはね」
それが舩坂真琴の最後に告げた言葉だった。
「終わった……これで……」
その言葉を聞いた祐兜は思わず地べたに尻を付く。祐兜ももう、意識が朦朧としているが祭壇にある物を見ては這いながらもそこまでどうにか辿りつき、それを手にした。
「本宮……先輩は二刀が破壊されたみたいだけど、まだ息があるようだし……ははは、俺は最後まで欲張りだなぁ。だからいじめになんか遭ったんだよ……でも、有難う。ここまで強くなれたのはあなたのおかげです……」
「小槌よ、小槌……黒雨先輩を……那須野黒雨を蘇らせろ、お願いだ」
祐兜はそう言うと祭壇にあった物、全ての願望を叶える代物である打出の小槌を持てる力を絞り切り、振るっては力尽きた。
***
――消えた君を想うと哀しさは綻び
――あの頃の笑顔は戻らずに
――失った唄さえも帰ってこない
――神なんてもういない
――唄なんてもういらない
彼女は歌う。歌が嫌いになろうとも、例え世界が嫌いになろうとも。その世界に彼の姿が見えずとも彼女は歌を歌う。彼が好きだった歌を今も彼女は歌う――。