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第二幕“愚かな選択„

早朝――。木々が風に揺られては小鳥のさえずりが祐兜の耳元へと聞こえてくる。だがその小鳥は何かから逃げていく様な声だ。祐兜は目を擦りながらキャンピングカーの窓に手を伸ばす。

「小雨……、そして濃い目の霧か……。冬場だってのにどうなっているんだよ…」

 祐兜が言うように外は濃い目の霧がかかっては遠くが見えづらく、小雨の雨が降り清々しい朝とはいえない朝だった。祐兜は時計を見やると四時に差し掛かる頃だったので黒マントの男が言っていた様に那須乃神社へと足早に向かった。那須乃神社に向かうにつれて霧は濃くなるばかりだった。

「祐兜くん、来たね。待ってたよ?」

 那須乃神社の前に来ると待ち構えていたかのように黒雨が待っていた。

「あれ、黒雨先輩……自分言いましたっけ、早朝伺いますって」

「いいや、聞いていないさ。だけど私も朝からこの霧に異変を感じていてじっとしていられなかったのよ…」

「黒雨先輩でもこの季節外れの霧の正体が分からないんですか……」

「あぁ、謎だよ…でも君はそれを聞きに来た訳ではないんだろう?」

「はい……昨日、黒マントで黄金の二刀を持った奴に黒雨さんに詳細を聞けと言われまして……」

「なるほど……アイツ、本宮もとみやくんがか。でもなんで祐兜くんが彼に話を聞いているんだい?」

「実は……その、僕が魂狩りを目撃してから襲われ……助けてくれたのが彼なんです。そしてオマエは選ばれたのか、って」

「んな……っ、祐兜くん魂狩りを見たの……?」

「はい……だけど黒マントの男がこれは影武者で本体じゃないって」

「……そういうことか。あと祐兜くん、黒マントの男の正体は本宮……武晴たけはる。君の一つ上の学年の先輩よ? 彼の持つ神具は二刀・重黄金。宮本武蔵が使っていたとされる刀、金重を二つの姿とした物を使っているわ。彼は…儀式では中立だから祐兜くんを守ったのかも…」

「一体。何なんですか……その本宮さんが言っていた選ばれただとか。宮本武蔵の力だとか、儀式だとか……。全く意味が分からないんですよ、あの魂狩りといい」

「丁度良いね……ここまで知ってしまったのだから、祐兜くんには言わなきゃと思っていたの。私はただ魂狩りを倒してメンバーの仇を取ろうってだけじゃないの。私はメンバーを取り戻したい……それを叶える為にこの地にいるの。それを叶える為の儀式がこの地で行われる一振刀選の儀と呼ばれる儀式なの」

「一振刀選の儀……?」

「その名にある通り、一振りの刀を選りすぐっては、選ぶ儀式の事よ。つまり一振りの優秀な刀を選ぶように一人の生き残った優秀な者だけに与えられる打出の小槌をめぐった戦いが行われ、参加者には力が与えられる。その力はこの日本の神話や昔話、歴史上のものを借りることとなるの。先ほどの本宮くんが宮本武蔵の力を使うように、そして私は姓名にある通り那須与一の力を借りているの」

 黒雨はそう言うとどこから取り出してきたのか分からないが、一つの弓を取り出した。

「これがその力。私は那須与一が使っていたとされる滋藤の弓こと、滋凍の弓を扱うの。この弓は特別で那須与一の命中精度の力のほかに射った部分を凍り付かす力をも持つ……」

「一振刀選の儀……そしてその選ばれた者が持つ力、はははっ、まるで僕には関係のない話だよね。僕は弱いしそんな選ばれた者が持つ力もない。このまま黒雨さんと話していたら巻き込まれるだけだよ…」

「いいや違う。私はもう、祐兜くんを巻き込んでしまっている……ごめん。この通りだ」

 黒雨はそう言うと祐兜に深々と頭を下げた。

「黒雨先輩……。頭を上げてくださいよ、やめましょそういうの。良いんです、僕は。短い時間でしたけど黒雨先輩……skepticのボーカル、那須野黒雨に会えて楽しかったですし、幸せでしたっ、有難う御座いました……っ」

 祐兜は黒雨にそう告げるとすぐに背を向けて逃げる様にその場を去ろうとした。だが、それは上手くいかなかった。

「……祐兜くんッ、避けて……ッッッ!!」

 その黒雨の声に祐兜は反射的に身を屈めた。屈めた祐兜の上にはどこからともなく業火が走ったのだ。

「フン……ッ、躱されてしまったか」

 祐兜が振り返った先には轟々と燃える炎を纏い、刀身が赤く熱された刀を携えた長髪を後ろで結わえた大人びた顔立ちの男だった。

「お初にお目にかかる、私は光冥院こうみょういん明秀あけひで。一振刀選の儀においてこの那須乃神社の巫女である那須野黒雨と手合わせしたく伺った。しかしながら儀式には不要である部外者が見受けられたためにこの様な挨拶になってしまい、申し訳ない」

 光冥院という男はそう言うと刀を鞘に納める。すると刀に帯びる炎も一瞬にして消えた。

「ご丁寧な挨拶有り難く頂戴します……ですが彼は部外者ではありません」

 黒雨が祐兜を庇うようにそう告げた。

「ほう、そこの彼も選ばれたというのか……失敬。では遠慮はいらないだろうな、那須野嬢と手合わせ願う前にまずは君からだ」

 轟……ッッッ!! 居合だろうか、光冥院が鞘から刀を抜いたと同時に身を焼かれるような炎が吹き荒れる。

「この刀……もとい力は、かの明智光秀の使っていたとされる備前近景を現代に甦らせては強化した備前千景。振り払えば熱く広く燃えがえり、切り裂けば灰と化す代物よ。武器のクラスは神具。君の武器のクラスがどの様なものかは分からないが、いざ尋常に勝負……ッ!」

 祐兜は突如現れた、光冥院という男の持つ刀である備前千景を見て理解した。早朝からあった濃い霧の原因が刀の放つ炎のせいだと。つまり光冥院は既にこの前に他の人物と手合わせしていると。

「祐兜くん……ッ!」

 黒雨が自分の持つ神具、滋凍の弓で矢を放ち祐兜を援護する。

「なに、無駄な事よ。私は全てを焼き尽くし灰にする業火。那須野嬢の持つ神具は予め調べてある……氷なんて炎の前では無力に近い。相性は最悪だ」

 まさに光冥院の言う通りで、黒雨の矢は確かに光冥院の急所目掛けて計四本ほど放たれたがそれは全て軽く振り払われる。

「……なぁ、言ったであろう。さぁ君も武器を使ってはどうか?」

「僕に……武器なんて……」

 祐兜は確かに武器は持っていなかった。だがそれは今この場、での話だ。

「何を身構えておる? さぁ、早く君の力を見せてくれ……」

「祐兜くん……ッ、ごめん……私何も…出来て、ない……けど逃げてッ……お願い……ッ! 祐兜くんには、生きて……欲しいからッ!」

 光冥院の挑発、そして黒雨の絶叫に祐兜は自分らしくない決断を下す。

「僕は……いつまで、こんなウジウジしてるんだッ……僕は今こそ僕で無くなるんだ……弱い僕はこのままじゃ、ダメなんだ……ッ!」

 祐兜はそう言い、走った。ただ力強く地を蹴って走るその姿は必死そのものだった。

「敵前逃亡とは……見損なったぞッ!」

 それを追うように光冥院も地を駆ける。黒雨は腰が抜けたのだろうか、祐兜の名前を呼びながら泣きじゃくって座り込む。

「祐兜くん……君は弱くなんか……ないよ……生きて……力、強く」

 黒雨のその声は祐兜には届かなかった。


「フンッ、やはりただ逃げるだけか? 少年よ生きたいのは分かるが儀式に選ばれた者が堂々としていなくてどうするんだ……? いけッ、我が業火よ……ッ!」

「僕はただ逃げてなんかいないさ…ッ!」

 祐兜は命からがら逃げ、那須乃神社からだいぶ離れていた。そして光冥院の放つ業火を体すれすれで躱すが、その業火は祐兜の生活拠点であるキャンピングカーに当たった。炎がキャンピングカーの中にある燃料に引火し、大爆発を引き起こす。

「……フンッ、逃げた末に爆発で死んだか。生ぬるい少年であったな」

 光冥院はしばらくキャンピングカーが爆発する光景を眺めていたがその中に祐兜が見当たらなかったのか、勝利を確信して背を向けた。

「……敵前逃亡ってまさにこのことだよな? ま、勝手に敵認定されたわけなんだけどね」

 祐兜はそう呟いてはキャンピングカー周辺で轟々と燃える炎を振り払いながら光冥院の前に姿を現した。その手には一見使い物にならなさそうな、黒く錆び付いたボロボロの刀が握られている。

「……ったく、人の生活拠点を木っ端微塵にしやがって。これからどうしていけば良いんだよ……。僕は弱い、だけど流石にこれは……怒るよね?」

「生きていたか、そしてようやく君の武器が見れると思ったが……残念だ。相手になりそうにもない」

「うるせえよ、僕は選ばれたとか……そんなもの分からないし、この武器が弱いとか言われても仕方がないけど人を、物を見た目で判断していると痛い目見るよ?」

 この時の祐兜は何故か、手に持っている刀の使い方やポテンシャルを理解していた。そしてうっすらと何かを思い出していた。

「……もう一度焼き死ぬといいさッッッ!」

「同じ技を何度も喰らうほど僕は馬鹿じゃないさ……」

 祐兜は光冥院の放つ業火を無駄な動き無く躱し、接近。そしてその手にした黒く錆び付く刀を振るう。それに光冥院も反応し、備前千景で受け止める……が。

「んな……ッ?!」

 武器クラス最高位の神具である備前千景の刀身が少し欠けては、光冥院の手の甲を祐兜が切り裂いたのだ。

「君は……一体何者なんだ……ッ、神具と匹敵するだと、そんなオンボロな刀が。私としたことが……」

 祐兜は手の甲を抑えてこちらを見る光冥院を見て自分でも驚いていた。自分の持つ刀の威力に。その時、祐兜の頭には鋭い痛みが走る。

「ぐッ……あぁ、無銘の刀……無銘刀、ヒイラギ……」

 祐兜は頭を押さえ、地に片膝がつきながらも鋭い頭痛の中にある記憶の破片を言葉に出していた。

「そんな刀など……聞いたことが、ないな。ふはは、これは面白い事になりそうだな。私は今日は失礼しよう。この傷を君に受けた事、忘れないぞ……また手合わせを願う、ではな」

 光冥院がその場を後にしたのを確認すると同時、祐兜は頭痛に耐えられずに地へと伏した。


「お、おはよ……祐兜くん……」

 祐兜が目を覚ますとそこには目が赤く腫れては澄んだ目で見つめてくる黒雨の姿があった。

「あ、れ……僕は……」

「祐兜くんは戦ったの、現れた光冥院という男と。そして彼を追い返したのよ……その手にある刀で。やっぱり祐兜くんはただの高校生じゃなかったんだよ……そんな気がしていたの、だから私はあの時」

「……部外者じゃない、って言ったんでしょ? だけど僕は弱い……あんな奴らと戦っていける筈がないし、なにより戦う理由がないよ……一振刀選の儀とかいう大それたものになんて参加する理由が」

「いいえ、祐兜くんにはあると思うよ……君のその刀に」

「刀? ……この黒くて錆びれてはボロボロの刀に理由なんて」

 祐兜が手に握っている刀を見やるとまた、鋭い痛みが頭に走る。

「なんだよ……この痛みは、なんだってんだよこの刀は……そもそもなんでこの刀は僕の生活拠点であるキャンピングカーにあったんだ? あ、キャンピングカーはもう無くなっちまったのか……」

「そう、その刀には力があるの。私にも君にも分からない力が……その謎には君の頭痛も関わっているしそれが理由になるんじゃないかなって私、思うんだ。あ、それとね君の住むところなんだけど……良かったら神社の境内にある空き部屋を使っても良いよ?」

「確かに……この、刀は謎だ。そしてこの刀には僕に関わる何かがあると思うんだよね……この刀にはヒイラギという名があるみたいだし……。それが今の戦う理由にもなってくるかもしれないし、何よりやっぱ僕は黒雨先輩を放ってはおけないですよ。それと、その空き部屋のお話お願いしても良いですか……身寄りもないもので」

「うん、そうだよっ。君はその刀の謎を追う事で何かを見つけられると思うんだ。私もその助けが出来たら良いなって。だから遠慮しないで私に他に出来ることがあれば言ってね」

「うん……宜しくお願いします」

 黒雨はそう言うと祐兜の持つ刀を布に包ませては境内を案内した。那須乃神社の境内はそこまで大きいわけではないが豊かな自然と隣に併設された公園、近くに流れる用水ととても穏やかな様子で過ごしやすそうだった。そして祐兜に提供された空き部屋は神社の本殿の脇にある社務所の裏に一見物置小屋に見える木造小屋だった。中はそこそこ広く、布団と古書が並ぶ大きな本棚と中々にシンプルだった。だが生活するには十分の空間だった。

「シャワーとかは神社の横にある私の実家のを使って貰えればと……ご飯もうちで食べてね?」

「良いの? こんなにお世話になってしまって……。なんだか申し訳ないよ」

「良いの……。私が君を巻き込んでしまったようなもんだし、正直少し責任感じてるんだぁ……」

「責任とか……感じなくて良いですよ、僕は望んでこれからは参加します。もう僕には身寄りも頼るところもないですし……お言葉に甘えます」

「ん、なんか……ごめん。祐兜くんそんなお堅くならないで……」

「僕も男です、なんか守られているだけじゃ駄目だなって弱い僕じゃ何もできない……」

 祐兜は自分の手のひらを広げては眺めていた。祐兜は幼き頃に両親を亡くしては育ててくれた祖母や祖父、里親もおらず、いじめには遭い散々な生活を今まで送ってきた。中学に上がってからは親戚が預かっていたという両親の財産でキャンピングカーと小さな空き地を購入して今までぎりぎりで生きてきたのだ。祐兜は自分の弱さばかり見つめてきたのだ。

「僕は弱い……この先、黒雨先輩に迷惑ばかり掛けるかもしれません。だけど僕は……心の支えになったいた、憧れのskepticのボーカルの黒雨さんの近くにいたい……」

 祐兜は広げていた手のひらを強く握りしめる。

「だから、僕は戦います。この刀の謎だけじゃない、強くなるために」

「うん……分かったよ、君の決意を。一振刀選の儀はもう始まっている。いつ襲われるかも分からない……だけど君には何か可能性を感じるよ……信じてる」

「はい、黒雨先輩の足を引っ張らないよう……努力します」

 黒雨は祐兜の握りしめた拳を優しく包み込んだ。祐兜はこの後、黒雨の実家にてご飯とシャワーを頂戴してひとまず休んだ。


次の朝、黒雨から提供された小屋の戸を叩く音が聞こえては自然と祐兜は目を覚ました。

「祐兜くん……起きてる? おーいっ」

「今、起こされたとこですよ……」

 祐兜は戸を開けてはその声の持ち主に挨拶を交わす。

「黒雨先輩、どうしたんですか……こんな朝から」

「こんな朝からって……私の格好見て分からない?」

 黒雨は青と黒のチェック柄のスカートにシンプルなデザインのブレザーを身に纏っていたのだ。

「うちの学校の制服がどうしたんですか……?」

「うちの学校の制服がって、今日学校でしょう? 何してるのよ、早く準備しなくちゃだよ」

「今日、転入する日ってことすか……。だけど僕、学校には最低限しか行かないんで」

「なんでさ? 学校には行かなきゃだよ」

「嫌ですよ、あんなところに行ってもロクなことが無いですから」

「そっか……そうだよね、ごめんね……」

「良いんです、僕は学校なんて卒業資格の為に行ってるんですから」

「でも……制服姿ぐらい、褒めて欲しかったかも」

「……似合ってます、先輩」

「ふふふっ、ありがと。さて私は行ってくるけど、君は?」

「僕は少し、行くところがあるので」

「そっか……ではまた夕方に合流だね?」

 祐兜は夕方に黒雨と合流する約束をして、早速その行くべき所へ向かう。行くべき所、それは顔も思い出も記憶に少ない両親の墓がある霊園だ。この辺りでは中々の大きさで公園の役割も果たしている。いざ、祐兜辿り付いてはみるが何故だか今日は人の姿が見えない。

「どうなってるんだよ……」

 過去にも何回か訪れてはいる両親の墓が消えていたのだ、それも両親の墓だけが。

「一体何が……どうなってるんだよ。この刀がいけないのか?」

 祐兜は手に入れたその黒く錆び付いた刀を布に包んでは身に着ける様にしていた。それは一振刀選の儀に参加するということの決心と己の弱さをカバーする目的で。

「やはり、君か……」

 祐兜の耳にその何者かの声は聞こえた。思わず祐兜は周りを見渡すが人の姿は見当たらない。

「……何者だよ?」

「今は君に姿を見せることは、出来ない……」

 その声は何故か祐兜には聞き覚えのある声だった。だがその人物は物覚えもなく、思い出すことも出来ない。

「僕の……両親の墓を消したのはお前、なんだな?」

「君には思い出す必要がないんだ……」

 その声が絶えた途端、祐兜の目前には見覚えのある大男が現れる。

「君にはここで消えてもらうよ……その刀、ヒイラギごとな」

「Arrrrr…!!」

 祐兜の目の前には大きな風呂敷を背負い、片手には大きな薙刀を持つ魂狩りこと狂化した武蔵坊弁慶の姿だった。

「ヒイラギの名前を知っている、か。誰だか知らないけど僕の事を僕以上に知っている人物が狂化した武蔵坊弁慶を操っている……それだけで戦う理由は十分、だよね」

 祐兜はヒイラギと言われるその刀を携え、魂狩りと対峙する。

「Gaaaaaaaaa…!!」

 魂狩りは躊躇することなく祐兜に襲い掛かる。

「コイツさえ倒せば、黒雨先輩も……救われるよな……」

 祐兜は震える手を何とか抑え、決心を固める。そして黒く錆びれた刀であるヒイラギの可能性を信じ、地を蹴っては魂狩りへと接近する。

「A――rrrrr!!」

 魂狩りは手にした薙刀を目にも止まらぬ速さで振り回すと、祐兜に振り下ろす。が、祐兜はそれに反応しヒイラギで受け止める。その刃先が一回り以上大きな薙刀を刀で、それもオンボロな刀で受け止めるなど無謀にも等しいはずがヒイラギはそんなものを跳ね返す勢いではじき返したのだ。

「やっぱこの刀は……ただの刀じゃないみたい、か」

 祐兜はヒイラギを構えなおすと地面に突き刺さった薙刀を抜こうとしている隙に一太刀浴びせる。

「Gaaaaa……!!」

 その斬撃は魂狩りの肩から風呂敷にかけて斬り付けられた。そして魂狩りは雄叫びを上げては薙刀を放棄し、新たな武器である大太刀を両手に構える。そして薙刀を扱った重厚な攻撃と打って変わり凄まじい速さの俊敏な攻撃へと変わる。

「……ッッ!」

 祐兜はそれでもその魂狩りのスピードに何とか追いついていた。それも戦い方を知っているかのように。

「お前、お前さえいなければ……ッ」

 祐兜は我を忘れた様に……弱い自分を忘れたかのように刀を振るう。それに応じる様に魂狩りも応戦し食らいつく。

「Gaaaaa……aaaaaaa!!」

 魂狩りは今までで一番の雄叫びを上げると、背にした風呂敷を下ろし身を投げる様に突進。祐兜はそれに耐えきれず吹き飛ばされる。その際、祐兜の手にしていたヒイラギも吹き飛ばされてしまう。

「グ……アァ……ッ、やっぱり僕じゃ、無理なのか……」

 祐兜はまた手を広げては見つめる。その手は自分の血で赤く染まり、気づけば少し目眩もし始めている。

「ははは、こんなところで……終わるのか。僕の人生は」

 祐兜は走馬灯の様に過去を振り返るが祐兜にはそんな過去を思い出すことが出来ずにボーッとしてしまう。

「僕には……過去がない……弱いし……何も、出来ないんだった」

「そんなことないよ……ッ!!祐兜くんには祐兜くんの出来ることがきっとあるんだよ……ッ!!」

 その声が聞こえると、魂狩りの体には次々と矢が突き刺さっていく。その矢が突き刺さっていくにつれて魂狩りの体は凍り付いてゆく。

「黒雨……先輩……なんですか……」

「うん、でも……行くところがあるって一人で行ってみれば祐兜くん勝手にこんな戦いに挑んでるなんて……自分勝手すぎだよ……そんなにボロボロになってまで」

「いや、望んでアイツと……魂狩りと戦っている訳じゃないんです。僕はただ墓参りに来てみれば魂狩りが現れて、襲われたんですよ」

「でも……っ」

「現れたからには僕だって襲われてるだけじゃ気が済まないですし、この刀で……奴を倒せれば黒雨先輩も救われるんじゃないかなって」

「……祐兜くん」

「黒雨先輩、こうやって話す時間もこれまでみたいですよ? 奴を……魂狩りを見てみてくださいよ」

 祐兜はそう言うと血まみれの体で魂狩りを指さす。魂狩りの体には黒雨の放った大量の矢が突き刺さっており凍り付いていたはずが段々と解け始めては動きつつある。

「A――uuurrrrrrrrrrr!!」

 魂狩り発狂しては当時の武蔵坊弁慶の如く、体に数十程度の矢が突き刺さっていながらもこちらへと一歩ずつ歩み寄ってくる。

「私の矢が……氷が解けるなんて……」

「先輩、黒雨先輩……諦めないで戦わなくちゃいけないですよ……アイツが先輩の仇ならば尚更ですよ」

 祐兜は氷の拘束を抜け出す魂狩りの様子を見て半ば絶望する黒雨の姿を見て、そう語り掛け、ヒイラギを地面に突き刺してボロボロの体を無理やり起き上がらせる。

「アイツは武蔵坊弁慶の力の他に、狂化させられ操られている分強化されてる……だから先輩の力が通用しなくても仕方がないですよ。だけど何もしないで突っ立ってたら仲間の仇なんて打てないです」

「仲間の……仇」

「はい……アイツを倒すことで僕も何かを得られる気がするんです。だから……ッ」

「……私も戦うよ。いいや、戦わなきゃいけないんだよね?」

 祐兜と黒雨は改めて武器を構えなおす。それに応じるかのように魂狩りも大太刀を構えなおし突進してくる。

「私が祐兜くんを援護するから、祐兜くんはなるべく間合いを詰めて……ッ!」

「……了解ッ!」

 祐兜は受けたダメージを忘れたかのように魂狩りに追いつく速さで間合いを詰めて対峙する。

「右に避けて……ッ!」

 黒雨の掛け声とともに間合いを詰めていた祐兜は右に避ける。するとそこから的確な角度で矢が放たれてゆく。だがその矢は魂狩りに無残にも弾かれる、が、その隙に祐兜は魂狩りの懐に入り込みヒイラギで切り裂く。

「Gaaaaa――!!」

 その切っ先は魂狩りの腹を綺麗に切り開いたが魂狩りは怯むことなく祐兜に反撃してくる。祐兜はそれに反応できずに大太刀をヒイラギで受け止める。だがそれは余りにも大きさ的にも威力的にも無謀な行為だ。

 轟……ッッッ!! 刀と刀がぶつかり合い大きな音が鳴り響く。その間、黒雨も援護をするが魂狩りはもう一方に手にした鎖鎌を振り回して弾いている。鍔迫り合いが続くが、続いていくにつれて祐兜の持つヒイラギがミシミシと悲鳴を上げていく。

「クッソ……がァ!」

「A――rrrrrrrrr!!」

 魂狩りと祐兜が咆哮する。そしてお互いに手にした武器を切り払ってはすれ違う。その後、祐兜は意識が遠のくほどの出血で思わず足を地に着いてしまう。そして手にしていた刀、ヒイラギは今祐兜の手元には見当たらない。

「ヒイラギが……折れた……だと」

 ――やはりオンボロの刀はオンボロ止まりだったのか、と祐兜は半ば呆れていた。やはり自分には力は無かったのだと。例え、力を得たとしてもそれは微塵にもならないものであったのだと。

「……祐兜くんッ、避けてよッッッ!!」

 魂狩りが地に足を着いて今にも倒れようとしている祐兜にとどめを刺そうとしている姿を黒雨は見てそう絶叫するがその声は祐兜に届かない。

「は、ははは……やっぱ僕は弱いんだ。この刀、ヒイラギなんてただのオンボロの刀で僕には何の関係もなく、僕は何の力も持たない底辺の人間なんだよ……今死ねるなら本望だ」

 祐兜は自分の弱さに溺れていた。それは手にした武器、ヒイラギが折れたことによって更に深い所へと溺れていく。まるで自分の心を折られた様に。

「祐兜くん……ッッッ!!」

 黒雨の嘆きはやはり届かない、もう手遅れと思われた。

「僕は……弱いんだ、やっぱり」

 ――いいや、貴様は本当の自分を知らないだけだ。

 そのどこからか祐兜の意識に響く声は祐兜を震え上がらせる。そして祐兜は周りが止まっているかのような状況、魂狩りが大太刀を振り上げたままであり黒雨も停止している、まるで時間が止まっている状況に気が付き、意識の中で会話を続ける。

「なんなんだよ……本当の自分とかって」

 ――いつまでウジウジしているつもりだ、刀が折れたなら新たな刀を早く手に取れ。

「うるさいうるさいうるさい……僕は何をやっても上手くいかない弱者なんだよ」

 ――いつまで自分が弱者だと思っている。刀を手に取れ、戦え、それで少し本当の自分に近づくはずだ。

「刀なんてもうどこにも……」

 祐兜がそう言いかけた矢先、少しずつ魂狩りが刀を振り下ろしてくるのが目に入った。そしてその魂狩りの後ろに置かれた風呂敷の中に折れてしまったヒイラギと似た刀があるのに祐兜は気が付く。

「あの刀……」

 その刀はヒイラギと同じで黒く錆びついている。だがヒイラギとは違ってその持ち手から刀身に掛けて細い、今にも外れそうなチェーンが巻かれている。それはまるでこの刀には触れるなと封印されているかのように。祐兜はその刀に夢中だった。

「あの刀……どこかで……」

 祐兜はその刀をどこかで見掛けたような気がしていた。だがその記憶は思うように思い出すことは出来ない。

――さぁ、その刀は元々お前のものだ。

「俺の……刀……」

 祐兜を呼ぶようなその刀の声に惹かれ、祐兜は迷わずその刀のもとへボロボロの体を動かして地を蹴る。

「A――rrrrr!!」

 だがそう上手くも行かず、魂狩りが祐兜を追従する様に持つ武器を投げ付けていく。武蔵坊弁慶が使ったとされる七つ道具の力を受け継いだ宝具、七天罰刀しちてんばっとうが猛威を振るう瞬間だった。

「……こんな、ところでッ!!」

 祐兜も負けてはいない。間一髪、スレスレではあるが投げつけられた全ての宝具の刀や熊手、薙刀たちといったものを躱していく。ボロボロの体であっても何故ここまで動けるのか、祐兜は考えていた。そしてその要因はやはりあのヒイラギに似た、魂狩りの風呂敷にあった刀だと確信して、魂狩りの足元へと勢いよく滑り込む。魂狩りは動きが早くとも図体はでかく足元の下まで追いついて来ないと祐兜は踏んだのだ。

「……これでッ!!」

 滑り込んで魂狩りを通り過ぎた祐兜の右手にはその刀が握られていた。

「……んな……ッ?! なん、だこれ……」

 手に触れた途端、ヒイラギを手にした時の様な頭痛が祐兜に走った。その痛みには誰だろうか、何者の物なのか分からない記憶が入り込んできていた。……暗がりの中で刀を打つ一人の青年の姿、そしてその青年の後ろにある作りかけの刀。その中には折れてしまったヒイラギの姿や今手にしているこの刀の姿も見えた。だが今手にしている刀は包帯でグルグル巻きにされており、その上にも厳重にチェーンが巻かれ、お札が貼られていた。そのお札には「鬼鎖柊きさらぎ」と印字されている。

「キサラギ、か……」

 祐兜は左手で頭を抑えつつ、右手に持ったそのキサラギを見やった。その刀はヒイラギに似ているとはいえどこか違うものを感じていた。

「これなら……いけそうだ……さぁ、決着と行こうか魂狩り」

 祐兜の口調は今までの祐兜と一変し、強気であった。祐兜はキサラギを手にしてからというものの、傷の痛みも引いて動けるようになっていたのだ。

「こいつ、キサラギはどうやらただの刀じゃないらしい……こいつがそう言っている、決着だ」

「――Arrrrrr!!」

 祐兜の右手から腕にかけてキサラギの黒く細いチェーンがミシミシと張り付くように巻きついていく。刀からは凄まじい力を祐兜は感じていた。祐兜がキサラギの持ち手を握りしめ、大きく振り払うとそれに応じる様に魂狩りの胸部に深く斬撃が入り込んだ。だがそれで魂狩りは衰える事無く地面に突き刺さった薙刀を手に取っては轟ッ、と風を切りながら祐兜へと攻撃する。しかし、祐兜はそれを物ともせずその手にしたキサラギで薙刀の猛攻を受け止める。

「……ッッッ!!」

「――Gaaaaa!!」

 地を轟かす鍔迫り合い。その光景を黒雨は目を見開き、目に焼き付けていた。そして改めて実感していた……祐兜くんはやはり、弱い人物ではなく選ばれた者なのだと。

「――Arrr?!」

 魂狩りの手にしていた薙刀がギシギシと音を立てて黒く錆びついて、そしてじわじわと薙刀の刃先が崩れていく。その薙刀と刃を合わせていたのにも関わらず、キサラギは刃こぼれすることなくむしろ光り輝いていた。魂狩りはこの光景に思考が追いついていないのか手当たり次第に武器と言う武器を手に取り、祐兜の手にしているキサラギと刃を合わせていくが全て同じように、ギシギシと音を立てて黒く錆びつき武器の役目を果たさなくなっていく。

「……先輩、黒雨先輩これで良いんですよね……?」

 一閃ッ、魂狩りの武器を全て使い物にならなくした祐兜はキサラギの刃先を魂狩りの肩から腰に掛けては切り裂いた。その切っ先からはみるみると黒いオーラが出始め、魂狩りは両足を地につけて倒れる。その後、影に飲まれる様に消えてなくなった。

「――祐兜くんッッッ!!」

 それと同時、祐兜も力尽きてしまったのか、地面に突っ伏してしまった。


「……あ、れ」

 祐兜が目を覚ますと前と同じように黒雨の顔を見上げていた。だが黒雨は前とは違い、涙目ではなく少し微笑んでいた。

「……先輩、自分はあの後どうしたんですか?」

「祐兜くんはね……あの後、私の方を見たと思ったら力出し切ったのか、ドミノみたいに倒れたんだから……無茶して」

「ふふ、そうですか……確かに無茶してましたもんね、いつもの自分みたいじゃないっていうか」

 祐兜も黒雨の様に微笑んでいた。あれ程、死にかける程の思いを祐兜はしていたにも関わらず笑っていられたのには黒雨の存在の他、やはり新しく手にした刀であるキサラギの存在の大きさがあった。祐兜はその刀を手にしてからいつもと違う自分の姿を見て、弱いはずの自分に少し自信がついていたのだ。

「祐兜くん、その刀……どうしたの?」

 黒雨が祐兜の手元に置かれていた、キサラギについて言及する。言われてみれば祐兜は黒雨にこの刀の説明していなかったなと思い返す。

「この刀は……自分でも良く分かっていないんですけど、キサラギと言うみたいで。生憎、ヒイラギは折れちゃったんですけど……その魂狩りの風呂敷にコイツがあって……なんか僕を呼んできたっていうか。手にしてみたら馴染むっていうか」

「ふーん、確かにその刀……前に持ってた刀と似ているし……でもその刀とかって一体誰の遺物なのかな? 魂狩りとも対等に、それ以上に渡り合えていたんだから相当有名な人物の物よね?」

「それが、分からないんです。どういう人物だったとかは何となく姿がイメージ出来るんですけど……ヒイラギといいこの刀といい」

「……そう。普通なら神具・宝具・武具いずれかを手にしたときに誰の力を借り受けたのか分かる筈なんだけど……私のこの弓のように」

「……先輩のって那須与一の力なんですよね? そしてこの間の黒マントの黄金に光る二刀、襲ってきた光冥院といい……全員力を借り受けてるんですよね?」

「そうよ、前にも似た事を言った気がするけどあの黄金の二刀は宮本武蔵の力で、光冥院は明智光秀の力。日本で昔から語り継がれる伝説や人物、神話の遺物が主に力となって具現化するの。その具現化した力の持ち主の有名さなどによって神具、宝具、武具との段階に分けられる。私たちがこれまで見かけてきたものは全て有名な偉人のものだから、神具よ」

「……なるほど、ではこの僕の持つキサラギはなんなんでしょうね」

 祐兜のその言葉を聞いた黒雨は少し黙り込んでしまう。

「……祐兜くんの刀、ヒイラギやキサラギなんて日本の歴史や神話でも聞いた事が無いよ。だから自然に最低基準の武具、と言いたいんだけどあの武蔵坊弁慶の力を使っていた魂狩りを上回る力を見せたという事は違うはずだし……私も分からないんだよね」

「ですよね……。そういえばあの声……」

 祐兜はこの霊園に辿りついた時を思い出していた。顔も思い出せない両親の墓を消した男の声。ヒイラギごと消してやるという自分の過去を知っているかのようの言い回し。

「あの声の男……一体誰なんだ?」

 祐兜は頭を抱えた。何なんだあの男は、何なんだ自分の過去は。あの男は何者で自分は何者なのか。それに辿りつくには自分の過去を知る必要がある。その為にはあの男まで行きつく必要がある。

「先輩、黒雨先輩。……手伝ってくれませんか? 僕の過去を、この刀の謎を解くために僕に力を……。僕が一振刀選の儀に挑む理由が何となく、分かった気がするんです」

「その目、祐兜くんのその目。初めて見たよ? 祐兜くんのそんな本気な目」

「僕は……本気です。それも、珍しく。僕は自分のまだ見ぬ過去を手に入れることで変われる気がするんです。弱い自分を抜け出せる様な……そんな気がするんです」

「私、……私は祐兜くんがどんなに苦しい過去を送ってきたかは知らない。私は今の祐兜くんしか分からない……だけど過去を見直そうとするその姿勢は本気だし、私に出来ることがあれば何でもするよ……っ」

 祐兜は忘れたつもりだった……弱い自分を。祐兜は幼き頃からいじめられっ子で死のうとした時でさえ何度もあった。高校へと進学するとき、それを忘れることで今の自分が保てていたのだ。だが今は違う、今はその過去と立ち向かう事で変わろうとしている。弱い自分との決着を付けるために。祐兜は覚悟を決めた、過去の自分を改めて知るために一振刀選の儀に挑み、生き残ると。そのための鍵がこの手に携えるキサラギなのだと。

「黒雨先輩、僕……学校に行きます。逃げません、過去がどうのこうのなんて気にしていたら駄目だって気づいたんです」

「……そう。私は応援するし手伝うよ……っ」

「何より、黒雨先輩が学校に居るなら尚更……頑張れると思うんで頑張ります」

「それって……」

「あ……」

 祐兜は自分で言った意味の深さを理解していなかった。

「べ、別に大した意味じゃないんですよ? 僕はただ知り合いが学校に居たら頑張れるっていうか……」

「祐兜くん……学校サボってると思ったらそういう事だったのね」

「あ、それもそういう意味じゃ……ただどうにも馴染めないだけで」

「……ふふっ、じゃあ精一杯サポートさせてもらうから安心してね?」

「何か誤解されている気がするんですけど……お願いします」

 祐兜は高校に進学してもいじめが続いていたためにサボる事が多かった。だがそれも今日まで。祐兜は自分を変えるために一歩、歩き出した。


 そして次の日の朝、早速祐兜は制服のブレザーの袖に腕を通していた。

「……祐兜くん、制服似合ってるじゃんか」

 祐兜の制服姿に黒雨はにこやかに笑った。

「先輩、それ結構心にぶっ刺さるんですけど。なんでそんなに笑ってるんですか」

「いやだって、祐兜くんいっつもなんていうか……ラフな服装だったからいざ制服着るとその着こなしもラフな感じっていうか」

「……そんなに笑われてもただただなんか虚しいだけなんですけど」

「でもまぁ、似合ってるよ? 祐兜くんらしいっていうか」

「もう憂鬱で仕方ないっすよ……あんな居場所がない所に行くっていうのがね」

「大丈夫、私が付いてるから安心して?」

 その言葉の通り、祐兜は黒雨に連れられて通学路を歩んだ。同じ高校の生徒たちの視線が祐兜に集まっていく。その原因は黒雨にあった。

「……先輩、いつの間に学校のアイドルになっていたんですか?」

「い、いやそういう訳じゃないんだけど……」

「いやいや、聞こえてきますよ? 那須野先輩の横に居る男は誰だとか、あーっ那須野先輩だとか」

「ははは……言い訳できないや、確かにここ最近話しかけられることが多いとは思っていたけど……」

「でもまぁ、僕は僕で頑張りますよ」

「ふふっ、その意気だよっ……さぁ行った行ったっ」

 祐兜は黒雨に背中を押されて、学校へと入った。入った途端に刺さる様な多くの視線、軽蔑されているかのような扱い。そして耳に入れる気もない、いじめならではの嫌悪感を抱くあだ名。

「全く、この世の中は不平等過ぎんよ……」

 祐兜は四限まで終えて、昼休みは屋上に出ていた。屋上は解けつつある雪で覆われ、ひんやりとしている。温かく居心地のいいはずのクラス内では「あいつ来たよ、何で来たんだよ……さっさと帰れよいつもみてーに」などと言われて散々な時間を過ごしていた。いじめられるくらいなら自分の事なんて無視してくれれば楽なのにと祐兜は思う。祐兜は余りにも理不尽なこの環境に慣れ過ぎていた。慣れ過ぎていたからこそ行く意味は何かを考え、やる気を無くしていた。だが一振刀選の儀に自分の価値を見出していたのだ。

「……もっと強くならなくちゃあの人の隣には居られない、か」

「おっと、珍しいな。冬だってのに先客がいるとはな」

 屋上のドアを開けつつそう言った男に祐兜はがっしりとした体に長い腕、そして少し高い背丈と見覚えがあった。

「いやいや、たまたまですよ。この学校には居場所がないもんで行きついたとこがここってだけで」

「なるほどねぇ、でもまぁ俺は君の周りに居るような奴らとは違うから安心しとけ。でも見た感じ後輩、だよな?」

「ええ、僕はまだ一年です」

「なら丁度いいさ、ここは良い所だ。夏と冬は人が全然来ないし何より景色も良い。一人で落ち着きたいとき来ると静かだからなんか安心するんだよ」

「確かに、その通りですね。どこか安心します」

「……そういえばお前、どこかで見覚えがある様な気がするんだが」

「実はそれ、自分もです」

「……名は何というんだ?」

「梔、祐兜です」

「ほう、俺は本宮武晴っていう。じゃあ今日から俺はお前の顔見知りから知り合いってことになっちまうな……あの時の少年はお前なんだろう?」

「ではあの時の黒マントの男は本宮先輩で合っていたってことっすよね?」

「あぁ、そうだ。見た限りだとどこかで踏ん切りが着いた様子だな。あそこの神社の巫女の差し金か?」

「いや、違います。僕は僕で覚悟を決めました。黒雨先輩は手伝ってくれているだけです」

「黒雨……? 那須野、あの巫女の事か。んで、お前は覚悟を決めてどうするつもりだ?」

「そりゃもちろん、一振刀選の儀に自分の身を投じるつもりですけど」

「ほう……それは単刀直入に俺に宣戦布告する、という事になるよな?」

「……言われてみれば確かに、一振刀選の儀に参加するもしくは参加しているという表明をしたら戦うことになりますけど僕はまだ本宮先輩と刀を合わせる気はないですよ。それに今の僕じゃ勝てないでしょうし……」

「中々弱気なんだな……? でもまぁ確かに今のお前はまだ未熟な様にも見える。だがなんだろうか、何かに自信を持っている様な目をしてるな」

「流石、宮本武蔵の力を借り受けてるだけありますね。確かに、僕は新たな力を手に入れました。だけどこの力はまだ自分でも理解しきれていないんですよ」

 祐兜はそう言うとキサラギを手にしていた右手を開いて、手のひらを見やった。その手は昨日の戦いで力を発揮したために、チェーンがきつく巻き付いていたために痣となって赤くなっていた。

「その手……昨日の戦いの気配はお前のものだったか。そして今ここに居るってことは生き残ったという事だろう?」

「あぁ、そうだ。僕は昨日、魂狩りと刀を合わせては生き残ったんだ……」

「お前が、巷で話題の魂狩りを? ……そんなわけがないだろう。魂狩りは未だに健在だ。魂狩りが死んだのならば生徒会長をはじめとしたあの事件は終息を迎えている筈だってのにそれは今も続いている。ということはまだ魂狩りは生きている、という事になるんだよ」

「いや、そんなはずが……そんなはずはない……」

「魂狩りを倒したその時、どんなやられ方をしたんだ?」

「それは……地面に伸びた影に飲み込まれる様に消えていった……けど」

「そう、そこに答えはある。魂狩りはやられる時に影に飲み込まれる様に消えてなくなるんだ。俺は既にその光景を四十回と五回、見ている。奴は死なないんだ、本体を潰さない限りな」

「それってどういう……?」

「簡単なことだ、俺が魂狩りを追いかけては倒した回数が四十五回ということだ。魂狩りはこの近辺を散々に荒らしまわっていて、目に入れるだけでも厄介だったんで速いところ一振刀選の儀からはご退場願おうと思っていたんだがな」

「本宮先輩は本体を見た事が無い、ということですか?」

「あぁ、そうだ。だが魂狩りは自我を失いつつある様子だし、影武者が四十五体以上存在していることが異常……つまり、魂狩りのバックには何者かがいると思われる」

「確かに、それは僕も思います。僕は魂狩りと戦う前、何者か分からない声を聞いたんです。その声はまるで僕の事を知っているかのようで、そしてその後すぐに魂狩りが現れた」

「……つまり、そいつが魂狩りを操っていると」

「……まだ確定じゃないですけどね」

「ふむ。では梔、こうしよう。俺達の目的は一致しているよな? その魂狩り、打ち取ろうじゃないか」

「本宮先輩も手伝ってくれるという事ですか?」

「あぁ、魂狩りはもう……一振刀選の儀に挑む権利は無い。何せ操られているのじゃあな。邪魔者は排除するほかないだろうしな」

「……本宮先輩、有難う御座います」

「だが、勘違いはするなよ? あくまで俺は全ての望みを叶えることのできる打ち出の小槌が最終目的であり、その障害となる魂狩りを駆逐する目的が一致したから協力するだけでそこからは敵同士だ」

「その時までには……本宮先輩に勝てる実力を付けますよ、付けて見せます」

「……言ってくれるな、では宜しく頼む」

 本宮武晴はそう言い残すと颯爽にその場を去った。祐兜もそれを追うように授業へと戻る。授業でも祐兜は居場所は無かったがそんなものを祐兜はもう気にしてはいなかった。放課後、黒雨に校門で待つように言われていた祐兜は痛い視線が集まろうとも耐え、黒雨を待っていた。

「あー、視線がうざい。もう帰ろうかな……」

 祐兜は思わず呟いた。もう何分待っただろうか、日も落ち始めている。祐兜が地に置いたスクールバックの持ち手に手を付け、帰ろうとした時それは祐兜の耳へと聞こえてきた。

「祐兜くん、……ごめんッ!!」

 黒雨が叫びつつ、こちらへと走り込んでくる姿が祐兜には見えていた。祐兜は思わずそれを見て頭を掻いた。

「なんなんだ、先輩の後ろにいる多くの人は……」

 そう、走り込んでくる黒雨の後ろにはその黒雨を追いかけているように多くの人が一緒に走り込んでくるのだ。

「……人混みは苦手なんだけどな」

「祐兜くん、ごめんッ……助けてッ!」

 祐兜は走り込んできた黒雨の手をタイミングよく取って一緒に走る。

「……先輩。次の路地、曲がりますよ」

 祐兜はそう言うと勢いよく曲がっては道に出ていたエアコンの室外機に身を隠した。すると黒雨を追いかけていた多くの人達は見失ったのか通り過ぎてゆく。

「……で、何なんですがあの人混みといい、この騒ぎは」

「……ごめん、あれ全部部活の勧誘なの」

 祐兜は黒雨のその言葉を聞き、深くため息をついた。

「先輩、そんな漫画みたいな話が実際にあるなんて思わないですよ」

「本当なのよ……特に軽音部がしつこくて」

「黒雨先輩の本当の姿に気づいた人が居たってことです?」

「そ、そうなの。skepticのボーカルとしては嬉しい限りなんだけど……もう私はskepticじゃないし……一人の生徒としては迷惑なの」

「まぁ、文化祭も近いみたいですしどこも今は人手不足なんですよきっと。しかも黒雨先輩は何でもできる八方美人として早速学校のアイドルですからね」

「むー、そういうのはいいのよ。でもありがと、私のこと長い時間待っててくれて。そして助けてくれて」

「んで、黒雨先輩。早速本題ですけど僕に話があるんでしょう?」

「……そ、そうなの。では場所を変えましょうか。こんなところで話す事じゃないし」

 人混みももう無くなっていたため、今度は黒雨に連れられたまま祐兜は近くの喫茶店に入った。

「んで、話ってなんです?」

 席に着いたなり、祐兜は話を切り出した。

「簡単な話よ? 祐兜くん今日、昼休みに本宮くんと話していたでしょう? どんな話をしていたの?」

「なんだ、そんな話ですか。本宮先輩も魂狩りを倒すことに協力してくれるって言ってくれたんですよ。でもそれはあくまで倒すまでらしくて、それ以降は一振刀選の儀の敵同士だということを聞きました」

「ふーん、あの本宮くんが……。でも味方になってくれる人が多いだけでも心強いよね、あの魂狩りはただの儀式の参加者じゃないみたいだし……」

「そう、それなんですよ。本宮先輩とも話したんですが……」

 祐兜は本宮武晴と話した事、聞いた事を黒雨に全て話した。

「そういうわけで魂狩りのバックにいる人物に辿りつかないと本体は倒せないらしいんですよ」

「ってことはこの間祐兜くんが倒したのって」

「ええ、影武者ですね」

 祐兜がそう言うといつの間に黒雨がメニューを頼んでいた様で、前髪が長く顔が見えない店員がそれを運んでくる。

「……お待たせしました。ご注文のミルクティーと当店特製パンナコッタです」

「あっ、来た来た……有難う御座いますっ」

「いえいえ、とんでもないです。どうぞごゆっくり……」

 その店員の顔は見えなかったがにこりと笑うその顔はどこか不気味であった。そして祐兜にはその声音がどこかで聞き覚えがあったように感じたが喫茶店の店員さんだろうと気にもしなかった。

「さて先輩、そういう訳で本宮先輩も一時的ですが味方になってくれることですし魂狩りのバックに居る人物の手がかりを手に入れなけらばいけないと思うんですが……」

「……あっ、そういえばあるわよ、手がかり」

「先輩、黒雨先輩、そんな美味しそうに頬に手を当てて味わいながらそんなセリフ言っても全く説得力無いんですけど」

「いいやぁ、だって美味しいんですもん……っ」

「実はそんな手がかりなんてないんじゃ……」

 黒雨はパンナコッタを一口含むとニタァと美味しそうな笑みを浮かべて祐兜を見やってまた一口含んで……を繰り返す。

「んで、なんなんですかその手がかりとは」

「手がかりっていうにはまだ物足りない話なんだけど、本宮くん以外に魂狩りと戦闘する人物をこの間見かけたのよ。それも魂狩りと同じ背丈の大男」

「それが手がかりになるんですか……?」

「彼なら何か知っていそうだったから……」

「んでその人物はなんていう名前で、どんな風貌で、どこにいるんです?」

「んー、そこまでは分からないのよね……見かけただけだから」

「じゃあどうやってその人に話を聞くというんですか……っ!」

 祐兜は自分らしくないのも分かっていながらも激昂し、席を立ち上がった。

「奴を……奴を倒せば先輩も救われるんですよ? そして一振刀選の儀に挑む理由の一つも叶えられる。もっとちゃんと考えてくださいよ……っ」

「……ごめん、そうだよね。もっと考えなきゃだよね……そこまで急がなくてもいいかなって思い始めてた私がいるのも事実だし……じゃあ今日、早速見回ってみる?」

 祐兜は黒雨の言葉に迷わず頷いた。何事も早く片づけた方がいいと思ったのと何より魂狩りを自分の手で倒すことで自分の強さを獲得できると思ったためだ。その後、黒雨が頼んだものを食べきるのを確認し、二人でレジへ向かう。

「いやぁ最近、物騒ですから……気を取り乱すのも分かりますよ……」

 先ほどの店員さんが祐兜に優しく話しかけた。

「すいませんね、うちの後輩がちょっとご迷惑かけちゃって」

 黒雨の言葉に祐兜はただ頭を掻いては頭を軽く下げた。

「では丁度頂きました、夜道は何が出てくるかもう分からないんでお気をつけて」

 店員の優しげな退店の挨拶とともに二人は店を後にした。

「んで、先輩? どこへパトロールのするんです?」

「とりあえずこの間、その男を見かけた場所に行ってみようかなって」

 黒雨の誘導されるがままに祐兜は後を着いていった。そして辿りついたのは街を横切るように流れる、川辺にある小さな公園だ。

「ここなんだけど……」

「何もない、誰もいないですね?」

 確かに、辿りついたはいいものの丸い形をした小さな公園には誰の姿も見当たらなかった。

「少し、歩いてみましょうか」

 祐兜は黒雨に連れられ川辺を真っ直ぐに歩いた。そしてふと、外灯に照らされる黒雨を見て祐兜は口を開いた。

「にしても、黒雨先輩に出会わなければこんなこと無かったんでしょうね……夜道を二人で歩く事なんて。……今思えば夢のようですよ」

「……確かに。祐兜くんと出会ってからまだ少ししか経っていないはずなのに凄い親近感があるのよね。前からの知り合い、みたいな」

「でもまさか、あの憧れだったskepticのボーカルを先輩呼ばわりするときが来るなんて思いもしなかったです」

「ふふっ、そう? でも私もそうなんだよ? ……後輩が出来るなんて思わなかった。私もその……祐兜くんとおんなじで過去、学校にあまり溶け込めなかった人だから」

「先輩も……そうなんですね」

 黒雨と祐兜の間に少し沈黙が訪れたと同時、どこかで何かがぶつかり合うような衝撃音が鳴り響き、二人の耳にそれは届く。

「黒雨先輩、この音って……」

「ええ、この音……聞き覚えがあるわ、急ぎましょうっ」

 走る黒雨を追って祐兜も地を蹴った。そしてその連鎖していく衝撃音は徐々に大きくなり川辺にまた存在する大きな公園に差し掛かるとそれは目の前に。

「Arrrrrr!!」

「……ふんッッッ!!」

 そこに見えたのは魂狩りの姿と、そこに対峙する魂狩りと同等の体型で、スキンヘッドの大男の姿だ。そしてその大男は魂狩りの斬撃を全て己の拳で受け止め、時にその力を利用して受け流している。

「……また丁度いい練習相手が現れてくれて、感謝するぞ……ッッッ」

「A――rrrrrr!!」

 まただ。その大男は武器も持たずして魂狩りと対峙し、圧倒している。その姿に黒雨も祐兜も声が出ずただ立ち尽くしていた。

「おうおう、どうやらギャラリーもいるようだしぃ? ……こりゃまたやる気が出るってもんよ……ッ!!」

 その大男も二人の視線に気が付いたようで魂狩りの首の近くと手首を持ちやるとあっさりと背負っては投げた。

「ふん、その目……どうやらそこのお二人さんはこの弁慶みたいな奴に用があるんじゃあなくて、ワシにようがあるみたいだなぁ?」

「……Gaaaaaaaa!!」

「ほう、しぶといねぇ……ちゃっちゃとラウンドツーも片付けちゃるから待っときな……ぁッ!」

 その大男はそう言い残すと起き上がる魂狩りに近寄っては躊躇なく首元を片手で掴み、頭部を何回も、何回も地面に叩きつける。そして最後に脇腹に手刀を入れるといとも簡単に魂狩りは地面の影に飲み込まれ消えていった。

「さぁて、片付いた片付いた。……さてそこのギャラリーのお嬢ちゃんと青年、ワシになんの用事だい?」

「アンタ、一体何者だよ……」

 祐兜はそう呟く。そしてその大男は魂狩りを相手にしていたにも関わらず、指をポキポキと鳴らしながら軽いノリで二人に話しかけてくる。

「ん、ワシか? そんな名乗る様な者ではないが、そちらから名乗るのが礼儀なのではないか?」

「……私は那須野黒雨。んで隣に居るのが梔祐兜くんよ?」

「ほうほう、どうやら那須野と聞く限りあの神社の子かな?」

「私を知っているの……?」

「そりゃあ、あの神社はここいらでは名が通っているからねぇ。だけどもそこの梔といったか君は誰だかはわからないがねぇ」

「黒雨先輩って案外どこでも有名人なんですね、僕とは大違いですよ全く」

「あれ、ってことは君らお二人さんも儀式の参加者かね?」

「そうなりますね」

「……では単刀直入にワシを倒すことが目的かな?」

「いや、私たちはそれが目的ではなくてですね……私、この間あなたが魂狩りと戦っている様子を見てなんか私たちよりその魂狩りの弱点と言うか……知り尽くしているように見えたので情報提供してくれないかと……」

「ほうほう、そういうことね……名乗り遅れたがワシは柳武やなたけ弦山げんざん。こう見えてまだまだピチピチの三十代よ、そして同じ儀式の参加者である。一応戦いはそこまで好まないがやるときはやる、そんな感じよ」

「宜しくです、柳武さん。んで柳武さん早速ですけど何かそこの魂狩りについて知っている事とかないですか……?」

 祐兜は軽く会釈をしてから早速本題を切り出した。

「ふむぅ、教えてもいいのだがのぅ……ただ簡単に教えてはつまらん。そこの梔と言ったか、ワシと簡単な模擬戦をしてワシに一泡吹かせたら情報をやるとしようか」

 柳武は肩をゴキゴキと回してストレッチをしながら祐兜にそう言った。相変わらず軽いノリだ。

「柳武さん、彼はまだ力を手にしたばかりというか……未熟というか……そんな感じなので私が一泡吹かせてみせるのでそれじゃだめですか?」

「……先輩ッ?」

 祐兜はそう言いだした黒雨を鋭く見やった。まさか自分を信頼してくれていないのかと目を見開いて思わず睨んでしまったのだ。

「……祐兜くん、ごめん。そういう意味じゃないの、これは私がやるべきだなって……」

 そう言う黒雨を柳武は腕を組んで見つめていた。そして一度祐兜を見やってから口を開く。

「……駄目だ。ワシの直感がそう言っている、駄目だ」

「んな……ッ、なんで……」

「これは男と男の勝負である。女が邪魔をするんじゃない」

「そうですよ、黒雨先輩……ここは僕が、いや俺がやるべきなんです」

「……ほう? どうやらもうそういうモードに入ったようだな? 準備が早いようで助かるわい。梔とやら」

「梔とやら、なんて呼ばないでくださいよ……どうもこの刀が戦いたがっているみたいなんですよ」

 祐兜は黒雨について行く前にキサラギを鞘に入れ、携えてから移動していた為にその右手にはキサラギが握られていた。そしてそのキサラギに巻かれている黒い錆びれたチェーンが祐兜の腕にミシミシと音を立ててきつく巻きついていく。

「へぇ、なんだいその禍々しいオーラの刀は。一体誰の力を借り受けているのか……是非お手合わせ願おう」

「……じゃあお言葉に甘えて、行きますよッッッ!!」

 祐兜は問答無用で片足に力を込め、数メートル先の柳武の懐へと飛び込んでは勢いよく上から下へと刀を振り下ろす。

「へぇ、思い切りは速いようだが……甘いねぇ」

 柳武は祐兜の振り下ろしてきたキサラギを両手で挟み込み、その斬撃を簡単に受け止める。だがそれを予測していたのか祐兜は刀を今度は下から切り返し、振り上げる。

「白刃取りしてくると思ったよ、柳武さん」

 祐兜はニヤリ、と口角を上げたがそれは逆効果だった。

「だから、甘いんだってば……梔とやら」

 切り上げたの刃先は柳武の人差し指と中指に挟まれていた。

「……んなッ?!」

 柳武は刀を挟んでいるのと逆の手で拳を作っては勢いよく開き、平手で祐兜を弾き飛ばした。その平手は祐兜の鳩尾に入り、近くの木の幹に激突する。

「カッハァ……ッ」

 祐兜はその衝撃とともに軽く吐血する。柳武のあの平手打ちはただの平手打ちではないのだとこの時、祐兜は察した。

「アン、タ……一体何者なんだよ……ッ」

「そうだねぇ、奮闘している分はまず答えてしんぜよう。ワシは生まれてから今に至るまで数々の武術を学んできたためにこの鋼の拳を手に入れたのだよ。そして今なお借り受けた力は柔術の始祖とも呼ばれる竹内久盛。この二つが組み合わさればもう、分かるだろう?」

「攻撃は……基本的に無駄で、喰らわせられても跳ね返すといったところか?」

「そうだ、その通り。柔術は相手の力をも利用するからな」

「だがなぁ、おっさん。油断は……大敵だと思うんだ?」

 祐兜が立ち上がると同時、柳武の足元からキサラギが突出したのだ。

「んな、これは……ッ」

 この不意打ちに柳武は完全に反応しきれず、間一髪で致命傷は避けたものの頬に大きく傷が入った。そして確かに、立ち上がる時の祐兜の手は地面に付いたままだった。

「ふふ、ははははぁ……ッ! 面白いッ! 面白いのう、梔とやら。気に入った気に入ったよ……まさかその刀にそんな使い方が出来るなんてなぁ?」

 柳武は声を荒げて大きく笑った。それもこの辺一帯に響くほどに。

「俺も……この使い方をたった今思いついただけだよ。柳武さんの拳が鋼の拳とはいえ、それは所詮拳は拳……一瞬の隙を突くことで攻撃は通るんじゃないかと考えたんだ、でもまさかこの刀にこんな使い方も出来るなんてな……」

 祐兜も予想外だった。確かにキサラギという刀にはチェーンが巻かれているがそれをコントロールして攻撃範囲を伸ばすことが出来るとは思ってもいなかったのだ、それも地中をも関係なく出来ることに祐兜は驚きを隠せないでいた。

「その刀、一体なんなんだ? 実に興味深いねぇ?」

「あぁ……でも負担も馬鹿にならない、みたいだ……」

 柳武がキサラギに興味を示す反面、祐兜の腕に伸びているキサラギのチェーンは肉を裂くんじゃないかというほどに巻き付き本人を苦しめていた。

「なるほどねぇ……その刀はただ強いだけでなく代償さえも要求するみたいだなぁ……よし、分かった。ワシは君に興味が沸いたようだ、梔祐兜君」

「……やっと僕の名前を呼んでくれましたね?」

 祐兜はその手にある刀を地面に突き刺し、片足を地につけた。やはり柳武の言う通り、キサラギはただの刀ではないと改めて祐兜は実感していた。

「よし、合格だ。こりゃぁ参ったよ……一泡吹かせられたね、このワシに傷を付けたんだからねぇ……教えようじゃないかワシが知る限りの魂狩りの話を。さて、そこに立ち尽くしている神社の子よ……君もこちらに来ると良い」

「……全く、凄い戦いを見せて頂きましたよ。これは確かに柳武さんの言う通り、男の戦いで女の出る幕ではなかったようですね、完敗です」

 黒雨は柳武にそう言うと祐兜の元に駆け寄る。

「……祐兜くんもお疲れ様、そして有難うね? これでやっと当初の目的を果たせる……よく頑張ったね?」

「せん、ぱい……黒雨先輩……」

「さぁさぁ、感動のシーンもここまで……では話そうぞ」

 柳武は黒雨と祐兜、二人を見やっては地べたにあぐらをかいて座り込み、固く閉ざしていたその口をようやく開いた。

「魂狩り、アヤツは知っての通り姿を現している者は影だ。いわゆる影武者になるのだが……では本体はどこに居るのか。それは流石にワシも知らぬ、だが本体はある人物と共に行動しているように伺えた。現にワシが見たのだからのぅ」

「その共に行動している人物というのが、バックに居る人間ということなんですね」

 祐兜はそう言い返すと黒雨と共に柳武にならって座り込み、大人しく話を聞く。

「あぁ、そうなるのう。そして君らが知りたいのはそのバックの人間の特徴を知りたいというわけだが……正直ワシが知り得る情報は一つじゃ」

「その一つでその人物までたどり着くは出来るんですか?」

「さぁ、それは分からぬよお嬢ちゃん。だが近づくことは出来るじゃろ。魂狩りを操り、そして本体と共に行動している人物はある刀を持っている様で、その刀は二刀にして紫じみたオーラを発しつつ梔祐兜君の刀と似た禍々しい雰囲気のものらしい。そしてそれを扱う者はその長い髪で顔が見えず、とても戦略的な動きをしているからこそ魂狩りも含めて警察が足を掴めず、証拠さえなく交通事故といったことにせざるを得ないようだ。つまりバックにいる人物はとても頭の回転が速い様だよ」

「と、いうことは……?」

「なるほど、やはり梔祐兜君もそこそこの頭の回転があるようで感心じゃ。そう、下手したら君らがワシに接触してることもその人物は計算済みかもしれないということじゃ」

「でもなんで、柳武さんはその人物のことを知っていたんですか……? 確かに私が貴方を目撃して何か知ってそうだったから、接触を図ったわけなんですけど」

「それは君らに言う事ではない。さてと話はワシからは以上だよ、もう夜も更けているし君らももう帰るがよい」

「……待ってくださいよッ! まだ聞きたいことが沢山……」

「無駄じゃ、君らは自分で知ることも覚えた方がよい。一応言っておくがこれは儀式であって我々は基本、敵の位置に当たる者達だ。ワシが君らと本気で闘う時も来るという事じゃ。つまり君らは早い所自分たちのレベルを上げていくべきということ。そんなものじゃ立ちはだかった者を倒せず殺されるぞ? ……忠告は以上だ」

 祐兜が叫んだのも無駄で柳武は二人を一度鋭く睨んだと思うと背を向けて一歩ずつ去っていった。その背中はとても大きく、とても強いものだった。

「黒雨先輩、今後……僕らはどうしますか? 僕は前に……黒雨先輩に助けて下さいとは言いましたけど僕はもう、先輩無しでは何もできない役立たずですから何か方針を教えてください……」

「祐兜くん……」

 祐兜は柳武の言い残した言葉を身をもって感じていた。それを黒雨は察していたのか自分の手を祐兜の頭に乗せては軽く撫でた。

「祐兜くん、祐兜くんはそんなことないよ? 祐兜くんは強いよ? 現にその……私が苦戦している相手にも堂々と立ち向かって私を助けてくれるし、何よりその姿はカッコ良かったよ?」

「……先輩」

 祐兜は自分の弱さを見直していた。だが黒雨はそれを否定し、カッコ良いという。祐兜はそれに応えなければいけないと気を入れ直す。

「じゃあ先輩、僕たちはまずこの事を本宮先輩に話した方が良いんじゃないですかね? 魂狩りを倒すまでは協力関係になってるんですし」

「確かにそうだね、本宮くんには話した方が良いかも……」

「ではそれで決定ですね、先輩」

「うんっ、じゃあ明日昼休み屋上ね?」

「了解です、さて黒雨先輩……帰りましょう? 流石にもう疲れましたよ」

「ああっ、ごめんごめんっ……祐兜くんあんな戦いをしたばかりだってのに無意識でごめんね? ……さぁ美味しいご飯食べに帰ろっか!」

 

無邪気に微笑む黒雨の姿に祐兜は思わず笑い、黒雨に着いていった。そして家に着くなり黒雨の祖母が用意したご飯を祐兜は頬張って体力を回復。そして次の日の昼休みには早速、二人は本宮武晴を屋上に呼び出して話を始める。

「んで、なんなんだお二人さん? 俺を呼び出したのには深い理由があるんだろう?」

 本宮はそう言うと刈り上げたその頭をゴシゴシと掻きながら、どこか掻きながらどこか面倒くさそうな雰囲気でそう問いかける。

「そう言わないで下さいよ本宮先輩、魂狩りの情報を手に入れたんですから」

「……なんだと?」

「そうなの本宮くん、私たちは昨日……柳武弦山という男に接触して」

 そこで黒雨の言葉は途切れる。

「お前たち、あの柳武に接触したのか……?!」

 本宮は驚愕の表情を浮かべた。

「あの柳武が情報提供だと? そんなものは嘘だ、あり得ない」

「いや、現に僕たちは話を聞いてきたんですよ? 本宮先輩、柳武さんと何かあったんですか?」

「……俺は一度アイツに負けてるんだよ」

「嘘……ッ? 本宮くんが?」

「那須野、そんなに驚くんじゃねえよ。アイツは自分の稽古の相手を求めて一振刀選の儀に身を置いているだけの大馬鹿野郎だ。俺はそれが許せなかった、参加するなら打出の小槌を目指すべきだってのに目的を忘れて儀式に身を置いているのがな。その相手が魂狩りの影武者なだけで。そんな参加している意義のない奴を倒そうと挑んだが負けた、それだけだ」

「……確かに柳武さんは強い、強かったです」

「まさかその言いよう、柳武を相手にしたのは黒雨じゃないってのか?」

「そうです、柳武さんと戦ったのは僕ですよ?」

「んで、勝ったっていうのか?」

「何とか……何とか一泡吹かせることが出来たんです」

「へぇ、何だか悔しいが少しお前を見直したよ……梔。んで何なんだよ、一泡吹かせて手に入れた情報とやらは」

 そう言う本宮に祐兜と黒雨の二人は手に入れた情報を全て開示し、共有した。

「なるほどね、それが後ろに居る奴の情報か。……早いところ倒さないと犠牲者が増える一方だぞ? 聞いたか今朝のニュースを」

「ええ、見たわ。また昨日の深夜に事故があったという不自然な報道。事故と言う癖に車も見当たらなかったらしいし、あれは魂狩りの犠牲者よね」

「あぁ、だからこそ、その後ろに居る奴を叩くなら早期決着が好ましいんだ」

「つまり、一刻も早くそいつを見つけなければいけないんですね?」

「ではあれね、放課後作戦会議しましょ? 場所は喫茶店で良いんじゃないかな?」

 黒雨がそう言うと祐兜も本宮も黙って頷き受け入れた。そして二時間の授業を終わらせて放課後、三人は喫茶店に集まった。

「いらっしゃいませ! あっ、またいらっしゃったんですね……どうぞごゆっくりしていってください」

 そう礼儀正しく、丁寧に挨拶してきたのはこの間も見かけた髪で顔が見えない店員さんだった。

「またお世話になります、じゃあ注文は……っ!」

 それに黒雨も愛想よく、そしてノリノリでメニューを頼んだ。

「さて、本題だけどどうするってんだい? 早期決着とは言ったけどノープランじゃね?」

「確かに作戦立てようにも余りにも情報が足りない気がしますね」

「いえ、私に考えがあるの。今までの魂狩りの犠牲者の特徴を整理してみるとある共通点があると思わない?」

 今までの魂狩りの犠牲者は数えきれない程の人数に上っていたが言われてみればある共通点が確かにあると祐兜も実感していた。

「確かに、黒雨先輩の言う通りですね。初めの犠牲者である生徒会長から狙われている人たちは全員揃って剣道経験者であるように伺えます」

「つまり次に狙われる奴も剣道経験者って事か?」

「そうなるわね、そしてそれもそこそこの腕がある剣道経験者よ」


「お待たせしました、ミルクコーヒーとチョコレートパフェになります」

 黒雨がそう言い切ったタイミングで先ほどの店員が商品を運んでくる。

「あっ、きたきた! 有難う御座います!」

「あとこちらは連れのお二人様に当店からのサービスです」

 店員はそう言うと本宮と祐兜の前にコーヒーゼリーを差し出してはその場を軽やかに去っていった。。

「さてと、良かったねサービスしてもらえて?」

「んー、生憎ながら僕はコーヒー苦手なんですよね」

「えっ、祐兜くんってコーヒーダメなんだね? 初知り!」

「おめーら仲良過ぎかよ、俺の存在忘れんなよな? まぁ貰えたもんは貰っといた方が良いよな……ありがてえありがてえ」

 本宮はそう言うと黙々とサービス品のコーヒーゼリーを口にする。それも祐兜の分まで。

「さぁて、話を戻そう? だからね、次に狙われるのは剣道経験者になるんじゃないかと思って私調べたの、この辺りの剣道会に所属している人を。するとね、ものの見事に現役で剣道会に所属している人がどんどんと犠牲になっているのよ? だから次の標的は……」

「次の標的は本宮くんなんじゃない? って言いたいんだろう? あぁ、確かに俺は剣道会に所属しているし犠牲になった人たちを顔も知っている。……丁度いいじゃねえか、そのバックに居る奴とご対面できるならよ」

「でも……ッ!」

「俺がそいつを倒せばいいだけの話。それだけだろう?」

 本宮はそう言い切ると席を勢いよく立ち、ごっそさんと黒雨に呟いては店を出て行ってしまった。

「全く、本宮くんは相変わらず素直じゃないんだから……」

 立ち去った本宮の居たテーブルの上には紙切れが置かれており、そこには一つの電話番号が記されていた。

「何かあればここに連絡してくれって事ですかね、黒雨先輩?」

「きっとそういう事だと思うよ? 彼、何というかチームで動く柄じゃないし」

 祐兜は確かに黒雨の言う通りだと実感していた。本宮は祐兜を救った時もマントを羽織り一人で魂狩りと対峙していた。

「でも……打出の小槌を目指すなら、僕もいずれ本宮先輩と……そのぅ、黒雨先輩と戦う日が来るってことなんですよね?」

「……ええ、確かにそれは否定できない。でも祐兜くん、考えて欲しいなって。私たちが最後の二人まで戦い抜いてそこで全力でぶつかり合えるなら本望だと、思わない?」

「確かに、それはそうですけど……」

「でもそうなるかはまだ分からないし、何はともあれ眼前の敵である魂狩りを倒さないとって思うよ?」

「そうですね先輩、僕も魂狩り……そして裏に居る人物に接触できれば何かを得ることが出来るんじゃないかなって」

「そうよっ、倒そうじゃないの……魂狩りを」

 黒雨は魂狩りへの思いが強いのか少し目が鋭くなり、そう呟いた。そして自分を見失ってしまったのか体がブルブルと震え上がり怒りの形相を浮かべる。

「先輩、黒雨先輩……ッ」

 祐兜は自分らしくなく取り乱した黒雨の肩を勢いよく叩いた。

「黒雨先輩の仇は必ず僕が取ります、だから安心して下さい。僕は弱いままの自分を変えるチャンスだと思いますし……何よりそれで先輩が救われるのなら」

「……ごめん、そうだよね。でも私も弱いままじゃダメだと思うの」

「……一緒に、戦いましょう」

「ええ、そうね……そうよね」

 祐兜と黒雨の間に沈黙が続き、その後、何かを思いついたのか祐兜が話を切り出す。

「ねぇ、黒雨先輩。今、ふと思い直したんですけど本宮先輩、一人で飛び出していったということは……」

「もしかして、本宮くん一人で魂狩りを……その裏に居る人物を探しに行ったかもしれない、よね?」

「きっと……そうですよ。だって黒雨先輩が次の標的について話した途端に、それを分かって自覚している様な言動をして飛び出して行ったんですから」

「言われてみれば……何やってんだろ、私たちもじっとしていられないわ。今すぐに本宮くんを追いましょ……ッ!」

 二人は会計を手早く済ませ、喫茶店を出てはすぐに走った。その時、顔が髪の毛で見えないあの店員の姿は無かった。

「祐兜くん……ッ、本宮くんの電話は繋がった……ッ?」

「いいや、繋がらないですよッ! もう戦いは始まっているのかも知れないです!」

 二人はとにかくひたすら走った。何処を目指している訳でもなく、走った。日はもう落ち暗くなっていて人の姿も見えなくなってきていた。祐兜たちが過ごすこの場所は夜になると人が少なくなり静寂がただ広がる。その地は風に揺れる木々や明るい月が目立ち、自然に包まれている。

「先輩、黒雨先輩……あそこ、見てくださいよ……ッ!!」

 どれだけ二人は走っただろう、辿りついた場所は一駅先にある飛行機が展示されているこの近辺では比較的有名な公園だ。だがそこにある飛行機は真っ二つに引き裂かれており、木々も何本か切り倒されている。

「このあからさまな戦いの跡、こんな大げさな事が出来るのは魂狩りしかいないですよ」

「ええ、そうね。そして祐兜くんあれを見てみて?」

 黒雨がそう指さしたのは公園にある外灯だがその外灯の光は消え、破壊されていた。

「あの外灯、壊れているのはきっと本宮くんもいるという証拠よ」

 本宮の力である宮本武蔵の力、二刀・重黄金は光をも操る刀。外灯の光以上のものを発したのならば壊れているという事は彼が居るといっても過言ではないと祐兜も実感する。

「黒雨先輩、本宮先輩はいますよ。これも見てください」

 外灯に近づいた祐兜が見つけたのは一つの携帯だ。

「この携帯……もしかして」

「そうです、恐らく……というよりは確実にこれは本宮先輩の携帯です。画面こそ割れて見えなくなってますけど僕らの着信履歴が確認できます」

「……まさかもう、手遅れなんてことないよね?」

「ははは、黒雨先輩……噂をすればなんとやら、みたいですよ?」


『Arrrrrrrrrr――!!』


 祐兜と黒雨の眼前に現れたのは魂狩りだった。それも一人ではなく十人以上の魂狩り。

「まるで待ってました、といった感じに出てきましたけど……」

 祐兜がそう呟くと同時、遠方で思わず目を隠してしまう程の凄まじい光が見える。

「祐兜くん、今の見た……?」

「はい、今の見ましたよ……どうやら本宮先輩はまだ生きているみたいですね」

「じゃあ、もう準備は良い? ……祐兜くんッ!」

 黒雨はそう言うと手に力を込める。そしてその手には黒と白が交互に組まれ、氷が纏わりついた弓が出現する。それに続き、祐兜も背負っていた袋を開けて刀を取り出したと同時、キサラギに巻きついたチェーンが祐兜の腕にきつく巻き付く。

「……ッッッ、だ、大丈夫です」

「……行くよッ!!」

 黒雨は掛け声と同時、弓と同時に出現した矢筒から矢を数本取り出しては空へと放つ。その矢は勢いよく跳ね上がると一度上空で静止、その後地面へと矢の数を増やして尚且つ、矢は凍り付き鋭さを増す。その光景はまるで矢の雨といったように祐兜には見えた。

『Gaaaaaaaa!!』

 その凍て付いた矢の雨は出現した魂狩りの影武者らに突き刺さっていき、魂狩りの影武者らは思わず地に足を着いていく。

「祐兜くん、ここは……私が。いいえ、ここは私だけで十分よ」

「え……? 先輩、黒雨先輩、それって……」

「早く本宮くんを助けて来てって言ってるの……ッ!」

「で、でも……僕は……」

「そこにそうやった居られても邪魔だって言ってるの……ッ! 早くッ!」

 ……黒雨は必死だった。そしてその姿を祐兜は見た事が無く、一人焦っていた。

「でも僕は……黒雨先輩と戦うんだって、そう決めて」

「いつまでなよなよしてるの……ッ! 君は、祐兜くんはもう十分強いよッ! 私も傍に、ずっと居るから……ッ」

 ――そうだ、彼女の言う通りだよ……戦え、戦うんだ。

「グァ……ッ!! なんだよ、この声……この頭の痛みは」

 ――お前はもう力を手に入れた、ならいいじゃないか。それを行使するだけでお前は強くなれる。

祐兜の頭にはヒイラギやキサラギを手にした時に聞いた声と頭痛が響いていた。

 ――戦え、戦うんだ。

「僕は……俺は……戦う、戦うんだ」

 祐兜は聞こえてきた声の言う通り刀を、キサラギを握り直す。それに応える様にキサラギに巻かれているチェーンもまたよりきつくギシギシと音を立てる。そして祐兜は気を入れ直してまた、魂狩りの影武者の中を走る。

「先輩、無事で居てください。すぐに片づけてきますから……ッ」

 祐兜は魂狩りの影武者を切り倒し、なぎ倒し、本宮の元へと向かった。その間、黒雨は身を退きつつ矢を放ち続けていた。


「へェ、――自分が標的になるのを分かっていてわざわざ僕のもとに来るとはねェ」

「……うるせえよ、ずっと俺達を見ていて楽しんでいた癖によ」

 本宮は魂狩りの影武者をいとも簡単に数体片づけては、既に本体とその裏にいる人物に接触していた。

「お前、俺の事知っているよな? なぁ、檜山」

「へェ、僕の名前知ってるんだね……ェ? だけど僕は生憎、君の事は知らないよ? 何ィ? 君、自分が有名人だと思ってる痛い人かなァ?」

「そう誤魔化すんじゃねえよ、檜山ひやま蜻蛉かげろう。お前が今まで殺してきた奴らの責任を取る時だぜ?」

「僕を殺すのか? ハハッ、無駄だねェ、君は僕と戦う前に殺されるからねェ。なぁ、本宮くん? そんなガラクタじゃあ魂狩りには勝てねェよ?」

「コロス、コロスコロスコロス……」

 そう言う、喫茶店の服装の檜山の前に現れたのは黒いオーラもなく、その分影武者とは違う気を放つ魂狩りの本体だった。そう、髪の毛で顔が見えず喫茶店で働いていた店員こそ魂狩りを操り、この近辺で多くの事件を起こしていた人物そのものだったのだ。

「コイツが……本体かよ。コイツのせいで何人も犠牲に……許せねえ」

 本宮は手にした二刀をぶつかり合わせ、光を放つ。

「……その光、目障りだよ? さァ、目の前の敵を殺せ」

「A――rrrrr!」

 魂狩りは雄叫びを上げると同時、両手も広げる。その両手には黒いオーラが集まりそのオーラは薙刀を生成させる。

「てめえも二刀っていうのか、面白いよ……ッッッ!!」

 薙刀を二本手にした魂狩りに本宮は間入れず飛び込んでいく。

「……この刀をガラクタ呼ばわりとは甘く見過ぎだ」

 本宮はそう呟くと魂狩りの至る所に光の速さで刀を入れていく。膝から腰にかけて、肩から顔にかけて。だが魂狩りは攻撃にビクともせず薙刀を振り回し、本宮を弾き飛ばす。

「んな……ッ!?」

「だから言ったじゃないか? 君のその刀はガラクタだと。」

 檜山は公園にある鉄棒に座り、揺れながらそう呟く。

「てめえ、そうやって余裕こきやがって……ッ!」

 本宮は二刀を地に刺し、立ち上がっては地を駆け再び魂狩りの懐に飛び込んだ。

「Gaaaaaaa――!!」

 本宮は先ほど切り裂いた箇所を同じように、同じ深さで切り裂く。流石にそれは効いたのか魂狩りも一歩退いた。

「へェ、やるじゃん。本宮君、見直したよォ……だけどね、足りない。足りないよ? 君はまだその力、宮本武蔵の刀の力を生かしきれていないよ」

 檜山の言葉と同時、本宮の目の前に居たはずの魂狩りの姿は無かった。

「……んなッ」

「お疲れ様、本宮くん。ゲームオーバーだよ? 君が相手にしていたのは魂狩りこと武蔵坊弁慶の力を借り受けて儀式に参加していた者であり、それを操る僕だ」

 魂狩りの持つ二つの薙刀は本宮の体を後ろから貫通していた。

「んな、なんで……だ、よ。姿、消えたと思えば後ろから? ……チートか、よ」

「ハハハッ、ここまで頑張ったご褒美だよォ? 見るといいこの美しい刀を、君と同じ二刀を」

 檜山はそう言うと携えていた刀、二刀を見やすい様に魂狩りの薙刀に刺されたまま空中に静止した目の真ん前に提示する。

「グッ……ハァッ、はは、何だよ、何なんだよ……その禍々しい刀は」

「禍々しい? 全く失礼な事を言うねェ? でも君もう死ぬしいっか、教えてあげる。……この刀は幻柊げんらぎといってねェ、前回の一振刀選の儀で手に入れた力だよ。そして僕はこの刀のおかげで生き残れた」

「はは、俺を殺せて……満足か?」

「あぁそうだね、まだ君の所属している剣道会のメンバーを殺せていないからもう少し、かなぁ?」

「……はは、何も出来ずに死、か……馬鹿みてえ」

「情けないねぇ、気を失ったかァ?」

 檜山の合図とともに魂狩りは本宮から薙刀を引き抜く。そして檜山は鉄棒から降りると大きなあくびと伸びをして呟いた。

「さてと、もう一人のチャレンジャーのごあんなーいってかァ?」


「――お前、よくも本宮先輩を……多くの人間を……人を殺したんだ、自分が殺される準備、出来てるよな?」


 そこに現れ、そう言ったのはキサラギを手にした祐兜だった。

「……何ィ? 君もコイツの知り合いで? 助けに来たけど間に合わず? 仇を討つってかァ? ハハハッ無理だってェ、君は僕が手を下すまでもないよ……やれよ、さァ」

 檜山がそう言うとすぐに魂狩りは祐兜に襲い掛かる。

「……口数が多いやつほどすぐに倒されるのがセオリーって知らないのか? そこの喫茶店の店員」

「ハハハッ! 店員呼ばわりは止めて貰いたいねェ、僕は檜山蜻蛉っていうんだ……まァ君もコイツと同じように殺すから関係ないんだけどね?」

「うるせえよ、悪いけど俺は……死なない。……コイツ、この刀が言っているからね」

「へぇ、その刀……僕と同じものだね? となると君は……うーん、梔くんかな?」

 祐兜は立ちはだかる魂狩りの相手をしつつ、会話を続ける。

「俺の名を知る理由、やはりこの刀たちにあるんだな?」

「さァ、どうだろうねェ? ただ僕を倒すことで得るものはあるよねェ?」

「じゃあ、早速……お手合わせ願おうか? 檜山蜻蛉ッ!」

「……なんだとッ!?」

 祐兜は立ちはだかっていた魂狩りの本体を一太刀で倒れさせる。その斬撃は凄まじく、地をも引き裂いた。

「所詮、操られている者は操られている者だ。こんなやつはこの刀、キサラギの相手にもならないよ」

「……キサラギ、ねェ。まさかその刀を持つ者に出会うとはね」

 祐兜はこの時、キサラギを手にした時に頭に入ってきた記憶を振り返っていた。……暗がりの中で刀を打つ青年、その後ろの置かれた刀たちを。その中にあった一つの刀を。

「お前のその刀、そしてこのキサラギ……ヒイラギ。全て同じ人物が造った刀だろう? そしてお前はその人物を知るための鍵を知っている……?」

「鍵、ねェ……。でも確かにこの刀は君のその言う鬼鎖柊きさらぎひいらぎ? と同じで幻柊げんらぎというがね」

「ゲン、ラギ……?」

 その言葉に祐兜は思わず頭を押さえる。聞き覚えのある言葉、見たことがある気がしてならないその刀。

「俺は……何者なんだ?」

 祐兜は何故聞いたことが、見たような気がするのか……と自分を問いただすが答えは一向に出ない。

「さて話はここまで。……死のうか? それも苦しんでね?」

「……ッ!!」

 檜山が言うと同時、二人の居るこの場所の霧が出る。だがそれは霧ではなく毒ガスで祐兜は思わず吸い込んでしまい膝を地に付けてしまう。

「ハハハーッ、あっけないねェ?」

「く、そが……」

「お生憎様、僕は相手を苦しめて倒すのが好きでねェ? さァさァ苦しんで死のうかァ?」

「俺は……死なない」

「いやいや君は、死ぬ」

「……死なないさ」

「いいえ? 君は苦しんで死ぬのさ」

「……死なない」

「君は、何も知り得ず死ぬんだよォ」

「……俺はお前みたいな奴が、嫌いだ」

 祐兜はそう言い切ると手にした刀、キサラギ自体が思うように体を委ねる。するとキサラギはそれに応じて檜山を追従するように切り裂く。

「へェ、だけど甘いんだって……ッ」

「……甘いのはお前だよ? 檜山蜻蛉、俺を、この刀を甘く見過ぎだ」

 檜山を切り裂いた筈が、その檜山の姿は消える。だが祐兜の腕からキサラギに巻き付いているチェーンは真っ直ぐに伸びていた。それはつまり標的を突き刺しているという事だった。

「グハ……ッッ、何だよその刀はァ……自動追従? それこそチートか何かの類じゃないか……ァ?」

「どうやらお前の刀、ゲンラギはその名にある通り幻を操ることが出来、その応用で人物さえ操る事が出来るがそれは所詮幻どまりなんだよ。……その刀、返してもらうぞ」

「は、は……気づいたようだね? あぁ、そうさァ……この刀は無銘の刀。何年前だかの無名の刀鍛冶が打ったとされる刀だ。その刀を集めることがお前の目的なんだな……?」

「あぁ、俺はその無銘の刀を集めることで強くなれる……気がするんだ」

「な、るほどねェ……」

「お前にはもう、不要だろう? 切り裂け……ッ、キサラギッ」

 祐兜の声と同時、檜山の横腹に刺さっていたキサラギは勢いよく上へと跳ね上がっては祐兜の手に戻ってくる。

「さっきの言葉、返してやるよ。……全くあっけないな、人が死ぬのは」

「……弱い者は淘汰される、か。ハハハッ、返そうかこれ、を……持ち主に」

 檜山は地へと倒れ伏した。その手からは二刀であるゲンラギが手放されていた。それを確認した祐兜は迷わず、手にして触れる。するとまた祐兜の頭には何者かの記憶が流れ込む。

「無銘刀……七つの刀……失敗作……」

 祐兜は呟いた。祐兜が見たのは暗がりで刀を打つ青年の後ろにあった刀の光景だ。刀は全部で七つありその世界では失敗作と巷で言われていて、誰も手にしようとせず、青年は力尽きて刀鍛冶を止めた。だがその打った刀は後に無銘刀と呼ばれ打った者が不明とされ語り継がれていた。だが、祐兜にはまだ分からなかった。刀を打つ青年が誰なのか、そして見ている記憶は誰の物なのか。

「無銘刀を集めるほか……ないか」

 祐兜は残されたまだ見ぬ四つの刀を追い求めることを決意する。それが愚かな選択だろうと迷いは無かった。弱い自分を変えるための選択だと今回の戦いを乗り越えそう感じたのだ。無銘刀を追い求めることで何かを掴むことが出来るだろうと。

気が付けば日は昇っており小鳥のさえずりも聞こえる程になっていた。それほどの時間が経過していたのだと祐兜は我に返り、倒れた本宮を背負いつつ黒雨の居るであろう場所へと引き返す。その時の新しい朝の陽射しはどことなく温かった。

※誤字などあれば教えて頂けるととても助かります。

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