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第六話 散策

 結局、マルガレーテ様とのお茶会が終わると、そのまま王宮の客間に案内されて一泊することになった。

 宿泊費も食事代も浮くのでありがたくはあるのだが、ずらりと並べられたフルコース料理には正直なところうんざりした。

 もちろん、王宮で用意された夕食は豪華かつ非常に美味しかったのだが、だからと言って根はド庶民である私からすれば給仕に見守られながらの食事など肩が凝って仕方がない。


 いや美味しかったのは確かなんだけど。

 飲まず食わずでも死なない魔人族の中枢でありながら、よくもまあ食文化が発展したと思う。


 ちなみに魔人族は飲食の必要がないだけではなく排泄の必要もない奇妙な種族であるのだが、どうやら摂取した全てのものが余すところなく体に吸収されるらしく、魔人族が他種族よりも高い基礎能力を持っている原因ともいわれている。

 さらに言うと必要な睡眠時間も非常に少なく、最低限一週間に一回だけ短い眠りにつけば問題なく行動できてしまうらしい。

 私も他の五穀米メンバーも、人間であった頃の名残で普通に飲み食いして就寝もしているのであまり関係はないかもしれないが、お手洗いへ行く必要がなくなったのは便利でありつつ妙な心境である。


 さてそんな私が何をしているかと言うと、他でもない魔人国の観光だ。

 ゲーム時代はプレイヤーが五人しかいないということもあってか利用可能施設が非常に少なかったのだが、現在ではシステム的な侵入不可能区域とやらもなくなっている。

 というわけで、前々から気になっていた魔人国の王都を単身で散策していた。


「いかがでしょうか。当店自慢の一品は?」


「うーん」


 腕を組み、目の前にある巨大な物体を見上げて唸る。

 少し冷やかすつもりで覗いた大型魔導蒸気道具店で、入店時から張り付いてくる店員が示すのは白い車体の魔導蒸気四輪だ。

 といっても普通のモデルとは違う、いわゆるキャンピングカー的な車体である。


 内装は簡易キッチンとリビング空間、後部にはシャワールームと二段ベッドがあり、運転席上部にも就寝可能なバンクルームがある。

 外装デザインとしては一般的にキャブコンと呼ばれる形であり、いわゆるキャンピングカーと言えばこれを思い浮かべる人も多いのではないのかという有名なデザインではないだろうか。


「どうしようかなあ……」


 日本国内を移動するのであれば公共交通機関を使えば良いのだが、帝国内での移動となると数日がかりになる。移動そのものは手持ちの魔導蒸気二輪があるとはいえ、移動中はどうしても野宿になってしまう。

 先に説明した通り魔人族にはさほど睡眠が必要ないとはいえ、夜中に街灯もない荒野を二輪でぶっ飛ばすような危険な真似はしたくないので、結局のところ夜は移動をやめることになる。


 となると、キャンピングカーがあるとどれだけ便利かは想像できると思う。

 しかも運転手が二人いれば、交代で仮眠をとっている間にもう一人の運転で移動し続けることができるのだ。

 めったに五穀米として五人全員での行動がないとはいえ、全くないわけではない。

 いざ必要になったときに、これがあると実に効率的に動ける気がする。


 まあいろいろ言ってはみたが、つまりは「気に入ったので買っちゃおうかどうしようか」と悩んでいるのだ。


 車体につけられた値札を見て、自分以外には見えないようにしたメニュー画面をポップさせて、そこに表示された所持金を見て、一つ頷く。


「よし! 買った!」


「ありがとうございます!」


 衝動買いもいいところではあるが、そのうち役立つこともあるだろうし構うまい。トップギルドのリーダーである私の個人資産からすれば、このくらいの出費は誤差の範囲だ。

 高額商品の買い手がついたことに上機嫌の店員に一括払いで支払って、私は衝動買いにしては高価すぎるような気もする品物を購入したのだった。


「いやはや。しかし相変わらずこの国だけ世界観が進み過ぎって話だよねえ」


 キャンピングカー購入後、店を後にした私は気の向くままにフラフラと王都の街並みを散策する。


 魔人族は、種族としてはとても強力かつ高いポテンシャルを誇っているが、だからと言って武力国家かと言えばそうではない。

 どちらかと言えば高い魔導技術を駆使した魔導具の開発作成を得意としている文化的な種族といえる。

 先ほど私が購入したキャンピングカーなどその象徴ともいえるだろう。


 優れた技術と優れた文化。

 この国だけが中世ヨーロッパ風ファンタジー的な世界観から大きく外れたスチームパンクと化しているのも、この国にいるあらゆる技術者の努力と研鑽の結果なのだ。


 まあ、文化的種族とは言ったが、それもこれも国防軍の圧倒的な軍事力に裏打ちされた「誰にも侵攻されることはないし、されたら返り討ちにするから平気」という安心からきているので、好戦的な種族ではないとは言い切れないところではあるのだが。


「有名ゲームだけあってテンプレ的に魔族扱いされないのが救いかな」


 魔族。すなわち悪。

 そんなアホらしい決めつけで戦争を吹っ掛けられたりしたら、おそらくこの国は容赦なく反撃するだろう。

 かつてのプレイヤーたちはそれをしっかり理解しているから迂闊なことはしないだろうが、皆が皆そうとは限らない。

 事実すでに魔人国への商業輸送用の定期便が襲撃される事件も起きているし、犯人は全員見事にとっつかまっている。


 日本側の法律やらを考慮して犯人はすべて身柄引き渡しとなっているが、もしも魔人族側に怪我人でも出たらどうなるのか、考えたくもない。


 幸い、私の所属はあくまで『冒険者ギルド・横浜支部』だ。

 冒険者は国には帰属しない、あくまでも自由な身分とされている。

 その分、受けられる保証も少なくなるが、万が一の場合も無理やり戦争に引っ張り出されることはないだろう。


「だから、私は気にせずこの世界を楽しめば良いんだよ」


 誰に言うでもなく口から出た呟きは、雑踏の中に消えていった。

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